―――好きな人ができた。

―――しかし、課題が二つ。



「落としましたよ」


始まりは大学の入学式当日のこと。
掛けられた声に振り返ると、
地面には確かに私のものであるハンカチが落ちていた。
しゃがんで拾おうとすると、伸びてきた手に触れた。
「あっ、すみません」とお互い勢いよく手を引っ込めてしまうなんて
少女漫画まがいなことをしてから改めて拾いなおすことになった。
地面そこら中に散っている桜の花びらがハンカチの裏に張り付いていたようで
持ち上げると一枚がはらりと落ちた。

顔を上げると、そこにはその爽やかな声に似合った
これまた爽やかで清潔感のあるイケメンが居て、
「これからここで入学式ですか?そうしたら同じ学部ですね。よろしく」
と言ってにこりと微笑んだ。

これはいとも簡単に恋に落ちると書いてフォーリンラブですよ。

運命的な出会いを果たしてしまったかもしれない…!
そう思ってこれからの大学生活に胸を馳せる私。
しかしその時間はあまり長く続かなくて。

「秀一郎、なに知り合い?」
「あ、いや。落とし物を拾おうとして声を掛けただけだよ」

小柄な女の子がひょこんと後ろから顔を覗かせた。
秀一郎と呼ばれた彼は「それじゃあ」と会釈をして、二人で去っていった。

オンナ連れかぁー…。
衝撃的な出会いでうっかり恋に落ちてしまったけど、
あっという間に桜散ってしまった。
確かに実際に今は桜は散っているけども!

まあ、あんなイケメンがフリーなはずもないか…。


そう思って、この感情が膨らみきってしまう前に諦めようと思ったけど、
その後の入学式でも彼を目で追ってしまい、
家に帰っても彼のことを考えてしまい。


「…………沼った」


好きな人ができた。
しかし課題が二つ。

一つ、彼の隣にはお似合いな子がいる。
一つ、私は彼に釣り合うような存在じゃない。











  * 貴方と私とその間の君と *












(あれで付き合ってないって信じられないな)

私が眺める先は、隣の席に座って授業開始を待つ大石くんとちゃん。
入学式のあの日に見た組み合わせだ。

他の人たちと話しているのを盗み聞きしてしまった。
なんでも、二人はかれこれ19年来の関係らしい。
今18歳なのにだよ?
なんと親同士の仲が良くて生まれた日も1週間違いなんだって。
お腹の中に居た頃から近くにいたって…そんなの信じられる?

そんなに長いこと一緒にいて、仲も良さそうで、
付き合うとかいうことにならないのかなー…。

視線の先で二人は何やら言葉を交わして、
ちゃんが声を上げて笑って、
大石くんも眉を八の字にして穏やかに微笑み返してる。
ちゃんが勧めたポッキーを、大石くんは断って、
だけどちゃんが3本まとめて口に突っ込んで大爆笑。

楽しそうだなー…楽しそうすぎてニクい。

(なんとかして弱みとか握ってやる…)

大石くんの隣にはちゃんがいる、
その状態が当たり前だという現状を打破したいと思った。





さて授業も無事終わって、次のコマは空きだ。
例の二人の様子を斜め後ろから観察していると、
荷物をまとめた大石くんはちゃんに一声掛けると教室から颯爽と出て行った。
大石くんは何か必修じゃない科目でも取ってるのかな。
想像通りの真面目くん…それも良い…。

ちゃんは、私と同じく空きかな?
しばしスマホを弄ってから、
ゆっくりと荷物を集めて鞄に入れて立ち上がって…

(あっ、目が合ってしまった…)

ぱっと目線を逸らそうとするより先、


「あっ、入学式のときに会った子だ!」


と大きな声と満面の笑みで出迎えられた。


コイツ…

陽の者だー!!!(※陽キャ的な意味で)


「私!よろしくね!」
「あ、私は。こちらこそよろしく!」
「よろしくー!」

ちゃんは何の曇りもない笑顔で笑った。
私もどちらかというと陽キャで周りを圧倒してきたタイプだけど
ちゃんはそんなことなさそう…もしや互角以上!?

「入学式のとき、秀一郎にナンパされてたよね」

ちゃんは嬉しそうにそう聞いてきた。
いやいやナンパとかじゃないよ…って普通に返そうかとも思ったんだけど。
なんか、初対面だけどこの子とは気兼ねなくしゃべれるような雰囲気を感じて。

「そうそう!私が可愛いから声かけてきたのかなって一瞬思ったけど
 後ろ振り返ったら普通に落とし物してた!」
ちゃんおもろっ」

そう言ってちゃんはケラケラと笑った。

「この後のコマ空き?」
「うん空き〜」
「えーやったぁじゃあちょっと駄弁ろうよ」
「いいよ!」

そうと決まって、次の授業の生徒が増え始めた教室を抜けて
私たちは生協で買ったお菓子とジュースを持って食堂に移動した。
移動中も、食堂に着いてからも会話は止まらなかった。
いつの間にか真っ昼間から超下ネタを話して私たちは大爆笑。

ちゃん下ネタもイケるんだ。ありがてぇー!」
ちゃんこそ!女子でここまで話せる人あんま会ったことないよ」
「いやめっちゃ好きなんだよね。
 つっても耳年増というか目年増って感じなんだけど。
 経験は全然なくて下ネタ知識のソースはほぼネットだから」

そう言ってちゃんはまたケラケラと笑った。
「そうなんだーアハハ…」と返しながらも私は同じようには笑えておらず、
ちょっとひきつってしまったことにちゃんは気づいたか。

「あ、もうこんな時間だ。私そろそろ行かないと。
 じゃあねちゃん、また喋ろっ!」
「うん、またねー!」

笑顔で手を大きく振るとちゃんは去って行った。

これは……。

もしちゃんがとんでもなく性格悪いやつだったら
意地でも奪い取ってやろうと思ってた。
全然キャラが違ったら「もしかしたら私の方がタイプかも?」
なんて期待することもできたかもしれない、けど…。

(ところが私たちはキャラが結構被ってると来た。
 だけどちゃんの方が純粋で、とても良い子で、大石くんとの距離が近い)

絶望……。





とんでもない沼にドハマリしている。
自分でどうしようもできないと判断した私は
夜になって高校時代からの友人に電話を掛けた。

「どうしよう千里〜〜〜!」
「そん大石にもこぎゃん感じで話せばよかやろ」
「ムリだよ!」

千里と話すときと同じテンションで話せって?

四天王寺高に通ってた頃の記憶を遡る。
男子に話しかけるときは基本呼び捨て。
おしとやかには遙かに遠い言葉遣い、態度。
休み時間になると当たり前に千里の膝の上に座る女。
そんな強めギャルだった、私は。

それと同じテンション?……ムリ過ぎる!

「大石くんは…そういう感じじゃないから」

大石くんはきっと、もっと清いタイプが好みなんだ。
別に「大石ぃー!!」って大声上げながら背中に体当たりとか、できるけど、
それじゃあ大石くんに好きになってもらうのは難しい気がする。

「大石大石って、そぎゃん大石がよかか」
「そう!今は大石くんのことで頭いっぱいなの!」

そう伝えると、千里からはため息交じりの返事が返ってきた。

「話し相手、間違えとるんやなかか」

この思いを誰かに吐き出したい〜!と思って
一番に顔が浮かんだ千里に電話しちゃったけど。

(そういえば…そうだった)

卒業して引っ越しして新しい生活が始まってとドタバタして
なんとなくうやむやになっていたけど、
千里にはとても重大なことを卒業式の日に伝えられていたことを思い出した。

謝るべきか。
それも逆に失礼か。
今更どうしよう…と迷ってるうちに千里の方から話題を変えた。

「そういや昨日桔平とも電話で話したばってん、
 俺ゴールデンウィークに桔平んちば泊まり行くけん、も来んね」
「……ムリ」

すぐさま断る。
だって、その三人で会うといったら……どうなるか予想ができてしまう。
私はもうそういうのは卒業するんだ。

「なして」
「ムリなものはムリ!」

突っぱねるように断ったけど、
千里は電話の向こうで長いため息をついた。

が東京ば引っ越してこっちは退屈しとるけん、会うくらいよかやろ」
「……」

そりゃ、私だって千里にも桔平にも会いたいけど。
高校の間は毎日一緒に居るのが当たり前だった千里と離れて
電話じゃなくて直接話したいとは思ってるけど。

でも、大石くん…。

「……

千里、
そんな縋るような声はズルイよ。

「……会うだけだからね」
「よかよか。4月30日やけん空けとくたい」
「わかった、4月30日ね」

別にやましいことは何もない。
高校の頃に一番仲が良かったクラスメイトとその親友と会うだけだ。


(そう、一番仲が良いクラスメイトだったんだよね)


なんでも話せる関係。
休み時間も放課後も一緒に居る。
それこそ「付き合ってないの?」って周りによく聞かれた。
でも私たちは本当に付き合っていなかった。
ただ、一線を越えた関係は持っていた。

九州に居たときの親友が東京から来てるんだとクラスの仲良しの男友達から聞いて、
なんか楽しそうという軽い気持ちで私もついていった。
それが、千里、桔平、私が共通の知り合いとなったきっかけ。

ただの友達だった。
それがどうして一線を越えてしまったんだっけ。
私たちは気軽になんでも話せる関係すぎて、
私の前で千里と桔平が普通に昨日のオカズの話とかし始めて。
私がそれに食いついたら「試してみると?」って。

二人でシたこともないのに3人でなんて、とも思うけど
逆に三人だと思うとぶっ飛びすぎててタガが外れて、
流されるがままにそのような行為に至ってしまったのだった。

その後、事あるごとに私たちは三人で集まって、その行為に耽った。
そんなことしてるなんて誰にも話せなかった。
表向きはただの仲良し三人組だった。
そんな関係が何年も続いた。

実は千里も桔平も私のことが好きだったんだ…って
千里が教えてくれたのは卒業式の日のことだった。
でも二人は協定を組んで、どちらかが抜け駆けして
私と付き合おうというような真似はしないと決めてたらしい。
見かけ上は仲良し三人組、裏では身体の関係で繋がっていて、
心の内では二人とも私のことが好きだった、だなんて。

その三人で会うんだ。ゴールデンウィーク。






(約束…しちゃって良かったんかな)

でも会いたいのは本当だし。
会っても何もしなきゃいいだけだし。
うん…うん…。

自分を納得させながら登校。
明日からゴールデンウィークだ。
楽しみなはずなのになんでこんな憂鬱な気持ちにならなきゃいけないんだ…。

そんな私の気持ちや裏腹に、ちゃんは今日もピカピカの笑顔。
その隣で大石くんが困ったように微笑みながら見守っているいつもの光景。

ちゃん、今日は18歳の私たちを拝める最後だから見といて」

そう言ってちゃんはケラケラと笑って、
袖の肘のあたりを引っ張られた大石くんは困った風に笑った。

「ん、どういうこと?」
「4月30日が秀一郎の誕生日、んで私の誕生日は5月6日!」
「なるほどね〜」

そういえば聞いてたな、二人の誕生日は近いって。
ゴールデンウィーク中なんだ。

……ん、4月30日?

(千里と桔平と会う日じゃん)

好きな人の誕生日に、私は他の男に会いに行くんだ…。

いや他の男って言っても!
ただの男友達だし!
ただの、うん、ただの!
何も起こさなければ二人はただの良い友達!

それにどうせさ、その予定がなかったところで
私は誕生日当日に大石くんに会える立場ではないし。
おめでとうのメールでも送るくらいかな…。

「どうかしたか?」

急に思い詰めた風に黙り込む私に気付いて大石くんは心配そうに覗き込んできた。
しまった!

「あ、ううん!二人とも素敵な誕生日を過ごしてね!」
「ありがとう」
「ありがとー!」

大石くんはにっこりと笑い返してくれて、
ちゃんも明るく笑った。

(二人は、お互いの誕生日を一緒に過ごしたりするのかな)

逆に、なんで二人は付き合ってないんだろ。
私に大石くんと付き合える未来なんてあるのかな。

……考えたってわからないけど、可能性はとても低い気がした。






4月30日。
0時丁度を迎えた瞬間に大石くんにメールを送った。

だけど返事が来たのは翌朝7時くらいで、
さすが大石くん、規則正しい生活を送っているんだなぁって微笑ましくなってしまった。

そのままやりとりが始まって
「休みの日もこんな時間に起きてるの?」とか
「普段どれくらい勉強してる?」とか、
私が引き延ばそうとしているのもあるとはいえ
楽しい会話はしばらく続いた。
大石くんは面倒くさがる様子など一切なく都度丁寧な返事をくれて

(やっぱり好きだな)

と私は大石くんへの想いを更に強くした。

最後にもう一度「素敵な一日になりますように!」とメッセージを送って締めくくった。
その中に私の存在が少しでも入り込めればいいな、と思いながら。






、久しぶりたい」
「千里〜桔平〜!」

一ヶ月ぶり程度なのになんだかすごく久しぶりに感じる。
特に千里はほぼ毎日会うのが当たり前だったもんね。

今までは桔平が関西に来たときに会ってたけど、
今回は千里が東京に来てるっていうの、なんか面白い。
そもそも二人は九州の二翼なのに。

コンビニでおやつやジュースを買い込んで桔平の家に移動した。
大量に買い込んだのに、半分以上が残されることになるとはこのときは知らずに。

「大学生活楽しんでるばい?」
「楽しんでるよ〜友達たくさんできたし」
「相変わらず暴れとっと?」
「暴れるって何!大人しくしてるよ…前よりは!」

暴れる…。
確かに、高校までの私はその言葉が相応しいような態度だったかもしれないよ!

でも私は変わったんだ。
好きな人ができて。
その好きな人は、優しくて純粋な心の持ち主で…。

は暴れとるくらいが丁度よかばい」

そう言いながら千里の手が私の背中を滑って腰を撫でる。
思わず拳を振り上げそうになって、だから私そういうとこ!、って心の中でセルフ突っ込み。

「ちょっと千里、だからもうそういうのはないって…!」
「今更ほんなこつ言うと?」
「今日は杏もおらんたい」

桔平も私の肩に手を置いて、鎖骨のあたりに人差し指を伝わせて
そのまま喉元を撫で上げられると自然と私の首は仰け反った。
高い位置のその顔と目が合う。

が本当に嫌だって言うなら考えるばってん」

反対側、もっと高い位置から声が振ってくる。
見上げると、目が合って、射貫かれた。

「本当に、嫌と?」

唇はまっすぐだけどゆっくりと近づいてきて
拒否することはできたはずなのに、できなかった。

お互いの口中の温度を堪能しているうちにとろりと瞼は下りた。
どれが誰のものかもわからない4つの手が私の全身で遊び回る。

(さっきまで大石くんのことで頭いっぱい、だったはずなのに)

一枚一枚と衣服が脱がされていって
気付いたらベッドで仰向けになっていて。
瞼を持ち上げると、見慣れた二人が左右に位置していて。

「久しぶりたい、
も欲しかったと?」

自ら服を脱いだ二人の身体が迫ってくる。
本当は、拒否しなきゃいけない、つもりだった、はずなのに…。

(……ムリ。なんも考えらんない)

手や唇や様々な身体の部位が私の肌に接触してくる度に快感が走って、
私もその行為に応えた。





  * * *





(またやってしまった…)

帰り道、私は一人自己嫌悪に陥っていた。


結局、ズブズブな私たち。
この底なし沼から抜け出せない。

私が大石くんと付き合える可能性は絶望的すぎる。

だって彼の隣にはお似合いな子がいる。
そして私は彼に釣り合うような存在じゃない。

(ん、メール…)

見てみると、送り主は大石くん。
今日の朝に私が送ったメールで締めくくられたと思ってたのに。
返事くれてたんだ…!


さんも、素敵な一日になると良いな。』


たったの一言。
だけどそこには大石くんの優しさが凝縮されていて。

彼の純粋な思いやりが私の心にぐっさり刺さった。


私は彼に釣り合うような存在じゃない。


…………それでも大石くん、スキ。









ゴールデンウィークが明けた。
始まる前は、長いなぁって思ってたのに明けてみたら一瞬だった。

なんか4月より随分電車が空いてたな、
っていうか教室も心なしか人が少ない…?
これが噂の授業カットか…と思いながら教室を見回すと、
前寄りの席に一人座る大石くんが。

ちゃんはまだ来てないみたい。
チャンスだ、と思って私は大石くんの机の前に回り込んだ。

「大石くん」

声を掛けると「ああ、さん」と笑顔を向けてくれた。
はあ。本当に好き。

「この前はお誕生日おめでと!」
「わざわざメールありがとうな。嬉しかったよ」

このまま会話を終わらすわけにはいかない…
なんとか話を広げてやろう、と思っていたら
「ゴールデンウィークはどうだった?」と、
向こうから聞いてきてくれた。本当に優しいなぁ。

「楽しかったよ!高校までの友達に会ったりー」

言ってしまってから、余計なことが頭を過ってかき消したり。
そんな私の思考も知らずに大石くんは
「俺も高校や中学の友達と会ったよ」と楽しそうに笑う。
その“高校や中学の友達”の中にはちゃんも含まれているのだろうか。

「誕生日当日はどうしてたの?」
「ああ、俺と…幼馴染みだろ。
 家族ぐるみでお祝いするのが通例になっててさ」

どちらかというといつも母親同士の方が楽しそうなんだけど…
と大石くんは困り顔を見せたけど、どこか幸せそうに見えた。

やっぱり二人は一緒に過ごしたんだ…。
自分から聞いておいて、なんかへこんでしまった。

大石くんは、ちゃんのことどう思ってるの?
そんなに長いこと一緒にいて好きになったりしないの?
ちゃんが自分のこと好きかなって考えたりしないの?

さんはいつが誕生日なんだい」
「私はね…5月11日」
「えっ、明日じゃないか!」

実はそうなんだよね〜、と笑って返す。
大石くんが「誕生日が近いんだな、俺たち」まで声に出したところで
そうだねって言おうとしたら、その後ろに「三人」という言葉が続いて固まってしまった。

大石くんの中では
隣にちゃんがいるのが当たり前なんだ。

「秀一郎〜ちゃ〜ん、おっはよー!」

丁度のタイミングで陽気な声が近づいてきた。
必死に笑顔を作った。

「おはよう
「おはよー」

ちゃんのことは、好きなはずなのに。
正直、邪魔だと思ってしまった自分もいて。

(ヤなやつだ、私……)

早めにこの場を去った方がいいと思った。
机に置いていた鞄を掴んで手を振る。

「それじゃあまたね」
「行っちゃうの?ここ座りなよー」

ちゃんは三人掛けの椅子を大石くん側に詰めて
空いたスペースをぽんぽんと叩いた。

つまり、大石くん、ちゃん、私の順に座ろうと。
………。

「…向こうにいつも一緒に座ってる子たちいるから」
「あっそ?じゃあまたねー」
「またな」
「うん。またねー」

あっさりと解放されて、私はいつもの座席へ。
斜め後ろから仲睦まじい二人を観察する。

ハァ。

(なんでこうなるんだ…)

暗いよ、どうしたの?」
「ん、気のせいじゃない」

適当に受け流して、そのまま授業に突入。

私だって、落ち込むことくらいあるよ。






次のコマは授業がない。
食堂に行って食べるー?なんて話していたら、
ちゃんが「ねえねえ!」と声を掛けてきた。
そういえば確か次は大石くんだけが授業があるコマだっけ。

「次空きコマ?私もなんだ〜ついてっていい?」
「うん、いいよ」
「いこー」

快く受け入れるうちのグループのみんな。
人見知りをしない様子でちゃんは楽しく話し出す。

どうして。
アンタは。
いつもそうなんだ。

ちゃん、大石くんがいないとぼっちになりがちだもんね」

ぽつりと、言葉が私の口から漏れた。

ちゃんも、他のみんなも唖然として私を見てくる。
でも止まらない。

「大石くんもさ、ちゃんが近くにいると他の友達作れなかったりするんじゃないの?」

最悪さいあくサイアク。
何言ってるの私。
口が勝手に動いてしまった。

ちゃんは悪い子じゃないのに。
寧ろすごく良い子なのに。

「え、どうしたの
「…………」

心配そうな視線と、やや軽蔑したような視線が私を向いている。

やらかした。
謝らないと……。

ごめんの「ご」まで声に出したところで、ちゃんはフッと鼻で笑う。

ちゃんこそ、秀一郎の何を知ってるの?」

大石くんの何を……。

何を。
何も、知らない。
私は大石くんのことを何も知らない。

ちゃんのことが好きで一緒に居られて嬉しいかもしれない。
友達を増やしたい意思はないかもしれない。
優しいからいつも笑顔を作っているだけで、
もしかしたら、私に話しかけられたことだって迷惑だったかもしれない…。

何も知らないよ、大石くんのこと。私は。

「……ごめん」
!」

呼び止められたけど振り返れずに、
私はそのままその場を走り去った。

サイアク。
サイアク。
サイアク。

(本っ当にサイアクー…)

自己嫌悪で気持ち悪い。

私、こんなヤなやつだったっけ。
明るく元気がウリじゃなかったの?
周りからも言われてたし自分でもそう思ってた。

だけど。
私と同じくらい…もしかしたら私以上に明るくて元気な子が
よりによって私が一番居たい場所に居るから……。


ちゃん!」


誰かしら、追いかけてきてくれるかなとは思ってた。
……アナタが来るんだね。

私にないものをたくさん持ってる。

「ごめん、ちゃん」

こんな感情になるのは初めてだよ。

「私、嫉妬してるわ」

正直に、今の気持ちを伝えた。
もう、全部言ってしまうことにした。

「私さ、大石くんのこと好きになっちゃったんだ。
 いつも横にいるちゃんのことが、うらやましくて…
 正直、ちょっと邪魔だって思っちゃったんだ」

涙が滲んだ。

「だけど、私はちゃんのことは大好きだから。
 さっきのは八つ当たり。本当にごめん。もう二度としない」

許してくれるか、また何か言われるか…。
身構えていると、まさかの言葉が聞こえてきた。

「私もごめん」

ちゃんは大きく頭を下げた。
……え?

「気づいてたよ。ちゃんが秀一郎のこと好きだって」
「あ、そうなんだ……」
「うん。でさ、純粋に好きって思えてるのが、羨ましく見えちゃって。
 私もちょっと嫌味言っちゃった……ホントごめん」

羨ましく見えた?
どういうことかと聞き返そうかと思ったら、
ちゃんは予期せぬことを言う。

ちゃんの方がお似合いだよ」

そう言ったちゃんの顔は、少し切なげで。
でもすぐにいたずらな笑顔に変わった。

「だってちゃんは可愛いし機転が利くし、誰にだって好かれるタイプじゃん」
「えっ、そうかな…?」

確かに、私はありえないくらい可愛いし機転が利くし
人類全員私のことを好きになってもおかしくない完璧な存在!かもしれないけど!!!

でも私が射止めようとしているのは顔面が国宝級に美しくて
機転が利くを通り越して気を利かせすぎなレベルで
好きにならないなんて頭おかしいんじゃないの、っていうような存在なわけで。

そんな大石くんが私のことを好きになってくれるとか、ある?
こんな私を。

「とにかく、私と秀一郎がそういう関係じゃないのは本当だから!
 それに秀一郎は今フリーなのも間違いないから!自信持ってアタックしなよ!」
「本当に…?」
「本当だよ」
「いっつもべたべたしてるじゃん…」
「べたべたって言い方やめてよ!ただの幼馴染だってば!
 もはや一心同体すぎて付き合うとか考えられないよ」

そう言ってひとしきり爆笑したあとに
ちゃんは、ふっと目元を細めた。

「っていうか私は秀一郎の彼女になるとか遥か昔に諦めてるから」

そうなんだ…。

でもそれって、逆にいうと
「なれるならなりたい」
「なりたかったけどなれなかった」
って意味では…?

ちゃん、それって…」
「はいはい、これ以上は質問禁止!」
「えー」

そう言って私の肩を叩いた。
ちゃんの発言が気にはなったけど、
嘘ではないんだろうなと思った。ちゃんのことだから。

「いやマジで協力するから!」
「どうすればいいかな?」
「秀一郎はわかりやすく童貞だからボディタッチとかで多分落とせる」
「ちょっと待ってウケるんだけど」

そんなでまた大爆笑。
ありがとうちゃん。

私、頑張るわ。







「本気で大石くんにアタックすることにした。
 それで……もう、ああいうことはしない」

夜、千里に電話でそうはっきりと伝えた。
電話口の向こうで「あー…」とため息交じりの声を漏らすのが聞こえた。
だけど、すぐに茶化してくるあたりはさすが千里で。

「フラれたら俺んとこば戻ってくればいいばい」
「フラれないから大丈夫!っていうか戻るも何もないから!」

彼氏彼女という関係にはならなかった。
だけどうまく向き合えなかっただけで私は千里のことが好きだったと思う。
それでも桔平と三人の関係を崩すこともできなかった。
他の人を好きになって、私たちの間柄はどうなるのだろうと思っていたけれど。

「うまく行っても行かんくても、俺はん味方やけんね」

千里は、そう言った。

「ありがとう、千里」

本当に、ありがとう。
その言葉の裏に、どれだけの思いを込めたか想像ついたかな。



電話は日付が変わるまで続いた。
じゃあねおやすみの代わりに「誕生日おめでと、」だって。
返事をする前に電話は切れてた。

……ありがと。




決心がついた。

私、頑張るよ。



私らしく行こう。





電話を切ると、友達からたくさんメールが来ていた。
あの人からは来ていない。

でもいいんだ。
来ないんなら、向かって行けばいい。





翌朝はたくさんのメールに返信しながら学校に向かった。
着いた教室の中に広がるのはいつもの光景で、
でも違ったのは、私に気付いたちゃんがニヤリと笑った。

無言のままに手招きされて、
ちゃんは荷物を掴んでそーっと席を立って、
大石くんを指差してジェスチャー。
……なるほど?

私もなるべく物音を立てずに近づく。
昨日みたいに正面から、ではなく、
ちゃんが指差した側…つまり横側から、
席に腰掛けつつ大石くんに接近。

肩をぽんぽんと叩く。

「なんだ……って、えっ?さん!?」

油断した様子で振り返った大石くんは
私の姿を見て目をまん丸くした。
その眼前で私はにこりと笑う。

「私、今日ここで授業受けていいかな?」
「い、いいけど、ええっと…」
「ありがとー、秀一郎クンっ」
「どういたしまし……え、ええっ!?」

肩を肩にぶつけてやってからの、まっすぐ背を伸ばして着席。
顔を真っ赤にしてあたふたしている大石くんを見て、
ちゃんは私がいつも座ってるあたりの席でお腹を抱えてた。
ウィンクしながら親指を立てるのが見えたので、
口パクで「ありがと」って伝えた。



彼の隣にはお似合いな子がいる。
私は彼に釣り合うような存在じゃない。

そう思ってたけど。

それでもアタックしないのは私らしくない!
だって、何があってもこの大好きな気持ちは変わらないから。

まだ、私たちの関係は始まったばかり。
もっと貴方のことを知りたいし、
もっと私のことを知ってほしいし。

(覚悟しててよね〜)

これからの日々を楽しみにしながらニヤニヤしていたら。

「…そういえば」
「ん?」

掛けられた声に横を向いたら。


「今日、さん誕生日だったよな。おめでとう」


まだ少し赤みを残した頬を掻きながら、
その人は照れた顔でそう伝えてきて。

(好きな人って、こんな些細なことでも幸せになれちゃうから、ズルイ)

私がこんなにドキドキしていることは、まだナイショ。
それを伝えるのはここぞというときまでとっておく。

明るく元気に「ありがとう!」と満面の笑みを返した。


運命的な出会いから始まったこの物語は、まだまだ続きそう。
























「主人公はありえないくらい可愛いくて機転が利いて
 休み時間になると千歳の膝の上に座る強めギャルで
 大石との真ん中BD生まれの間女が登場して
 二翼と3Pする展開がある大石夢」でした!!!(笑)

絶対自分じゃこんな設定浮かばない…
だけど書いてて楽しかったわ(笑)
本日お誕生日のりらちゃんに捧げます!おめでとう!!!

(熊本弁はこれが私の限界です許してください)(土下座)
(マジで詳しい方おかしいところ教えてください)


2021/04/06-05/10