大好きな人の隣で

大好きな人の好きな音楽を聞いていた時間が

何よりも幸せだった。










  * marmalade daisy *












1年生ーになったーらー、
1年生ーになったーらー、
友だち100人でっきるっかなー。

入学式中、そんな歌を頭の中で流した。
実際に流れたわけではなかった。
だって私、1年は1年でも、中学1年生だし。

そんな入学式から一ヶ月。
私にはまだまともに話せる友だちができていない。

中学生になったら何か変わるかなって思ってた。
でも環境が変わるだけでは何も変わらなかった。
私自身が変わらなければいけないというのも理解できる。
私立の中学に入って誰も知らない環境になれば
自分の知らない新しい自分になれるような期待をしていたけれど、
実際は知らない人たちに囲まれて人見知りを発揮するだけだった。
周りも初対面同士ばかりなはずなのに、
どうしてそんなに楽しく会話ができてるんだろう…?

友だちを作るタイミングを逃して
一人でお弁当はさすがに辛いので
学校の中を放浪しているうちに見つけた。
今ではここが私の特等席。

「(今日も晴れて良かった)」

屋上の階段の天井の上、
はしごで登った先で私はお弁当箱を開ける。
いただきます、と手を合わせて
卵焼きをぱくりと咥えた、そのとき。


「ありゃ、先約がいる」


覗いてるのは鼻から上だけだったけど、
そこにいくつも特徴が凝縮されていた。

ピンピンに跳ねた髪。
鼻の頭にはバンソウコウ。
そして、くりくりの目。

クラスメイトの菊丸くんだ。

菊丸くん…いつも人に囲まれてワイワイしている印象だけれど。
なぜ今日は陽だまりだけが取り柄で何もない屋上の天井上に登って来ているのか。

「おべんとおいしそー!いいなー!」
「……お弁当、ないの?」
「あるけど、こっちの方がだいじだからさー」

そう言って、片手だけを使ってひょいっと身軽に上がってきた。
菊丸くんのもう片方の手には、CDプレーヤーが握られていた。

「買ったばっかのCD聞きたくてさ!」

そう言ってまばゆいばかりの笑顔を見せた。
教室でも見たことのある顔だ。

「教室にいるとみんなうるさいからさー。
 どっか静かな場所ないかなって休み時間にこの場所見つけて、
 昼休みになったら来よーって思ってたんだ」

そう言って、瞳をキラキラと輝かせながらパッケージを開けて
CDをプレイヤーにセットした。
両耳にイヤホンを差し…かけて、片手が私の方に伸びてきた。

「君も聞く?」

思いがけないことに、ぱちぱちと瞬き。

「え…いいの」
「いいよー聞きなよ」

促されるがまま、イヤホンの片耳を受け取った。
耳に入れようと思ったけど届かなくって、体を少し寄せる。
そういえば誰のなんていう曲かも知らない…
と思っているうちに菊丸くんが「いくよー」と言って再生ボタンを押したから頷いた。

普段、私はなかなか音楽を聴かない。
いわゆる流行りの曲は全然知らなくて、
聴くとしたら親が車の中で流してる懐メロ。
新しくて知ってるものといったらアニメの主題歌くらい…。

音が耳に流れ込んでくる。

これが、最近の流行りの曲。

これが、菊丸くんの好きな曲――。


目を閉じたまま太陽を見上げるように首をもたげた笑顔が横に見えて、
私もそっと目を閉じた。



「サイッ……コーだったね!!」

曲が終わると、菊丸くんは笑顔をキラキラと輝かせた。

「うん。いい曲だった」
「お小遣い貯めたかいあったぁ」

CDケースを掴んだ両手を伸ばして菊丸くんは嬉しそうに言った。
このためにおやつ買うの何回もガマンしたんだ、と教えてくれた。

「あー満足した!急いで教室戻ってべんとー食べて校庭行こっ。今日サッカーやるんだ〜」
「へー…」
「一緒にやる?」
「や、やらない」
「だよね。じゃねっ」

荷物をまとめ上げた菊丸くんはひらりと天井から飛び降りていなくなった。

身軽な人だなぁ…。
身のこなしもそうだけど、身の振り方も含めてというか。
嵐のように現れて去っていって、残された私は急に訪れた沈黙の中で一人ポカンとした。

「(……クラスの人気者と喋っちゃった)」

まともに喋れる相手すら少ない私だけれど、
菊丸くんは何も気負うことなく話してくれた。
それが嬉しかった。



もうこんな出来事はないかもしれない。
変化の少ない私の日常の中で、
数少ない中学校の思い出になるかも。
菊丸くんにとってはどうってことないんだろうけど…。


と、思っていた私の予想に反して何週間か後に菊丸くんは再び現れた。
「やっぱり居た〜」と笑顔で上ってくる菊丸くんに驚いて
私は無言でぱちぱちとまばたきを繰り返した。

「あんまり休み時間見かけないけどいつもここに来てるの?」
「うん…だいたいは」
「そっかーここ居心地いいもんね」

そこまで話してから菊丸くんはちょっとだけ申し訳なさそうな顔をして、
「実は前回ここ来たとき、さんと同じクラスって気付いてなかったんだ」と言った。
ごめんね〜って手を前に出して謝ってきたけど、
全然気にしなくていいよって返した。
寧ろ、その後気付いてくれたことが嬉しいというか驚きというか。

クラスの中にいるときの私は、空気みたいなものだから。
いつも話題の中心でキラキラしている菊丸くんとは正反対みたい。
なのに、ここにいると隣で過ごしているのが自然だと感じられる。

また一緒に、二人でイヤホンを半分こして曲を聴いた。
曲が終わると菊丸くんは目を輝かせて感想を語った。
私はそんな菊丸くんを見るのが楽しかった。


その後も度々、菊丸くんは屋上を訪れた。
この前みたいに新譜のCDを買ったときもあれば、
友だちからCDを借りたというときや、
久しぶりに聴きたくなったといって
元々持っていたらしいCDを持ってくるときもあった。
「オレもうたくさん聴いたから貸してあげるよ」と言って
そのCDをそのまま貸してくれることもあった。

1ヶ月に1,2回くらいの頻度で唐突に発生するそのイベントを
私はいつの間にか楽しみにするようになっていた。

そして私は菊丸くんのことを好きになってしまった。

唯一好きな人とだけ喋れたというか。
唯一喋れた人のことを好きになってしまったというか。
あまりにわかりやすいなと自分でも思うけれど。


教室の中でもこっそり目で追った。
だけど屋上以外では一度も会話をすることができないまま、
屋上で喋ってても好きだという気持ちは伝えられないまま、
月日だけがどんどん流れていった。
夏休みを挟んでも、私たちのその関係は変わらなかった。


紅葉は毎日綺麗だけれど肌に当たる空気が冷たい。
もうそろそろ秋から冬に差し掛かろうか、という季節の頃。

ちゃんって、教室にいたくない理由とかあんの?」

二回目あたりで聞かれてもおかしくなかった質問を、
屋上で会うことももう10回を超えただろうという頃になって聞かれた。

「そういうわけじゃないけど。雨の日とかは普通に教室にいるし」
「そっかー。まあ、そうかもしんないけどー…」
「単純にここが好きなだけだよ」

その言葉に嘘はなかった。
この場所が好き。
この場所なら菊丸くんと二人で喋れるし…。

「オレが来ないときって、一人なんだよね…?」

もしかして友だちいないの?とは菊丸くんは言わないけど、
頭の中にはその言葉が浮かんでいるんじゃないかと勝手に想像した。

「そうだけど…別にいいよ、寂しくないし」
「でもさ、他の子たちと話したいなって思わないの?」
「それは……」

そりゃ、話せたらいいなとは思うけど…。
でもそんなに簡単じゃないというか。
初対面、出会い頭であんなに気さくに話しかけてくれた菊丸くんのようには私はできない…。

「気楽に話しかけちゃえばいいんだよ!」
「えー…私なんかが話しかけていいのかな」
「だいじょぶだって!っていうな私なんかって何?
 オレはちゃんと喋ってて楽しいよ!」

え?

私が呆気に取られてる間に
「今日はドッヂやるんだー」
と残して菊丸くんは屋上を去っていった。

菊丸くんが、私との会話を楽しんでくれてる。
……その発想はなかった。

そのたった一言が、私に勇気を与えてくれた。

寒さも後押しして、完全に冬になる頃には私は屋上に行くのをやめた。
すぐにたくさん友だちが…というわけにはいかなかったけど、
話せる程度の関係のクラスメイトは何人ができた。

でも結局、教室で私と菊丸くんが和気あいあいとおしゃべりする…
ということはないまま一年が終わった。



  **



青学はクラスが多いから学年変われば前の自分を知る人は少ない。
クラス替えは良い契機になった。

ぼっちになっても教室から逃げない。
勇気を出して自分から話しかける。
人と接するとき、どうせ私なんて…と考えない。
それを意識することで少しずつ状況は変わっていった。

こうして私は中学2年時はクラスの中の自分の居場所を見つけることができて、
3年生になった今では寧ろ友だちのなかでは仕切り役、みたいなポジションになっていた。

人って変われるんだな…。
今となっては、一人屋上に通ってたことは黒歴史だ。
良い思い出もできたけど。

「(そういえば、菊丸くんと話すときは、私なんて…って思わずにいられたな…)」

菊丸くんが自然体で接してくれるから、私も気負わなくて良かった。
そんなところが、菊丸くんの良さであり人気者である理由なんだろうな。

菊丸くんは相変わらず人気者で、学年の…いや、学校のスターだ。
たまにその姿を見かけることもあるけれど、
菊丸くんの周りは男女ともに人が絶えない。
そんな菊丸くんと二人で喋れてたなんてね。

思わず見つめてしまったけど、
向こうには憶えていてもらえなかった…
と思うと怖くなって、
目が会う前にと視線を逸して横を通り過ぎた。

だけど、菊丸くんに教わったことは私の胸の中で生きてる。

「(気楽に話しちゃえば、いいんだ)」

息を吸い込んで「今日カラオケ行く人〜」と一緒に歩く友だちに呼びかけた。


放課後に仲良しメンバーでカラオケに押し寄せる。
早速歌本を開く人に
ドリンクメニューを見渡す人に
マイクやマラカスを配る人に、
みんながせわしなく動いてる。

「はい、1曲目はのアニソンね」
「ありがとー」

いつの間にか定番になってしまった一発目。
アニソン特集のページが開かれた歌本を眺めて私は十八番をリモコン入力する。
私はみんなが歌っている歌を知らないこともあるように、
私が歌うマニアックなアニソンを知らない子たちもいるはず。
なのに一緒に楽しく乗ってくれるの嬉しい。
いい友人たちに恵まれたなと改めて感謝。

私の歌を皮切りにみんなも歌を入れだして、部屋はどんどん盛り上がる。
次に入っていた曲は、私は聴くのが初めてだった。
でもなんだか耳馴染みが良くて、また聴きたいなって思った。

「これいい歌だね」
「今度CD貸して上げようか」
「ホント?貸してー!」

間奏部分でそんなことを話して一緒に盛り上がる。
カラオケでは自分が元々知らなかった曲を知ることも出来るのが楽しい。

「懐しいねー。小6の頃流行ったっけ?」
「そうそう!修学旅行のとき流行ってたからみんなで歌いまくってたの思い出す」
「わかるわかるー。気持ちが小学生に戻っちゃう」
「(そうなんだー…)」

みんなの会話を客観的に聞いて、なんだか一人取り残された気持ち。

例えば私がこれを今から聞いて憶えたとしても、
それは私にとっては中学3年生のときに聞いた歌で。
背伸びしてみんなと同じ会話が出来るようになれた気になっても、
みんなと同じ思い出は共有できないんだなぁ…。

ちゃん、ぼーっとしちゃってどうかした?」
「あ、ううん!なんでもない」

いけない。
一人で落ち込んで場を暗い空気にするわけにはいかない。
私は首をふるふると横に振って笑顔を作った。

「あ、次私ー」

画面に映った曲名に反応した友人はマイクを求める。
その横で私は、流れ始めたイントロに驚いて顔を上げた。

急に、気持ちが過去に遡った。

これはきっと、中学1年生の頃の私。
寂しいわけでも悲しいわけでもなかったけど、
ただただ空っぽだったみたいな私の日常に
ぽっと宿った温かい気持ち。
陽だまりを思い出すような、この曲は……。

「(あのとき、聴いた曲だ)」

屋上で
慣れないヒット曲を聴いて
胸踊らせていた頃。

背伸びしてたよ。
だって、恋していたんだもん。

「ね、これ私も一緒に歌っていいかな」
「いいよー!えーめっちゃテンション高いじゃん!」

珍しく、自分が入れたわけでもない曲だけど私もマイクを掴んだ。
歌詞を少しずつ変えながら何度も繰り返されるサビに泣きそうになった。


気付いてしまった。

釣り合わないと、秘めてしまった恋心に。

無意識に思ってた。
『私なんか』って。


「(2年も経っても、こんなに鮮明に気持ちが蘇るんだ)」

片耳でしか聴いたことないその曲が私の心を揺さぶった。



  **



「じゃあみんな、また明日ね」

カラオケを出て、私は挨拶しながら駅とは反対方向に後ずさり。

「あれ、ちゃんどこ行くの」
「ちょっと、学校戻る」
「どうしたの、忘れ物?」
「んー…まあ、そんなとこ」

曖昧にはぐらかして、バイバイと手を振った。
不思議そうにしながらも友だちは笑顔で振り返してくれた。
くるりと方向転換して、私は学校に向かって走る。

太陽が沈んでいく。
世界が暗く、寒くなっていく。
学校に着く頃にはすっかり夕方が夜になっていた。
その中で、キラキラと輝くようにその姿が目に飛び込んできた。

「きくまるくん……」

ダメだ、こんな声じゃ届かない。


「菊丸くん!」


さっきカラオケで歌を歌っていたときみたいに、
もしかしたらそれよりも大きな声で、名前を呼んだ。

呼び止めることは、出来た。
さあ、あとはどうやって話そうか。
私にとっては、ずっと胸に秘め続けた大切な人。
菊丸くんにとっての私はその他大勢で、
なんなら認識すらされていないかもしれない、けど。

「……あ、ちゃん?わー話すのめちゃめちゃ久しぶり!」

……憶えてくれていた。
それが一つ目の驚き。
そして、次に菊丸くんの口から出た言葉はもっと大きなもう一つの驚き。

「廊下で見かけることもあったんだけどさ、
 もし人違いだったらヤダなって声掛けらんなかったんだ」

え……。
そんな、菊丸くんは私のことを気にかけてくれてたなんて。
驚きを隠せない私の目の前で菊丸くんは頬を掻く。

「なんか雰囲気変わった?」

様子を窺うように首を傾げた。

菊丸くんこそ、1年のときよりずっと背が伸びて
顔付きも大人っぽくなって、
本当に手の届かない人になってしまったみたいだよ。

でも、実はいつの間にか、私も変わっていたのかな。

胸の中が温かい。
燃えるみたいな熱さじゃない。
ぽっと、柔らかく灯るような。

「(……ひだまりみたいだ)」

目の前に見える笑顔と、
記憶の中の笑顔と、
一緒に太陽を浴びた屋上の天井上の景色が重なった。

好きとか、
付き合ってほしいとか、
そんな言葉は伝えられそうになくて。

私の気持ちとしては、ただ。


「ねえ菊丸くん。私、また菊丸くんと一緒にCD聴きたいな」


そう伝えた。
胸が、ドキドキ、通り越して、バクバク。
苦しいくらいに強くリズムを伝えてくる心臓が、

「あー…それは無理かな」

という言葉で一気にヒュンッと縮こまった。

そう…だよね。
菊丸くんにも都合はあるだろうし
人気者の菊丸くんのこと、
もしかしたら彼女がいるかもしれないし。

出過ぎたお願いをしてしまった……
先程の発言を撤回しようとする私に反して、
菊丸くんはポケットから何かを出した。

……MP3プレーヤー。

え?

「(CDは聞けないってそういうこと!?)」
「見て、買っちゃった!今度一緒に聞く?」

感情がジェットコースターみたいになってる私の目の前で
菊丸くんは見慣れた曇りのない笑顔。

「聞きたい!」
「じゃあ明日の昼休み、あの屋上で」

菊丸くんは楽しそうにウィンクした。
私は笑顔で大きく頷いた。


今度は、中学3年生の、屋上のひだまりの思い出が作れそうだ。
























タイトル、全く本文と関係ないんですけど
「marmalade daisy←みたいな平成のドリーム小説っぽいタイトル」
ってメモ書きがしてあったの面白すぎたのでそのまま採用したw

英二BDで書き上げてアップ予定だけど厳しかったけど
いつでも英二夢書くのは楽しいということですw


2020/11/07-12/09