* 転んだ先の未来 *












「はぁ〜〜〜……」
「どうしたの、そんなに大きな溜め息ついて。
 ……もしかして」

2月15日。
あからさまに落ち込む様子の私を見て、
我が友人は何かを察した様子。
引きつった顔が見えたから「違う違う」と否定した。
きっと、は私がチョコを渡せなかったか振られたことを予想しているだろう。

ちょいちょいと手招きをするとは体を近付けてきた。
私はの耳に口を寄せて小声で話す。

「昨日大石くんにチョコを渡して、受け取ってもらったんだ」
「えらいじゃん!!休みの日なのに呼び出したってこと!?」
「うん」
「えーそれで返事は!?」
「それがさ……」

そこで私は口ごもる。
私はチョコを渡した。
受け取ってもらえた。
それは事実なんだけど。

「……義理チョコだって言っちゃった」

こしょっと囁く。
その数秒後。

「はぁーーーーー!?!?!?」
、声でかい!」

ごめんごめんと謝られたけど。
音量は下げたながら食いつくように「なんで!?」と問われる。
理由はいくつもある。
恥ずかしかったとか、怖かったとか、ついふざけちゃったとか。
でも考えれば考えるほどそれは理由というより言い訳だし、
「なんでそんなことを言っちゃったの」なんて
誰よりも私が疑問だし後悔してる。




  **




もうすぐホワイトデーだ。
一ヶ月前のバレンタインデー、俺はチョコをいくつかもらうことが出来た。
日頃のお礼という名目で手渡されたそれには
どれも感謝の気持ちが籠もっていてありがたく受け取った。

ただ、一つ。

「(義理チョコだって、はっきりと言ってたよな…)」

クラスの気になっている子からもらった一つのチョコが
胸にずっとつかえていた。

テニス部の練習を見に来ていた子たちから渡されたときとは違って、
さんはわざわざ連絡をくれて個人的に呼び出してきた。
本当に義理だったら、わざわざ呼び出したりなどするだろうか。

でも、明確に言われたのだ。義理だと。

わざわざ嘘をつく必要があるだろうか。
だからと言ってさんが俺に本命をくれるだなんていう
考え自体が思い上がりといえばそうなのだけれど。

「(う〜〜ん……)」
「大石、さっきから心の声うるさいんだけど」
「えっ、声に出てたか!?」
「出てるよ!アーとかウーとかでもとかだけどとか、
 聞いてるこっちがモヤモヤするんだけど!!」

英二はそう言って牙を剥いた。
しかし英二の発言から察するに、
考えていたことが全て口に出ていたわけではないとわかり胸を撫で下ろした。

「今回はどんな悩み事さ」
「いや、大したことじゃないよ!」
「本当に?その割にはこの数週間ずっとそんなだけど」
「……本当か」
「ウン。自覚ないの?」
「……」

周りから明らかにわかってしまうほど態度に出している自覚はなかったが、
この数週間ずっと頭を悩ませていることには心当たりがあった。

この胸の内を打ち明ければ、少しでも気が晴れるだろうかと俺は口を開く。

「……俺、さ」
「うん」
「バレンタインデーにチョコをもらったんだ」
「えっ、本命ってこと!?!?」
「いや、それが……義理だっていうんだけど」
「なーんだ。なら俺も一杯もらったよ」
「そうなんだけど……」

こんなことを英二に相談しても無意味だと気付いた。
だって英二に聞いたところで、さんからのプレゼントが
本当に義理なのか、実は本命なのかの答えを持っていやしない。
でもやっぱり……。

「なあ英二」
「何さ」
「その義理チョコが、わざわざ個人的に呼び出して渡してきたものだとしたらどう思う」
「呼び出されたの?じゃあ本命っぽくない」
「でも義理だって言われたんだよ」
「あー……」

英二は固まって、少し考えて、あちゃー…、とでも言いたげな表情をした。

「なんだよ、その顔は」
「わかんないかー大石には、まあ、わかんないだろうな…」
「どういう意味だ」
「まーまーまー!」

茶化されたような態度が少し気に障った俺に対し、
英二は両手を前に伸ばして制してきた。

「まあオレはその子に会ったわけじゃないし?本当の気持ちはわかんないけどさ。
 いっこわかったことがあるよん」
「なんだそれは」

英二はニヤリとしたり顔をして、
「大石の気持ち」
と告げると
俺の肩をぽんぽんと叩いた。

「えっ、それは、どういう…!」
「にゃっははー」

英二は楽しげに立ち去っていった。
……どういうことだ、全く。




  **




ホワイトデーって、バレンタインデーから日が空きすぎじゃない?
どうしてこんなモヤモヤした気持ちを一ヶ月近く抱え続けなきゃいけないのか…。

こんなことになるなら、余計な一言は言わなきゃ良かったのか、
と当時の状況を思い出す。

部活の後、約束通りに大石くんは呼び出しに応じてくれた。
練習で疲れているだろうのに、嫌な顔一つせずに
「連絡ありがとう。何か用でもあるのか」と柔らかく笑いかけてくれた。

なのに!
なのに!!!

ちょっとした茶目っ気を思いついた私は
「特に用事はないんだけど、声掛けちゃった」
なんて言ってしまったのだ!

でもそれにはちゃんと意図があって。

それまでのやりとりで私の気持ちはわかられてしまっているだろうって思ったのと、
『用がなくても声をかけてくれると嬉しい』と言ってくれた大石くんの言葉が嬉しくて。

だけど私の言葉に対して、大石くんはわかりやすくフリーズした。
冷静になればそうだ。
部活帰り、疲れているのにわざわざ呼び出されて、
行った先でただのクラスメイトに「用がないけど呼び出した」
と言われたらそれは固まりたくなる気持ちもわかる。
浮き足立っていたと反省した。

だけど本当は、私の用は、大石くんにバレンタインチョコを渡すことで。
他の何の用事もなかった私の手には、
本命チョコの入った小さな紙袋しかなくて。

そこでふと気付いて大石くんの手元を見ると、
中くらいのサイズの紙袋に溢れんばかりの小包が入っている。
きっと、部活の前後で渡されたものだろう。

昨日、メッセージでやり取りをしている間は、
大石くんと私の間には特別な関係が紡がれているような
そんな気がしてしまったけど。

「(……よく考えたら、私はその他大勢、だよな)」

身の程をわきまえていなかったことを再度反省しながら、手を前に伸ばした。
大石くんは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「……あげる」
「これを俺に?
 もしかしてバレンタインのチョコじゃ…」
「昨日、たまたま暇だったから」
「や、やっぱりそうか。
 すごく嬉しいよ」

大石くんはそう言って笑顔で受け取ってくれた。
大石くんらしい優しい言葉を添えて。
だけどその、戸惑ったような態度に、私は耐えられなくて。

「まあ、義理チョコなんだけどね!もし良かったら食べて!じゃあ!!」

そう伝えて、走り去ってしまった……。

「(バカすぎ…バカ…バカ…私のバカ……)」

だけどこの話には続きがある。
その日の夜、大石くんはわざわざ電話をくれた。

『今もらったチョコを食べてたんだけど
 ちゃんとお礼を言えてないことを思い出して』と。

走り去ってしまった私が悪いのに、
わざわざ律儀に連絡をくれるあたりが大石くんだなって。
やっぱり好きだなって気持ちはより強くなって。

思わず、すき、と口から飛び出しそうだったけど。

言えなかった。
それは義理チョコですよと伝えたまま。
貴方の方から何か言ってくれないかしらと
心のどこかには期待を抱えたまま。

そしてそこから一ヶ月弱。
誤解は解けていなければ、
大石くんの方から何か言ってくることもなく。

私にはわかる。
大石くんのこと、きっと何らかのお礼をしてくれるだろう。
けど。

大石くんが抱えていた、一杯の紙袋を思い出す。

「(何人にお返しをするんだろう…)」

つまり、私はその全部の中の何分の一なのだろう。

こんなことになるんだったら、義理だなんて言って逃げなければ良かった。
おちゃらけたりしないで、はっきりと
「大石くんにバレンタインを渡したいから呼び出したんだよ」
と言えば良かった。

後の祭り。
次の祭りまであと数日。

……私はどうすればいいのだろう。




  **



いよいよホワイトデー当日。
結局答えは出ないまま。
俺は普段の鞄に加えて、紙袋を一つ持って家を出ていた。
バレンタインデーにプレゼントをしてくれた子たちに
一人一人お返しをして回った。
みんな基本的には喜んで受け取ってくれた。
だけど。

「わーごめんね、義理なのに逆に気を遣わせちゃって」

ありがとう、と笑顔で受け取ってくれたけれど、
もしかしてやりすぎただろうか、と不安になる。
俺なりの感謝の気持ちなのだけれど。

俺が誰からもらっても嬉しかったように、
俺からのプレゼントも喜んでもらえたら嬉しい。
そう思って準備したけれど――…。

「あれ、大石くん珍しいねこんなとこにいるの」

聞こえた声にドキリと心臓が跳ね上がる。
俺の後ろからひょこりと顔を覗かせたのは、さんだった。

さんこそ、どうして」
「えー私はしょっちゅうこっち来てるよー仲良しの子たち多いし」
「そ、そうか」

3年2組とはほぼ反対端に位置する教室の前の廊下でばったり会った俺たちは、
そんな会話を交わしながら2組に向けて一緒に歩き始める流れになった。

「何かあったの?」
「えっと……」

紙袋の一番底、他よりも少しだけ特別な想いを込めて包んだそれに目を落とす。

「(……何も変なことじゃない。義理チョコのお返し。それだけじゃないか)」

この前のお礼だと、そう言って渡せば済むこと。
なのにこんなにも胸がざわざわする、のは。

「(…………さんのことが好きだからだ)」

先日、英二が「いっこわかったことがある」と言っていたことを思い出した。

「(俺の気持ち、か)」

さんに対する気持ちは、
他とは違う特別なものだとは認識していたけれど、
好きなのだ、と明確に言語かするのは初めてだった。

俺は、さんのことが好きなんだな。

「……大石くん?」
「あ、ごめん!ぼーっとして」

黙り込んだままになってしまった俺の顔を
さんが怪訝な顔をして覗き込んでくる。
そしてその目線が、俺の左手に下がる紙袋にチラッと向いたような、
気もしたけれど、
他の人も多く行き交うこの廊下で
いつ渡そういつ渡そうと考えているうちに
2組の教室に着いてしまった。

まあ、さんは、同じクラスだし…
もう少し人気の少ないタイミングを狙えるかもしれない…。

……そう考えているうちに放課後を迎えた。




  **




ホワイトデーの放課後を迎えた私は手ぶらで無事帰宅した。

「(なんで???)」

ベッドで仰向けになって天井を見つめたまま
ぽかんと口を開けて自問自答。

今日の休み時間、大石くんは紙袋を携えていた。
珍しい教室の前で会ったのはお返しをして回っていたのでは。
それくらい私にも簡単に予想できた。
なのにわからない。

「(私には、お返しなし……?)」

別にお返しがほしいわけではない。
だけど、確かに義理だったけど、
私としては精一杯気持ちを込めて送ったものだった。
でもそれは大石くんには知る由もないことなわけで。

もしかして、お返しをして回ってたのは全て本命で、
義理チョコには特にお返しなしっていうことなのかな。

「(……私のバカバカ)」

一ヶ月前に時間を戻したい。
だけどそんなことはできない。
もし、今、一ヶ月前の自分にアドバイスをするとしたら
怖いとか恥ずかしいとか色々あるかもしれないけれど
「何よりも大石くんへの気持ちを大切にして」って伝えたい。

「(このまま本当の気持ちを伝えられないまま卒業することになるのかな…)」

そうなりたくないという気持ちと、
きっとそうなってしまうような諦めの気持ちが
心の中で混ざり合ってぐるぐるする。
こうやって気持ちがぐるぐるして、諦めの気持ちが勝っちゃったから、
今の私はこうなっているんだとわかってはいるけれど。

……もし、諦めないで済む道があるとしたら、
今から私は何ができるだろう。

考えたときに、枕元でスマホが鳴る音がした。
メッセージの主は、

「(……大石くん!)」

心臓がドキリとなって、震える手で画面をタップする。

『今電話しても構わないかな』
『さっき学校で伝え忘れたっていうか、
 渡し忘れたものがあって』

そう表示されていた。
途端、電話が繋がった。

「…もしもし」
『あ、さん!出てくれて良かったよ』

戸惑っているうちに、大石くんは
『バレンタインにチョコをもらっただろ?
 そのお返しを渡したいんだ』
と言って、これから会おうと提案してくれた。

どういうこと?

『風邪をひかないようあたたかくして待っててくれよ』
という大石くんの優しさを受けて、
私は昨日買ったばかりの新作の春物のコートを羽織って
ストールをぐるぐる首に巻き始める。
ぐるぐるぐるぐる巻きながら、
わけもわからず半泣きで家を飛び出した。

もう絶対に逃げない。

未来の私が、
『もしも戻れるとしたら中学3年生のホワイトデーの日に戻りたい』
なんて後悔しなくて済むように。

例え傷つくことになっても
大石くんのことを好きだっていうその気持ちにだけは
正直な私で居られますように。

日に日にあたたかくなっていくけれどまだまだ涼しい春の日暮れの中、
待ち合わせ場所へ向けて私は走る。




  **




やっとわかった。
何が大切かって。

いいじゃないか。
例え君が渡してきたのが義理チョコだったとしても。
もしも君が、俺が3倍以上の気持ちを込めた
お返しを負担に思ってしまったとしても。

いいじゃないか。
この想いが実ることがなかったとしても。

早く直接会って、伝えたい。
日頃の感謝と
この気持ち。

さんのことが……好きだ」

これから伝える言葉を小声で練習をしながら、
もう息が白くならなくなった春の夕刻を俺は走る。




あと少し。
君に会えたら、伝えよう。
























テニラビさんのホワイトデーストーリーを受けて、
なんだけどバレンタイン当日ストーリーも組み込んでたりする。
いえねバレンタインに上げた作品はバレンタイン前ストーリーの
ネタだけで書いたものだったからね。

急遽配信しながら書いたんだけど2時間で5500文字くらいでした!
ほぼ止まらず書いたつもりだったけどまあまあ時間かかったね…。

ついったよりコピペだけど
> VDのとき「部活以外予定はない」って言うから学校のない
> 休日設定だと読んだけど学校はそもそも予定にカウント
> されてなかっただけで、平日だったいうことがこのWDで
> わかってしまって私は頭を抱えている
> (うるう年以外VDとWDは曜日が一緒)
> (不二シューが中学滞在中にうるう年はやってこない)
> (Q.E.D.)
ちょっとーバレンタイン作の方を平日に修正しなきゃかー?w
と思ったけどもういいやこのままでw


2022/03/14