* タラシとツリシ *












青学ゴールデンペアに特別練習に付き合ってもらって暫く時が流れた。
俺たちは準決勝敗退ながら、なんとか全国大会に駒を進めていた。

「(青学は関東優勝か……すごいな)」

なんとか掴み取った夢の舞台への切符。
しかし、その頂に届くのはどれだけ難しいことだろう。

でも立ち止まっている暇はない。
一つの大会が終わった瞬間、次への挑戦は始まっている。


関東大会の準決勝でやはりS2とS1に配置され試合に出ることは適わなかったけれど、
関東大会で2勝を収められたことは内村と俺にとっては自信に繋がった。
特に2回戦では強豪山吹中の新渡米さん喜多くんペアに
7−6の接戦で勝ち切ることが出来たのは間違いなく特訓の成果だ。


「(……大石さんたちにお礼伝えたいな)」

また訪問などしたら迷惑だろうか。
彼らはまだ今年の夏のラストに向けての調整に余念がないはず。
校門で待ち伏せして挨拶するだけならいいかな。
別に練習時間を奪うわけでもないし。

ただ、どうしても「ありがとうございました」って伝えたくて
「それは良かった」と返ってくる笑顔が見たくて。

……え?


「(今俺、何考えてた?)」


一人で勝手に顔が熱くなった。

なんだそれ。
俺、気持ち悪くね?
だってそんな、まさか……。


感謝と憧憬で出来ていたはずの穏やかな気持ちが
いつの間にかそれを超えて恋に発展していることに
そのとき初めて自覚してしまった。




  **




「(……結局来ちゃった)」

青学の校門の前、俺は一人で佇む。
下校中の生徒さん達が俺の横を次々と通り過ぎていく。

「(この前より時間少し遅いけど…まだ居るかな。
 大石さんは遅くなることが多いって菊丸さんは言ってたけど…)」

とりあえず待ってみることにした。
あの人は野球部。
あの人はきっとサッカー部。
色んな形の大きな鞄を持った人たちが下校していく。

だけどテニス部らしい人は通り過ぎない。
もうとっくに帰ってしまっているのだろうか。
それともまだ練習の途中なのか。

「(本当はいけないけど、入れることは入れるって言ってた。
 中に……侵入してしまおうか)」

幸い不動峰の制服は青学と同じく学ランで、夏服の今は白シャツに黒ズボンだ。
校内を歩いていたとしてもそこまで不審に思われることはないだろう。

だけど、中に入ったとして、その後どうする?

お礼を言う。全国頑張ってくださいって言う。
それだけ?
それだけのためにわざわざ?

「(っていうか俺、本当に何しに来たんだ)」

本当にお礼を言いたいんだったら内村と来るべきだった。
なのに一人で来てしまった。

わかってる。
お礼を言いたいだなんて、都合の良い理由だ。
本当は、俺が見たいのは、俺は、ただ、会いたくて―――…。

「あれ、森じゃないか?」

不意に掛けられた声に、心臓がドキンと跳ね上がる。
そこには大石さんがいた。

「お、大石さん!こんにちは!」
「こんにちは。今日はどうしたんだ?」
「あっ、その、近くを通り掛かって…」
「不動峰からそれなりに距離はあると思うけど、この辺に用事があるのかい」

聞かれてしまって、何も準備していなかったから
えーっとうーっと…と言葉に詰まってしまった。

何をしているんだ俺は。
何も隠すべきことではないはず。
結局、ありのままを話すことにした。

「あの、僕たちなんとか全国大会に進むことができて」
「ああ知っているよ。おめでとう!」
「ありがとうございます。それに、
 1回戦2回戦ではしっかり勝つことができて…
 大石さんと菊丸さんに一言お礼を言いたいなって」
「それは良かった。英二にも伝えておくよ。
 今日はそれを伝えに来てくれたのかい」
「あ……はい」

結局そう伝えてしまった。
すると大石さんは首を傾げた。

「君の相棒は、青学には来たくないのかな」
「あっ」

この前と同じく一人で訪れた俺を不思議そうな顔で見てくる。
や、やっぱりまずかったよな…。

「確かに二人で来るべきでしたよね!すみません!
 内村は来たくなかったんじゃなくて、
 また僕が急に閃いて一人で来ちゃって…その、ごめんなさい!」

内村にも悪いことしてるな…と思いながら頭を深く下げた。
すると頭上で「あはは」と柔らかい笑い声が聞こえて
「顔を上げてくれ。嫌味を言いたかったんじゃないんだ」
と言って大石さんは眉尻を下げて微笑んでいた。
胸が、ドキンと震えた。

ダメだ……俺、やっぱり大石さんのこと……。

「ただ、また何か問題が起きたのかと思って気になって」
「問題?」
「この前は喧嘩中だっただろ」
「あ……やっぱりわかっちゃいいました」
「なんとなくね」

内村と喧嘩してたことは大石さんにも菊丸さんにも言ってなかったはずだけど
ばっちりわかられちゃってたみたいだ…恥ずかしい。

「そういうわけでは、なくて」
「そうか。じゃあどうして?」
「………」

うまく答えられなくて、沈黙が生まれてしまった。
大石さん困ってる。どうしよう。
何か言わないと…。
でも何かって何だ。
どうしようどうしようどうしよう…。

結局俺が何も言えずにいると大石さんは「少し歩こうか」と提案してくれた。

そのまま俺たちは青学の近くの公園へやってきた。
そしてベンチに腰掛ける。

「(どうしよう…なんか大事になって来ちゃった…)」

「夕方なのに暑いな」

そう言いながらシャツの胸元を掴んで扇いだ。
もうすぐ日が沈むのに、数分歩いただけで汗が滴りそうなほど気温は高い。

さてここまて来てしまったけど、どうしよう。
俺は何を言えばいいのか……。
大石さんに何かを言いたい、のか?

口籠っていると、大石さんの方から喋り始めてくれた。
きっと、一向に話しだそうとしない俺が喋りやすい雰囲気になるようにと気遣ってくれてる。

「誤解しないでくれ。話したくないなら無理に話さなくていいんだ。
 ただ、わざわざ来てくれたっていうことは何かあるのかと思って」

………。
大石さん、優しい。

「実は…ちょっと、悩んでいることがあって」
「悩み事か」

真剣な顔をしてこちらを覗き込んでくる。
親身になってくれるのは嬉しい、だけど申し訳ない。
そしてこうしてみると顔カッコイイなって見えてきて……
ダメだ俺は何を考えているんだ!

「………ごめんなさいやっぱり何でもないです」
「……そうか」

本当のことを言ったらきっと、引かれる。
困らせる。
大石さんに迷惑を掛けるわけにはいかない。


結局それ以上何も言えずに帰ってきてしまった。



  **



「どったの思いつめた顔して」

休み時間に大石の教室に遊びに行ったら、
大石は肘をついて組んだ指の上に顎を乗せて
教室の前の方を睨むように見ていた。
声を掛けると、ああ、と言って表情を和らげたけど
名残で眉間にしわが寄ってる。

「昨日、また森がうちに来たんだよ」
「へぇ」
「関東大会でも2勝できて、あの練習のお陰だからって、
 英二にもお礼を伝えてくれって言われたぞ」
「へー、すっごいじゃん!」

あいつらケッコー筋良いとは思ったけど、
関東で2勝は普通にすごいじゃん。
ここまでは、思いつめるような話ではないように聞こえるけど…。

「それから?」
「それから…」

大石の眉間のしわは再び深まった。

「何かを話したそうにしているから聞き出そうと思ったんだけど、
 ずっと顔を赤くして伏せているばかりで、何も言ってくれなくて」
「ふーん…」
「俺、なにか悪いことしたかな」
「…………」

顔を赤くして、伏せて、何か話したそうなのに何も言わない。
それって……。
オレだったら、もしかして?って想像するけど、
大石は本当になんも思ってないのかな。

「それってさ、大石のこと好きなんじゃない」
「えっ!?」

それを聞いて大石の顔が赤くなった。
まあ驚くよね。

「反応とか聞いてるとそうとしか思えないんだけど」
「ま、まさか…」

そんなわけが…いやでも……とかつぶやきながら大石は
腕を組んだり顎に手を当てたり忙しなくポーズを変えた。

「(大石、天然のタラシだからな…)」

地で親切で面倒見が良くて、
こっちが恥ずかしくなるような台詞を素で言えて、
気押されるくらい視線がまっすぐで、
それでいて笑顔はとびきり柔らかい。
…正直オレもたまにドキっとさせられる。

オレが女だったら大石のこと好きになってたかもなって思ったことあったけど、
別に男だからって、本気になっちゃう気持ちも…わからないでもない。

「しかし…俺はそんな人に好かれるようなタイプじゃあ……英二みたいに華もないし」
「華とかじゃないよ。大石自分がモテるの自覚してないでしょ」
「自覚してないとかじゃなくてそんなことないだけだよ」

俺は英二とは違うよとかなんとか言って大石は情けない顔して笑ってるけど。

「(コイツ、オレがどんだけ大石宛のバレンタインチョコ
 渡してくれって言われたの断ったか教えてやろうか?)」

本当に自覚がないって厄介だよなー…。
結局大石を納得させることはできないまま休み時間は終わった。




その日の帰り道のこと。

「(あ……あれって森じゃん)」

そこにはつい先日も見かけた顔が。
これは…大石に会いに来たのかな。

「やっほー」
「あ、菊丸さん!」
「また大石のこと待ってんの?」
「あ、その……」

森は一気に顔を赤く染めた。
実際に目の当たりにすると、これはいよいよホントのホンキか…?

「菊丸さんとお話ししてもいいですか」
「え、オレ?」

焦って自分を指差す。
森は上目遣いで見上げてきて、目が合って、
逸らすように伏し目になって、遠慮がちにコクンと頷いた。

この表情には見覚えがある。
恋する乙女の顔だ。

「(待って…もしかしてオレの方だったりしないよね!?)」

女子に呼び出されて告白されたときも
こんな感じだったことを思い出しながら
「えーっと…歩きながら話そっか」
と提案すると、またコクン頷いて森は付いてきた。

もしかして……ホントにもしかする?

どう話を切り出したものか…と悩んでいると森の方から
「先日は練習に付き合ってくださってありがとうございました」
ってお礼を言ってきた。
大石伝いにも聞いてるけど、律儀なやつだな。

「いーっていーって!オレたちもめっちゃ楽しかったよん」

そう返すと、よかった、と言ってにっこりと笑った。
素で漏れ出た心の声のように聞こえた。
コイツも、だいぶお人好しタイプみたいだな…。

「てか大石伝いにもお礼聞いたから。2回目〜」
「あ、そうなんですね」

オレと大石の間で自分のことが話題に上がったとわかって
森は恐る恐る聞いてきた。

「えっと、大石さん僕のこと何か言ってましたか」
「んーっとね…なんか悩み事がありそうだったって心配してたけど、
 別に君が気にすることじゃないと思うよ」
「……やっぱりそうですよね」

ああー申し訳ないー…と嘆きながら森は両手で顔を覆った。
指の隙間から見える肌は真っ赤になっていた。
もう、真っ赤。

「(やっぱり、オレじゃなくて大石なわけね。そりゃそうだよね。
 んで、どうやら本気なわけだ)」

さすがにわかった。
これで気づけないのは、大石くらいのニブチンだけだ。

釣られてちょっと熱くなった気がしてオレもパタパタと手で顔を仰いだ。

「(これでオレが、森がお前のこと好きなの本気っぽいよって
 大石に伝えちゃうのは簡単だけど、それは違うよね)」

そんなのオレ頼まれたってイヤだし。
こういうのは絶対自分で伝えることが大事だもん。

「て、実際なんなの悩み事って」
「えっ!」
「…………」
「……すみません言えません」
「あそ」

ありませんじゃなくて言えません、ね。
バカ正直なとのも大石と似てるや。
なんかさっきから、大石と森がちょこちょこ重なる。

「で、オレと話したいことがあるの?」
「あっ、その……」
「…うん、なに?」
「…………菊丸さんって……モテますよね」
「えーそんなことないよ。オレの周りのやつらのほうがよっぽどモテてるし」

不二とか不二とか……大石とか。
……いや、これは今言うことじゃないな…。

「付き合ってる人とかいるんですか?」
「いや、いないよ。オレ、今はテニスのことで頭いっぱいだし。
 テニス部レギュラーで付き合ってるって聞いたことないし、
 他のやつらもそうじゃないかなー」

なんて、さり気なく大石がフリーであることのヒント出しちゃったりして…。
……え、でも、本当にコイツと大石付き合いだしちゃったらオレどうする!?
いや別にオレには関係ないか…。
……ないか?

「実は、僕…最近気になってる人がいて…」
「へーそうなんだ」

と、思わずしらばっくれてしまった。
オレの頭の中では勝手にその人物は大石で想像されている。

「でも、好き…とかそういうのとは違って。
 なんというか憧れなんですけど…
 その人のこと好きでいるには相手にも迷惑かなとか…
 いや、そもそも伝える気もそんなにないんですけど…
 っていうか好きかもよくわからなくて……
 とにかく、こんなよこしまなこと考えてる自分も嫌で」

一気にまくし立てるように森はそう言った。
頭の中がごちゃごちゃなのをそのまま吐き出してる感じ。
本当に困っちゃってるんだろうな。
オレも気持ちはわかる。

「人を好きになるってコントロールできないもんねぇ。
 いつの間にか好きになってることもあれば、どうしたって好きになれないこともあるし。
 ……でもさ、人を好きでいることってすごくパワーになったりしない?」

そう伝えて、ニッと歯を見せて笑った。
森は少し驚いたような顔をしているように見えた。
言い終わったあとに恥ずかしくなった。

「ごめんオレ何いってんだろ」
「いえ、伝わりました」

照れ隠しで頭を掻くオレを見て森は首を振って、
まっすぐこっちを見てきた。

「パワー…そうですね」

ひとり言のように繰り返して納得しているみたいだった。
オレができるのはこれくらいかな〜。

「それじゃあ、そろそろ帰ろっか」
「はい!……あ、菊丸さん、あの」

立ち上がると同時に声を掛けられ、横を見る。
斜め下に見える顔がずいっと近づいてくる。

「ありがとうございます!」

森は心の底から嬉しそうに笑顔を向けてきた。
目はキラキラと光っているみたいだった。

「(びっ、くりした…)」

10cmはないくらいの身長差だけど
半歩分にじり寄られて見上げられたら
不意打ち過ぎてドキリとしてしまった。

「(大石が天然のタラシだとしたら……コイツは天然の釣り師だな)」

汚れなく見つめてくる二つの瞳を見て
思わずため息をついてしまった。?

「お似合いだと思うなー」
「えっ、えぇっ!な、何がですか!??」
「ん?ナイショ〜」

このあと二人がどうなるのかとか想像つかないし想像するつもりもないけど、
お似合いだと思うっていうその言葉は、間違いなくオレの本心だった。

























大森は前から好きなんだけど
こんなガチ恋は初めて書いたわwかーわいーwww
しかも後半、敢えての英二目線っていうね。

普通に誰かを好きになったり告ったり告られたりフラれたりしてるノンケ英二愛す。
なのにタラシ(男)や釣り師(男)に囲まれてどぎまぎさせられてるの愛しかない。


2021/05/31-07/06