* 打ち上がらない花火に照らされて *












4月初旬、月曜日。
今までよりも30分早く菊丸家のピンポンを鳴らす。
ドタバタとした足音と何やら大声が聞こえて、
ガチャッと元気よくドアが開くと
ぶかぶかの制服に身をまとった英二が飛び出してきた。

、おっはよー!」
「おはよー英二。めっちゃ制服ぶかぶかなんだけど」
「うるさい!すぐぴったりになる予定だからいーの!」

指先まで隠れそうな学ランに身を包んだ英二はそう言って私の横に並んだ。
ズボンの裾はよく見ると仮留めがしてある。
まだ私より3cmくらい低い位置にある英二の頭。
中学に通ってる間には抜かれちゃうんだろな。

「オレたちもついに中学生かー」
「楽しみだねー!もう部活とか考えてる?」
「運動部にするのは決めてるけどどうしよっかな。
 青学はテニス部強いらしいからまず仮入部してみるつもり」
「なるほどね〜」

幼馴染である私たちは、今日から青春学園の生徒だ。
同じ小学校から青学を受験したのは私たちだけ。
これから、毎日の電車通学が始まる。

「わーめっちゃ混んでる」
「ラッシュってやつだね」

今まで休日の昼間くらいしか電車に乗ることがなかった私たちは
ホームにできた長蛇の列に呆気に取られた。
電車を待っている間に更に後ろに人が連なってきて
到着した列車に乗り込むときは雪崩に流されるようだった。

なんとか車両に乗り込むことはできたけど、
私たちの目線の高さは周りの大人たちの肩くらいだ。
その隙間から見える英二の赤茶の毛を見失わないようにしないと…
と考えていたら突然腕を掴まれた。

もしかしてチカン!?とか思ったけど、
ダボダボの学ランの袖を見て英二だとわかった。

「ちょっと英二、勝手に掴まないでよ!」
「だってこんな人多いとはぐれちゃうだろ」

結局、電車に乗っている20分くらいの間、
英二はずっと私の手首にしがみついていた。

『青春台駅〜、青春台駅〜』

「ぷはっ!」
「あー苦しかったー!」
「毎朝こんななのかな。しんどー」
「慣れるまで大変だね」

弾き出されるように私たちは電車を飛び降りた。
人の流れに乗って改札に向かおうと歩き始めるけど
ナチュラルに手を繋いだままみたいになってる私たち。

「……もう離してよ」
「あ、そだった」

指摘すると英二はぱっと私の手首を解放した。

駅から学校までは横並びでお喋りしながら歩く。
周りを見ると同じ制服を着てる人たちがたくさんいてなんだか嬉しくなった。


学校に着くと、掲示板の前に人がたくさん群がっていた。
どうやらクラス割りが張り出されているらしい。

……あった。
菊丸英二…は、同じクラスじゃないっぽいな。

「クラス別だね」
「だね。帰り待ち合わせどうする?」
「英二は部活見に行くんでしょ、私もう帰宅部って決めてるから」

一緒に帰る前提で話してくる英二にさらりと返してやると
英二はそうは思ってなかったみたいで反発してきた。

「えーそうなの!?もなんかやろうよ!」
「私はピアノもお習字もスイミングもあるから無理」

それらの習い事を前からずっと続けていることは英二もわかっている。
最もな説明に何も言い返せなくなったのか、
だけど不満そうに頬を膨らませたまま英二は「わかったよ」と言った。

「朝はまた今日と同じ時間に行くから」
「わかった。じゃ、また明日なー」

実は後で廊下ですれ違って「やっほー」って挨拶を交わすことになるんだけど。
ひとまずバイバイと手を振って私たちはそれぞれのクラスに分かれた。

さあ、中学校生活の始まりだ!

私は胸を躍らせて自分が一年間通うことになる教室に足を踏み入れた。




同じ学校に通っているといっても、
クラスも部活も委員会も違う英二とは関わる機会は減っていった。
今までは一緒に登下校して、習い事がない日は一緒に遊んでた英二と
登校中くらいしか一緒じゃなくなるのか。
なんか変な感じ。

更には「朝練があるから一緒に毎日登校するのも無理になった!」とある日英二に告げられた。
結局私たちはテニス部の活動がオフな日(週に1回か2回)だけ
一緒に登校したり下校したり…という感じになった。

そのときに最近どんなだったのかお互い報告し合うんだけど、
どうやら英二にとってはその放課後の部活の時間が心の大きな割合を占めている模様。

「テニスかっこいいしうまい先輩たちいて楽しい!たぶんテニス部に本入部決める!」

「ムカつくやつがいてさ!やっぱテニス部辞めるかも!」

「テニスってシングルスの方がカッコいいと思ってたけど、ダブルスやってみることにした!」

英二の意見はコロコロ変わった。
だけど最終的にはテニス部に入部することに決めたみたいで、
話題は一箇所に落ち着いた。

「でさ、大石が言うにはダブルスの秘訣って…」
「(また大石くん……)」

最近の英二は、口を開くと大石大石ってそればっか。
私はテニスに詳しくないし、大石くんのことは知らないし
はっきり言ってそんなことばっか話されてもつまんない。
だけどいくら話題を逸らしても気づくとまた「大石」に戻ってる。

英二が大石くんの話をしないように仕向けるのは難しい。
私は知らない人のことばっか話されるのはつまんない。
…………。

「ね、英二」
「なに?」
「今度さ、私も大石くんに会わせてよ」

そうお願いすると、英二はきょとんとして
なんの悪意もなく不思議そうに聞き返してきた。

「いいけどなんで?」
「だって英二がこんだけ話題に出すから気になるじゃん」
「あ、それもそっか」

納得したように英二は頷いた。
この様子だと、今までずっと私が知らない人の話を
し続けてた自覚はなかったな、これは。

「じゃあ今日テニス部ないし放課後うちの教室おいでよ!大石も呼んどくから」
「わかったー」

そう言って廊下で別れて、それぞれの教室に入った。



いざ放課後ホームルームを終えて、英二の教室に行ってみると
英二が誰か男の子と喋っているいるのが見えた。
これがその大石くんなのか、それとも別の人なのか。

様子を伺いながら近寄ると英二が「来た!」と机から飛び降りて近寄ってきた。

「大石、これ、これ大石ね」

英二のめちゃくちゃ簡素で雑な紹介で大石くんと私は初対面することになった。
もう既に私の存在は英二から説明済みってことなんだろうなと納得した。
私も大石くんのことはさんざん聞かされてるみたいに。

でーす」
「大石秀一郎です、宜しく」

まっすぐな目をした男の子だな、というのが第一印象。
なんだかすごく真面目そうで、英二がこんな子と仲良くなるんだ、
っていうのはちょっと意外だった。
だけど笑った顔が可愛かったから、いい子なんだろなって思った。

結局その日は三人で寄り道しながら色んなことを喋って一緒に帰った。
大石くんは英二が今までつるんできたような子たちとは違うタイプだったけど、
優しくて気配りで、喋ってて居心地は良かった。

「これで英二がいつも言ってる「大石くん」を映像つきで想像できるよ」
「英二、そんなに俺のことさんに喋ってるの?」
「えー全然喋ってないよ?」
「嘘だよ!いっつも大石大石ってそればっかじゃん」
「えー!?」

そんなことを笑って話しながら帰って、大石くんとは途中でバイバイして、
英二とはいつも通り家の前でバイバイした。
テニス部の活動がない日はそれが通例となった。

英二とは腐れ縁で気心が知れてて、
英二と大石くんは絆が強くなっていくのが感じられて。
私と大石くん自体はそんなに強い結びつきがあるわけではないけど
大石くんは輪のバランスを取るのがうまい人みたいで
三人で過ごしても調和が乱れることはなかった。



二人はテニス部で正式なペアとなって試合にも出るようになった。
大会の日は行ける限り応援に行った。

勝利を収めたときの喜びは一緒に分かち合ったし、
負けたときは私も自分のことみたいに落ち込んだ。

だけど帰り道が三人一緒になることはなくて、
二人は「俺たちはこれから反省会」といつも私の知らないどこかへ向かった。

疎外感…というほどではない。
元々三人で一つだったわけではないし。
だけど、二人しか知らない世界があるんだなっていうのは
ほんの少し寂しく思ったりはした。

ま、男の友情を邪魔するつもりは私にはさらさらない。



そんな日々が2年続き……。



4月初旬、月曜日。

「はよー、
「おはよ英二。春休み会わない間にまた背伸びた?」
「マジ?でも絶対次の身体測定は170超えてると思う」
「げー」

そんな会話を話しながら登校する私たちは今日から中学3年生だ。
入学式の日はあんなにダボダボだった制服が懐かしい。
いつの間にか英二の身長は私よりも10cm以上高くなっていた。

「(なんか随分カッコ良くなっちゃったよね、英二)」
「え、オレどっかヘン?髪の毛?歯磨き粉ついてる?」
「いや、なんでもない!」

まさか見とれていただなんて言えず。
斜め下から見上げていた視線を正面に向けた。

英二、普通にモテるんだよね。
英二は一緒に話してて楽しいし、
成長期を迎えて背も高くなって、顔も悪くないし、まあわかる。
幼い頃から一緒に居て、わがままな小僧だった頃も知ってるから
急に意識するのは難しいけど、客観的に見たら、カッコイイ、と思う。なんてね。
それに引き換え私は相変わらず平々凡々だけどー。

「…………」
「え、何?」
「あ、なんでもないっ!」

問いかけると英二は勢いよく顔を前に向けた。
今、めっちゃ斜め上から視線感じたんだけど…。
もしかして私こそ髪どっかへん?食べかすとかついてる?
と思ってあちこち触っていたら。

「なんか…」
「なんか?」
、小さくなったなって」
「……は?」

私は英二の背中を思いっきりバシンと叩いた。
英二は「イッテ!」と声を漏らした。

「ヒッドイ!私だってちゃんと伸びてるよ!
 自分がちょっと大きくなっちゃったからってバカにして」
「違う違う!別にバカにしてるとかじゃなくて」

じゃあ何って聞いたら、英二は結局はっきり答えてくれないまま
「何でもない」って言って顔を背けた。
英二の顔はちょっと赤かったような?
なんかそんな恥ずかしいこと考えてたわけ〜!?

やっぱりバカにしてるじゃん!ってポカポカ叩いてるうちに駅に着いた。

「うげっ、人多いな」
「去年も思ったんだけどさ、3月に比べて4月って電車混んでない?」
「わかる」

そんな雑談を交わしているうちに到着した電車に
列が進むに合わせて乗り込んでいくと…

「うげっ」
「わっ!」

雪崩れるように反対側のドアまで一気に押し込まれた。

「あっぶねー。大丈夫、苦しくない?」
「だいじょうぶ…」

英二は私の背中にあるドアに手を突いた。
私に体重が掛からないように守ってくれてる…?
私の目線は英二の首元。
顔、近い……。

約20分の乗車時間、私は首を竦めてその時が過ぎるのを待った。


確かに、私は小さくなったのかもしれない。



なんだかんだ電車は駅に到着して、雑談しているうちに学校に着いた。
例年通り、新学期初日に人が群がる掲示板の前に立って
自分の名前を探していくと…。

「あ」
「どした?」
「私、大石と一緒だ。3年2組」
「マジ!?オレはー……6組!不二と一緒だ!」

それはテニス部の不二周助くんのことだとすぐわかった。
テニス部の応援は散々行ってるから主要メンバーの名前は憶えている。

「楽しいクラスになるといいね」
「そだね」

そう言って新しい教室に向かって歩き出してから、
英二がなんだか不安そうに覗き込んでくる。

、大石とばっか仲良くしてオレのことのけ者にしないでよ?」
「何言ってるの。今まで私のことのけ者にしてきたくせに〜」
「ええっ!?のけ者になんかしてないよ」
「冗談だよ」

のけ者にされてるとまでは思ってないから冗談ではあるんだけど、
寂しい思いをすることがあるのは事実だ。
たまには英二も寂しい思いをする側になれ!なんてね。

とか言いながら英二こそ不二くんと仲良くなって
私と大石のことどうでもよくなっちゃったりしてね。
さすがにそれはないか。

今まで私と大石は、英二という共通点で繋がってきたわけだ。
それがきっかけで私と大石も仲良くなったけど、
初めて私と大石に直接的な共通点ができることになる。

さあ、3年2組!

勇み足で一歩踏み入れた。
その教室を見渡すと、大石の姿が目に入った。

「おはよう

早速私に気付いて大石は爽やかに挨拶してくれた。
本当に同じクラスなんだな。

「おはよう大石、一年間宜しくね!」
「ああ、宜しく」

にこりと柔らかく微笑み掛けてきた。

出会った頃はこんな笑い方はしなかったな、と2年前のことを振り返る。
大石が真面目で優しくて気配りなのはあの頃から変わらないけど、
前はもう少しやんちゃな印象があった気がする。
身長は英二と同じくらいで私より明らかに小さかったのに
今では私の目線は大石の肩くらいだ。
その肩幅も随分広くなって、声は低くなって喋り方も落ち着いた。

「(英二もカッコよく成長したなって思ったけど、
 大石こそ本当に変わったよねー…)」

無意識にじーっと見上げてしまっていて、
その視線に気づいた大石は「ん、どうした?」と首を傾げる。

しまった、また見とれてた!?

「な、なんでもない!」
「席順は出席番号順らしいぞ」
「あっホントだ黒板に書いてある。ありがと!」

いそいそと自分の席に移動した。
なんとなく、顔が熱い気がした。

考えてみれば、大石と二人きりって初めてだ。
英二と私が二人、よくある。
英二と大石が二人、よくある。
だけど大石と私が二人っていう組み合わせはなかったんだ。
あくまで英二という共通点が私たちを繋いでいたんだなと実感する。

「(二人だと何喋っていいかわからないな)」

ただでさえ三人でいると英二が喋ってることが多かったしな。
これから同じクラスメイトとして大石と私がどういう関係になっていくのか
楽しみなようななんだか不思議な気持ちの新学期初日であった。


同じクラスになると、さすがに関わり合いになることが多い。
なんてったって週に5日必ず顔を合わせるんだ。
休み時間にちょっとしたことで会話を交わすこともあれば、
行事のために一致団結することもある。

「気軽な関係」という意味では相変わらず英二が一番だけど、
「親しい関係」という意味では最近は大石の方が近く感じる。
それに……。

「(これはただの友達としての好き、かな)」

大石と二人でいると、なんだかドキドキする。
それは同じクラスになった初日と同じだ。
初日は気まずさとか緊張によるところもあったと思うけど
親密度が上がってきた今もドキドキが収まらないのは、何故なのか。



「どう、大石と同じクラス?」

二人での帰り道、英二はそう聞いてきた。

3年生になってからは大石と英二と三人で過ごすことが減った。
保健委員長になった大石は委員会の活動が忙しいみたいだ。
結果、昼間はクラスで大石と、登下校は英二と二人になることが多い。
もっとも、先週英二は不二くんにべったりだったけど。

「楽しいよ。それに大石って頭良いんだね。
 授業中当てられなくても自分で発言してて感心しちゃった」
「わーめっちゃ大石っぽい」
「そっちこそ不二くんとはどう?」
「めっちゃ仲良しだよん。先週毎日不二んち遊びに行っちゃった」
「あー、そういうことだったの!?」

先週の放課後英二が予定あるっていうから
テニス部がない日なのに私は一人で下校することがあった。
まさか不二くんちに遊びに行ってたとは。

そういえばさすがに最近は英二がうちに遊びにくることはなくなったな。
っていうか中学に入ってからはほとんどないか。

こうやってみんななんとなく関係が変わっていくんだろうな。
振り返ってみれば同じ小学校で家が近いってだけなのに
中学校に入ってから直接的な関わり合いがない英二と私が
今でも仲良く登下校してるっていうのが逆に不思議なくらいで。
…付き合ってるわけでもないのに。
周りからは「付き合ってるの?」って聞かれるけど。
英二も聞かれたりするのかな。

「まさかそんな理由だったとはね。先週地味に寂しかったんだから」
「めんごー!」
「別にいいけどー。ってか寧ろ未だにうちらが
 一緒に登下校してるのが不思議なくらいっていうか」
「どゆこと?」
「男女でって珍しくない?
 たまに「菊丸くんと付き合ってるの?」って聞かれるよ。英二もそういうのない?」

別にそういうわけじゃないのにねーって私は軽く笑ったけど、英二は笑わなくて。
神妙な面持ちで黙り込んでいる。

「……英二?」

顔を下から覗き込むと、英二は足を止めて腕を掴んだ。
引っ張られて私も足を止める。
こんなのいつぶりだっけと思い返して入学初日の電車のことを思い出した。
あの頃英二はもっと小さくて幼くて、“男の子”って感じだった。
それが今は背もすらりと伸びて、掴んでくる手は筋張っていて力が強くて、
すっかり“男の人”に近づいていて。

「オレさ、のこと好きだよ」

もしかしてこれ……告白されてる!?

前よりずっとカッコよくなって大人になった英二。
急に、好きだよ、なんて。

「え、急にどうしたの……英二」

胸がバクバク言って破裂しそう。
次になんて言うのか……英二の言葉を待っていたら。

「だからこれからも、ずっと仲良くしてね!」

そう言って、パッと笑った。
ひまわりが咲いたみたいな明るい笑顔。

なんだ。
友達としてってことか。
ビックリしたー……。

「もちろんだよ。っていうかそれはこっちのセリフ〜」
「にゃははっ。もう不二んちは満足したからしばらくは行かない」

そんな話をして、くだらない雑談もして、
英二との帰り道はいつも通り楽しくてあっという間だった。
ただ、今日の心境はいつもと少し違って。

「(あれは本当に、友達としてって意味だったんだよね?)」

一人になってからも心臓のドキドキが収まらなくて、
家で一人悶々としてしまった。



そんなこんながありながら、時は流れて夏休み。
テニス部は順調に勝ち上がっていて、全国大会への切符を手に入れた。

大石は怪我にも悩まされていたみたいだけれどなんとか回復して、
英二もこっそり自主トレに励んでいて、
日に日に二人のコンビネーションが高まっているのが目に見えた。
最後の大会…本当に頑張ってほしい!


そんな中での全校登校日。
総合学習を終えて、午前中だけでおしまい。
解散したあとに私は大石と軽い雑談をして、
一緒帰る流れになるかと思いきや
夏休みの宿題で気になった点を先生に質問しにいくんだと。
相変わらず真面目だなー…。

「それじゃあ、次に会うのは全国大会の会場だね」
「応援に来てくれるのかい」
「当たり前でしょ!」

そう答える私は何故か偉そうな態度になってしまったんだけど、
大石は素直に受け止めてくれたみたいだった。

「嬉しいよ。に応援されると、本当に元気が出るよ」

そう言って目を細めて笑った。
そんな言い方されるとこっちまで嬉しくなっちゃうよ、なんて。
大石と一緒にいると気持ちが穏やかになるんだよなぁ。

そんなことを考えているとと大石は「そういえば」と
なんだか話しづらそうにしどろもどろと話題を切り出してきた。

「今夜……たしか、花火大会があるだろ」
「うん、あるね」
「その……誰かと行く予定とか、決めてたりするのかい」

大石はなんとなく聞きづらそうにそう聞いてきて、
あれ、これってもしかして、誘われちゃったりする流れ…?

「ううん。決めてないよ」
「そ、そうなのか」
「………」
「………」
「………」
「………」

しかし待てども待てども大石からその一言はなくて。

「(ここはとりあえず…友達の軽いノリで誘ってみる?)」

このまま待っていても埒が明かないと思ったので
私の方から誘ってみることにした。

「じゃあ、一緒に行く?」

実はこのとき私は「英二も誘って」という言葉を語尾に繋げる余地を残していた。
なのに間髪入れずに「いいのかい!」だなんて言うから。

あれ…これは二人で行く流れ?
大石と、二人で花火大会。
……マジで?

「あ、うん。じゃあ、後でまた連絡するね」
「ああわかった。待ってるよ」

そう言って大石は教科書とノートの束を持ってそそくさと階段を下っていった。
ん、んー…!?
これは、もしかして、そういうことだったりする…?

、帰ろ」
「わ、英二!」
「何そんなびっくりしてんの」
「いや、アハハ」

遅れて解散したらしい3年6組からいつの間にか英二が来ていた。
今の会話、聞かれてなかったよね…?ってドキドキしてしまう私。
英二の雑談に適当な相槌をしながら
階段を降りて靴を履き替えて学校の敷地を出て駅に向かった。

今夜本当に二人で行くのかな、
どんな服着ていこう、
どんなテンションで行けばいいのか…。
そんなことに私が頭を悩ませているとも知らずに
英二はいつも通り色々話題を振ってきて。

「ところでさ、今夜花火大会あるじゃん!大石も誘って三人で行こうぜ!」

まさかの花火大会の話に。
だけど……ん?
大石と三人?

「えーっと……アレ?」
「え、何」
「それ、大石と相談した?」
「いや大石にはこれから話す」
「あー……」

えっとつまりこれは。
大石と私が二人で約束してるのを英二は知らなくて
英二は三人で行こうって提案しようとしてくれてるという状況で。
どうしよう、大石との先の約束を守って英二を断るべきか。
それとも英二の誘いに乗って大石と三人で行くべきか。
あれ、何が正解?

っていうか大石って本当に私と二人で行きたかったのかな?
大石って私のこと好きだったりする?
英二はそれを知ってるの?
うーん……。

「どったの、
「いや、その……私、大石と二人で行く約束した、カモ」
「……ハァ?」

どうしたらいいかわからないからありのままを話した結果、
英二の顔を見て、言ってはいけないことを言ってしまったとわかった。

「アイツ……!」
「え、ちょっと待って英二」
は先に帰ってて」
「待ってってば!英二!!」

凄い形相をしてその場から走り去ろうとする英二を引き留めようとしたけど
英二は私の腕を振り切ってしまった。
背中に声を掛けても意味はなくてその姿はみるみる小さくなっていった。

理由ははっきりわからないけど、マズイ予感がする。
追いつける気配はないけど私も再び学校に向かって走りだした。



暑いし、普段運動してないし、荷物もあるし、
一生懸命走ろうとしたけど恐らく英二から相当遅れて学校に戻ってきた。

さっきの様子だと英二は大石のところへ行ったはずだ。
荒れた息を整えながらどこへ行けばよいか考える。
すると探すまでもなく、下駄箱の前にいる二人の姿を見つけることができた。

「大石……オマエ抜け駆けしたな!?」

英二のその言葉でわかってしまった。

どうやら大石は本当に私のことが好きでみたいだ。
そして英二も私のことが好きみたいだ。恋愛対象という意味でだ。
そして、お互いそれをわかっていた。

「抜け駆けをしたつもりはない」
「じゃあなんでこんなことになってるんだよ!」
「俺から誘ったわけじゃなくて…」
「……え、が大石を誘ったわけ?」
「ち、ちょっと待って英二!」

声を掛けると二人は私の存在に気付いて、4つの目がこっちを向いた。
大石の困ったような顔と、英二の憎しみを込めたような険しい顔。
そんな表情をした英二を見たことがなかったのと、
結果的に私から誘って大石と二人で行くことになってしまったけど
元々その意図が明確にあったわけではないので
何を言えばフォローになるのかわからずあわあわすることしかできなかった。

間に痺れを切らしたように「ふざけんなよ」と英二が大石の胸元を小突いて
それに反応した大石は英二の肩を強めに押して英二がよろけて
これはマズイと思った時すでに遅く英二が大石の胸倉に掴みかかっていた。

「やめて二人とも!私のために喧嘩なんかしないでよ!!」

まさか人生において自分がこの言葉を発する機会がくるとは思ってなかった。
だけど私は取っ組み合いを始めてしまいそうな二人を止めるので必死だ。
無理やり二人を引きはがすと大石は英二を冷たく睨んだまま襟元を正した。
英二は興奮した獣みたいに肩を上下させて呼吸をしてる。

どうして、こんなことに。

仲良しだったのに。
三人でいるのが楽しかったのに。
仲良しな二人を見るのは羨ましくって、ちょっぴり寂しくって、
だけどやっぱり幸せだった。

私がいなければ二人はずっと仲良しでいられたのかな。

「私のせいで、ごめんね」

それしか言えなかった。
涙が止まらないまま走ってその場を逃げ去った。



花火大会が始まる時刻、午後8時。
私は家の自分の部屋で電気を消したまま泣き続けていた。

まさか英二が本当に私のことを好きだったなんて。
まさか大石が私のことを好きでいてくれているだなんて。
私は二人のことが大好きだ。
だけどどっちを選べば良いのかわからない。
どちらかを選ぶべきなのかさえ。

遠くで花火が打ち上がる音がする。
だけどその光が私に届くことはなかった。



翌日、私は半分くらいしか開かないほどに泣き腫らした目に絶望しながら起きた。

目、ヤバすぎ…。
これは今更冷やしてどうにかなるレベルなのかな。

とりあえず洗面所で顔を洗って、
アイマスクで目元を冷やすことにした。
ソファに腰掛けて天井を向いてアイマスクを目の上に乗せる。

「(……あの後、二人はどうなったんだろう)」

昨日は頭の中ぐちゃぐちゃすぎて自分のことしか考えられなかったけど、
今となってはそちらの方が気になる。

二人は全国大会も控えている。
テニスに悪影響は出ないだろうか。
私は大会の応援に行かない方が良いかもしれない。

「(英二と気まずくなるのも、大石と気まずくなるのも嫌だけど、
 英二と大石が気まずくなるのが一番辛いな……)」

そう考えているとピンポンが鳴った。
こんな顔で人前に出たくないと思ったけど
親は出かけてて今家には自分しかいない。
仕方がなくドアを開けると、そこには英二がいた。

「え、英二!?」
、昨日はごめん」

顔を合わせるなり英二はガバッと頭を下げた。
そんな、謝りたいのは私というか…。
でも私が悪いことした覚えがあるわけでもないんだけど。

「あの後大丈夫だった?大石は?」
「…………」

英二は答えてくれなかった。
さっきから一度も目が合わない。
下を向いたまま、英二は
「オレと大石には“いつもの場所”があってさ」
と語り始めた。
それには私にも心当たりがあった。

「それってもしかして、二人が大会のあとによく行ってた場所?」
「そ。よくわかったね」

それは私が疎外感をほんのり感じていた原因ですから…。
でも、それほど強固だった二人の絆は今どうなっているのか。
聞いていいのか迷っていると英二は「スマホ貸して」と手を伸ばしてきた。
言われるがままにスマホを差し出すと、英二はそれを取り上げて
まるで自分のものを扱うかのように自然に操作をして返してきた。
画面には地図が表示されていて中心にピン止めがされていた。

「今夜、ここに来て」
「もしかしてここが例の場所」
「そ」

ふーん…。
私も行っていいんだ、そこに。

「行くのはいいけどさ、迷子になりそうだから一緒に連れてってよ」
「ダメ」

お願いしたのに英二は首を横に振った。
えー…。

「待ってるからね。絶対だよ!」

じゃあオレ部活だから、と残して英二はドアを閉めた。
玄関に残された私はきょとん。

よくわからないけど、私は夜にこの地図の場所に行くべきらしい。
時間はっきり決めてないじゃん。まあメールすればいいけど。

たぶんだけど、行ったら英二と大石と三人で対面することになる。
一緒に行くのはダメで、
行き先は英二と大石の特別な場所で。
恐らく……大石と先に二人で何かするのだろう。

「(また仲間外れじゃん……ま、いいけど。二人が二人で気まずくないなら)」

今夜、私はどんなテンションで行けばいいかな。
笑えるといいな…。



『夜8時に地図の場所集合ね』

後に英二から送られてきたメッセージ通り、私は地図の場所に向かっていた。
しかし。

「英二め……聞いてないぞ、こんなに坂の上にあるだなんて…!」

私はゼーハーと息切れをしながら一歩一歩踏みしめるように坂を上っていた。
地図のマークはこの坂の頂上あたりを示している。
平坦な道だったら私はもう到着しているはずだった、
しかしまだ道のりは半分ほどだ。

「(でも……心の準備をするには丁度良いかもしれない)」

早く着きたいけど、まだ着きたくない。
そんな複雑な思いに駆られながら、一歩一歩前に進んだ。

英二と大石、どんな状態だろう。
私、どっちかを選ぶべきなのかな。
選びたいのかな。
選んでいいのかな。
……まだ結論は出ていない。

さあ、目的地に着く。
どんな顔をすればいいのか。

そんな杞憂は二人を見つけた瞬間に吹き飛んだ。

「あ、来た来た!」
「ほら、こっちこっち」

英二が手を広げて、大石が手を掲げる。


手前にひまわりの生垣。

二人の背中には満天の星空。

二人が座るコンテナには花火のラクガキ。

そして、ペンキだらけで肩を組んで笑う二人。


「あは…アハハ、あはははは!」

嬉しくって楽しくっておかしくって…笑いが止まらなかった。

「何笑ってるんだ」
「だっておかしくって!」
「何がおかしいんだよー」
「英二はともかく、大石までペンキだらけじゃん」
「ちょっとオレはともかくってどういうこと!?」
「え、俺そんなにペンキついてるか」

笑いが止まらない。
懐かしいこの感じ。
ああ、そういえば、
三人でこうして話すの久しぶりだったっけ。

、上がっておいでよ」
「え、無理だよ」
「ほら、手を貸すから」

そう言って上から二人が片手ずつ手を伸ばしてくれて、
恐る恐る手を取ると、強い力で引っ張り上げられて私はコンテナに上がった。
上には満天の星空。
振り返ると、街並みもキラキラ光って見えた。

「どういうことなのコレ」
「この景色をにも見せてあげたいねって、英二と」
「それから…花火は、昨日のお詫び」

そっか、花火大会、行けなかったから。
私は二人に対して申し訳ないと思ってたけど、
二人もそう思ってくれてたのかな…。
少しでも私を喜ばせようとしてペンキまみれで頑張ってくれたんだ。

、ごめんね。オレ、なんかはオレのものって気持ちがずっとあった」
「英二……」
「でもが大石のこと好きなんだったら、オレ、応援するから!
 昨日はオレのやきもちでにも嫌な思いをさせちゃってごめん」

英二はそう言って頭を下げた。
それはたぶん英二が、私が大石を花火に誘ったと思ってるからで…。

「私こそごめん英二…それから大石」
は悪くないよ」
「そうじゃなくて……」

言いづらかったけど、意を決して言うことにした。

「私、本当は三人で花火大会行こうって誘うつもりだったの」
「「えっ!?」」

気まずいなーと思いながら二人の顔を見ると、
案の定英二がジト目で大石のことを睨んでて、大石は焦った様子。

「……それじゃあ、もしかして俺の勘違い…?」
「…ちょっと大石ぃ〜?」
「い、いやっ!そんなはずは!?」
「あーごめん!私が曖昧な言い方しちゃったの!私が悪いの!」

また喧嘩になってしまっては困る。
私は急いで二人を制した。
そして今度は私が頭を軽く下げる。

「英二、大石。二人の気持ちは伝わったよ。ありがとう。
 だけど…ごめん。二人とも大好きすぎて、少なくとも今は一人に決められないや」

いつか決めるときが来るのかな。
わからない。

「私の願いは、二人がこれからも仲良しでいてくれること」
…」
「私のために二人が喧嘩してるの見るのが一番辛かった」
「…ごめん」
「それから」

目の端に滲んだ涙を指で拭った。
この涙は悲しいからじゃない。
きっと、さっき笑いすぎたから。

気持ちが伝わるように、出来る限りの笑顔を見せる。

「三人で笑い合えるのが何より幸せだよ」

そう言った瞬間、英二が私に抱き着いてきて、
大石が更に覆いかぶさってきた。

、本っ当ーにごめん!」
「ごめん…俺が不甲斐ないせいで」
「もう、謝るのはいいってば!てか苦しい!」

ぷはっと二人分の力から解放される。
まったく…。
でも、二人が気まずい感じになってないのは良かったな。
あの後色々話したんだろうな。

だって、二人は青学ゴールデンペアだもんね。

そう考えてたら英二と大石は目を見合わせてから


とそれぞれ私の名前を呼んでこちらを向いて正座をした。
二人の真剣な表情に釣られて私も姿勢を正す。

「オレたちさ、結構前にお互いのことが好きってわかって、
 そのときに“抜け駆けはしない”っていう約束をしたんだ」
「そうだったんだね…」
「でも好きな気持ちは本当だから、こうやって伝えるしかないねって」

こうやって?

何が始まるのかと思ったら、
英二と大石は目配せをして
英二の「いくよ」に大石が小さく頷いた、次の瞬間。


「「大好き!!」」


下にはひまわり、
上には夜空、
打ち上がらない花火が描かれたコンテナの上、
ペンキだらけの二つの笑顔がこちらを向いて咲いていた。
























サマバレ黄金発表で頭がバグった。
大石の単体のサマバレはもうないんだっていう嘆きはあるし
二人が嬉しそうにこっちに向かって手を伸ばしてくれてるしで
正気が保てなくなったので、狂った頭のまま勢いで書ききったw

なんとか今日中に仕上げた過ぎて後半走り書きなので後日修正します…。
誤字脱字ごめんなさい!ハッピーサマバレ楽しみだな!

そしてたしけ先生お誕生日おめでとうありがとう…。

↑一晩明けまして大幅に修正掛けました!
当日中に上げたいあまりに一度も推敲してなかったからw
一番の改変ポイントは、大石と主人公を3年時は呼び捨てで統一したことです。
(始めにアップしたときは大石からさん付けと呼び捨てブレてたw)
2年掛けて二人の距離感が変わった感じを出したいなと。

くそっ…どんな徳を積んだら英二と大石の成長期を
一番身近な女子として見守って二人ともに好かれて
コンテナに唯一呼ばれて同時に「大好き」って
言ってもらえるような人生を過ごせるんだよ…!(ダンッ)


2021/06/26(2021/06/27)