* 私は悲劇のヒロインにはなれない *












転校初日、隣の席の男子と仲良くなった。
第一印象は、めちゃくちゃ真面目なタイプ。
何を言っても笑わないような堅物タイプだったらどうしようって思ったけど、
軽くいじってみたら、困ったような、でもとても優しい笑顔が返ってきた。

大石秀一郎、か。

「秀一郎!」

って、敢えて下の名前で呼んでやった。
少し赤くなった驚いた顔が見えた。
日本では名字で呼び合うのが普通ってわかってたけど、
私には名前の方が自然だし、
その方が距離が近くなれる気がした、から。


秀一郎は、すごくまっすぐ人のことを見る。
会話の最中は滅多に視線を逸らさない。
秀一郎のその目が、好きだと思った。

「(私、秀一郎のこと、好きかもしんない)」

そう思った。


秀一郎の目線は、授業中だってまっすぐだ。
黒板と教科書とノートと先生の顔と、目で追うだけじゃなくて
顔ごと行ったり来たりさせるから忙しそうだ。

だけど、先生の雑談が長引いたとか。
各自問題を解けって言われたのが早めに終わったときとか。

ふとした合間ができると。

「(……また見てる)」

その視線は少し離れた席のクラスメイトに向いている。

「(秀一郎、ちゃんのこと、好きなのかな)」

心の奥が、ズキッとした。
やっぱり私、秀一郎のこと好きなんだな。

ちゃんも秀一郎のことを気に掛けてる素振りをたまに見せるような?
気のせいかもしんないけど。

「……ねえ秀一郎ー!」

それなら私にはこうするしかできない。
大きな声で話しかけて、満面の笑みで笑う。

さあ、割って入ってご覧よと言わんばかりに。
本当は私たちの間なんて、
なんの強固な結びつきもないのはわかってるけど。
わかってるからこそ、私にはこうするしできない。


青学での生活にも慣れてきた頃、初めてちゃんに話しかけられた。

「ねえさん」
「あ、ちゃん!」

やっぱり私は笑顔を光らせる。
返ってこないのもわかってる。
寧ろ見せつけるみたいに笑う。
どう、私眩しいでしょ?って。

案の定、にらみつけるように私のことを見返してくるちゃん。
その口から、思いがけない一言が。

「大石くんのこと、好きなの?」

その一言と目線で、確信した。

やっぱりちゃんも秀一郎のこと好きなんだ。

両想いなんじゃん?
なぁーんだ。

笑い飛ばすみたいに大きな声を上げた。
そうでもしないと、うっかり泣き出しそうだった。
笑いすぎて浮かんだ涙を、指の端で拭った。

「別に秀一郎とはそんなんじゃないよぉ。おもしろいからいじってるだけ」

ちゃんは不満そうに眉を潜める。
わかるよ。どうせ私が邪魔なんでしょう?
突如として現れて自分の好きな人の隣にいるのが当たり前みたいな顔をして、
ルックスも勉強も運動も勝てないって、
自分は恵まれてないって落ち込むんでしょう?
やめてよね、そうやって悲劇のヒロインぶるの。

あなたは知らないだけだよ。
人より優れてるって、どれだけ僻みに合うかとか。
いつもヘーゼンとして笑ってるけど、
本当は私が秀一郎に話しかけるたびにどれだけ勇気を振り絞っているかとか。
あなたは知らないだけ。

物心付いた頃からずっと、
いろんなことが人並み以上にできた
目立つことが多かった。
そんな自分に自信を持って生きてきた。
テストだってコンテストだって何度も一番を取ってきた。
だけど好きな人の一番になることはどうしてこうも難しいのか。

さながら、私は悪役にでも見えているのでしょうね。

私の悪事といえば、そうだね、
さっき嘘をついちゃったことくらい。
でも安心して、あとで終わらせるから。


ちゃんこそ好きな人いないの?」なんて聞かない。
「告白したらきっとうまくいくよ」なんて言ってあげない。
隣でにこりと微笑んで、“イイ人”になって、
“こんなにイイ人を恨んじゃうダメな私”って
コンプレックス埋め込んでやるの。
それくらいでしか一矢報えないもん。

なんでだろうね。
外見も能力も人並み以上の自信があって、
いつでも明るく元気に振る舞って、
自分の気持ちを伝えられる勇気も持っているのに。
何故かいつも報われない。


昼休み明けの国語の授業、4つに折りたたんだ紙を隣の席に投げる。
授業に集中しろと言いたげに秀一郎は眉を潜める。
いいから早く読んでと口パクと動作で伝える。

『秀一郎のことが好き』

それだけ書かれたメモ紙を開いた秀一郎が
見たことがないような表情で私を見返す。


返事がマルでもバツでも、私は変わらず笑うのだろう。
だから私は悲劇のヒロインにはなれない。

でもそれでいいの。
だって私は、いつでも自分の物語の主役なんだから。
























『私は物語の主人公になれない』のアザーサイド。
私はこの主人公に近い。私ってこういうとこある(笑)
めちゃ闇あるキャラにしちゃったけど笑笑
私はここまで闇はないよw(自称)
みんなにキラキラしてる部分見せつけといて
実は損してる部分あるけどそこは見せない節はある笑

主人公“に”なれないと悲劇のヒロイン“には”なれない、の違いが皮肉。
後者、つまりこの話の主人公は、
ちょっとだけ悲劇のヒロインを鼻で笑ってるみたいなとこある。
それくらいでしか報えないというのが皮肉なのである。


2021/11/15-16