* 彼のHymnを響かせて *












中学2年の2学期。
うちのクラスに転校生が入ってきた。

「観月はじめです。宜しくお願いします」

テニス部絡みの特待生と聞いていたから
どんな筋肉自慢君が来るかと身構えていたら
これはとんだ美少年。
ジャニーズというよりジュノン系?

「席はの隣だ」

最後列、窓際から2列目の私は手を上げる。
隣には登校したときには机が準備されていた。
せっかく隣居なくて気楽だったんだけどなー。
ま、新学期だしどうせそのうち席替えするか。

そんなことを考えながら、ゆっくりとした歩きで
こちらへ歩を進めてくるその人物を盗み見る。

肌白っ!
腰細っ!
まつげ長っっ!!!

観月くんは「どうぞ宜しくお願いします」と丁寧に挨拶してくれたので
慌てて「どーも」と会釈をした。

授業中何度か隣をチラ見したけれど
姿勢が良くて、ペンの持ち方も綺麗で、
取っているノートの見やすそうな印象。

「(スポーツ特待生、とは…)」

バリバリテニスしてる姿はなかなか想像しづらいけど
特待生というくらいだから余程うまいんだろうな…。

ふと目が合って、焦って逸らそうとするよりも先
「んふっ」と小さく微笑んだ。

んふっ……?
何その笑い方。怖……。

テニスがうまくて、頭も良くて、変な笑い方をする美少年?
……不思議な人だということはわかった。

「(……ん?)」

なんだか、ふわっと良い香りが。
これは…バラの香り?

周囲を見渡して、花があるわけではないことを確認して、
特段変わったことは……あるとしたらこの転校生の存在。

まさか、だけど、
この人ならありえる気がする…とも思えてしまう。
もし本当にそうだとしたら、バラが似合う中2男子is何…。

気になりすぎて、授業が終わって速攻で話しかけた。

「観月くん、香水か何か付けてる?バラの香りがする」
「おや、お目が高い。ボクは肌が敏感でして、
 ホワイトローズのエッセンシャルオイル入りの
 最高級のボディクリームを愛用しているんです」

なんちゃらかんちゃら配合でこれはほにゃららからわずか
うんだらパーセントしか抽出できない希少成分でして云々かんぬん……
ダメだ聞いたそばから全部反対側の耳に抜けていった。
よくわからないけど観月くんは得意げに喋り続けて
「よく気付きましたね」と嬉しそうに笑った。

「うちの庭にバラが生えてるから毎日本物嗅いでるんだ」
「そうなんですよ。おっしゃる通りこれは人工香料ではなく
 天然のエッセンシャルオイル由来の香りでして」

ん?
別に私は人工と天然を見抜いたとかないんだけど……
まあいいかなんか楽しそうに語ってるし。
ごめんほとんど聞いてないけど…。

「貴方、なかなか見る目があるみたいですね。そういえばお名前は?」
「あ、です」

見る目…?
なんか匂いがするなと思って突っ込んだだけなはずが妙なことに。
まあいいか。

「どうやら、貴方とは楽しくお話ができそうです。
 どうですか、この後ご一緒にランチでも」

そういって手を前に差し出された。
なんてキザな動きなんだ…。
それはさておき、私には私の予定がある。

「あ、ごめん。今日は別クラの友達と食べる約束してるから」
「……そうですか」

まあいいでしょう。

そう言って観月くんは目元の髪を人差し指でくるりと弄ってから払った。
不思議…というか、

「(変な人、だな)」

とはさすがに声に出せなかった。
じゃあまたね、と声を掛けて廊下に出て、
出迎えてくれた友人たちと屋上に向かった。




  **




がさっき話してたの転校生でしょ、何くんって言うの?」
「ああ、観月はじめくん」
「観月くんかぁ。めちゃくちゃカッコ良くない!?」

カッコ良い…。
確かに第一印象は美少年だと思ったし、
近くでマジマジと観察しても美形だとは思う。
だけど私はもうその印象だけでは彼を見られない。

「確かに見た目キレイ系だけど…ちょっと変人っぽい」
「えー変人でもあんなにカッコ良かったら許せる。
 うちのクラスの転校生はずっと『だーねだーね』って言ってて変なんだよ」
「それは……変だね」

話を聞いてみるとそいつもテニス部関係の特待生らしい。
どいつもこいつも変わり者ばかり。
うちのテニス部って一体…?

、観月くんと仲良くなって私たちに紹介してよ」
「仲良くねぇ…」

あの変人と本当に仲良くなれるのか…
ちょっと気が重い気もするけど、
何はともあれこれから暫く同じクラスの隣の席なのだ。
仲良くなっておくに越したことはないか。

「わかった。頑張ってみる」
「やったー!」

そんな友人たちからのお願いも後押しして、
私は隣の席の不思議な転校生との距離を詰めることに決めた。

だけどどうやって?
さっきめちゃくちゃ一方的に語られたけど…
どうしたら円滑にコミュニケーションが取れるのか。

「(そういえば、ヤツずっと敬語だったな)」

私も観月クンなんて呼んでるのむず痒いし、
喋り方も変えつつ親近感を上げてみるか、
と方針を定めたところで休み時間が終わった。




  **




「ねー観月くん」
「なんですかさん、このボクに用事が?」

そのなんとなく気取った様子に、
この人と仲良くなどなれるのか…と不安になったけど、
そんなことを考えちゃいけない!と
自分に言い聞かせて話を続けた。

「用事ってほどでもないんだけどー。
 これからさ、観月っても呼んでいい?」
「ええ、結構ですよ」

すんなりと許可が下りた。
まあ断る人もなかなか居ないと思うけど。
観月は嫌がるような素振りを見せなかった。
寧ろご満悦といった様子。

「私のことも呼び捨てでいいよー。っていうか、
 同級生なんだしタメ語でいいよ」
「お気遣いありがとうございます。
 喋り方はボクの気分で変えさせてもらうのでどうぞお構いなく」

……はぁ。
よくわからん…よくわからんけど、
変なヤツなのはわかった。ってかそれしかわからん。

フゥ、とため息をついた私に反応して観月は聞いてきた。

「もしかして、気に障りましたか?」
「え、いや?」
「ああ、それは良かった。ボクがこのように敬語で喋っているのは
 必ずしも心の距離があるというわけではなく、
 一種の敬意も含まれてますので」
「はぁ……」

やや呆れ気味に答えた私に対して、
観月はしたり顔というような笑顔を見せてきた。

「んふっ」

だから何、その笑い方…。

気に障るとかはないけどちょっと引いたわ、
と思ったけど言わないどいた。




  **




その後も観月の観察を続けたけど、
なんと授業中手を上げて質問するタイプ。
先生の間違いを指摘しちゃったり。

本当に頭良いんだ…。
でもいくら勉強できたとしても、
授業中に好き好んで発言するような人は
今までうちのクラスにはいなかった。

何それ?アピール??
スポーツ特待生なのに勉強出来るとか逆に嫌味だが???

ダメだ…どうしたら観月と仲良くなれるのか
全然ビジョンが見えてこない…。

私はそう思っているのに、
観月はそうは思っていないのかもしれない。
そう感じたのは、授業中に向こうから親しげに話し掛けてきたから。

さん、貴方もなかなか勉強が得意なようですね。
 さすがボクが見込んだだけのことはあります」
「数学は得意なんだよねー。そういう観月こそ頭良いじゃん。
 スポーツ特待生のくせに勉強できるとかどういうこと?」
「わかっていただけますか。
 貴方の隣がふさわしい人物はそうそういませんよ」

そう言って人差し指で髪くるくるさせて何やらドヤ顔。
ようわからんな?
とりあえず嫌われてない、というか気に入られてるようではあるけれど。

気に入られている、というか…。

「んふっ」

また例の笑いをした観月は、
私のことをほのかに熱っぽい目で見てきていた、ような。

「(……気のせい、か)」

妙に得意げな表情を見て
自分に酔ってるだけかもしれない、
と判断して深く考えないことにした。




  **




スポーツも勉強もできる美形な転校生と
仲良くなることを目指していたはずだったのに
私はいつの間にか観月の弱点を必死に探していた。
なのに、一向に見つからない。

どういうこと…?
この妙な性格でバランス取ってるってこと?
それだったら確かにこれくらい妙でも納得いくかもしれない…

と、考え始めている頃のことだった。
クリスマス礼拝の合唱の練習をしているとき。

「(歌ってないし…)」

背筋伸ばして堂々と口パクしてやがる。
音痴か?さては音痴だなお前…?
美形で勉強出来て運動も得意とか都合が良すぎると思った。
どこかには穴があると思ってたんだよ。
そうか、音痴だったか…!

勝手に納得して私はニヤリ。
観月はじめの弱点掴んだり。

でもそれをすぐさま本人に突きつけてしまっては“うまみ”が少ない。
このネタでうまいこと揺すって、優位な立場になってやる…。

そう思っていたのに。

「クリスマス賛美歌の独唱に立候補するヤツー。
 居なければ先生から推薦をするが…」
「はい」

自信満面に一番に手を上げたのは、観月だった。

おま…っ?
おいおい授業だとサボるくせに…!

「転校生の観月か。良かったら今少し試しに歌えるか」
「ええ、わかりました」

前に出ろとも言われていないのに
観月はスタスタと前へ出て行った。
伴奏も何もなく、賛美歌のアカペラが室内に響く。

音痴、とは。


「(オペラ歌手……?)」


堂々と賛美歌をソロで歌い上げるクラスメイトの男子を
私は懐疑的な感情を籠めて睨むように見る。

誰だよ観月はじめが人前で歌おうとしないのは
きっと音痴だからだとか思ってたやつ!
弱み握ったつもりになって調子に乗ってたやつ!
正直に名乗り出なさい!はい私です!!

ちょっとうまいとかいうレベルじゃないぞ…。
こりゃ確かにみんなと一緒に合唱しちゃったら浮くわ。
それで控えていたってこと…?




「観月、歌うまいんだねー」
「わかってもらえましたか」
「どうしたらそんなにうまく歌えるの?ボイトレとか?」
「親の職業の影響もありまして、
 幼少期から歌うことは多かったです」
「へー」

親の職業って何?と私が聞くより先、
「あとは、感情の込め方も大きいと思います」と観月は言った。

「感情?」
「ええ。先ほど歌ったとき、
 愛しさや慈しみを込めて歌ったつもりです。貴方に向けて」

そう言って、したり顔の笑顔。

愛しさや慈しみ。
私に向けて。

……え?

「(これ…告られてる?)」

まさかな……。
確証が持てない。
自惚れだったらイヤだし…。
何より、観月と付き合うとか無理。

「へー!感情込めるって大事なんだねー!」

それだけ言って、困った末、私はにこりと笑みを返して
その場を去ってトイレに駆け込んだ。

鏡に映った自分とにらめっこ。

観月が私を…?
……ウソでしょ?

「(いや、勘違いかもしんないし)」

自分で自分にそう言い聞かせて、うんうんと頷いて、
なるべく観月と会話しなくて済むように
チャイムが鳴り終わってから教室に戻った。




  **




休み時間も、ホームルームの前後も、
ギリギリに着席するようにして暫く経過した。
はっきり言って、あからさまに避けている。

さすがに観月も察してるかな。
勘良さそうだしな…。

でもそうだとしたら、あの自信過剰な観月のこと、
自分がフラれるなどとは予期してないだろうし
返事を要求してきそうな気もするんだけど。

でも結局観月は私が隙を見せても何も言ってこなくて、
私もあからさまに避けるようなことはやめた。
日常会話は交わすようになったけど、
この前の発言に関しては観月も何も言ってこなかった。


そもそも私の考えすぎかもしれないしな。
告白されてる、だなんて。
勘違いだったとしたら恥ずかしすぎるし。
ね……?


その後、無難な日常会話をしたり、
そういえばお願いされていたことを思い出して
別クラの友人たちと観月を引き合わせたり、
期末考査で観月は学年トップを取ってて
相変わらず勉強できるな見せつけられたり、
放課後テニスしている姿を見て
本当にテニス得意だったんだなって知ったり…
観月とは付かず離れずな関係が続いたまま
クリスマス当日を迎えた。


キリスト教の学校である聖ルドルフにとっては
一年で一番重要な行事でもあるクリスマス礼拝。
全体での合唱があって、いよいよ観月の独唱。

あまりに美しくて、言葉を失った。

観月は今日は、
どんな感情を込めて歌っているのだろう。




  **




放課後、私は一人で礼拝堂へ来た。
先ほどまではあんなに人で賑わっていたのに、
撤収が済んでしまうとこんなにも静か。

カツン、カツンと足音が響く。

一人、賛美歌のフレーズを口ずさんでみた。
無人の礼拝堂いんは、声が良く響く。
少しだけ歌がうまくなった気分だ。
私は、そんなに特別歌がうまい方ではないけれど。


『ガチャッ』

「!」


扉が開く音に、歌を止めた。
一人で歌っていたなんて知られたら恥ずかしいな、と思って。

しかし現れた人物を目の当たりにして、
私の感情はそれどころではなくなった。

「おやさん」
「観月っ」

まさかこんなところで、二人になってしまうとは。

「今日のボクの歌はいかがでしたか?」

美しかった。
感動した。
胸が一杯になった。

なんて、私には言えなくて。

「すごく良かったよー。さすがだね」

そんな軽い言葉を掛けて、笑顔。
だけど観月は、いつもと違って笑い返してこなくて。

さん」
「……何」
「この前も言いましたが、人の心に響く歌を歌うには
 感情の込め方が非常に重要なんです」
「あ、うん。言ってたね」
「ですから」

観月はそこで一旦言葉を止めた。
沈黙が生まれると声が少しエコーしていることに気付いて
ここは礼拝堂で、そういえば今日はクリスマスで、ってことを思い出した。

観月は大きく息を吸って、言った。


「今日は貴方のために歌いましたよ」


つまり、あの美しい歌は。
今日恐らくあの礼拝堂の中に居た全員を
感動させたであろうあの歌声は。

「(あの歌は、観月の、私への想いだったんだ)」

目の前に立つ観月を見た。
ヤバイ、これはガチかも。
と思いながら、
なんか怖い気もして、
つい。


「そうなんだ、ありがとー!」

…意図的に交わしてしまった。


観月の反応は…と、
視界の端でチラ見したら。

え。


「ここまで言ってもまだわからないんですか…!?」


観月は両手に力を込めてぷるぷると肩を震わせていた。

「え、何が…」
「だから、ボクが、貴方への想いを込めて歌い上げたと…」
「あ、うん。だからありがとって。歌すごい良かったよー」

そんな風に軽くあしらいつつ
しらばっくれ続けた結果…。


「なんでわからないんだ!!」


聞き慣れない言葉遣いに驚いて観月の方を見ると
睨み殺してくるが如くに険しい表情。

ついにキレた…?

どうやって宥めようか、と思っていたのに
観月の顔は耳まで見る見る赤くなって、
顔は背けつつに睨み付けるような視線は
私の目に真っ直ぐ飛んできて。



「好きなんですよ…貴方のことが」



さっきまでの声量がウソみたいな小さな呟き。

だけどばっちり聞こえた。


好きなんですか、私のことが。

あ。

え。

さすがにこれはガチ告白だ。


ウソ。
ウソじゃん。
マジってことじゃん!!!


「マジで!!!!!」
「ボク以前から少しずつ伝えていたつもりでしたが!」
「あんな遠回しな言い方じゃ確証持てなかったよ!」
「どんだけ鈍いんだ、お前は…!」
「何それ!好きだと言った相手に吐く言葉!?」

観月と付き合うとか無理。
その気持ちは変わっていない、はずなのに。

「(胸はドキドキしちゃうんだなあ…)」

好き、とか、
まだよくわかってない気もするけど。
だけど、さっきの歌に感動したのは本当だから。

「ねえ観月」
「なんですか」
「じゃあさ、今度はそういうつもりで聞くから、もっかい歌って」

普通だったら嫌がられてもおかしくないようなリクエスト。
だけど観月は
「仕方がないですね。特別ですよ」
ってしたり顔で笑った。



息をすぅと吸って、
観月が美しい旋律で歌い出す。

そのままその歌声に酔いしれたい気持ちもあったけど、
私はその横に並んで、
稚拙ながら、一緒に歌い始めた。

私がちらりと観月を見ると、
観月もこちらを見ていて、
やっぱりしたり顔で笑っていた。


悔しいけれど、
この歌を最後まで歌い終えたら
私も正直に話せそうな気がする。


だから、歌おう。


これはラブソングなんかじゃないってわかってる。

ですが、気持ちを込めて。
























「観月さんのことがこんなに好きなのに
 どうして夢感情が沸かないのか!?」を考察してるうちに
普通に考えられる気がしてきちゃって結局すごく楽しかった笑
キレながら告白して結局照れちゃう観月さんは可愛い。

観月さんの歌声を我々は聞くことはできないかもしれないが
仕方がないのです観月さんの歌はとっておきなので…ってことでw

クリスマスイブに間に合わせたかったけど無理でしたw


2021/07/09-12/25