* 薄曇りはまるでミルキーウェイ *












これまでの人生男っ気のなかった私だけど、
大学に入って初めての彼氏ができた。
付き合い始めてもうすぐ3ヶ月。
今のところはキス止まり、だけど…。

、確かもうすぐ誕生日だったよな」
「憶えててくれたんだ!」

確かに今月末は自分の誕生日だったと思い出す。
前に一回話しただけだったのに憶えててくれたことに感激。

「その週末…泊まりの予定組んじゃダメかな」
「うん、いいよ」

お誘いに対して平然を装って返した。
本当は頭の中は大パニックなのに。


泊まりの?

予定?

組んじゃダメ?



わけ

ないじゃん!


「(キターーー!!!)」


ちゃん!
ついに!
大石秀一郎くんとお泊まりデートが決まりましたー!


そんな事があった後日、女子会に向かう私の足取りは軽かった。
これまで友達みんな励ましてくれてたけど、
「二人のペースがあるじゃん!」
とか
「大切にしてくれてるんだよ!」
みたいな気遣いはもう飽きた。
でも今日の私は違う!

「この前デデニーランド2dayしてミラコッタに泊まって〜」
「いいなー社会人彼氏!ウチラなんてお金ないから青春18切符の貧乏旅だよ!
 でもめちゃ田舎の小さな旅館に泊まった割に部屋に露天風呂とかあってー」
「えー、最高じゃん!」

「(ふふふ…好きなだけ惚気るが良い)」

友人たちの話を聞く私には余裕があった。
今まではひたすら羨ましがるばかりだったけど、
今日の私には胸を張って提供できる話題がある。

「えっと……、は」
「いやぁそんなに聞きたいって言うんだったら仕方がないなぁ!」

様子を伺いながら投げかけられた声に思わず食い気味に切り込む私。
察した友人らの目が光る。

「もしかして!?」
「今月末の私の誕生日、お泊まりデート決まりました〜」
「やったぁー!!」

自分のことのように喜んでくれる友達、感謝!
ついに…ついに私もみんなの話題に対等に入れるようになるからね!

「なんだかんだラブラブなんじゃんこのこのー!」
「ロマンチックなバースデーナイトだね!」
「今度色々聞かせろよ〜」
「えへへへへ…」

上機嫌が隠せない私。
だって、ついに待ちわびたその時!なんだもの。
当日に向けて色々と準備進めないとな。

「(秀一郎は、どこに連れてってくれるだろう)」

考えておくから、というその言葉に倣って私は秀一郎からの連絡を待った。




「キャンプに行こう!」

数日ぶりに会った秀一郎は笑顔でそう告げた。
これはつまり、泊まりの予定がキャンプだということ?
もしかして、私がキャンプ好きだって言ったこと憶えててくれたのかな?
誕生日のことでもそう思ったけど、秀一郎はマメだなぁー…。

「山の上のコテージに泊まりたいと思って」
「コテージかあ」

ミラコッタや露天風呂付きの旅館とはちょっと勝手が違いそうだ。
幸い、私はアウトドアが好きだし用品は一式揃ってる。
秀一郎もそれをわかって提案してくれてるということなのかな。

「どんな装備で向かえばいい?」
「動きやすい服装と、寝間着と、寒いかもしれないからあったかい格好と…
 とにかくは着替えの心配だけしてくれればいいから」
「そ?わかった」

秀一郎の口ぶりから想像するに、どうやらそこまでガチなキャンプってわけじゃないのかも。
最近は手ぶらでキャンプできると噂のグランピングとかあるくらいだし!
じゃあ意外と泊まるとこもオシャレだったりする…?

そこはとても重要。
だって。

「(初体験の場所になるかもしれないんだもん…)」

顔には出さないように、心の中で一人ニヤニヤ。

とりあえず言われた通り動きやすい服装で向かおう。
泊まるとこは綺麗と信じてパジャマは可愛いもこもこのでいいかな?
すぐ脱ぐことになるかもしれないけど…なんちゃって!!


そんな妄想もしながら、準備万端に当日を迎えた私は
スカートにパンプスではなく、デニムパンツにトレッキングシューズで
リュックに化粧ポーチと着替えを詰めて出掛けた 


ら。

「おはよう!」

朝早めに集合して、現れた秀一郎の姿に唖然とした。

鞄、デッカ!!!夜逃げでもするんか!?
服装もガチガチのガチじゃん!
もちろん山靴だし登山用の帽子被ってるし!
そのリュック100Lくらいありますよね!?
外にも色々ぶらさがってるし!!

秀一郎は私の全身を見回して首を傾げた。

「思ったより軽装で来たんだな」
「ごめん、ちょっと思ってたのと違ったかも…」

確かにキャンプとはわかってたし山登るのも知ってたし
動きやすい服装で来てくれと言われてた。
これは私の計算違いだ…。

「大丈夫!色々貸せるから安心してくれ!」

そう言って折りたたみ式のストック4本を掲げて白い歯を輝かせた。

荷物の心配はするなって、
「俺か全部持ってくから」ってそういうこと!?

しかし、ストック…?
そんなものが必要な山なわけ?
長旅になりそうなのは間違いないな…。

不安な気持ちを抱えながらも、
楽しくおしゃべりしつつ電車に揺られること数時間。

「よし、今日登るのはこの山だ!」

聞いたことのない山の入り口で上を見上げて唖然。

山だ。
ガチガチの山だ。
観光向けの山でないことはわかる。
軽いハイキングのつもりで来た私が間違っていた。

色々貸せるとは言ってくれたけど、
流石に服は厳しいよね…靴なんてもっての外。

うう…着替えのことだけ気にしてればいいと言われて
今まさに服装が問題になっている…。

「急ぎじゃないし、ゆっくり登ろう」
「うん…頑張る」

出だしからどこか不安を抱えながらの出発となった。

足首まで守れるような山靴ではないにしろ、
ハイキング用の滑りにくい頑丈な靴で来たことは救いだった。
怪我しないようにとそれだけ配慮しながらゆっくりと進む。

だけどやっぱり何度か滑って転びそうになったり、
「これくらいどうってことないさ…」と言い張るけど
明らかに荷物が重たそうな秀一郎が気掛かりだったり
心労も抱えながら体力を消耗しつつ上を目指すことになった。

「(ストックあって助かった…めちゃくちゃ足に来る…)」

これ、下山も大変なのでは…?と早くも帰りの気が重い。

途中の開けた場所で丸太に腰掛けて、
綺麗な景色を見ながら食べたおにぎりは美味しかった。
とても楽しい。楽しいのだけれど。

「(確かに私はアウトドア好きだけど…
 だったらそのつもりの万全の体制で挑みたかった…!)」

割とお気に入りのデニムだったのだけど、
草の汁や泥跳ねをたっぷり受けながら昼過ぎに目的に到着した。

「着いたぞ、ここだ!」
「やったぁ〜…」

頂上というわけではないけれど、中腹の開けたその場所が私達の宿泊場所みたいだ。
そこにあったのは。

「(……超オンボロ)」
「よし、開いたな」

山の下の管理室で借りてきた鍵でその扉を開ける。
中は…ほんのりとかび臭いような、よく言えば自然の香りたっぷりな、
外から見た印象と変わらない古いコテージ。

「なかなか味があるね…」
「そうだろう」

秀一郎は満足げに笑顔を見せた。
こういう場所、嫌いじゃないけど。
寧ろ本来は好きだけど。

『ロマンチックなバースデーナイトだね!』

友人の言葉を思い出し、
それからは掛け離れているなと苦笑い。

でも!
秀一郎が私の好きなものってことを考えて選んでくれたのは間違いないし!
せっかく来たんだから楽しむしかない!!

「少し休憩したら、日が沈む前に準備しようか。夕食はBBQだ」
「いいね!」

BBQ大好きだから嬉しい!
もう既にシャワー浴びたいくらい泥んこだし汗かいたけど、
煙くなるから食べ終わったあとがいいかな。
ベッドに入る直前の方がいいよね…。

「(ベッド……)」

部屋の奥に目線をやると、
木でできたシンプルなシングルベッド2つが見えて、
思い描いていたものとはやっぱり少し違う、ような気もしたけど、
ここまで来たからにはこの環境を楽しむしかないと腹をくくった。


3時頃には準備を始めて、4時台から早めの晩ご飯となった。
日が沈んでいくのを薄暗さと肌寒さとで感じて、
いつの間にかメインの光源となっていた火に照らされる秀一郎の顔を見ながら
美味しく楽しくBBQを楽しんだ。
お肉を焼き始めたら秀一郎のキャラが豹変したことにはビビったけど…。
(言われた言葉の数々↓
 「待って、今火力を調整中だから」
 「まだ裏返すんじゃない!」
 「肉汁を無駄にするなー!!」
 「ケチャップを付けるなんて、正気の沙汰とは思えないぞ…?」)
(そこまで言う??)


「お腹いっぱい!美味しかったぁー!」

一緒にお風呂……などという展開は勿論ない。
湯船はなくて、一人分のスペースだけがあるシャワー室が備わっていた。

「(いや、でも寧ろ好都合かもしれない。ムダ毛とかないか最終確認だ!!)」

髪の毛めっちゃ煙臭いー!と思いながら
持参した良い香りのするシャンプーとトリートメントを通常の二倍量消費した。
(持ってきてて良かった!ナイスプレイ!!!)
ボディソープで全身をあわあわにして、ボディクリームを丹念に塗り込んで、
もこもこパジャマに身を包み、髪も丁寧に乾かして、洗面所を出た。

「お先ありがとー」
「ああ、俺もさっと浴びてくるよ。湯冷めしないようにな」
「うん。ありがと」

11月で、山の上とあってはさすがに気温は低い。
電気を使うような暖房器具はないみたいだけど、
薪ストーブのじんわりとした暖かさが全身を優しく包んだ。

ちょっと露出多いかな、とホットパンツ丈のパジャマを見渡す。
いやでも、これくらいの方が、自然と触れ合ってるうちに盛り上がっちゃって、とか…。

「(キャ〜〜〜!!!)」

妄想を繰り広げて一人でジタバタ。
思ってたのと違う部分は多々あるけど、
なんだかんだ外は暗くて時間は夜。
ここまでお膳立てされて何も起きないわけがないだろう。

ドキドキしながら待っていると、秀一郎も上がってきた。
石鹸の良い香りがする。
私からも良い香り、してるかな…?
結構良いシャンプーにボディソープにボディクリーム使ったんだけど。

秀一郎からどんな言葉が来るかと待っていると、
「その格好だと少し寒いかもしれないな…」と言って顎に手を当てた。
ん???
見てみると、秀一郎はパジャマのようなゆったりとした服ではなくて
割としっかり私服を着込んでいた。

「少し外に出たいんだ。一回着替えられるかな」

え?

「なんで?」
「ちょっと行きたい場所があって」

行きたい場所?
外真っ暗だけど?
寒いし危なくない?
11月ですし山ですし夜ですけど???

突っ込みたい言葉が浮かびすぎて大渋滞。
何も言えずにいる私に対し、寝袋2つ準備し始める秀一郎。
え、まさかさすがに野宿ではないですよね…。

「秀一郎、どこに何しに行くの」
「良いところだよ」

はぐらかされてしまった…。

寝間着ではなく、私服に厚いダウンを羽織始める秀一郎。
私もパジャマを一旦着替えて、インナーだけ変えて昼間と同じ服装に身を包む。
シャワー浴びた後なのになー。
でもここまで泥だらけになると思ってなかったからこれしか持ってきてないし…。
寒いかもしれないから、という事前の言葉通り持ってきた
真冬用のコートにしっかり出番が出来ることになった。

行きたい場所って行ってたけど、元々想定されてたってことなのかな…。
教えてくれなかったけど…。

大きな荷物を持って「準備はいいかな」と笑顔を見せる秀一郎。
どこで何をするのかわからないのに準備も何もないけど、
とりあえず全身出来る限りあったかい格好はした。
ウンと首を頷かせた。
秀一郎はガチャリと扉を開けた。

「(さっむ!!!)」

コテージを出ると、外の気温は夕方までとは比べ物にならないくらい下がっていた。
なるべく着込んだけど、手袋とか帽子とかは準備していなかった。
コートについているフードを被って、先を歩き始める秀一郎の後を追った。

「どこ行くの」
「大丈夫、五分も掛からないから」
「あっそ」

時間じゃなくて、場所を聞いてるんだけど。
私、これからどこで何するの。
……。

「秀一郎ぉー…風邪引いちゃうよー」
「ごめん、ちょっと我慢して。着いたら寝袋広げるから」

寝袋…?
何を言っているの。
さすがに野宿ではないと信じたい。けど。

意味がわからない。
秀一郎が何を考えているのか。
何も。
朝からずっと、噛み合わないことだらけだ。
楽しい一日になるはずだったのに。

「………ズビッ」
「大丈夫か、寒い?」
「グス、う、うえええ…」
「えっ、まさか泣いてるのか!?」

足を止めた秀一郎は私の両肩を掴む。
フードを被って顔を俯かせたけど、
涙がポタポタと垂れていった。

泣きたくもなるよ。
だってこれは私の誕生日祝い。
念願のお泊まりデート。
楽しみにして、色々想像して、
素敵な週末になればいいなって思ってた。

なのになんでこんな、
振り回されて、
辛い気持ちにならなきゃいけないの。
秀一郎、本当に、私のこと考えてくれてる…?

「なんでこんなことになってるの…」
……」
「秀一郎は、私のこと考えてくれたつもりかも、しれないけど、
 ぜんぜんキモチ、わかってくれてないよ…っ」

しゃくり上げて言葉が途切れ途切れになる。
こんなはずじゃなかった。
せっかくの誕生日で初めてのお泊まりで楽しい時間になるはずだった。

今の言葉、逆を言えば、
秀一郎が私のことを考えてくれてるのは想像できる。
なのに嬉しい気持ちで受け止められないのは私の落ち度だ。
最悪だ。

怒りたい気持ちと、自己嫌悪と、
混ざり合って涙になって目から押し出されていく。

もうイヤだ。
もう帰りたいよー…………。

「……ごめん」

冷えた体が、ふわっと包まれた。
顔を上げると、見たことないほど申し訳なさそうな顔をした秀一郎がそこに居た。

の言う通りだな。
 どうしたらが喜んでくれるだろうって
 自分なりに考えたつもりだったけど
 辛い思いをさせてただなんて……本当にごめん」

体がそっと離されて、両手が掴まれた。
こんなに冷えてる、と呟いた秀一郎は
包み込むように握り直してくれた。

あったかい。
手も、体も、心も、全部ほぐれていくみたいだ。

「無理させてごめん。寒いし、コテージに戻ろうか」

秀一郎は真っ直ぐ私の目を見てそう言って微笑んだ。

確かに寒い。
でも私、戻りたいのかな?
……。

「秀一郎は、どこに連れていってくれようとしてたの」

聞いたら、一瞬のためらいの間があったのち、
と星を見たいなって」
と秀一郎は答えた。

「実は俺、星を観察するのが好きなんだ」
「そうなんだ…」

知らなかった。
まだ知らないこと、あるんだなぁ。
それもそうか。
付き合ってるっていっても3ヶ月と少しだし。
私たち、まだまだお互いのこと知らないことばかりなのかもね。

「ちょっと歩いた先に開けた場所があるのをがシャワー中に見つけておいたから
 二人で一緒に見に行きたいなって」
「そうならそうと早く言ってくれればいいのにー!」
「ごめん。サプライズにするつもりだったんだ」

片手を振りほどいてぽかぽかと秀一郎の肩を叩いた。

そうなんだ。
秀一郎は星が好きで、
一緒に星が見られる場所に連れてってくれるつもりだったんだ。

「行こう!」

私は笑顔で伝えた。
変に気遣って自分に合わされてると思うより、
秀一郎の好きなこと知って、一緒にできてるの、嬉しい。

「本当に大丈夫か、寒くない?」って聞いてくれたから、
「手繋いでたらあったかいよ」って伝えた。
秀一郎は笑顔で繋いだままの手に力を込め直してくれた。

さっきまでの寒さが嘘みたいだ。
手を繋いで、秀一郎の体温を分けてもらってる。
それもあるけど、きっとそれだけじゃない。

秀一郎の言葉通り合計で3分くらいしか歩かなかったと思う。
木の生い茂った森を抜けた。

「星だ……」

思わず言葉が漏れた。
見上げた空には満天の星空が広がっていた。
秀一郎は、これをサプライズプレゼントにしてくれようとしてたんだ。

あまりに綺麗で、また泣きそうになったのをまばたきでごまかしていると、
隣で秀一郎はガサガサと荷物を掘り起こしている。
リュックの中からはマットが2本出てきた。

「ずっと上を見てると首が痛くなるからな、横になって観察しよう!
 地面から冷えが伝わるからマットを敷いて、その上に寝袋を……」
「秀一郎がこんなに大荷物だったの、もしかしてこれのせい?」

気合い入りすぎじゃん、って思わず笑いそうになった。
しかも私のも合わせて二人分。
そりゃ大荷物になるわけだよ。

ピッタリと、重なるくらい寄せてシートを敷いて、
その上に寝袋が広げられた。
「入ってみて、暖かいから」と促されるまま靴を脱いで寝袋に入り込む私。
触れた瞬間だけヒヤリとした感触がしたけれど、
足を滑り込ませると想像以上にポカポカとした。

「すごーい、あったかい!」
「それからコレ。ホットミルクだ」
「ありがとー」

湯気を立てている水筒の蓋を受け取った。
ゆっくりと啜って、温かい液体が体内に注がれていった。

「あったかーい…」

ほっとして、思わず漏れた言葉は真っ白い吐息になった。

「ほら、寝袋にもぐってごらん」
「うん」

もぞもぞと足を奥まで差し込むように体を滑らせて、空を見上げる。
一面の星。

「キレー……」

自分の感嘆のせいで白くなる空気が邪魔。
なるべく視界をクリアにするために、
息をスッと飲み込んで、止める。
お陰であたりは暫しの沈黙。

見たことのないような細かい星たちも見える。
私はそんなに星に詳しい方じゃないけど、有名な星座くらいはわかる。
だけど、こんなに星が見えるのに、星座が一つも見つけられない。
きっと見える星が多すぎるんだと思う。

見えてないだけで、星ってこんなにたくさんあったんだね。

「もしかして、真上に見えてるのって天の川?」
「いや……あれは雲だな」
「あれっ」

どうやら、今日はうっすら曇っているらしい。
それでもこれだけの星が見えるんだから山の上はすごいな。

「曇っててもこんなに星見えるんだね」
「東京と比べると信じられないよな」

本当だ。
逆に、もっと晴れてたら天の川も見えたのかな?
それはちょっと残念だけど、
そんなの抜きにして充分過ぎるほど星空は美しい。
じっと見てても何も変わらないのに、ずっと見ていたい。

丁度そう思っていたとき。

「あっ!」
「流れたな」
「私、流れ星見たの初めてー!」

空を横切る光の流れにテンション上がる私。
秀一郎は「じゃあ何かお願いしないとな」と言った。

お願い事……。

なんだか今、満たされすぎててうまく思い浮かばない。

は星に何を願う?」
「えー、なんだろなー…」

すぐには思いつけず、沈黙が訪れる。
考えている間にもう一つ流れ星が見えたりしないかと期待したけど
二つ目がやってくることはなかった。

さっきより、星が少し見えづらくなっている気もする。
薄い雲が少しずつ厚みを増しているのだろうか。



名前を呼ばれて秀一郎の方を向くと、
がさがさと体勢を変える音がした。
直後、秀一郎の腕が私の寝袋の中に侵入してきて、手を取られた。

「今日はごめんな」
「もう大丈夫だよ。私も急に泣き出したりしてごめん」
「もしかして、さっきだけじゃなくて
 朝から色々無理させてたんじゃないかって今更気付いて…」
「あー…確かにちょっとコミュニケーション不足だった節はあるかもね」

朝一から思わぬことばかりが起きていたことを思い出した。
そのせいで少しずつ秀一郎に不信感を溜め込んでしまったことも…。

ただ、一瞬空気を悪くしてしまったけど
ちゃんと気持ちをぶちまけられたことで
私たちの距離は前より縮まったのかな、っていう気もしている。

「お互いに対する理解がまだ足りてないのかなって思った。
 私、もっと秀一郎のこと色々知っていきたいな」

そう伝えると、
秀一郎からは「俺もだよ」という返事が返ってきた。

「俺も、のことをもっと知りたいよ。
 は、結構無理して我慢しちゃう傾向あるだろう?
 もっと要望を伝えてほしいかな」

暗くて表情はよく見えなかったけど、
いつもの困る眉の笑顔かなって想像できたから、「わかった」って返した。

はどういう風に誕生日を過ごしたかったか俺から聞けば良かったのかな」
「えー、今日すごく楽しかったよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、
 実は期待してたこととかあったりしないのかい」

実は期待してたこと。
…………。

「……言えない」
「どうして」
「言えないよぉ」

白い息が弾む。
ああなんか、私は一人で突っ走って
勝手に思い詰めてたんだなって気付いたら笑えてきちゃった。

の考えてることが、俺と一緒だったらいいんだけどな」

それって、何――…

聞くより先に唇が合わさっていて
無意識に私の呼吸は止まっていた。
先ほど満天の星空を見ようとしたときみたいに。

さっき飲んだホットミルクのせいか
合わさった口中は温かくて
お互いの感触を確かめ合うみたいなキスで
私たちは溶け混ざっていくみたいだった。

ゆっくりと口を離して、
ハァって漏れた息が白くて、

「続きは、戻ってからにしようか」

って言われて、
私はコクンと頷いた。


星の観察を終えて、手を繋いだままコテージに戻ってきた。
建物の中は暖かくってほっとした。

あんまりおしゃれじゃないなと思ったベッドだったけど、
電気を消したら何の関係もなかった。
カーテンの隙間から覗く星明かりですら頼りない。

ここでは息は白く弾まなくって、
星明かりは遠くてほのかすぎて。
声と温度だけを頼りにしながら、
私たちはお互いの熱を交換しあった。
























私は大石と何度でも星を見に行きたい。
オールで山登りして朝日を見に行くような提案をしてくる大石のことなので
これくらい暴走してくれるだろうと思って書きました笑

山で寝転がって星観察したのは私の高校の修学旅行での思ひ出です。
やたらとキャンプさせるのが好きな高校でした。
まあ、もっと夏だったのでこの小説みたいな過酷な感じではなかったですが笑

アウトドアが趣味とのことでリクエストを頂きまして、
お誕生日のさつきさんに捧げます!
いつもサイトに遊びにきてくださってありがとうございます!!
少しでも楽しんで頂けてたら幸いです!


2021/11/17-21