* データはいつも真実を示すのか *












真実を知ることは、必ずしも幸せなことなのだろうか。

この事実を伝えることは相手にとって酷なのかもしれない。
しかし人づてに伝わってしまう方が不親切だとも思う。
どちらの方がよりダメージが少なく済むのか考慮した結果、
俺は大石と話す場を設ける決断をした。

「大石、ちょっと」
「どうした?」

指でくいくいと招き寄せると大石は素直に付いてきて、
人気の少ない方へと流れた俺たちは部室横にたどり着いた。
乾汁の新作の話だったらやめてくれよ、
と冗談めかして喋るその声にも覇気がない。

理由はわかっている。
お前は最愛の恋人と別れて一週間も経っていない。

そしてお前のその元恋人は、
俺の今の恋人だ。
これが真実だ。

「俺、と付き合うことになったから」

声こそ聞こえてこなかったものの、
「え」の状態で口が固まっている。
まあ信じられないだろうな。
言ってしまえば俺も未だに少し驚いている。

「そう…なのか。いや、驚いたな。おめでとう」

その「おめでとう」は本心なのかと表情を観察した。
泳ぐ目線からは動揺している様子が見て取れた。
真実こそは本人に聞かなければわからないものの、
本当は祝う余裕があるような心情ではないだろうと想像できた。
それでも好意的な言葉が自然と出てくるあたりはさすが大石と言わざるを得ない。

「全く俺のことは好きになってもらえてないけどね」

すかさずフォローを入れた。
何、俺だって大石に不快な思いをさせたいわけじゃない。
こう見えて申し訳ない気持ちだってある。
だからと言って譲るつもりも全くないけどね。

「正直、まだお前に未練たっぷりの様子だよ。
 先週はお前のことを思ってため息ばかりを吐いていた」

そう伝えると、大石は潜めていた眉になお力を込めて眉尻を下げた。
はまだ大石のことが好きに違いない。
それもまた真実。

だけどお前が聞きたいのはこんなことじゃないよな。
データ通りだ。

「今週に入って、またよく笑うようになったよ」

一息ついてから告げたその言葉を耳に入れて、
一瞬硬直してから、
表情が動き出す。

「…そうか」

眉間の皺が、ようやく緩んだ。

「それが聞けて良かったよ」

安堵と物寂しさを交えたような表情で笑った。
予想通りだよ、大石。
お前がもっと性格の悪いやつであったら俺の罪悪感も少しは減るんだけどな。

お前たちが別れた理由は俺のデータにはない。
だけどこれは推測できる。
お互い望まないけれど別れることを決意したんだな。
どんな強い信念がその決断をさせたのか。
それはこれから知ることになるのだろうか。

「乾」

名前を呼ばれ視線を合わせると、
大石は見たことがないほど優しい目線を当ててきていた。
優しい性格の大石だが、これほど柔らかい目は初めて見た。
恐らく今大石はのことを思い浮かべている。
お前はいつもこの目を見ていたのか。

を宜しくな」

大石はそう告げた。
俺がまだ“”呼びしていることを知ってか知らずか、
いや……大石のことだ。きっと無意識だろう。

テニス部引退までに振り向かす、か。
我ながら大胆な札を切ったものだ。
大石と、お互いがどれだけ想い合っているか
これほど身に沁みてわかっていたら言えなかったのではないか。
しかしもう後には引けない。

全国大会の決勝は8月末。
最長でもそこまで。
途中で負けて期限を自ら縮めるわけにはいかないな。

大石の一言に対し、
「任せろ」と言う自信はまだなかった。
「練習に戻ろう」が俺の答えだった。

さあ、暑い夏が始まる。
























大石の元カノ世にはびこるシリーズの
大石の心境を想像して毎度辛くなるのが楽しいんだなぁ(鬼畜)
乾編『確率はいつも100と0の間』の続編でした。

乾から見て、大石は優しい、性格が良い、
っていう認識がはっきりしているの良くない?(ツボ)
逆に淡々とした声で「俺は性格が悪いから」って言う乾は良いよ。
しかし別に周りも乾のこと性格悪いとは思ってないっていうね。
…汁は勘弁してくれとは思ってるけど(笑)


2021/06/03-2021/06/12