* 僕の肩と君の肩が並ぶときは *












「ゲームウォンバイ、大石・菊丸!6−4!」

わっと歓声が上がる。
その渦中に自分がいることが信じられなくて、
まるで体が浮いているようにふわふわとする。

「大石、やったね!」
「ああ!」

抱きついてくる英二を抱き留める。
勝ったんだ。俺たちは。

「さあ応援だ」
「うん!」

席に近づくと仲間たちが手を大きく振って迎え入れてくれた。
温かい労いの言葉を受け止める。

そしてふと、客席後方に目を向けると。

「(不動峰中も見に来てたのか)」

見慣れが黒いジャージの集団が目に入った。
彼らは2年生が多いチームだ。
応援というより来年に向けての視察だろうか。

「(あ……森)」

目が合った、気がした。
気がしただけかもしれないと思ったが、
向こうは慌てたように丁寧にお辞儀をした。
やはり気のせいではなかったと思って俺も慌てて手を上げた。

「(英二が変なことを言うから…)」

変に意識をしてしまい、苦笑を噛み殺す。

今は背後になんて気を払っている場合じゃないな。
コートで行われる試合に集中だ。


そう思って視線を前に向けてからは、自ずとそちらに釘付けになった。
一瞬たりを気は抜けない。
最後の瞬間までどちらが勝つかわからない。
さらに、まさかのトラブルもあり。
チームメイトを信じることで勝ち取った勝利だった。

勝利の瞬間ははっきりと記憶にない。
涙ながらに越前を胴上げをしていたことを薄っすらと憶えている。

夢中のままに、全国大会が終わった。

夏が終わった。




「優勝かー!」

片付けを始めている大会運営本部のテント横を通過しようという
そのタイミングで英二は両腕を掲げて大きく伸びをした。

朝、ここを通ったときはもっと緊張感が漂っていた。
そのときの心境となんと違うことか。
空の色もほんのり黄色く変わり始めている。

「嬉しいけど、どこか実感が沸かないな」
「わかる!明日になってから急に身に沁みてきたりしてね」
「ああ。そのときは、嬉しさと同時に切なさもこみ上げるものなのかな」

勝っても負けても引退。
その最後を勝って終わることができたのはありがたいことだけれど。

「ホント、大石ってロマンチストだよな〜」
「え、どこが!?」
「自覚ないあたりが重症ー!てかさっき大石めっちゃ泣いてたよな」
「こっ、こら!」

そんなやり取りをしながら最後尾を歩いていた。
だからまさか、そのまた後ろから声を掛けられるとは。


「あ、あの!」


俺と英二は足を止める。

振り返ると、そこに居たのは森だった。

「あ……青学さん、優勝おめでとうございます」
「ああ、わざわざありがとう」

様子に気づいて俺たちの前を歩いていた不二とタカさんも足を止めた。
わざわざ言いに来てくれるなんて律儀だな、と思ったら、
キョロキョロと視線を泳がせた森は俺に視線を固定して、
「あの、大石さん……ちょっといいですか」
と言った。

「え、俺!?」
「……ハイ」

こ、これはもしかして……人生初の告白!?
いやそんなまさか…いやでも!!

「ほら行ってこい大石」

英二は戸惑っている俺の背中をバシンと叩いてきた。
思わず「いて」と声が出た。
英二は俺の肩に手を乗せるとぐっと引いて、
「勇気あんじゃん、アイツ。今までの誰より」と言った。
そして、手をヒラヒラと振って前を向いて歩いて行った。

「(……え、ええ〜…!?)」

どういう意味だよ、英二。

歩き去る仲間たちを見送って、俺と森は通路の端に避ける。




  **




声を、掛けてしまった。

「すみません時間取ってもらっちゃって…」
「いや、大丈夫だよ」
「あの…改めて優勝おめでとうございます」
「ありがとう」

大石さんはにこりと笑った。
優しい、な。
大石さんは本当に良い人だ。

そして……俺はこのあと何を伝えたいのだろう。

「何か、あるのかな」

大石さんの顔がオレンジ色の夕日に照らされる。
少し困ったように眉が下がっているけど
威圧感の全くない柔らかな目元。
穏やかに上がった口角。

「(これは、何か察しているのかな?)」

大石さんは優しい。
もしも俺が何かを言ったら、
傷つけない言葉を選んでくれるだろう。

俺はやっぱり、アナタのことが好きです。
憧れだけじゃ留まらないんです。
テニスをしている姿を目で追っているだけでは。

だけど……だから。

「あの、大石さん、俺……」

沈黙が延びる。
泣きそうだ。
手に力を籠める。

意を決して口を開く。


「来年は、絶対に全国大会に出場します!」


大石さんは目を丸くした。
でもすぐに「頑張れよ」って目を細めた。


これが今の俺の精一杯。





  **





全国大会の翌日、俺たちはより一層練習に力を入れていた。
俺たちは全国大会最後までは進めなかったけれど、
その分進めた学校よりは世代交代が早かったんだ。
来年は、必ず全国制覇するんだ!

「ナイスコース!」
「おっしゃ、もう一本!」

要求されていた以上の球数を終えてコートを出ると、
内村がニヤリと笑ってそこに立っていた。

「森、なんか燃えてるじゃん」
「やっぱり全国大会決勝見に行ったら刺激受けたのはあるよね」
「オレも」
「あと……」

言おうか言わないか迷ったけど、
これを口に出すのが一区切りな気がして、言った。

「俺、失恋ちゃったみたい」

ちょっと前のことなんだけど、と添えた。
内村は「えっ!」と驚愕した様子で食いついてきた。

「お前好きなヤツいたの!?」
「好きといっても、憧れみたいな感じだけど」
「へー…同じクラス?」

本当のことを言うわけにはいかないと思って
「まあそんなとこ」って適当に誤魔化したら
「へー、後で神尾に探り入れてみよ」だって。

「あ、待てそれは困る!」
「別にいいじゃねーかよ減るもんじゃねえし」

楽しそうに歩き去ろうとする内村の服の袖を掴んだ。
許してよ、と俺は苦笑い。

「もう終わったことだから」
「……そっか」

そう。
終わったんだ。
届かない背中を目で追う日々は。

「ま、テニス打ち込んで忘れようぜ」

励ましのつもりなのか、内村は俺の背中をラケットでポンと叩いた。
忘れる……忘れる?

「忘れないよ」

俺の言葉に内村は足をピタと止めた。
そして振り返ってくる。
息を大きく吸い込んで、俺は一言。


「好きな気持ちはパワーになるから」


内村は目を大きく見開いて、即座に笑った。

「お前、そんなこと言うキャラだったっけ?
 失恋してどっかネジ外れた?」
「茶化さないでよ」
「ワリワリ」

内村はウィンクして、左手をグーで出してきた。

「頑張ろうぜ」
「おう」

コツンと自分の拳を合わせたとき、
「次、ダブルス練するぞー」と桜井が声を張り上げた。
行こうぜと声を掛けて俺たちは声の方へ走り出す。


今はまだ肩を並べられないから。
もしかしたら一生並べられないかもしれない。
だからこの恋がきっと成就することはない。
恋だったのかもわからない。

それでも、この気持ちは僕の宝物です。ずっと。
























森くんが可愛すぎてもうなんか夢小説書いてる気分に近かった(笑)
(私はたちゅを乙女にし過ぎである)(自覚はある)

私は大←森が好きだけど、でもたまには
付き合っちゃう大森はとかも見たい!と思って書いたけど
やっぱり永遠に大←森に居てほしい願望が勝ってしまった…。

この大石はきっと本当に告白されたらOKしたと思います。
だけど大石から行くことは絶対にないのです。
それもなんとなくわかった上で、「告白しない」という
勇気ある決断をした森くんということです。


2021/07/04-06