「お願いがあんだけど!」 そう言ってアキラは顔の前で手を合わせた。アキラはいっつもそう。教科書忘れたから貸してってときも、勉強教えてってときも、恋のお悩み相談をしてくるときも。 「何?」 「今度のオレの誕生日、杏ちゃんと二人で過ごしたくてさ。協力してくんね?」 杏ちゃんと呼ばれたその人物は、去年の二学期からクラスメイトだった私の友達で、アキラの好きな人。そんなアキラは私の好きな人。生まれたときから近くにいて、物心付いた頃には始まっていた10年以上に及ぶ私の片想いは、南から来た転校生によって一瞬にして終焉を迎えさせられたのだ。それも知らずにコイツはよくまあ。 「アキラだって連絡先知ってるでしょ?」 「そうだけど、誕生日当日に呼び出すとか意味深過ぎねぇ?」 「それで来てもらえないようだったらそもそも無理じゃない?」 「う、うるせー!」 変なところで女々しいんだよな。ハァ、とため息を一つ吐いてから「わかったよ」と伝えた。 「私から呼び出しておくから。それでいい?」 「サンキュー!お前マジ頼れるわ!」 そう言って満面の笑みで私の両手を取って揺すってきた。動揺して口が勝手に開いたのを噛み殺す。無自覚にこういうことするからな、アキラは。 ** 杏にメールをして遊ぶ約束を取り付けた。お揃いのアクセ買おうなんて話しちゃったけど、ごめんそれはできないや。待ち合わせは正午。私は別の相手にメールを送る。 『8月26日11:30に駅前の広場集合ね』 ** いざ当日待ち合わせ場所に着くとアキラはポケットに手を入れてそわそわと落ち着かない様子で周囲を見渡していた。「アキラー」と呼んで手を振ると、「おー!」と笑顔が返ってきた。 「どういう感じ?3人で遊ぶ?」 「杏には待ち合わせ30分後って伝えてあるから。あと10分くらいしたら私消えるわ」 時計を確認してそう伝えると、そういうことか、とひとり言を漏らしてアキラは頭を掻いた。頬はわずかに赤い。私と顔突き合わせても絶対そんな顔しないくせに。 去年は二人で遊んだ8月26日。私たち二人の時間は、今日はあと10分。 「アキラ、本当に杏のこと好きだよね」 「い、いいだろ別に」 「初恋?」 「……って、わけじゃねーけど」 目が合って間が空いて、視線を逸らしてからアキラはそう答えた。ふーん? 「初恋は誰?」 「っ、なんでそんなこと聞くんだよ。誰だっていいだろ!」 アキラはぶっきらぼうにそう言ったけど。 誰だって良くないよ。私の初恋はまだまだ続いているっていうのに。 「特徴くらい教えてよ」 「えー……話してて楽しいっつーか、楽っつーか……気の合うやつ、かな」 「なんで杏に心変わりしたの?」 「だって杏ちゃん、可愛いし」 「どんな風に?」 「どんな風ー!?」 私の突拍子もない質問に頭を悩ませたアキラは今度は耳まで赤くして「花みたい、かな」といつもより遥かに小さな声で言った。 もしも、杏がアキラの前に現れるより先にこの想いを伝えていたら違う未来があったのかなって考えたこともあったけど。 ああ。やっぱり勝てないや。 「初恋の人は可愛くなかったんだ」 「そんなことねぇよ!」 食い気味に反論された。真っ直ぐ目を見て。 ねえアキラ。さすがにここまで言われて誰のことを指しているかわからないほど私は鈍くないし、私たちの付き合いだって短くはないんだけど。どんな顔していいか、わかんないよ。 「……急に声デカ」 「……ワリ」 アキラは手をチョイと掲げて謝ってきた。申し訳なさそうに眉をしかめたまま、少し口を尖らせて、しどろもどろとアキラは続ける。 「でもそいつは、そういう枠じゃないっつーか、付き合うとかそういうのは、よくわかんねーけど…………ずっと一緒にいてほしいやつでは、あるかな」 「へぇー……」 そっか。そうなんだね。 それだけ聞ければ、私は満足だよ。 「良い話聴けたし私そろそろ行くわ。頑張ってねアキラ」 「おいもう行くのか!?」 「杏が早めに来ちゃったら面倒じゃん」 時計を確認すると、真上に針が揃うまであと15分と少し。もう、行かないと。 「そうだ。杏より先に伝えとく」 私は君に『花みたい』なんて表現はしてもらえないのはわかってるけど。私もまさか『好きだよ』なんて言えないけど。 それでも、出来る限りの笑顔で。 「お誕生日おめでと、アキラ」 一番にはなれなくても、一番目は私のもの。それだけは一生譲れない。 |