『秀一郎…!』 『ん?ここがいいのか?』 『あっ…!』 声が上擦る。背中が仰け反る。目を閉じてるのに、何故か秀一郎の表情が鮮明にわかる。私の敏感な場所を探り当てた秀一郎は、不敵な笑みを浮かべながら二本の指先でその部分だけを執拗に責め立てる。 『、可愛いよ』 『ダメ、だ、め……アアッ!』 秘部と同時に全身がビクビクと波打つのを感じながら、声にならない声を発した。 つもりだった。 「…………夢かい」 思わず口をついて出たツッコミが部屋に虚しく響いた。 外はすっかり明るいけれど、時計を確認してみればまだ5時半。随分朝日が昇るのが早くなったものだ。夏至が近い。 ベッドの隣は空っぽだ。今日は夜勤の予定ではなかったけど…どうやら帰って来られなかったみたいだ。スマホを確認するけれど連絡は入っていない。 以前はこのようなとき、何か事故でもあったのではないかと都度狼狽していたものだけど、月に数回ペースとなるとさすがに慣れた。連絡する暇すらないのか、深夜に連絡することをためらったのかというところだろう。事故ならさすがに私に電話が入るはず。そう思って布団に潜り直した。 もう少し寝よう…と瞼を下ろすと、起きる直前に見ていた夢が蘇ってきた。 あんな夢見るなんて。 私、欲求不満なのかな…。 思い返してみれば、秀一郎と二ヶ月くらいエッチしてない。その間自分でもした覚えはないから、個人、対人関係なく性行為と言われるもの全般とご無沙汰していたのだ。 秀一郎はどうしているのだろう。溜まったりとかしないのかな…。まさか浮気とか風俗とか…というのは考え難い。自分の旦那を盲目に信用しているとかではなくて、本当にそんなことをする暇もないことは把握できている。となるとトイレとかで処理してるのか。時間ないもんな、本当に。もしくはそれすらする気力もないか。 平日は夜遅くにくたくたになって帰ってくる。今日のように終電ですら帰って来られないこともある。そもそも当直で夜勤の日もある。土日は疲れ切っていてすぐ寝てしまう。 「(秀一郎は、私とエッチしたいなーとか、思ってないのかな)」 私はあまり性欲が強い方ではないようで、いつも求めてくるのは秀一郎の方からだった。私は二ヶ月エッチしてないことにすら気付いていないくらいだし。つまり、二ヶ月近く求められていないのだ。秀一郎に。 エッチ自体は嫌いというわけではない。ただ、してる間もその後も疲れ果ててしまうから自ら進んでしようとは思わない。一人でしたこともないわけではないけれど、秀一郎と結婚して一緒に住むようになってからは全くしてないと思う。 しかし…二ヶ月か。それほど間隔が空いたのは初めてかも知れない…。過去を振り返りながらそう思った。 淋しい…のかな。自分の心境を自問自答。今日あんな夢を見たのはその証拠だろう。 ……久しぶりに、一人でしてみようか、という気持ちになった。 幸いにも、先ほど夢に見た鮮明なイメージがある。瞳を閉じれば容易に瞼の裏に映し出せる。 憶えているのは、秀一郎が私の中に指を差し入れてくるシーンから。始めは浅い位置で前後左右に擦り、徐々にそれが深くなり、奥の方の、感度が高い部分を探り当ててきていた。 『、可愛いよ』 そうだ、そんなことを言っていた。これが自分の脳内で作られた幻像なのだと考えると恥でしかないけど、きっと今までに実際に言われたものが呼び起こされていただけだ…と信じたい。 私のことを可愛い、だなどと言いながら、秀一郎はその指で敏感な部分を見つけて集中的に擦ってきて…私はみるみる上り詰めて果ててしまったのだ。夢の中では。 「(なんかちょっと違うな…なんで夢の中あんなに気持ちよかったんだろ……夢だから?)」 気持ちよくないとは言わないけど、そんなすぐに絶頂に達するとは思えない。やはり時間と体力が必要だ。気分もそこまで乗ってない。中途半端だけどやめようか。でもせっかくだし、もう少しだけ続けてみるか。 「(声とかも、絶対出ないな。敢えて出してみる?)」 なんかその方が気分が盛り上がるかもしれない。そう思い立って、逆に虚しくなるの覚悟で喘ぎ声を出してみることにした。それでもダメだったら、やめよう。 少し高いほうがいい?秀一郎とエッチしてるとき、私はどんな声が出てた?今日の夢の中ではどうだった? 「ん、うぅ……ンッ」 「、大丈夫か!?」 肩に手。 えっ? 「しゅっ…!?」 「あ、良かった」 「秀一郎いつから居たの!?」 「今だよ。寝てると思ったから抜き足でここまで来たんだけど、逆に驚かせてごめん」 驚き隠せず目をかっぴらいて振り向いた私に、秀一郎は淡々と状況説明をした。私の空想じゃない、本物の秀一郎だ。 抜き足うますぎでしょ!全く気付かなかった!気付かずに、秀一郎がすぐそこまで来てるのに、お、オナっ、ニ…ィ……。 「なんかうなされてた?」 「いや、そういうわけじゃないよ!」 「そうか」 ……は!うなされてたことにすれば良かった!焦ってたから否定することに必死になってしまったけど、墓穴を掘ったのでは!? 頼む、スルーしてくれ……。 「」 スルー…… 「今、なにかしてた?」 ……してくれないよなぁ。(そうよ秀一郎はこういう人だ。) 「して、ない」 「本当か?」 「………」 もうこれは、完全にわかられてしまっている。だって、うなされている以外で、布団の中で、苦しそうな高めの声を出すこととか、何がある? 「……秀一郎が悪いんじゃん」 涙が滲んだ。 私だって別に一人でしたかったわけじゃない。どうしようもないくらい性欲が溜まってたわけでもない。 ただ、ただ……私は淋しかったのだ。 「…そうだよな。ごめん」 そう言って、ぎゅうと抱き締めてくれた。布団の上からだけど、それだけで胸の奥がほぐれる感じがした。エッチだけじゃない、こうやって正面から抱き合うこと自体が久々になってしまっていたのだ。 心の中の氷が融け出したみたいに、目からゆるゆると零れ落ちた。秀一郎はそれを指の背で拭うと目元に唇を落としてきて、そして唇同士も触れさせた。 唇が離れて、目と目が合う。 「ねえ、こんな時間だけど…久しぶりに、する?」 明朝と呼ぶのも烏滸がましい、もうすっかり朝だ。この爽やかな空気の中で、秀一郎と久しぶりにエッチ…。 それは嬉しく感じた一方で、欲求不満な女に思われたであろうことは悔しくはあって。 「しない」 思わず意地を張ってしまった。秀一郎は問い正すでもなく語りかけるように優しく「どうして」と言った。 だって。だってだって。私は秀一郎の方から求められたかった。エッチだってすごく好きなわけじゃなくて、秀一郎とだから幸せだった。三大欲求だなんていうけど、私はきっとエッチなんてしなくても生きていける。ただ、淋しいだけで。それが結果論とはいえけしかけたみたいになってしまったことは、不本意だ。 睨みつけている時間だけが過ぎて、今度は明確に質問として「どうして?」と問われた。泣きそうになってるせいで喉の奥が狭まった感じがしながら「夢の中でしたから、もういい」と寝返りを打つよう背を向けた。 反抗のつもりだった。夢で見たから現実の君はいいよ、と。しかし。 「夢の中で、したのか?」 …どうにも今日の私は失態が多い。 「(また墓穴掘った!?)」 「誰と?もしかして俺以外の男と?」 「違うよ!秀一郎以外いるわけないじゃん!」 声を張り上げたら、反動で涙が溢れた。 もうヤケクソだ。 「秀一郎じゃなかったらエッチなんてしたくないし、さっきだって秀一郎のこと考えながらしてた!」 呆気にとられたような表情でこっちを見てきていた。何。何その顔は。バカにしてるの?元はといえば秀一郎のせいなのに。 「秀一郎こそ、私としなくて平気なの…?」 つい、核心に迫ることを聞いてしまった。 しかし秀一郎は、こういうときに「平気だよ」なんて言える無神経な人ではない。逆に言うと、本当は平気なのに嘘も方便宜しく「平気ではないよ」と言うタイプだ。だから、こんな質問をしてしまった時点で私の負けだ。こんな状況になってしまってるって時点で、うまく行っていないんだ、私たちは。 ボロボロと涙が溢れる。ああ、こんなに泣いてしまってはきっと慰められる。優しい言葉を掛けられたり、抱き締められたり、キスされたり。優しさにうんざりすることがあるだなんて。贅沢な悩みなのかもしれないけど、悩んでいる張本人からしたら悩みに贅沢も質素もない。 さあどうせなら早くしてよ。さっさといつもの優しさを頂戴よ。 そう思っていたのに、予想外に両肩を強く握られた。何何何。 「なんでそんな言い方するんだ!?したいに決まってるじゃないか!」 こんなに声を荒げるなんて。秀一郎…? 「俺だって悩んでたよ…」 そうなの? 「始めは疲れてるとか時間が合わないとかそんな理由だったけど…体を重ねるからには全力で愛したいって思ってて、そのせいでタイミングを失ってた部分もあったかもしれない」 「秀一郎…」 「の気持ちを考えてあげられてなかったな…ごめんな」 そして、ごめんねのチューみたいな軽いバードキス。唇だけを付けては離すを繰り返す。ちゅっちゅっと可愛い音が口先で立つ。 そんなキスをしばらく続けてから、布団をまくって秀一郎は私の上に覆い被さってきた。そして腰を突き出してきて、硬いモノが私の下腹部を押す。 「(キスしかしてないのに…秀一郎の、ガッチガチ…)」 久しぶりに触れ合うそれに、胸がドキドキしてきた。 そんな私に秀一郎は「お願いだ」と懇願してくる。 「は乗り気じゃないかも知れないけど…俺が抑えられそうにないんだ」 そして、口を耳元に寄せて 「抱かせてくれないか」 と。 背筋がゾクゾクした。 「…いいよ」 「良かった」 安心したように柔らかく笑い、キス。今度は唇同士を触れさせるだけじゃなくて、舌が中に入ってくる。 本当は、自分の拙い手付きとはいえ体は既に刺激を受けて高められ始めていた。舌を絡ませるだけで一気に下が濡れるのを感じた。 「(キス、だけで……こんなにキモチイイ)」 懐かしいというほどは久しぶりでないけど、そういえばこんなだったっけと思うくらいには間が空いた。唇、舌、歯並び…久しぶりのキスの感触を一回一回確かめるように丁寧に味わう。それはあまりに甘美で、出そうとしてない声が勝手に喉の奥から漏れてきた。 秀一郎がそっと口を離したから目を開けた。微笑みと目が合った。 「教えて、夢の中で俺はどうやって君に触れていたんだい?」 「どうやって、って…別に普通だよ」 「やって見せて」 「……今ぁ?」 秀一郎は笑顔でコクンと頷いた。そんな、だってそれはつまり、秀一郎の前で一人でしろ、ってことで…。 …ああそうか。これはそういうプレイか。自慰行為を目撃されてお仕置き、みたいな。そういう展開はどこかで見たことがある。お仕置きという意図があるかはわからないけど、秀一郎の瞳は興味で光っている。 「…別に、本当に普通だったけどさぁ」 自分の指を、自分の秘部に滑らせる。足は閉じようとしたけど、片膝が押さえられてしまった。 「こうやって、中に指入れて…」 「一本だった?」 「…二本だったかも」 「じゃあもう一本入れないと」 言われるがままに二本目も挿入する。先程既に慣らされていた場所だ。みるみる咥え込んだ。夢の中でも行われていたその行為を思い出しながら、奥まで進めて一箇所に重点的に刺激を与える。 「あんまり出し入れはしないんだ?」 「一箇所ばっか、擦ってた…」 「それはどこ?」 「奥の、ちょっと、右の方…」 夢の中の秀一郎を呼び起こしながら、やってるのは自分で、でも目の前には本物の秀一郎がいる。頭がおかしくなりそうだ。 どうしよう、さっき一人でしてたよりずっと気持ちいい。滑りがどんどん増して、チュクチュクと音が響く。息が少し浅くなってきたことに気付いた。 「……エッチだ…」 見事なまでにゴクリと喉が鳴るのが聞こえたし見えた。 「いつもそうやってしてるの?」 「いつもじゃない!今日は本当にたまたま…」 全力否定して手を止める私を秀一郎は宥めた。 「わかってる。ごめん、わざと意地悪言った」 「なんで…」 勘弁してほしい、意地悪なんて…。そう思う私に対し。 「が、可愛いから」 秀一郎はそう言ってお得意の八の字眉の笑顔を見せてきた。 「(やっぱり、言ってる……可愛いって)」 「妬けちゃうな」 「え?」 「夢の中の俺に」 先ほどの表情から一変して、秀一郎はちょっと、悪い顔をしていた。 「俺の知らないを知ってるなんて許せないよ」 秀一郎はいつの間にズボンを下ろし、中心部は大きく立ち上がり、万全の準備でスタンバイしていた。 「もっと気持ちのいい記憶で上書きしてあげるな」 そう言って、両手首掴んで布団に押し当てられて私は身動きが取れなくて、そんな中で秀一郎の先端部分が私の入り口に宛てがわれる。一気にグッと押し込まれるものかと思いきや、じわじわ、メリメリと音がするくらいゆっくり、中に侵入してきた。 「はぁ……っ!」 上擦る猫なで声とは違って、快感で押し出されたみたいにため息のような声が出た。気持ちいい。久しぶりに繋がれた快感で、体も心もこんな簡単に満たされてしまう。私の体は秀一郎を覚えていたし、秀一郎もきっとそう。 一回前後するたびに、快感が全身にほとばしる。本物だと思い込んでいる夢の中は、すごく気持ち良かった。自分一人でするよりもずっと。 だけど、本物はそんな比じゃなかった。今、本当に本物の秀一郎に、二ヶ月ぶりに、触れてもらって、直接繋がれて、こんな奥の方まで、秀一郎で一杯で…。 「ごめん、あんまり長く持たない」 加速しだした腰の動きに合わせて、ハッハッと秀一郎の呼吸も弾んでいる。 「久しぶりのの中、気持ちよすぎて…ッ」 私も、気持ちいい。秀一郎で一杯。秀一郎、好き。抱いてもらえて、嬉しい。幸せ。気持ちいい。もう限界。 「、イクよ…!」 「しゅう、私も……ぁ、アア!」 「………く、うっ!」 頭が真っ白にスパークしている最中に、私の体の奥の方で秀一郎が大きく痙攣しているのを最後の最後まで感じた。荒れた息が整う頃に秀一郎はキスをしてくれて、手を回した背中は熱くて、一杯に汗を掻いていて、あまりに幸せだとだけ思いながら二度寝に馳せ参じた。 ** ぼやぼやと意識を手に入れると、秀一郎が私の頬を指の背で撫でていた。 「おはよ、」 「ん……しゅういちろう」 えーっと、時間…仕事……そっか。秀一郎は強制夜勤明けだった。そんで……そうだ。すごく久しぶりに、エッチ、しちゃったんだなぁ…。 「(正直…………めちゃくちゃ気持ち良かった、な)」 感触を思い出すと顔が熱くなって、顔を両手で覆ったのをごまかすように目元を擦って枕元の時計を確認する。9時。しまった。結構寝ちゃったなー…。 「次の勤務、いつ?」 「明日の朝いつも通り。今日は休み」 「そっか」 じゃあ、もう少しこのままゴロゴロしてられるのかな?秀一郎はむしろがっつり寝たいのでは?というかご飯?シャワー??何も相手の状態を確認することなくなだれ込むようにセックスに至ってしまったことが今更恥ずかしい。 そんな私の思考も知らず、秀一郎は私の全身をぎゅっと抱き締めてきた。 「久しぶりのの中……すごく気持ち良かった」 「…それはどーも」 ここで、私もだよ、とか私は言えないし、だけど秀一郎は勝手に察してるのかも、とも思う。 「夢の俺と本物の俺、どっちの方が良かった?」 そうでもなきゃ、こんなこと聞いて来ないでしょ。正直に言うのは悔しくって、くるりと背を向けるように寝返りを打ちながら答える。 「さあね」 「んー、夢の中の方がいいっていうなら俺はいらないってことになるけど…」 「そういうわけじゃ!」 ないよ、と答えながら振り返ると秀一郎はニヤニヤと笑っていて、やられた…と思った。 「これからはもう少し頻繁にしような」 「…知らない」 「だってそうしないとも辛いだろ、今朝みたいに」 「わああああ!アレは忘れて!!」 ぽかぽかと殴って、穏やかに笑い返されて、両手首を掴まれたまま、キスされて。 なんだか、時の流れがゆっくりだ。秀一郎の瞼が下ろされるのを見て、私も目を閉じた。もう少しだけ、この幸せな時間を共有していたくて。 |