* 待ちて、恋、焦がれ。 *












 待ち合わせ時刻まで、あと30分。時計を確認して大石はふぅとため息を吐いた。
 元々待つのは苦ではない性質だ。約束の時刻よりも遥かに早く待ち合わせ場所に到着するのは一種の癖のようになっている。自分が待たれる側になる方が苦痛であるというのも一つの理由であるが、何より待つという時間が結構好きなのだ。好きな本を読んだり、道行く人を観察したり、季節の空気感を楽しんだり。不自由なようでいて、できることが限られるからこそその時間は落ち着ける時間だと感じている。
 だけど何故だろう、今日は時計を何度も確認してしまっている。先ほどに時計を見た時から長い針は5分しか時を進めてくれてはいない。
 ぐるりと辺りを見渡すと、隣にはスタイルの良い男性がスマートフォンを弄りながらそこに佇んでいた。同じく誰かと待ち合わせだろうか。この人はどんな人と待っているのだろう。考えても仕方のない人間観察を終え、もう一度時計を確認して読みかけの文庫本に向き直った。楽しみにしていた新作だ。しかし読もうと思っても目は文章の上を滑る一方で内容がなかなか頭に入ってこない。このようなことは珍しいが、集中できない以上は仕方がない。先ほどしおりを抜いたその位置に再びしおりを戻すことになり、パタンと本を閉じた。
(仁王……まだかな)
 普段ならば待ち合わせをしていてもこんなに待ち焦がれることはないのに、ふと浮かんだ思いによって自覚している以上に待ち合わせている相手を恋しく思っていることに気付き、一人で勝手に恥ずかしくなった。自分の意思で早めに待ち合わせ場所に来たのに、何を勝手に待ちぼうけをさせられている気持ちになっているのか。だけど、まさかここまで待ち焦がれているとは自分でも思っていなかったのだ。
「んー…」
 聞こえた声に誘導されて横を見ると、先ほどからずっとそこに立っている男性が退屈そうにストレッチをするところであった。先ほどはスタイルの良さに目を取られたが、よく見ると端正な顔立ちをしている。そしてどこか、ミステリアスな雰囲気をしていた。
(あっ…)
 目が、合った。焦って目を逸らしてから、つい見とれて凝視していたことに気付いた。何をしていたんだ。ただ、その人物の雰囲気が、待ち合わせ相手を彷彿とさせるものであったから。それだけで他意はない。そう自分に言い聞かせながらも大石の心臓は普段よりも強く脈打っていた。
 何を考えているのか。仁王以外に、こんな気持ちになりたくないのに。仁王にしか、こんな気持ちになるとは思っていなかったのに…。
 一人で待つこの時間が不安にさせるのだ。そして、やたらと寂しい思いにさせるのだ。それだけだ。
 そう考えて再び時計を確認し、やはりまだ5分しか進んでいないことを確認してため息を吐いたところで、笑い声が聞こえた。
 横を見ると、その男性が笑っていた。何に対して笑っているのかと考えるより先に「限界じゃ」と聞こえた。
 え?
「仁王!?」
「おまん面白すぎじゃ」
 瞬きをする間に仁王は見慣れた風貌に姿を変えた。そう、隣にずっと佇んでいた男性はイリュージョンした仁王だったのだ。
「いつから居たんだ!」
「大石が来る前から待ち伏せしとった」
「どうしてそんなことを…」
「待ち合わせにはいつもおまんが先に来とるからのう、一度は先回りしたいと思ったんじゃ」
 つまり、見られていたのだ。何度も何度も時計を確認し、繰り返しため息を吐いていた自分の姿を。
 もしかしたら、横の男性に見とれていたことも…。
「のう、大石」
「な、なんだ?」
 ギクリと肩を震わせながら返事をすると、仁王はフッと鼻で笑って大石の肩を抱いて引き寄せた。
「その顔は自覚がある顔じゃの」
 仁王がいつ来るかと待ち焦がれるような行動を取っていた。これは指摘されたら恥ずかしい。見知らぬ男性に見とれていた。それは咎められても仕方がない。しかし実際、その男性は仁王だったわけで。やはり俺の心は、お前以外には動かないんだな、と。どんな姿をしていても俺はお前に心動かされてしまうんだな、と。
 どの部分を問い詰められても居心地は悪く、仁王のことを好きだと証明する行動であった。もちろん自覚はある。仁王を好きなことなど、今更だ。
「……自覚って、何が」
「話はゆっくり聞いてやるぜよ」
 耳元で言われて顔が熱くなったまま肩を引かれるがままに歩き出す。そう、ゆっくりでいい。二人で一緒に過ごす今日の時間は今始まったばかりなのだから。

























Tricolore!2にてエアスケブのリクエスト、
仁石で『付き合っていてデート中、ゲロ甘くらいの甘さ』でした!
どちらかというとデート前がメインになってしまったし
甘さやや控えめな気がするけど許してください!
らむねさんに捧げます!


2021/09/12