* 心の声が聞こえてきそうで聞こえない *












ー…」
「どうしたの、ゾンビみたいな顔しちゃって」

親友であるは眉をひそめて私の顔をのぞき込んできた。
視界に映っているであろうのは、目の下にクマを作ってうつろな目の私。

この目つきの悪さはクラスメイトの誰かさんに似てるかも…なんてね。
いや笑えない。
笑えないんですよ。

「なんか私、海堂薫と付き合うことになってるっぽい…」

小声で伝える。
他のクラスメイトには聞こえないように。
しかし直後に、クラス全体に届くくらいの音量で「えーー!?」が響き渡った。

「どういうことー!?」
「私が聞きたい…」

事情を説明するとこうだ。

昨日のこと。
部活が終わった帰り道、偶然クラスメイトの海堂薫の姿を見かけた。
海堂はランニングをしているみたいだった。

全然喋らないし人相も怖い海堂はクラスで浮いているし正直私もちょっと苦手だ。
他のクラスメイトだったら声を掛けるところかもしれないけど
そのまま素通りしようとした、のに。



なんと海堂は私の目の前に立って声に掛けてきた!
漫画であれば『ゴゴゴゴゴ』なんて効果音が付きそうな凄みのある表情で見下ろされる。
そして、周波数低すぎな声でこう言った。

「俺と付き合え」

付き合うって…どこに?何のために?どうして私???
疑問は即座にいくつも浮かんだ。
だけど、目の前に居るのは例の海堂薫である。
周りには通行人もいなくて助けを呼べそうにもない。

「ふぁ!?は、はい!わかりました!!!」

ここは素直に従うのが正解…!
そう判断して承諾の意を示した。
大丈夫、海堂は性格は怖いけど悪いことはできないお坊ちゃまだから
犯罪に手を染めるとかそれ系ではないはず…でも怖い……!

「……フン」

震え上がって青ざめる私をよそに、海堂はわずかに頬を染めた気がした。
そしてそのまま私を通り過ぎてスタスタと歩いていってしまう。
学校に戻るのかな…?と思って後を付いていこうとすると。

「付いてくんな…俺はトレーニングの途中なんだよ!」
「ひぇっ!?」

人に頼んでおいて付いてくんなってどういうこと!?
と大混乱のままその場に立ち尽くし。
今の出来事を整理すると…。

付き合えって言われたから、はいって答えた。
海堂は頬を染めてた。
今は付いてくんなと言われた。

どういうこと…?
海堂は「俺に付き合え」って。ん?
言ってたか?本当に「俺に付き合え」って?
もう一度先ほど聞こえた重低音を脳内再生しろ…!

『俺と付き合え』

そうだ、俺“と”って言ってた気がしてきたな。
あー、そう考えると今じゃなくて今後俺と付き合ってくれって意味で繋がるな!

「……え?」

え。

えええええ〜!?!?!?



「……というわけなの…」
「唐突にも程がない?」
「ね、意味わかんないよね…」

大きくため息をつく私。
も同調してくれて「いやーそれは災難だね」と言った。

「災難?」
「だって無理でしょ、海堂と付き合うなんて」

海堂と付き合う……。
うん。無理。

「…ウン」
「今更断るのも一苦労ありそう。わーかわいそー!」
「………」

そうなんだよね。
今すぐに「やっぱり無理です」などと言えるはずもなく。
かといって付き合っていける自信もなく。
どれくらい付き合ったら別れを切り出して良いかな…。

「まー、とりあえず付き合ってみたら」
…他人事だと思って…」
「意外といけるかもしんないじゃん。とにかく、新しい彼氏おめでとう」

そう言って肩をポンポンとされた。
まさかこんな脅しに屈するに近い形で彼氏ができてしまうなんて…。

「良い機会じゃん」
「え?」
「早く前の人忘れなよ」
「………わかってるよー」

の発言で、元カレの存在を思い出してしまった。
ある意味海堂のお陰で、忘れていたその人物を。

「意外といけるかも」というその可能性を信じて、
とりあえず海堂と前向きに付き合ってみることにした。





とは言ったものの、海堂が教室で話しかけてくることはなく。
私も話しかけることはなく。
連絡先も知らないし。
(連絡網に自宅の電話番号が載ってるくらいだ)

「(これ、付き合ってるって言えるの?)」

疑問に思いながら、今日も海堂と会話をすることなく
教室を後にしようとしたら…。

「……おい」
「ひえっ!?」

重低音に呼び止められる。
ギ、ギ、ギ……と振り返ったら。

「か、海堂くん…」
「……明日、10時50分。青春台駅前」

何これ。
………待ち合わせの約束!?

「(も、もしやデートの誘いってこと!?)」
「…聞こえたか」
「は、はい!聞こえました!行きます!」

フン、と言ってテニスバッグを背負った海堂は教室を去っていった。

決闘を申し込まれたような言い方だったけど…。

「(付き合いたての彼氏との初デート、か)」

そう考えるとちょっとだけ楽しみかも。
…海堂相手で会話が続くかの不安はあるけど。

「(せっかくだしおしゃれしてこーっと)」

どうせなら楽しんじゃおう!と腹を括った。





そして翌日10時50分。

「や、やっほー!」

精一杯の笑顔で登場してみる。
でも向こうはしかめっ面。

え、キレてる?
まだ時間過ぎてないよね?

「……おぅ」
「いい天気で良かったね。へへ、へへへ…」

気分は、お頭の神経を逆撫でないようにへつらう下っ端。

「…行くぞ」
「はいっ」

私の発言を無視して先に歩き出す海堂の横に慌ててついた。

「(っていうか、どこに連れて行かれるんだ私…?)」

どれくらい歩くんだろう。
スカートで来ちゃったけどスポッチャとかだったらどうしよう。
一応お気に入りのワンピなんだけど、海堂に「可愛い」とかいう概念あるのかな…。

考えながら無言で歩くこと約5分、あるお店の前で海堂は立ち止まった。

「……ここだ」
「ここは……」

そこは、今ちょっと話題の猫カフェだった。
ね、猫カフェ!?

「(海堂薫が、猫カフェ!?)」
「あと2分か…」
「(開店に合わせて待ち合わせしたってこと!?めっちゃ気合入ってる…!)」
「…並ぶぞ」
「う、うん…」

これは…。
オススメのデートスポット☆とか調べて選んでくれたのかな。
だって海堂と猫カフェとか…結びつかないよね。

私たちは3番目のお客さんで、開店と同時に中に通された。
内容は普通のカフェって感じで、ただそこら中に猫用の遊び場や遊び道具があって
室内を自由に歩き回ってる猫ちゃんと戯れられる、という感じのようだ。

「私はこのケーキと紅茶のセットにしよ。海堂くんは?」
「俺は…これだけでいい」

そう言ってメニューの紅茶を指差してた。
来てくれた店員さんに注文した。

メニュー選びが終わると何を話していいかわからなくなって、また無言。
どうしたものか…と思ったら。

「わー猫ちゃん来てくれたー」

私たちの足元には猫ちゃんが。
一旦椅子から立って猫ちゃんのもとにしゃがんだ。

人間によく懐いているみたいだ。
逃げる様子はないどころか勝手にすり寄ってくる。
猫ちゃんの頭を撫でて首をさする。喉がゴロゴロ鳴ってる。
かーわいーなー。

と、しばらく自分に夢中になっていると。

「フシュゥ〜…………」

え。

「(めちゃくちゃ嬉しそうー!?!?)」

横にいる海堂は頬を染めていて、見たことないほど目元と口元が緩んでいた。
こ、これは…!

「(間違いない、これは海堂の趣味で選んだんだ!!)」

意外すぎる…!
すり寄ってくる猫に「アァン?」とかガン付けてそうなイメージあったけど
実際はこんなとろけるみたいな笑顔を見せるなんて。

「(こんな顔…学校だと見たことない)」
「……なんだ」
「いや、別に!かわいいね猫ちゃんたち!」

私の視線に気付いた海堂は私を睨むように見てきた。
返事をすると「フン」と言って視線をまた猫に戻したけど、
その睨んでくる目線も、フンの言い方も、いつもほどは怖くなくて。

「(…人間相手に心を開いてない野良猫みたいだ)」

まだ懐ききってないだけなんだ。
そう思えたら、急に海堂がかわいく見えてきた。

しばらくしたらケーキと紅茶が届いた。
一旦食べようと思って椅子に座りなおすと、猫ちゃんの方から膝に乗ってくれた。

「わー。かわいいー」
「……」

海堂も、姿勢を正してじっとしてる。
そして椅子の下に立つ猫の方を見る。
猫も海堂を見上げてる。
…こう着状態。

「海堂くん、長めにまばたきしてみるといいよ」
「まばたき?」
「視線合わせたままだと警戒されてるって向こうも思っちゃうんだって」
「……わかった」

言われた通りに、ゆーっくり、まばたきする海堂。
猫ちゃんは変わらず海堂を見てる。
もう一回、たっぷり5秒くらい目を閉じて、開ける。
猫ちゃんは動かない。

寂しそうに海堂が視線を逸した、瞬間。

「お、おお…!」
「わー、乗ってくれたねー」

猫ちゃんはそのままくるりと一周すると
海堂の膝下で丸く寝転んだ。
わー。かわいいねえかわいいねえ。

「お前、すごいな」
「え?」
「猫…詳しいんだな」
「あー、うちも猫飼っててさ」
「猫、飼ってるのか…!」
「うん。2匹いるよー」

海堂の目線がキラキラ光っている。
急に尊敬の眼差しを向けられている気持ちだ。

「今度うちに見にきてみる?」
「…いいのか」
「別にいいよー」

本当に猫好きなんだな、海堂。
なんか急に見え方が変わってきた。

「(…って、うっかり家に誘ってしまった!) 」

思いもよらぬ自分の発言に焦ったけど、
海堂は深く考えていなさそうに膝の上の猫に夢中。

私の気にしすぎか。
海堂って何考えてるかわかんないしな。
本当に何考えてるんだろ。
っていうかちゃんと考えてる…?

疑問に思いながらパクリとケーキを一口食べる。
おいし〜!!
幸せにパクパクとケーキを食べ進めていると、
紅茶を飲む合間に海堂から声を掛けてきた。


「ん?」
「……どうして承諾したんだ」

承諾?
それはうちに呼んだこと?
海堂は言葉数が少なすぎてイマイチ意図が読めない。

「何のこと?」
「だから、その……俺と……」

そのまま海堂は黙ってしまって続きの言葉は出てこなかったけど、
おそらく私たちが付き合うことになったことに関してだと予想できた。

どうして……。
まさか、付き合うの意味を勘違いした上に
怖すぎて脊髄反射で返答してしまってたとはいえず…!

でもこれは、チャンスなのか?
そのうち別れを切り出すための布石になるのかもしれない。

「あんまよく考えてなくて、勢いっていうか…私いうほど海堂くんのこと知らないし」
「………」

……黙ってしまった。
正直に言い過ぎたかな。
でも嘘つくのも微妙だし。

「そういう海堂くんこそ、なんで私?」

せっかくの機会だと思って、私も聞いてみた。
海堂は……目を逸してぶっきらぼうに吐き捨てた。

「どうだっていいだろ」
「あ、そうだね。ごめん…」

なぜか私が謝ってしまった…。
海堂はそのまま黙り込んでそれ以降何もフォローしてくれないし…。

「(ギャップがすごい…)」

そう思った。
初めて付き合った彼氏、大石先輩は、
細かすぎるくらい気配りをしてくれる人だったから。

つい思ってしまう。
大石先輩だったらこうしてくれてたのにな…って。

大石先輩は去年の保険委員長で、
しがない一委員として保険委員会に参加した私は
優しくて気配りで凛とした姿に恋をしてしまった。

私にとっては特別な一人だけど、
大石先輩から見たら私はその他大勢のうちの一人。
自分から伝えるしか手立てはないと思って私から告白した。

私の「好きです。付き合ってください!」に対して
大石先輩は困った風に眉を潜めたのだった。
私は負けじと押した。

「付き合ってる人がいるんですか」
「いや、いないよ」
「それじゃあ、好きな人は」
「それもいないけど」
「それなら、私と付き合ってください!」

そんな感じで割と強引に押し切った。
いざ付き合ってみたら楽しくて、割と悪くない関係…だったと思うんだけど。

もう少しで付き合って半年という頃だっただろうか。
受験に専念したいという理由で別れを告げられてしまった。
それでも好きな気持ちは消えなかったから卒業式の日はボロ泣きだったけど、
お願いしたら第二ボタンをもらえた喜びを胸に抱いて進級した。
そして海堂と同じクラスになって一ヶ月…というところなわけだ。

海堂は…正直、クラスではちょっと浮いた存在で。
授業態度とかは悪くない、寧ろ結構優等生っぽいのに
話しかけると剣幕がすごくて近づくなオーラがすごい。
だから私はあんまり近づきたくないと思ってたし、
海堂も私に近づいてくることはなかったし。
本当に私のこと好きなのかな。

「(まあ、本心がわからないっていう意味では、大石先輩もそうだったかもね…)」

これやりたいそれ食べたいあそこ行きたい、
私がどんな要望を出しても大石先輩は「いいよ」ってにっこり笑って受け入れてくれた。
思い返してみれば付き合おうということに対する返事も含めて、
大石先輩は、どれだけ私に本心で接してくれてたのだろう。
……。

「(やめよう、もう終わったことだ)」
「……それ」
「え?」
「……うまいか」
「あ、うん!おいしいよ!」

うっかり考え事をして手と口が止まってしまっていた。
再びパクリと一口食べる。
ふわふわ生地に生クリームとフルーツ!最高!!

海堂はそんな私を見てまた「フン」と鼻で笑って視線を逸した。
…やっぱりわからない。

「(本当に私のこと好きなの…?)」

要素が浮かばない。
会話だって全然したことがなかったし。
私は寧ろ近寄らないようにしてたし…。

疑問に思いながらもケーキと紅茶はおいしくて、
猫ちゃんたちと戯れるのは楽しくて、
制限時間90分目一杯楽しんだ私たちはお店を後にした。

お店を出ると、海堂は「今度はお前が選べ」と言った。

「え?」
「……俺の行きたい場所には来られたから」
「あ、なるほどね!」

次の目的地の話をしているとわかった。
でもどうしよう…私の行きたい場所と言われても…!
私、普段どこで何すると楽しいっけ…。

海堂とプリクラ…?ないな。
海堂とカラオケ…?たぶん私しか歌わない。
海堂とショッピング…?待たせてたら不機嫌になりそう。
海堂とカフェ…?もう行ったばっか。

何も思いつかない。
どうしよーどうしよーどこならいいんだー…。
どこなら海堂薫と行っても楽しめるっていうんだー!

「……スポッチャとか!?海堂くんスポーツ好きだよね!?」

考えた末に絞り出した答えを提案する。
だけど、海堂の表情は晴れなくて。

「……いいのか」
「え?」
「オシャレしてきたんじゃねぇのか」

海堂の視線は、私の膝下。
短め丈の花柄ワンピース。

「(気付いてくれてたの!?)」
「……お前がいいならそれでもいい」
「あ、や、スカートなの忘れてた!ありがと!」

ビックリしたー…!
まさか海堂の方からそこを気にしてくれるとは。
特に何も言ってこないけど、かわいいとか、思ってくれてるのかな。
……。

「えっと、ゲーセンくらいなら大丈夫かも」
「…それでいいのか」
「うん!」

結局、私たちは近くのゲーセンにやってきた。
入り口すぐに、両手に収まるくらいのサイズの
猫のぬいぐるみのUFOキャッチャーあった。

「あ、これかわいい!これ取りたい!」

このくらいのサイズならなんとか取れそう!
そう思って100円を投入。
いけいけいけー…それっ!
……揺れただけ。
追加で500円投入。
1回目、2回目、3回目…。

「(取れる気配がない…)」
「……貸せ」
「はぁい!」

それ、私が入れたお金なんですけどぉー…?
突っ込む暇もなく、海堂はUFOキャッチャーに対峙した。
真剣な顔してアームとぬいぐるみを見つめてる。

…こうして見ると海堂ってまあまあ背も高いし、
仏頂面ではあるけど顔の作りは美形だし、
客観的に見てカッコ良かったりするよね。
…………怖いけど。

「…取れたぞ」
「えっ!?あ、ホントだ!」

うっかりゲームじゃなくて海堂を見つめているうちに取れてしまった。
海堂はしゃがむとぬいぐるみを取り出して差し出してきた。
そのまま受け取る。

「ありがと!」

お礼を伝えると「フン」と言って視線を逸した。
うーんなかなか懐かないなって感じ…。

「待って私も何か取ってあげる!」
「できんのか」
「あ、バカにしたな?ぬいぐるみは難しいかもだけどー」

そう言ってずんずんとゲーセン内を歩き回る。
ちらちら後ろを振り返ると、海堂は横には並ばないけどずっと同じペースで付いてきていた。

同じ猫ちゃんのストラップタイプのぬいぐるみが山積みにされた機械を見つけた。

「これならイケる!」
「じゃあ俺が払う」
「なんで?」
「…さっきお前の金だっただろ」
「あ、そいえば」

律儀だなー。
海堂、ぶっきらぼうだけど悪いやつではないんだよね。
ていうか、結構やさしい。

お金入れてもらって、いざ、私も挑む!
崩すだけの簡単なやつだからさすがに大丈夫っしょ!

「……アレ」
「……」

一個も落とせずに定位置に戻っていくアームを見て
海堂は無言でもう100円入れてくれた。
こ、今度こそ…!

「…………」
「…………」
「……あ、やった!」

今度こそ取れた!
下から景品を取り出して、「はい!」と海堂にプレゼント。
受け取った海堂はそのストラップぬいぐるみを見つめると
やっぱり「フン」って鼻で笑ったけど。

「(あ……ちゃんと笑顔だ)」

その表情は、今まで見たことがないほど柔らかかった。

「(そういう顔もできるんじゃん)」

それは初めて見る海堂の姿だった。
教室でもそういう顔をしてくれていれば
周りからあんな敬遠されたりしないのに。

自分がその中の一人だったからよくわかる。
教室にいる海堂薫は怖くてなるべく関わりたくない存在であった。

でも、今の海堂だったら。

「…何見てんだ」
「わ、あ、ひぇっ!」

やっぱり海堂は海堂だった…!
と思いながら背筋を伸ばしてしまう。
その海堂は私の顔をじっと見ると。

「お前は……俺が怖いか」

と聞いてきた。
え。
これ、なんと答えるのが正解…?

怖い→んだとコラ
怖くない→嘘ついてンジャネー
沈黙→聞いてんのかテメェ

「(つ、詰んだ…!)」
「怖がらすつもりはないんだ…ただ、あんまり慣れてねぇから」
「(……ん?)」

これはー…。
フォローを入れてくれてる?

「(もしかしたら、海堂って、思ったほど怖くないのかも…)」

それは今の発言と、今日一日の言動でわかり始めた事実。
海堂って意地悪なんじゃなくて、
警戒心が強くて険しい表情をしてるんじゃないかな。
まるで野良猫みたいに。

「・・・だったら、そんなことなかったんだろうな」
「え?」
「…なんでもねぇ」

ゲームセンターの大音量に打ち消されて、海堂の声はよく聞こえなかった。
聞こえた部分から推測すると、その文章の冒頭には
誰か名前か代名詞か、人物を示す言葉が入っていたのではないだろうか。

もしかして、私の元カレ…。
いやいや他人に無関心そうな海堂が大石先輩を知ってるわけが…。
海堂は別に保険委員じゃなかったし、他に上級生と関わる機会なんて、

あ。

「(そういえば、大石先輩も海堂と同じテニス部だった…)」

今まで気付いてなかった。
海堂、大石先輩と知り合いだったんだ。
そして知ってたのかもしれない。
私と大石先輩が付き合ってたこと…。

もしかして、海堂が私と付き合いたいと思った理由に
それも何か関係してたりするのかな?

「……さっきの質問」
「え?」

さっき、とは…?
いつ海堂なんかに質問をしたのか思い出せない。
相変わらず言葉数が少なくて意思疎通が難しい。

「お前がいると…周りが明るくなる」

鋭い眼光にまっすぐ見られて、心臓がドキン。
でもそのドキンは、いつもみたく恐怖ゆえだったのか、それとも。

「それだけだ」と言って海堂は言葉を締めた。

今日海堂に問いかけた言葉を思い返す中で、
たった今私の頭に浮かんでいた疑問と一致していたことに気付いた。

「それで、好きになってくれたってこと?」

はいかいいえで答えられる質問なんだから、
素直にウンって言えばいいのに。

「…好きじゃなかったら、付き合ってほしいなんて言わねぇ」

だってさ。

言葉数は少ないし。
態度だっていつも怒ってるみたい。
だけどいつの間にか、こんなに心が温かい。

「ねえ、海堂くん」

私は心から笑ってた。
自然と目元が細まるくらい。

「私、海堂くんのこと好きだよ」

改めて海堂を目を合わせると、
海堂は「フン」と目線を逸したけど、
その頬は少し赤く染まっていて、
ゆっくりとこっちを向き直ってくると
「俺も…………嫌いじゃねぇ」と言うので、
そこは「俺も好きだ」じゃないんかい、と思わず笑ってしまった。

「海堂くんってさ」
「ん?」
「意外とかわいいね」
「ああっ!?」

噛みついてきそうな険しい表情を見せてきたけど、
私は笑ってしまった。
怖い気持ちはどっかいっちゃった。

海堂についてまだ理解できないところは多すぎるけど、一つ一つ確認していこう。
わかっちゃったから。
海堂って、表現するのが苦手なだけで
本当は繊細な心の持ち主で正直な人なんだ…って。

「(下の名前で呼んでみようかな。どんな反応するかな)」

これからの私たちの関係を想像したら、
ワクワクして、ちょっとだけドキドキしてきた。



  **



そして後日、私は知ることになる。

海堂は2年生の頃から大石先輩と付き合っていた私を認識していたこと。
その頃の大石先輩は幸せそうにしていたように見えていたこと。

だけど後日その二人は別れたと知り、
3年になって同じクラスになったとき、
卒業式ショックを引きずった私は毎日落ち込んでいたこと。

周りの笑顔を作れる存在に見えていた私から
笑顔が失われていたのが、気になったんだって。
また戻ってほしいと思ったんだって。

不器用なりに私を元気づけようとしてくれていたことが嬉しくって。
結果的に、付き合い始めたら幸せになれた私がいるってわけ。

「(ありがとうね。大好きだよ、薫)」

そうやって呟いた。
直接言うと照れて不機嫌になるから、今は心の声だけで。

























私は古のテニヌ民なので、新テニ(テニラビ)みたいな
ツンデレだけどよく喋る海堂じゃなくて、
超寡黙のツンデレにしちゃうよ(ツンデレではある)

海堂が寡黙なので語り切れてない部分とかある気がする。
このシリーズ全員分終わったら日記にレビューでも書きたいな。

海堂お誕生日おめでとう〜!


2021/03/21-2021/05/11