* 俺と君と貴方達 *












俺が青学に突撃訪問してから数日したある放課後、
大石さん、菊丸さん、内村、俺でテニスコートを借りて集まった。

「それじゃあ早速始めようか」
「はい!」
「よろしくお願いします!」

内村と俺は二人揃って頭を下げた。
強豪校青学の正レギュラーで、全国でも名前が知れているゴールデンペア。
まさか直接指導をしてもらえるなんて、本当に光栄だ。

「固くならなくていいから」
「そーそー!練習なんだし楽しくやろっ」

そう言って大石さんと菊丸さんは俺たちの緊張をほぐしてくれた。
菊丸さんはニャハハと笑って内村の背中を叩いた。
気さくな人だな、と思ったら。

「手加減しなくていいからね」

そう言って内村を鋭い目線で見下ろした。
その後ろで笑っている大石さんも目元には力が籠もっている。
固くならなくていい、楽しくやろうという言葉に反して
急にピリッとした緊張感が走った。

「手加減する余裕なんてありませんよ」

と内村はペロッと舌を出した。

「この前とは違うってとこ見せてやろうぜ、森」
「うん!」

そうだ。
予選で戦ったときの俺たちとは違う。
あれから一生懸命練習して来たんだ。
仲直りだってした。


青学に行った翌日、学校で顔を合わせてまず一番に内村に謝ったんだ。
内村も内村で、同じようになんとかしたいという思いはあったけど
どうしたらいいか具体的な案がなくてモヤモヤしてたんだって。

青学のゴールデンペアと試合を取り付けたって話したら、
デカした!って喜んでくれた。

橘さんに話をして、今日は特別に不動峰の部活を休んでここにいる。
成長した俺たちを見てもらって、
まだ足りないのはどこかアドバイスをもらって、
不動峰に持ち帰ってこれからの練習に活かすんだ。

「おっと、君たちはペアじゃないぞ」
「「……え?」」

ビックリしている俺たちのところに二人は近寄ってきた。

「オレはまず君とっ」
「俺は内村くんと」
「えっ?」
「あ、よろしくお願いします!」

内村は大石さんと、俺は菊丸さんとペアを組ませてもらうことになった。
指導してもらおうと思ってきたけど、まさかこんなことになるだなんて…!

「リラックスしてやってくれていいからねっ」
「あ、はい!」

菊丸さんはパチンとウィンクをしてきた。
不動峰にはいないタイプの人だな…。

「始めは戸惑うかもしれないけど、きっと意外な発見があると思うよ」

大石さんはコートの向こうでそう言った。
意外な発見、か…。

「(内村…こうしてみると本当に小柄だな。
 俺が隣にいるときはそれほどには見えてないのかな)」

これも一つの気づきだとは思うけど、
意外な発見って、こういうことではないよな…?

一体ゴールデンペアは、どうしてこんな変則マッチの提案を。


「それじゃあ始めるぞ」

オッケイ!とよろしくお願いします!がハモって、
大石さんのサーブでラリーが始まった。
緊張はするけど、さすが二人ともダブルスがうまい。
居てほしいところに居てくれるし、
打たれたくないところに打ち込んでくる。

「あっ!」

しまった、今のは完全に俺のボールだ…。

「ナイス前衛。動きが良くて助かるよ」

大石さんはボールには直接触れてない内村に声を掛けた。
すごいな…あれは俺には出来ない。

「(俺も菊丸さんに何か声掛けた方が良いのかな…)」

菊丸さんは「大石ちょっとは手加減しろー!」と食って掛かってて
大石さんは「手加減はなしって言ってたのは英二だろ」と軽くいなした。

相手のサービスゲームだから当然といえば当然なんだけど、
相手有利でどんどんラリーが進んでいく。
というかミスをしているのは俺ばかり…。

「すみません…」
「ドンマイっ」

菊丸さんは優しい、けど。

「(大石さんだったらこういうときどうしてるんだろう…)」

普通に謝る?
それだけじゃない気がする…。

切り替えよう、とか?
言いそう…だけど自分のミスだってわかってるのに俺はそんなこと言えない…。

次の作戦を提案する?
そんな場面でもないか…そもそもそんなものないし…。

悩んでる間にラリーは進んで、相手にゲームカウント。
大石さんと内村はハイタッチをしていた。
俺は…肩を落とすしかできない。

ベースが違いすぎる…技術とか、積んできた経験とか。

「ごめんなさい、俺のミスばかりで…」
「ドンマイドンマイっ。そんな気にすることじゃないよ」

っていうかさ、と菊丸さんは一言付け足す。

「ダブルスに一人だけのミスなんてないよ」
「……え?」

どういう意味だろう、と考えているうちに今度は菊丸さんのサーブ。
リターンがライン際に返ってきた。
俺が捕らないといけなかった、のにそれはラケットをすり抜けた。

しまっ……。

「ほいよっ!」
「(菊丸さん!?)」

背後から横っ飛びで菊丸さんが打ち返した。
明らかに俺のボールだったのに。
ギリギリで受け身を取れなかったのかズザザと地面に全身で滑り込む音がした。
咄嗟に、駆け寄りたい気持ちになった、けど。

「(違う…俺がするべきは、こっち!)

がら空きになったクロスに向かってダッシュすると、
丁度ボールがそちらに向かって飛んでいった。
届け…!

腕を思い切り伸ばして突き出したラケットの先端、
ボールが当たる手応えがあって
鋭角に跳ね返ると相手コートに決まった。

やった!

と喜びたいけど、それよりも菊丸さんは大丈夫か。
急いで振り返ると「ひゃー擦りむいた」と言いながら
立ち上がって砂を払う菊丸さんがいた。

すみません、って言おうと思って駆け寄ったのに。

「ナイスカバー、サンキュー!」

そう言って、満面の笑みで手を上げた。

「(そんな、元々は俺のミスで…)」

ミス?

いや、菊丸さんは言ってた。
ダブルスに一人だけのミスなんてない、って。

俺は取れなかったけど、菊丸さんがカバーできた。
菊丸さんが回り込んだから大きく空いたスペースに、
俺が走り込むことでリターンすることができた。

ダブルスに一人だけのミスはない。
そして得点できたときは、二人で取ったポイント。


これが、ダブルスなんだ。


何かを掴んだ気がして、急に胸が熱くなってきた。

「そちらこそ、ナイスカバーでした!」

高いな、って思いながら、
勢いを付けてハイタッチを交わした。


全員分のサーブゲームを終えて、次はペア変更。
大石さんとのペアだ。

「よろしくお願いします!」
「気楽にな」

また大石さんのサーブからラリーを開始した。
右に来るか左に来るか…内村のフォームから球筋を読もうとすると。

「(っ、顔面狙い!?)」

その打球はまさかの至近距離から真正面に飛んできた。

「わっ!」
「くっ…」

反射的に避けてしまって、俺の横を鋭い打球が通り過ぎた。
大石さんが居る位置からは届く角度じゃなかった。

「やるじゃん!」
「伊達にキラー名乗ってないっスよ」
「くっそー」

コートの向こう、二人はパチンとハイタッチを交わした。
そして「ほらもう一回」って菊丸さんは腕を真っ直ぐ伸ばして、
「なめんなっ!」って内村が垂直跳びの要領で思いっきりジャンプししたのを
ひょいと避けてニャハハと笑ってる。
すごいな…もう意気投合してる…。

「いやあ、アレはやられる側としては厳しいな」
「あっ、すみません!」
「謝ることじゃない。英二くらいの反射神経と身のこなしがないと
 アレを打ち返すのは至難の業だ」

こうしてみると、凄い技だ。
卑劣だって思う人もいるかもしれないけれど、
ルール上は問題ないし技術だって求められる。
ゴールデンペアと試合したときはすんなり返されてしまったけど…

「(俺のパートナー……普通に強いな)」

横に立っていると気づかないこともあるものだと思った。
向かい合って見なければ…。

「森、そこで作戦なんだけど」
「はっはい!」

そう言って大石さんは敵コートに背を向けて
肩を寄せて、小声で作戦を伝えてきた。

すごいな…ここですぐに作戦が出てくるんだ。

「できそうかな」
「はい、やってみます!」
「よし、ここから巻き返そう!」
「はい!」

雰囲気作り…戦術…技術…これから俺が身につけて行きたいもの、
大石さんは全て持っているように見える。

どちらかというと、内村は菊丸さんとタイプが近い。それはわかる。
俺が目指すべきプレイヤーは大石さんのようなタイプだ。
だけど今は…あまりに程遠い。

大石さんの作戦通り、ロブ中心の組み立てにした。
ボレーを中心に速攻で決めたいタイプの二人は
タイミングを崩されて攻めあぐねたみたいだった。

大石さんは「ナイスショット!」って言ってくれたけど
俺はただただ大石さんの作戦がすごいと感心してしまった。


「それじゃあ、最後に」

試合が終了したタイミング、
大石さんの言葉に反応して菊丸さんは目を見合わせて頷いた。

「いつものペアでやるか」

二人はこちらを向いてニッと笑った。
今度こそ、ゴールデンペアとの試合だ!

地区予選で当たったときは2−6だった。
今回はもっと実のある試合にするんだ。

「がんばろ、内村」
「おう」

カツンとラケットをぶつけた。
“いつもの感じ”が心地好い。
やっぱり俺は、内村とのダブルスが一番しっくりくる。

しかし。


「(俺たち…本当にこのペアから2ゲームも取ったのか!?)」


見事なコンビネーション。
裏を掻いたつもりが掻かれてる鮮やかな戦術。
コートの隅を突く完璧な技術。
ド真ん中を貫いてくるパワーとスピード、そして勇気。

「(全く歯が立たなかった…)」

ゲームどころかポイントすら取れずに押し切られてしまった。

だけど、なんでだろう。
開いた点差以上に掴めたものは多かった手応えがあって、
左手のひらを、ぎゅっと握りしめた。

「やられたな」
「内村……そうだな」
「これはまた、明日からも練習頑張らねぇとなぁ」
「うん」

このとき、こちらを遠巻きに見て
「何か掴んだみたいだな」
「だね。次に戦うときは油断ならないね」
と二人が話していたことを俺らは知らない―…。


  **


「今日は本当に、時間取ってくださってありがとうございました」
「ああ。次は公式戦で当たるのを楽しみにしてるよ」
「顔面狙いは出来れば勘弁してほしいけどね〜」
「何言ってるんスか全部打ち返しちゃうくせに…」

それじゃあまた、と手を振って大石さんと菊丸さんと別れた。

「いい人たちだよな。こういうの敵に塩を送るって言うんだろ。
 まあまだオレたち程度じゃ敵になんねぇってことかもしれないけど」
「うん。悔しいけどまだ歯が立たないや」
「疲れたけどめちゃくちゃ手応えのある練習だったな」
「……そうだね」

確かに手応えはある。
勉強になったし、自分がどこをもっと鍛えないといけないのかが浮き彫りになった。
でもそれがあまりに多岐にわたると再認識してしまった。
内村にもあんなに偉そうに啖呵切ったのに、
一番実力が足りていないのは俺だ…。

「へこんでる?」

聞かれて、横を見た。
内村は口を尖らせてこちらを見ていた。
簡潔に「少し」とだけ返した。

「まあわかるぜ。二人のうまさは異次元だったな」
「うん。テニスのうまさもなんだけど…雰囲気作りとか、
 戦術眼とか流れの持っていき方とか……何もかもがすごかった」

あそこに辿り着くには、これからどれだけの努力をすれば良いのだろう。
そしてそこに辿り着く頃には二人はもっと前に進んでいるんだ。
いつになったら肩を並べられるようになるのか。
そんなことができる日が来るのか…。

ペシッ。
と、頭が叩かれた。

「オレ今日、お前のこと見直したんだぜ?」

内村はそう言った。

「え……そうなの。どこが」

一つも心当たりがない。
今日の俺は、最初から最後までいいとこなしで…。

「お前と大石さんが組んでたゲームさ、オレ意図的にお前ばっか狙ったの気付いた?」
「ああそれは、そうかなとは思った」

確かに俺に球が集中しているとは感じた。
しかし穴を狙うのは戦術としては当たり前で。
大石さんを狙うより俺側に打とうとするのは極自然なことだ。

「あの試合イヤだったぜ。どこ狙っても返ってくんだもん」

そう言って内村は苦笑いをした。
そうだったのか…。

「ホントに?」
「ああ。お前スペース埋めるのうまいよな」
「そうなんだ…自分じゃ全然わかんないや」
「地味だけどイヤだなーって思ったぜ?」

それはきっと隣にい続けたら気づけなくて、
相対して初めてわかったこと。

「俺も内村に顔面狙われたのキツかったー…
 自分に向かってくる球ってあんなに怖いんだな」
「へへっ。オレのすごさにやっと気づいたか」
「うん。改めて、オレのペア心強いなって思った」

そう伝えると内村はちょっと照れたように
「お前、素直すぎてこっちがハズいわ」だって。

「良かったわ、今回」
「うん。一緒に打ててもらえて良かった」
「そうじゃなくて」

内村は足を止めた。
俺も足を止める。

「大会のあと、お前が色々言ってくれて助かった。
 がむしゃらにやるのも大事だけど、一旦立ち止まれたのが逆に良かったわ」
「ありがとう。内村がそう考えてくれる人で俺も良かった」

そう言って、笑顔を交わす。
そして再び歩き出す。

「うっし、明日からもがっつり練習すっぞ」
「ああ。がんばろうぜ!」

その後僕たちは、都大会準決勝を残念ながら棄権負けしてしまうのだけれど、
関東大会では2勝を押さえて今年の夏を終えるのは、これからの未来の話。
























なんのやまもおちもいみもない作品ですが、
この4人のシャッフルマッチとか私の夢過ぎるのでw
私がただただ楽しい作w
妄想が広がり過ぎちゃって前編のあとがきに収めとくのは
勿体ないと思って一作に仕上げてしまった。

相変わらずたつのキャラが定まりませんねぇ!
原作のたつはもっと粗野な感じなのわかってるけど
どうしても可愛いフィルターかけ続ける癖が抜けない…w


2021/05/30-07/03