* カサブランカの恋心が灯る *












来週ホワイトデーか…。

この前バレンタインデーが過ぎたと思ったばかりだったのに
時が過ぎるのはあっという間だなーと考えながら
派手にデコレーションされた仮設お菓子売り場の前を通る。


今年のバレンタインデー、私は秀一郎にチョコレートを渡した。
そして秀一郎も私にチョコレートをくれた。

これでギブ&テイクの関係は成立しているから、今更お返し不要?とも考えたけど。

「(いやだから、そういう考え方が良くないんだって!)」

ズビシ、と自分に突っ込みを入れる想像を脳内でした。
秀一郎のことだからマメにお返し準備してくれそうな気もするしな。

「(私は何を渡そうか)」

大事なのは気持ちを込めること!
そう自分に言い聞かせながら、じゃあそれって何?って自問自答。

自分にリボン巻いてみる?
「プレゼントはワ・タ・シv」的な!?
いやさすがに寒いでしょ!?
でもそれくらいベタな方が秀一郎にはウケるかも…?





そんなことを考えつつも結論を出せないまま、
買い物に行ってぶらぶら見ながら考えればいいかなぁとか考えていたら。

、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「ん、どうしたの?」

ある日の帰り道、やや改まった様子で秀一郎が聞いてくる。

「ホワイトデーに何かお返しって考えてたりするかい」

まさか友チョコに対しての質問なんてしてくるはずがないとわかりつつ
念のために聞き返してみる。

「それは…秀一郎にってこと?」
「あ、うん」

ですよね。

サプライズは当日まで取っておいた方が良いかなって考えてたんだけど
秀一郎の方から聞いてくるからには正直に答える。

「何か準備しようって思ってたけど、なんで?」
「あ、いや、俺もにバレンタインチョコを渡したわけだけど、
 俺が渡したくて渡したわけだし、お返しを考えるのが負担になってたら申し訳ないなって思って」
「何それ、私だって渡したくて渡したんだからお互い様じゃない?」
「…それもそうか」
「そうだよ」

バレンタインを渡す側に慣れていないためか秀一郎は妙なことを言った。
それとも自分がお返しを考えることが負担だって言いたいの?
そういうわけじゃないよね。私にはわかる。

「でもさ、そうだとするとお互い準備することになるわけだろ」
「まあ、そうだね」

これはサプライズ感はゼロだなぁ、と思いながらも
秀一郎がどういうつもりなのか様子を伺っていると
「何かその場で一緒に用意して交換するのはどうだい」と言った。

「一緒にお買い物してお互いのプレゼント選ぶってこと?」
「んー、買い物というか…」

何か考えがあるようで秀一郎は言葉を濁した。

「何かこう、一緒に体験できるものとかどうかなって」
「ほう?」
「まだ具体案が決まっているわけじゃないんだ。ちょっと考えておくよ」
「わかった、ありがと」
「いい日にしような。丁度付き合って一年になるし」

ああ。
そういえばそうだ!!

去年のバレンタインデーに私が告白して、
お返しと共にOKの返事をもらったのがホワイトデーだった。
そうか。いよいよ一年経つんだー…。


これはもしかして…

「(本当に『プレゼントはワ・タ・シv』展開が待ってる?)」

さすがにそれはありえないか…。
……ありえないのか?





「アロマオイルとか興味ないか」

翌日、秀一郎はそんなことを聞いてきた。
アロマオイルっていうと、いい香りがするやつだよね?
部屋の芳香剤として使ったりハンカチに垂らしたり?

「興味なくはない。どうして?」
「好きな香りを調合できるお店があるらしいんだ」
「へー!」
「3月14日、アロマオイル作り体験はどうかな。
 お互いをイメージするアロマオイルを作ってその場で交換し合わないか」

面白そう。
秀一郎には爽やかで、でも温かみもあって、
春の陽気みたいなそんな香りが似合うなーと早速イメージが膨らみ出す。

「いいね、楽しそう!」
「それじゃあ決まりだな」

それじゃあ早速予約しちゃおうかな、と
さすがの行動の早さでケータイを取り出した。

ホワイトデーに、アロマオイル作りで一周年デートか…。

「楽しみ!」

私が笑顔を見せると、秀一郎も笑顔を返してくれた。





そのホワイトデーを前日に迎え。

「(…おや?)」

夕方の商店街、お菓子屋に入っていく秀一郎を見つけた。

「(珍しい…お菓子屋さんなんて)」

なんの用事が?と考えながら、こっそり店外から覗き込む。
顎に手を当て眉を思いっきり潜め、
真剣そのものの表情でお菓子を吟味している秀一郎。

「(何選んでるんだろう……私宛ではないのは確か)」

プレゼントは交換しないと決めた。
当日に二人で一緒に用意するから。
でも秀一郎が自分用でこんなお菓子買うとは思えない。
この時期に他にプレゼント買う用事ある?
もしかしてお母さんとか?妹とか?そうでなければ?

あ。

思い出してしまった。
一ヶ月前の明日の放課後の教室での出来事を。

「(アレか………)」

そう、明らかな本命を秀一郎は受け取っていた。

お返しするなとは言えない。
相手が時間なりお金なりを掛けて準備したものに
お礼をするのは最低限の礼儀という考え方はある。
でも、当日お互い選び合うことを決めているとはいえ
私には買ってくれてないのにあの子には買うんだ、とか。
そもそも買うんだ、とか。
本命にお返しするってどういうことかわかってる?とか。
モヤっとしてしまったのは事実で。
んー……。

「(…秀一郎だもんなぁ)」

秀一郎は、良い人だから。
私は秀一郎だけのものになりたいしそのつもりだけど、
秀一郎にとっては私は唯一人ではないのかな、とか考えてしまう。
でもみんなに優しくて気配りなのが彼の良いところだから。

見てたぞってことを伝えて皮肉を言ってやるくらいは許されるだろう、
そう思って当日を待つことにした。





「今日の髪可愛い」

ポニーテールに着いた飾りに反応したようでが言ってきた。
私はその白リボンをピラピラと指で揺らす。

「でしょー!ホワイトデーだから」
「なるほど」

普段は黒ゴムで留めてるだけだけど
ホワイトデーだし、一周年だし、
ちょっとでも可愛いほうがいいよねって結んでみた。

「大石くん、お返し何くれるだろねー」
「あ、お返しとかは特にないんだ」
「どゆこと?」
「実はさーバレンタインデーの日…」

事情を話して盛り上がり、そうこうしているうちに人は増え、
一ヶ月ぶりのお菓子交換会で盛り上がり。

楽しい一日を過ごしながら放課後を待った。





「それじゃあ行こうか」
「うん!」

卒業式を間近に迎え授業数は少ない。
今日も2科目分のテストを返されたのと卒業式の練習があって学校終了。
午後一杯はデートできるというわけ。
休み時間の回数が少ないからお菓子交換も全クラスは回れなかったけど。

「(……そういえば)」

あの後輩の子にお返しは渡す暇はあったのかな?
気になるけど聞くのも嫌みっぽい?
流れが来たら聞いてみようか。

「今日、髪おしゃれなんだな」
「そうそう、気づいたー?」
「うん。似合ってるよ」

褒めてもらえて私はご機嫌。
ホワイトデーだし、秀一郎の好きな色だから白にしたんだよってことはわかってくれてるかな?





学校を出た私たちは電車に乗って駅を移動して、
まずお昼ご飯を食べてからアロマオイル作り体験の場所へ向かった。
1階が店舗になってて、2階が体験スペースになっているみたい。

「わっ、もう部屋の中が良い香り!」
「そうでしょう。この中から皆様のお好みのものを選んで
 オリジナルのアロマオイルを作って頂きますからね」

講師の先生は優しい笑顔で私たちを迎え入れてくれた。
他にも数組が同時に行うみたいで、人数が揃うと説明が始まった。

「この中から好きな香りを嗅ぎながら選んで用紙に記入していってください。
 特に強調したい香りなどがあるときはそのメモも添えてくださいね」

それではどうぞと促され、私たちは早速香りを嗅ぎ始める。
花、フルーツ、ハーブ、スパイス、野菜なんかも。
色々あるんだなー。

「わっ、これいい香りー!」
「これは…なんだか癖のある香りだな」
「どれどれ?」

お互いに気になった香りを嗅がせ合ったりしながら
あれもいいねこれもいいねとワイワイ盛り上がる。

楽しいなー。
一緒に体験できるものって提案してくれたの、さすが秀一郎だな。

「それじゃあ、そろそろ選び始めるか」
「そうだね!」

ここからは個人作業。
私は、秀一郎に似合いそうな香りを頑張って調合するぞ!


「(やっぱ爽やかといったらレモン?)」

「(秀一郎は白が好きだし、白っぽい花から選ぼう)」

「(アンバー…琥珀のことなんだ。独特の香りだな)」

「(温かみがあるけど落ち着きもある感じを出したい…ウッディ…このへんかな…)」


試行錯誤をしながら組み立てを進めていった。
横を見ると、秀一郎もあれこれ嗅ぎながら首を傾げている。
どんなものに仕上がるか楽しみだな。

「(何かもうワンポイントほしいなー)」

さてそろそろ仕上がりという段階になって
もう一つ何を足そうかと吟味していると。

「香りだけでなくて、花言葉で選ぶ方もいらっしゃいますよ」

講師の方の一言がふと気になった。
見てみると花のオイルの名札には香りの特徴と効能の他に
誕生花として宛てられている日付と、花言葉が添えられていた。

花言葉、ねぇ。

それまで気にしていなかったので改めてその項目を読み返してみる。
これまでに選定したもの…『純潔』『無垢』『あどけなさ』…
白い花ばかりを選んだからか似たような傾向の言葉が並んでいた。

「(んー、なんか、面白いの)」

ぐるぐると見回していると
『安らぎ』
『火のような恋』
と真反対を意味する言葉が並ぶ花を見つけた。

「(ベルガモットか。これも使ってみよ)」

オイルそのものは果実の香り、気品のある爽やかな柑橘系の香りだった。
うんうんと納得して、番号を紙に記した。

『安らぎ』があるのに『火のような恋』。

何それ、私の感情のこと?
なんて思いながら紙を提出した。





「できたねー!」
「選びながら色々考え込んでしまったよ…
 が気に入る香りに仕上がっているといいんだけど」

出来上がった小瓶を手に、私たちは公園に移動した。
もう三月も半ばとなると温かい日も多い。
陽だまりの下にあるベンチに腰掛け、
私たちはそれぞれが手に持っていた包みを差し出し合う。

「それじゃあ…はいどうぞ!」
「ありがとう。これは俺から」
「ありがとー!」

さて。渡したはいいけど…まだ完成品の香りは嗅いでないから実はちょっと不安だったり。
こ、これは先手を攻めたい…!

「じゃあ秀一郎から嗅いでみて!」
「俺からか?」

うんうんと頷くと、秀一郎は包みから小瓶を出して蓋を開けた。
わずかにこちらにも香りが漂ってきた。
悪くないのでは?

「爽やかだけど、少し甘い感じもあるな。
 優しくて温かみがあって、すごくいいよ」
「わー良かったー!」

お世辞かもしれないけど、気に入ってもらえたみたいで一安心。
さて今度は私が秀一郎からもらった小瓶を開ける。

「じゃあ私の番ね」

蓋を開けて鼻に近づける。
私の頭には、ゴージャスな花束が浮かんだ。

「わー、花って感じ!」
「ブーケをイメージしたんだ。気に入ってもらえたかな」
「うん、好きー!」

良かった、と秀一郎は微笑んだ。
もう一度大きく鼻から空気を吸い込む。
花束と形容したたくさんの花の香りの中、特に目立つ香りがあった。

「これユリがベースになってる?」
「よくわかったな。カサブランカの香りだよ」
「やっぱりね。私もちょっとだけ使ったんだ」
「なるほど」

ご存じ白百合。
綺麗なだけじゃなくて、どこか魅惑的。

結構大人っぽい香りに仕立てられてるな、という印象があった。
私って秀一郎にとってそういうイメージなのかな?
それともこうなってほしいっていう願望?

「家に帰ったら早速使うね」
「ああ、俺も使わせてもらうよ」

ただのプレゼント交換でも楽しかったと思うけど、
こうやって一緒のことを体験するというのは楽しいものだね。
秀一郎は良い提案をしてくれたな。
だって、ホワイトデーなだけじゃなくて、一周年でもあるし。



アロマオイルを鞄に締まったタイミングで声を掛けられた。
手ぶらになった私に対し、秀一郎の手には包みが。
ん?

「これも受け取ってもらえるかな」

秀一郎は、頬を掻きながら可愛らしい包みを差し出してきた。
これは、商店街のあのお菓子屋さんの。

……え?

「これ、私の!?」
「そうだよ」
「準備しないって言ってたのに…」
「うん、そのつもりだったんだけど
 が喜ぶ姿を想像したら、結局準備したくなってしまって」
「何それ、逆に抜け駆けー!言ってよー!私がダメな人みたいじゃん!」
「ごっ、ごめんな」
「謝ることじゃないけど…」

寧ろ、皮肉を言って謝らせたいと思っていたことは解消されたわけで。
そうなんだ。
私のためだったんだ。
ただただ嬉しいじゃん。

「アロマオイルは一周年記念、これはホワイトデーってことで」
「…いい人すぎない?」
「俺としては喜んで受け取ってもらえると嬉しいんだけど」
「もちろん、喜んで受け取らせて頂きます」

頭を深々と下げながら受け取った。
早速中を見るとそれはお菓子の詰め合わせだった。
私の手元にやってきた。

私が好きそうなもの考えて選んでくれたんだろうな。
あとで一個一個見てみよう。

「ありがとう…すごく嬉しいよ」

本当に嬉しい。
そして、少し反省をする。

二人で一緒にいる間、私は秀一郎のことしか考えてなかった。
だけど一人でいるときには不安になっちゃったり余計なこと考えちゃったりするんだ。
秀一郎のことを信じられていないのは私の方だった。

このままスルーしようか迷ったけど結局伝えることにした。

「…実は私さ、秀一郎がそれを買ってるところ見ちゃったんだよ」
「えっ、じゃあもうバレてたのか」
「ううん。私さ、バレンタインに後輩っぽい子からもらってたやつのお返しかと思っちゃって」
「ええっ!?そんなわけないだろう!
 あれは……応えられないっていう前提で受け取ったんだから」
「それはわかってたんだけど、秀一郎のことだからって思って…」

私の頭に手を乗せて、秀一郎はにっこり微笑む。

のことしか考えてなかったよ」

そうだった。秀一郎はこういう人だった。
そのことは誰より私が知ってたはずだったのに。

私も何か準備しておけば良かった。
準備……全くしていなかったわけでは、ないけれど。

それは、いつもの私とは違う一点。

「…私もさ、秀一郎に提案される前にちょっと考えてたんだよ、ホワイトデーのお返し」
「そうだったのか。ありがとうな」
「ううん」

あまりに無垢な表情でお礼を言ってくれるもんだから逆に申し訳なくなってきた。
だけど今更引けない。

「で、結局準備したというか、なんというか……」
「そうなのか?」
「…今、やってもいい?」
「やる?」

秀一郎の疑問には返事をしないまま、
ポニーテールに添えた飾りのリボンに手を掛ける。
少しでも可愛く見えたらいいなと思って準備したそれ。
片方の端を引っ張るとしゅるりと解けた。

これもまた演出だと閃いて
そんな必要ないのに髪を留めるのに使っていたゴムも解く。
髪がぱさりと肩に落ちる。

白いリボンを首の周りに通して、ちょうちょ結び。


「プレゼントはワタシ……なんちゃって?」


恥ずかしすぎて顔が燃えた。
秀一郎の顔を直視できない。
ちらりと上目遣いで様子を伺うと
秀一郎の顔も燃えてたし目線は合わなかった。

「……笑うとこだよ」
「いや、悪い…」

ホワイトデーだっていうのに、視界が真っ赤だ。

「返品要請には応じないぞ?」
「寧ろ返品不可ですよ?」

顔を染めていた秀一郎は引き締まった表情に変えると、私の頬に手を添えてきた。
その手からわずかにベルガモットが香ったような気がした。

安らぎ、と、火のような恋。

本日憶えたばかりの花言葉を頭の中で復唱しているうちに顔が近づいてきた。


「(二人で一緒に体験できること…)」


ホワイトデーで、一周年記念日。

自称プレゼントのワタシは近づく顔に合わせて微睡むようにとろりと瞼を下ろした。
























『本命チョコと恋心を君に。』の続編。

私の書く小説、五感のうち嗅覚の使用頻度が低いなぁと思ったので
もっと使ってみたくなって採用した次第。
もちろん例の香水の組み立てを参考にしてますw
白い花の花言葉は「純潔」「無邪気」とかが多い中、
ベルガモットだけちょっと浮いてたのが気になったので。

本当はテニラビのストーリーに沿って変えようと思って、
「アロマオイル」は仮として見切り発車で書き始めてたんだけど
テニラビがお菓子出してきたから「あー、もう採用済みだわw」
てなり当初の予定通りアロマオイルとお菓子になったw

つまりさぁ、夢小説そのものじゃねぇかテニラビ…!(白目)


2021/03/13-14