* 私は物語の主人公になれない *












うちのクラスの大石くんは、クラスの他の男子と少し違う。

休み時間、教室で大騒ぎするようなことはまずない。
一人で勉強や読書をしている姿を度々見かける。
誰かと会話をしているにしても、宿題のこととか、学校行事のこととか。
他のクラスから保健委員が質問しに来ることもある。
たまに楽しそうに喋っているのはテニス部のダブルスパートナーである菊丸くんか、
テニス部の部長であり我らが生徒会長でもある手塚くんがほとんど。
たまに汗をかいて戻ってくるのはテニス部の昼練があるときみたいで、
校庭や屋上で遊び回っているというわけではないみたい。

だからといってクラスメイトと全く雑談をしないかというとそんなことはなくて、
寧ろ投げかけられた話題にはいつも笑顔で応じてくれる。
私も一生懸命共通の話題を見つけては大石くんに話しかけている。
今日も、席で何か書類にペンを走らせている大石くんにこそりと話しかける。

「大石くん、今夜おうし座流星群がピークだね」

大石くんが星のことを好きだと知って私は一生懸命勉強した。
その話題ばかり振るから、きっと大石くんの中で私は星好きだと認識されている。
お陰で本当に星に興味が湧いているのは事実だけど…
でも違うよ。私が好きなのは、大石くんだよ。

「そうだな!しかも今年は月も早めに沈むから好条件だ。もちろん見るんだろう?」

返事をしてくれる大石くんの目はキラキラと光っていた。

「うん、家のベランダから見ようと思ってるよ」と返した。
まさか私には、「一緒に見ない?」なんて誘う勇気はないから。

でも、
たまーに星の話題で盛り上がったり、
たまーに読んでる本を紹介し合ったり、
それくらいの距離感が心地良いし、
大石くんもそう思ってくれてるんじゃないかな、って勝手に想像してる。

まさか、大石くんと付き合えるだなんて思ってないけど、
話しやすいクラスメイトのうちの一人であるとか、
いい子だなくらいに思ってもらえていれば、
私はそれで満足だから…。



そんな、平凡だけれど幸せな日々が一転することになろうとは。


全てのきっかけは一人の転校生だった。



です!アメリカから引っ越してきました!
 早くみんなと仲良くなりたいです!よろしくお願いします!」

ま、眩し…!

いかにも「陽」タイプの転校生に圧倒された。
中途半端な時期の転校生がいるものだと思っていたら、なるほど海外からとは。
さんの席は…大石くんの隣。いいなあ。

ただなんとなく、さんと大石くんはタイプが合なさそうだな…と思った。
大石くんから見たさんも、さんから見た大石くんも。


と、思っていたその次の休み時間。


「ヤバイ秀一郎!マジでウケる!」


しゅ、秀一郎…?

聞いたことのない響きに教室の一角を凝視してしまう。



さんは大石くんの肩をバシバシと叩いていて、
いてて、と叩かれた部位を擦って大石くんは眉を顰めていた。
その眉は顰められていた…けど、
本気で嫌がっているというわけでもなさそう。

「(寧ろ……ちょっと楽しそう?)」

なんだかちょっと嫌な予感がして背筋がヒヤリ。
まだ転校初日…というか一回目の休み時間で、
あれだけ親しく喋れるもの?


いつも、静かで知的な雰囲気が流れている大石くんの机の周りが
楽しそうな、捉えようによっては下品な笑い声に包まれている。
大石くんが迷惑がってないといいけど…と勝手に心配してみるけど、
あいつは優秀だから、他とは違うから、と気を遣われてるだけで、
大石くんもあのようなバカ騒ぎが嫌いというわけではなかったとしたら…?

「(隣の席うらやましい…けど、私が隣の席になれたところであれはできない)」

キャハハと大声を上げて笑うさんと
困った風だけど楽しそうな大石くんから視線を外した。


こうして早くもさんのキャラクターはだいたい掴めた、
と思ったけれど、予想外だったのはその能力。
正直、挨拶の段階ではさんにちょっとお馬鹿そうな印象を抱いたけど、
授業中に先生の「これ誰かわかるやつ」に反応して
「はい!」と勢いよく手を上げては見事正解を答える、という優秀ぶり。

極めつけは英語の授業。
先生までたじたじになっちゃうくらい、さんは最早スーパースターだった。


その後一週間、さんの様子を観察していたけれど
非の打ちどころがまるで見つからない。
勉強ができることは初日でわかった。
体育や美術に音楽なんかの実技もできるとその後わかった。
しかも、スタイル良くて美人なんだよな…。
それで明るく元気に誰とでも気兼ねなく喋れるんだ。

「(神は人の上に人を作らずって、嘘じゃん)」

明らかに素地から違いすぎる。
さんも陰ながらの努力とかしてるのかもしれないけど、
私がいくら努力したところさんみたいにはなれない。

今日も、さんにいじられて困り顔ながらも楽しそうに笑う大石くんを見て、
ため息が出た。




「秀一郎、屋上でドッヂボールやるって!行こ!」

昼休み、教室に大きな声が響き渡った。
見るとさんはボレロを椅子の背もたれに掛けて
長袖のシャツを腕まくりして、大石くんの肩に手を乗せている。

「え、ドッヂボール!?」
「行こ行こ!教室で本ばっか読んでたら体ナマるぞ!」
「いや、俺は放課後にテニスを…」
「いーから!行こ!!」

腕をぐいぐいと引っ張られて、
さんに引きずられるように大石くんは連れ去られた。

っていうかさん、男子に混じってドッヂボールやる気?
すごいなぁ…球技得意だもんね。体育の授業でも大活躍だったもんなぁ。

「(私は、ああは、なれない)」

15分後、汗をキラキラと光らせながら教室に戻ってくるクラスメイトたちの中、
楽しそうに目を見合わせながら談笑している二人を見て、
私はああはなれない、と再確認した。



大石くんは、クラスの他の男子と少し違う、って思ってた。
教室でゆっくりと過ごしながら星の話とか好きな本の話をして過ごすのが好きで、
それに合うような落ち着いたタイプの人が好きなんじゃないか、って。

私は特別可愛くもないし勉強は人並みだし
体育も美術も音楽も胸を張って得意と言えるものはないし
あんな風に自信を持って明るく笑顔でなんか喋れないし。
それでも、大石くんにとっては話しやすい相手であれたら嬉しいな、って。

結局、ああいう子が男子にはモテるんだよね。
大石くんだって結局男の子だもんね。

どうせ私みたいなのは脇役で、
物語の主人公になれるのはさんみたいな子なんだ。


「(……バカみたい)」

思い上がってたことを自覚してしまった。


教室に居たくなくてトイレの鏡とにらめっこ。
…していたら背後に、さんの姿が反射した。

「(タイミング悪……)」
「わーめっちゃ汗かいちゃった!」

そう言ってさんはバシャバシャと水で顔を洗って
タオルハンカチで水気をふき取った。
ポケットからくしを取り出して、前髪を整えれば……
いつもの可愛いちゃんの出来上がり、ってか。

「……ねえさん」
「なにー、ちゃん」

さんは屈託ない笑顔でそう呼んできた。
私のことなんて認識してないと思ったけど、下の名前でまで憶えてるなんて…。

眩しくて気圧されそうになりながら、質問をぶつける。

「大石くんのこと、好きなの?」

さんは固まった、と思ったら直後に声を高らかに上げて大笑い。
トイレにさんのアッハッハという笑い声が響き渡って、私はバツが悪く黙り込む。

「別に秀一郎とはそんなんじゃないよぉ。おもしろいからいじってるだけ」

さんはそう言った。
その笑顔に嘘はないように見えた。
じゃあ、大石くんとさんが両思いということはないんだ。良かった。

だけど、もしかしたら大石くんは、
そんなあなたのことを好きになってるかもしれないよ…?

「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
「いいよー別に」

そう言って、何も言わずに立ち去ろうとする私
の隣にごく自然に並んで一緒に廊下を歩き始める、
横のその人物の顔を見たら眩しい笑顔でこちらを見返してきていて、
やっぱり私はこうはなれない、って思った。
























私が想像する、平均的な夢女さんって
こういう考え方をしがちな気がしてるけど
偏見だったらごめんなさいw
私はこうはなれないので…w

対として『私は悲劇のヒロインにはなれない』があります。


2021/11/15