* まさか、借り物のお題は? *












私、
勉強は得意だけどスポーツは苦手、
人との交流もあまり得意ではない文系少女。

そしてそんな私の好きな人は、
勉強が得意でスポーツも卒なくこなす、
だけど天才型というよりは努力型で人望も厚い、
文武両道で才色兼備、
その名は大石秀一郎くん…。

唯一張り合える点はお勉強だけど、
それでも大石くんには総合成績で勝てたことが一度もない。
あまりに釣り合わなすぎる。
それでも、見ていられるだけで幸せ…。

そんな私に朗報が。
大石くんの好きな人は「メガネが似合う女の子」なんだって。
私はメガネを掛けている。
コンタクト派も増えてきてメガネ率が下がっている中
私はメガネユーザーを貫いているのだ。

まさか大石くんの好きな人が自分だなんて思っていないけれど、
大石くんの好みの範疇を掠ることでもできているなら光栄だ。

付き合えるだなんて思っていない。
だけど大石くんに片想いをしている日々は、結構幸せだ。



そんな中での地獄行事。
今日は体育祭。

合唱コンクールは嫌いじゃない。
文化祭も縁の下をやってやり過ごせばいい。
だけど体育祭は個人に課せられた出番がある。
適うものならば全部見学していたい…。
だからといって仮病を使う勇気もない私。


私の出場競技は、全員種目だけ。
とにかくなるべくみんなの足を引っ張らないように頑張ろう……。

無事、3人4脚と玉入れを乗り越えた。
あとはラストのクラス全員リレーまでは見学だ。

騎馬戦ってつい上に乗っている人を見がちだけど、
騎馬の先頭もカッコイイよね。
進行方向を指示する声掛けをして
騎馬同士で激しくぶつかり合って…
としている大石くんばかりを見つめていたら
結局どっちが勝ったのかわからなかった。

クラスの男子がぞろぞろと戻ってきて、おつかれー!と楽しそうに声を掛け合っている。
どうやら勝ったみたいだ。
大石くんの様子をチラ見すると、
プログラムと時計を確認してすぐ席を離れた。

選抜競技かな?
前半は保健委員の仕事でほとんど席にいなかったし相変わらず忙しい人だな。
私はこの席から応援するしかできないけれど。

『まもなく障害物競走を開始いたします。選手の皆様は…』

放送が流れて思い出した。
そうそう、大石くんは障害物競走に出るんだ。
この競技毎年結構楽しみだったりする。
なんといっても目玉は一番最後の「借り物」。
基本的には「物」なんだけど、いくつか「人」の指令があって
それがどんなお題かと、誰が借りに行くかで盛り上がりが大きく変わる。

どうしよう、大石くんのお題が「好きな人」で、
私のところに迎えに来てくれたりなんてしたら…!
周りのキャーキャーと黄色い声を浴びせられながら
大石くんに手を取られて歓声の中を走っていく……。

……そんなことありえるわけないね。
お得意の妄想癖が出てしまったと思わず失笑。

漫画じゃあるまいし、さすがにそんな「好きな人」なんてお題は入っていない。
そんな展開は妄想の中だけで充分だ。

逆に言うと妄想するには自由なわけで。
どうしよう、もし私が障害物競争の選手で、
お題に「好きな人」が出てしまったとしたら。
大石くんを借りに行く勇気、さすがにないなぁ……。

そうこう考えているうちに、いよいよ障害物競走がスタートする。
小気味よい銃声の音と同時に大石くんは走り出した。

走るの速い。カッコイイ。
ハードルを飛び越えるフォームが綺麗。
バットで5回転……ああそんな丁寧に地面に置かなくていいのに急げ急げ。
ラケットで風船ぽんぽん……さすがのコントロール。
これでほぼ同着1位だ。

さあ、机に並べられた紙を一枚手に取る。
大石くんのお題は…?

紙を開いて一瞬硬直した大石くんは、
ものすごい勢いで我がクラス席に向かって走ってきた。
え、こっち来るどうしたんだろなんだろう。
物なのか人なのか…。

さん!」
「は、はい!?」

ざわっとして視線が一斉に私に集中する。
突然のことに混乱している私に
「一緒に来てくれ!」と言って大石くんは手を伸ばす。

これは。
現実?

キャーキャーを通り越してギャーギャーのような悲鳴がうるさいのに遠い。
何これ。
何これ何これ。
手を繋ぐというより手の甲側から握られた状態で
引っ張られるように席から引き抜かれる私。
もうクラス対抗リレーまで出番はないと思っていたのに
何故か今トラックを走っている。
大石くんの腕の力が強い。
いつもより速く走れてる気がする。
それでもやっぱり私は足を引っ張っている。
後ろから他の選手たちが私たちを抜かしていく。
速いのに遅くて、時間の経過がおかしい。

何が。
起きている。

最後にまた一人に抜かれて、4番目でゴールした私たち。
係の人が順番に借り物を確認している。

い、息が、息が苦しい…!

「ごめん、大丈夫か?結構夢中で走っちゃって」
「だい、じょう、ぶ……」

大石くん走るの速いねって言いたかったけど、
ゼーハーしちゃってそれどころじゃなかった。

先にゴールしたけど持ってきたものが
お題をクリアしていないと言われて再び走り出す人もいた。
このままなら繰り上がりで3位になれるかも。
そういえば、結局大石くんのお題はなんだったんだろう…。

「はい、お題は……『メガネ』ですね。大丈夫です」

あ、そうだったんだ。
大丈夫だって。良かった。

「やったな、3位だぞ」

額に汗を滲ませて、大石くんの笑顔がキラリと光った。
まだ息切れしている私は声を出す余裕なく笑顔を返した、とき。

「というか、メガネだけで良かったんですけどね。クリアしてるのでオッケーです!」

係の人の一言に、私たちは顔を見合わせる。
……え?

「ご、ごめんさん!」
「大丈夫だよ!寧ろ、走るの遅くて、ごめんね」
「そんな、さんが謝ることじゃないよ」

手を合わせて頭を下げる大石くんに、息も絶え絶えフォローを入れる。
大石くんは心底申し訳なさそうな顔をした。

確かに、大石くんの手に握られていた紙には
「メガネ」としか書いていなかった。
これは普通は…メガネだよね。
でも焦ってたら咄嗟にメガネを掛けた人って思っちゃう気持ちもわかる。

でも他にもメガネの人なんていくらでもいるのに、
どうしてよりによって女子でもドベに走るの遅い私を選んじゃったの大石くん。
せめてもっと走るの速い人選んでれば1位や2位を狙えたんじゃ…。

さん、メガネ似合うなっていつも思ってたから…ぱっと頭に浮かんじゃって」

ん?
メガネ似合うっていつも思ってた?

って言った今???

「ちょっと恥ずかしいから、本当のお題のことはクラスのみんなに黙っててくれるかい」

下がり眉で情けなく笑う大石くんの頬は少し赤かった。
それはたった今走り終えたばかりだからなのか、否か。

「わかった」と返すと同時、
パンパンと競技終了を告げるピストルが鳴った。
私たちは無事3位で、得点板が捲られるのをトラックの内側で見守った。
「戻ろうか」と声を掛けられて、大石くんの横に付く。
こんなことがあるなんてなぁ…。

「手、ごめんな?結構強く引っ張っちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」

必死すぎて頭から抜け落ちてたけど、
私、さっき大石くんに手握られてたんだよな…
って再認識したら繋がれていたその手の甲の部分が
急に燃え上がるように熱くなってきた気がして反対の手で覆った。

席に戻ると、本日最高潮に盛り上がっているクラスメイトたちから
おつかれよくやったの労いもなく質問が飛んでくる。

「大石、お題なんだったんだ!?」
「え……『メガネが似合う女の子』だよ」

大石くんが答えると、なんだよ好きな人じゃねえじゃんと
クラスメイトたちは一気に盛り下がる。
そんなお題があるわけないだろって大石くんはみんなを宥めていたけど、
注目から外れた私は一人だけ顔を真っ赤にすることになった。

ねえ大石くん。君さ、
好きな人のタイプを聞かれたときも
全く同じフレーズを答えていたよね、まさかね、って。

大石くんは「話し合わせてくれてありがとな」と小声で耳打ちしてきた。
その顔は、私ほどではないにしろ赤くて。
まさか、私が妄想し、クラスメイトたちが予測していたお題が、
当たらずとも遠くなかったなんてこと。

まさかね?
























たまにはこんな頭空っぽ妄想しても良いかなとw


2021/07/06