* 私は特別スペシャル・ガール? *












明日は特別スペシャル・デー♪
そんな歌を頭の中で口ずさむながら廊下を歩く私の足取りは軽い。
ただ、楽しみな一方でどこか怖くもある。

だって、今週末であるバレンタインデーは、
私が好きな人が居る状態で初めて迎えるバレンタインデーだ。


教室に到着。
大石くんは、いつも通り自席に座って何かを読んでいるようだった。
周りにバレないようにこっそりとその姿を盗み見ながら私も自分の席に着く。

「(大石くんは、今までバレンタインデーにチョコもらったこととかあるのかな)」

もし渡したら、受け取ってもらえるのか。
どんな反応をするのか…。
想像するけど、答えはわからない。
ただ、なんとかして渡す努力はしよう。それだけは心に誓った。


しかし困ったことに、今年のバレンタインデーは日曜日だ。
平日だったら渡せるチャンスもいくらだってあるのに
どうして今年に限って休日なのか。

「(でも逆に考えたらチャンス…なのかな)」

学校がある日だったら他の人に見られてしまうかも。
だけど、休日だったら一人で居るところを狙えばそのリスクは低い。

問題は、どうやって一人で居るところを狙うのか。
大石くんが休日にどのような行動パターンを取っているのか、私は知らない。

考えているうちに、もしかして平日のうちに手を打たないとマズイ?と気付いた。
再びちらりとその姿を盗み見ると、何やら書類にペンを走らせていて、
話し掛けるのは今ではないな…と目線を外した。




  **




「大石くん」

1時間目が終わってすぐ、私は大石くんに話し掛けた。
平静を装っているけど、私の鼓動は速く
「なんだい」と返ってきた笑顔は爽やかで優しくて、
更に鼓動が速くなったことを悟られないように
英語の教科書を眼前に差し出す。

「さっきの授業でちょっとわからないことがあって。
 教えてもらえないかな?」
「ああ、いいよ」
「ありがとー!」

前の人の椅子を裏返して、大石くんの正面に座る。

本当は、わからないところなんてあるわけじゃない。
だけどこれが一番大石くんに話しやすい方法であることも私は心得ている。

「どこがわからなかった?」
「あ、えっとね…」

そういえばそれを準備していなかった、
と思いながら今日の範囲の教科書を開いて
「ここ」と適当に指差した。

適当に指差されたそこは、よくよく見たら超基礎の例題で、
これがわからないとか私バカじゃん!!と思ったけど
大石くんは「これはな」と教科書を私の方に向けたまま文章を指でなぞる。
決してバカにすることなく、授業中の先生以上にゆっくり丁寧に
解説をしてくれる大石くんの声に耳を傾ける。
その声が心地好くって、話の内容なんて全然頭に入ってこなくて、
ドキンドキンと鳴る自分の心臓の音に邪魔をしないでくれと願いながら
たまに相槌を打ちながらその時を過ごした。

「…って感じだけど。わかったかな?」と言う言葉で
ハッと現実に引き戻された。

「ありがとーすごくわかりやすかった!」
「これくらいだったらお安いご用だよ」

そう言って大石くんはにこりと笑う。
騙している気もする私は少し罪悪感。

だけど、作戦はうまくいっている。
私はここぞとポケットからスマホを取り出した。

「家に帰って復習したときに質問したいかもしれないから、
 連絡先って教えてもらえないかな?」

我ながらうまいことやった!!!と心の中で自分を称賛。
私が内心浮き足立っていることも知らずに大石くんは
「ああ、いいよ」と爽やかにスマホを取り出してきた。

こうして私は見事に大石くんの連絡先をゲットしたのだった。
これで夜でも休日でも大石くんに連絡できるんだ、
と思うだけで心臓が躍った。

まさかこれが、バレンタインデーにチョコを渡すための
伏線だということに大石くんは気付くまい…。




  **




時は流れて2月13日土曜日。
結局まだ大石くんの予定を確認できていないまま
バレンタイン前日を迎えてしまっていた。

理由は一つ。

スマホを取り出して、教えてもらった連絡先を開くけれど、
いくつかメッセージも打ってみたりしたけれど、
書いては消してを繰り返すばかりで送信ボタンを押すことができない。

「(もう!私の根性無し!!!)」

心の中で自分を罵ってみたところで状況は好転しない。
かといってどうしたって勇気は沸いてこないけれど。

でも、今日中になんとかしないと。だって、
スペシャル・デーことバレンタインデーは、明日なんだから…。

「(一年一度のチャンス…!)」

そんなフレーズを心に唱えて、今度こそエイヤ!と送信ボタンを押した。

『せっかく連絡先教えてもらったから、
 特に用はないんだけど連絡してみました(笑)
 今何してる?』

特に用はないんだけど、とか言ってるの逆にわざとらしかった…?
とか送信ボタンを押したあとにやっぱり後悔したけど
送ってしまったからには後の祭り。
しかも、メッセージの横にはすぐさま既読のマークが付いた。

『連絡くれてありがとう』というメッセージがポンと画面に浮かんで
心臓発作を起こすかと思ったけど、
その暇もなく次のメッセージが飛んでくる。

『アクアリウムの水を換えてたんだ』

『水槽が大きいから水換えもひと苦労だよ』

『でも、綺麗になった水の中を泳ぐグッピーや
 テトラを見ると、やって良かったと思うんだよな』

唐突な自分語り…?

質問した以上の情報がぽんぽんと送られてきて私は圧倒される。
部屋に大きな水槽があるというお話しは前に聞いたことがあった。
大石くんって、自分の趣味のことになると
こんなに熱く語ったりするんだな…。

何か返事を送り返そうとするうちに、次のメッセージが送られてくる。

『今ならアクアブルーの尾びれが綺麗に見えるし、
 写真を撮ってあとで送るよ』

え。
写真?

そんなことまでしてくれるんだ、とちょっとドキッとした。
対応が丁寧なのはいつものことだけど、
ここまでしてくれるのは、特別だと思ってしまうのは思い上がり?

『ありがとー楽しみにしてるね!』

平静を装ってメッセージを送信した私の指は少し震えていた。

期待しちゃダメかな?
自分は特別な存在だって。

……ダメかな?




  **




数時間後、約束通り綺麗な水槽の写真が送られてきた。

これが大石くんの部屋にある水槽なんだ。
石や水草が丁寧に配置されていて、
水もガラスも綺麗に透き通っていて、
中を泳いでいる魚たちもなんだか嬉しそうに見えた。
大石くんに飼われるお魚さんたちは、幸せだろうな…。

『すごく綺麗だね!』

今度実物を見てみたいな、と打ってみて、
さすがにそれは調子乗りすぎ…と削除して。

『こんなに綺麗にするの、時間掛かるでしょ?
 休日は掛かりっきりだったりするの?』

と、当初の目的であった話題に流れを持って行く。
すぐに既読になったメッセージからは1分と待たずに返事が来た。

『時間は掛かるけど、半日も掛からないよ。
 何よりこの時間が楽しいから苦ではないんだ』

大石くんらしいな、と思いながら
そのことを伝えていると話題が逸れそうな気がして
その思いは心の中に留めて私は別の切り口でメッセージを送る。

『じゃあ明日の日曜日、少し時間作れたりしない?』
『大丈夫だけど、何かあるのかい?』

即レスに、私も即レスで返したかったけど、
文字を打っては消して、書き直してはまた削除して、
結局たった一行のメッセージを送るためだけに
送信ボタンを押すまでに5分以上掛かった。

『明日バレンタインデーだったりするわけだけど…何か予定ある?』

送信、した。
あとの、動悸が、激しい。

既読になるのが怖くって画面を消した。
ベッドにスマホを投げつけるようにして布団にくるまった。

……10分。
スマホが震えた形跡はない。

恐る恐る、画面を開く。

メッセージは、既読になっていた。

だけどそのまま、しばらく待っても返事は来なかった。




  **




「(……5時間が経過)」

最後のメッセージから、だいぶ時間が流れた。
時計は10時を指している。
規則正しい生活をしている大石くんのこと、
もしかしたらもう寝てしまったのではないかとさえ不安になる。

何度画面を確認しても、最終メッセージは私のもので、
その横に小さな既読マークだけが記されている。

……終わった。

余計なことを聞かなければ良かった、と後悔。
それまでずっと即レスだったのにもう何時間も放置されている。
さすがにこれは私も意図を察せざるを得ない。

『ごめん、さっきの質問忘れて』

その文章を打つには数秒しか掛からなかったけど、
送信ボタンを押すことができない。

このボタンを押したら、
震えている指先をあと数ミリ下ろしたら、
私の今年のバレンタインは終わってしまうだろう。
今までの距離感とか、
授業の合間の会話とか、全部、
そういうのも全部なくなってしまう気がして。

「(……押せない)」

ハァ、と大きな溜め息を出た。

もしかしたら自分は特別な存在かもしれない、
なんて随分思い上がってしまった。
そんな期待をしていたお陰で思い切ったメッセージを送ってしまって、
その結果が今の状況だ。

明日は特別スペシャル・デーにはできなさそうだ。
そう思ったスマホを机に置こうとした、とき。

「!?」

手の中でスマホがぶるっと震えた。
取り落としそうになって、慌てて両手でキャッチする。

そこには、

『さっき聞かれた
 バレンタインの予定の事なんだけど…』

と打ち出されている。

は。
え?

返事をできる暇もなく、次々にメッセージが打ち出されていく。


『ちゃんと答えられなくてごめん。
 聞かれると思ってなかったから驚いたんだ』


『部活以外は特に予定はないよ』


『何か用があれば言ってくれ。
 もちろん用がなくても声をかけてくれると嬉しい』


メッセージはそこで止まった。


……ちょっと待って。

待って。
待って……。

画面がまともに見られない。
目を開けてるのに景色がぼやけてて、
ああ、私泣いてるわ、って自分を客観視してしまった。

「へんじきたー……」

この涙は安堵の涙だって気づいて、
変なこと言って大石くんに嫌われてしまったんじゃないかと
思っていた私はまたひとしきり大泣きした。

メッセージを受信してから5分は経っただろうか、
ようやく私は画面を直視できた。
改めてメッセージを読む。

『ちゃんと答えられなくてごめん。
 聞かれると思ってなかったから驚いたんだ』

驚いた、よね。
そうだよね私もそんな雰囲気出してなかったもんね。

『部活以外は特に予定はないよ』

そっか、部活はあるよね。
強豪のテニス部だもんそれはそうだよね。
でも、先約はないってことで、いいんだよね?

『何か用があれば言ってくれ』

用があれば。
………。

「(わかってて言ってる?)」

私が聞いたのは、明日の予定、じゃなくて、
バレンタインデーの予定だってこと。

用なんて、何があると思ってる?

「(天然なのか、探られてるのか)」

これはどっち……。
勘繰りながら最後の行を読んで、私は笑ってしまう。

『もちろん用がなくても声をかけてくれると嬉しい』

いい人過ぎでしょ。
用がないのに声かけられたら、困るでしょ。

でもそういえば、このメッセージのやり取りの始まりも、
私の『特に用はないんだけど連絡してみました(笑)』という
言葉からだった、ということを思い出して。

……ダメかなぁ。
自分は特別だって、期待したら。

自問自答しながら、スマホに指を滑らせる。
心臓はドキドキしたけど、指はすぐに送信ボタンを押した。

『じゃあ部活のあと、空けといて』

しばらく画面を見てたけど、メッセージは既読にならなかった。
時計を見上げて、もう寝ちゃったかもな、と私も画面を落とした。

このメッセージが読まれたら、もうきっと私の気持ちはわかられちゃうけど、
明日の午後、バレンタインデー当日、
現れた君に「なんの用もないけど声掛けてみた」なんて言ってやったら
どんな反応をするだろうね?って、
想像したら面白くなってきちゃった。

明日は特別スペシャル・デー♪
そんな歌を口ずさみながらスマホを枕元に投げて布団にくるまった。
























小説執筆配信でバレンタインネタ大石夢を書かせて頂きました!
(翌日ちょろりと修正して完成。)
テニラビのイベストを元ネタにするということ以外
何も決めてない見切り発車したので
配信中にフリーズしてる時間が序盤に発生して申し訳なかったw

配信の告知とかのロスタイムもありつつ、
シンキングタイム含めて70分で3700文字くらいでしたね。
優秀では?まあね質より量だしウリは速度だから(そうなんだ)

VD当日に配信されたテニラビストーリーの続編が
あまりに最高だったしちゃんとこの話に繋がるような展開だったので
もう1作上げたかったけどお絵描きで時間持ってかれて書く暇なくなったので
これの続編はまた後日書きます!「おやすみ」!!!


2022/02/13-02/14