* その笑顔、独り占めしてもいいかな? *















呼ばれた声にドキッと背筋が伸びた。
ぐるりと教室を半周見回してから、おそるおそる廊下を確認。
ドアの外から笑顔で手を振ってくるその存在を視認し、
ハァとため息をついて立ち上がる。まったく…。

ずんずんと教室から廊下へ向かい、そのまま足を止めず、
周りの女子生徒の視線を独り占めにしているその男を壁際まで追いやる。

「周助、教室移動の度に声掛けてくるのやめてって言ってるでしょ!?」
「どうして」
「注目めっちゃ浴びるからイヤなの!」

なんなら今この状況も注目を浴びまくっているのだけれど。


私の彼氏である不二周助は、学年一…いや、下手したら学校一モテる人物だ。
どれほどモテるかというと、ファンクラブまで存在しているくらい。

なんでも、その不二周助ファンクラブには鉄の掟があるそうな。

不二くんに対して抜け駆け(自分から個人的な接触を試みること)は禁止、
不二くんが誰かと付き合ったら不二くんの幸せのために応援すること、
不二くんと付き合った人物は独り占めは控えること…。

私たちの付き合いが周囲に知れ始めてまもなく
ファンクラブ会長を名乗る子に突然これを言われたことは驚いたけど…。
独り占めをしない約束と引き換えに私の安全は保証されているというわけ。

とはいえ、直接手が下されるということがなくても
なんとなく視線が痛いなー…と思うことはあるわけで。
学校に居る間は必要以上の関わりは持ちたくないのだ。
そのことは何度も伝えているのに、周助はうちの教室の前を通りかかるたびに
大きな声で私の名前を呼ぶのだ。さっきみたいに。

「注目浴びるから、ね」
「え?」
「本当のことを言ってくれたら、考えてもいいけど」

周助はそう言った。
笑って細めている目の奥が光った気がした。

うちの教室の前を通りかかるたびに声を掛けるのやめてほしいと言っている理由、2つ。

1つめ。
先述の通り、私の彼氏は学校一モテる人だから。

2つめ。
私のクラスには、私の元カレが居る。

「……なんのこと」
「わからないんだったらいいよ。じゃあ、また来るから」
「あ、もおー!」

しらばっくれると、しらばっくれ返された。


私だってわかってる。

周助は牽制している。

私の元カレ、大石君のことを。


そして周助も、私がわかっていることはわかっているはず。
だから、なんと言おうとまたうちの教室の前にきたら私の名前を呼ぶのだろう。





  **





休日。
今日は周助がうちに遊びにきていて、
ベッドに二人で腰掛けて何気ない会話を交わしている。
この穏やかな時間が、何よりも好きだ。

「駅前にできたクレープ屋さんおいしいらしいよ」
「へえ。今度行ってみようか」
「うん」
「今から行ってもいいけど?」

周助はそう言ってくれた。
優しさは嬉しい。けど、私は首を横に振る。

「今日は…家でいい」

頭をコテンと倒して、周助の肩に預けた。

「本当に、二人のときは甘えんぼさんだね」

そう言って周助はクスッと笑って私の頭を撫でた。
その表情はとろけるくらいに優しい。
周助は周助で、甘える私を心置きなく甘やかしてくれる。

「…だって、私は周助のことが好きだから」
「知ってるよ」

さらっとそう返してくるのもどうかと思うけど、
ツッコむ場面でもないと思ったので流した。

「ただ、学校で必要以上に距離が近いのは居心地悪いからやめてほしいだけ」
「そんなに近いかな?会話するくらい、友達同士でも自然なことだと思うけど」
「そうだけど…」

私だって、学校でもどこでも周助と話せるのは嬉しいことだ。
だけどそれ以上に気になってしまう。
私たちは会話をしているだけで視線が集中する。
その視線には周助だって気づいているはず。

「周助はイヤじゃないの」
「何が?」
「……みんなに見られてるの、気づいてるでしょ」
「僕たちの仲をみんなに見せつけられるなら丁度良いと思ってるけど」
「だからその見せつけるってのが…」
「いいでしょ。見せつけるっていっても、こんなことしてるわけじゃないんだし」

そう言いながら周助の顔は私の眼前まで近づいてきていて
反応するヒマもなく口は塞がれていて、私は何も言えなくなってしまった。

唇と唇を触れ合わせている、それだけで心地良くて、
自然と瞼が降りて外界からの刺激は遮断され、その感触だけに酔いしれた。


ずっとこのままで居たい。
周助と二人だけの世界に居られれば、私は幸せなのに――……。





  **





昼休みも半分ほどが過ぎ、お昼ご飯は食べ終えて友達と雑談しているときのこと。



廊下を見ると、そこには笑顔で手を振る周助。
またいつものことか…と思ったけど、いつもと違ったのは、
その手元にはカメラが握られていたこと。
教科書とか体操服とかは持っていない様子。

周助は教室移動で私の教室の前を通りかかるとき、漏れなく声を掛けてくる。
でも逆に、わざわざ私の教室にやってくることは少なかった。
何かあったかな、と少し気になった。
一緒に話してた子たちに「ちょっとごめん」と告げて私は廊下に出る。

「どうしたの?珍しいね」
「いい写真が撮れたんだ」

そう言いながら教室に入ってきた。
そして、窓際である私の席に自然と誘導される。
周助は近くで立ち話をしていた、私の前の席の主である
「借りるね」と声を掛けると椅子を後ろ向きにして座った。
私も自席に着席する。

ぐるりと教室を見渡す。
ここに周助がいる以外、いつもと変わらぬ風景。

「気になる?大石のこと」

え?

「大丈夫だよ、1組で手塚と何か話し合ってたから」
「え、なんで大石君?べつに気になってないよ」

そう?
と言って笑ったけど。
周助は、気持ちで笑えてなくても顔は笑うから。

ていうか、私本当に、大石君を気にしてるつもりはないんだけど…。

「ならいいけど」と言って周助は目元を細めた。
本当にいいと思っている表情なのかこれは果たして。

そういう周助こそ、どうして大石君が1組にいるって知ってるの?
6組から2組に来たなら1組の前は通らないはずだけど。
まさか、わざわざ確認してから来たなんてこと。
…さすがに考えすぎかな。

「で、写真って?」
「そうそう」

居心地の悪さを抱えたまま、私は本題を促す。
周助は持ってきたカメラを差し出してきた。
綺麗な花の写真だ。

「キレイだね。どこかに行って撮ったの?」
「寄り道してたらたまたま見つけたんだ。
 駅の反対側だけど、そんなに遠くないよ。今度一緒に行く?」
「あ、うん。行きたい」
「早速だけど今日の放課後はどうかな」

予定をぐるりと頭に巡らせて、何もないことを確認。

「うん、大丈夫。じゃあ、ホームルーム終わったら昇降口出たとこらへんで待ってるね」
「いや、迎えに来るからは教室で待ってて」

教室はちょっと、人が多くて周りの目線が…。

ここで、掃除当番がーとか委員会がーとか、
何か言い訳もとい納得性のある理由があればいいのだけれど。

「ファンクラブには…鉄の掟があってさ…」
「ん?」
「……わかった。じゃあ教室で待ってるね」
「うん、わかった」

周助は満足げににっこりと笑った。

「(っていうか周助、明らかに…)」

これは気のせいじゃない。
どう考えても周助は、大石君のことを牽制したがっている。
そんなことしなくたって、私は、私たちの間にはもう何の関係もないのに…。

「写真、他にも何枚かあるから見てみて。左ボタンで遡れるから」

周助の目線がキラリと光ったように見えたのは、気のせいか。
言われるがまま、私はボタンをカチカチと操作して写真を遡る。

暦の上ではもう春だけれど、まだまだ寒さが続く昨今。
咲いている花の種類は少ないけれどどれも可憐で美しい。
名前も知らないその花たちを一枚、一枚と辿っていくと…。

「えっ私じゃん!」
「うん。だよ」
「いつの間に撮ったのー何これ!」

そこには身に覚えのない写真が。

さすがいいカメラ。
周囲のピントはボカされていて、私の横顔だけがくっきりと映し出されていた。

私、横からだとこんな風に見えてるんだ…。

「正面から見た顔はさ、鏡とか、いつも意識するじゃない。
 だけど、横顔ってなかなか自分では見る機会ないよね」

自分では一度も見たことのない、横から見た私は楽しそうに笑っていて、
でも視線の先には何か眩しいものでもあるのか、
少し細めた目元はどこか切なげに見えるような…
自分でいうのもなんだけど、思いのほか綺麗に見えた。

「私が言うのもなんだけど、いい写真だね」
「そう思う?」

周助はくすりと笑った。
自分で自分を褒めたみたいになって、ちょっと気恥ずかしい。

「これはいつ撮ったの?」
「んー…ナイショかな」
「えー!」

嘆く私から、周助はすっとカメラを受け取った。
そして顔の前に構える。

「次は正面から撮らせてほしいな」
「えっ、やだよ」
「ふふっ、そう答えるのはわかってた」

そのうちね、と言ってカメラを下ろすと笑顔が覗いた。
笑顔、だけれど、瞳の奥が涼しく光った…ような。

「じゃあ、また放課後ね」

周助は立ち上がって、音を立てずに椅子を丁寧に机にしまって、教室を去っていった。

最後に見せた笑顔がどこか寂しそうに見えたのは、私の考え過ぎだろうか。





  **





付き合いたて、まだ周囲にも私たちの仲が広まる前のタイミング、
3年6組の教室の前まで私が迎えに行ったことがある。
菊丸が調子の良いことを言って先生にたしなめられて
クラスメイトみんなが笑ってる、みたいな光景を目にした。
3年6組は他のクラスの人たちから言われるくらい仲良しで、いつも賑やかだ。
(隣のクラスの人曰く、授業中でも笑い声が絶えないらしい。)
今日も帰りのホームルームは長引いているみたい。

それに対して我が3年2組はよく統率のとれたクラスで
ホームルームはスムーズに進行し、すんなりと終了してしまった。

約束通り私は教室の自分の席で待っている。

教室に残っているのは、私の他には数名のみ。
雑談している女子グループと…大石君。
何やら委員会関連の仕事をしている様子。

「(これ…下手したら二人きりにならない?大丈夫?)」

周助…早く来てほしい。
もしくはいっそ大石君が委員会の仕事を終えるまでホームルームが長引くか…それはないか…。

「(こうやって、私が意識し続けてしまっているのもいけないのか)」

未練はないけど罪悪感はある。
そういう意味では、私は大石君のことは確かに気にしていて、
周助はそういうところを感じ取っているのかもしれない。

「(でも別に、周助が心配するようなことは何もないのに)」

今付き合ってるのは、周助と私であって、
大石君との関係はもう終わったことであって。
今でも大石君が私にアプローチを掛けてくるとか、
実は私が別れたことを後悔しているとか
そんな事実があるなら話は別だけど、そういうわけじゃない…。

ハァ。

無意識に大きなため息が漏れた。
もう考えるのもイヤになって突っ伏した。
」と、私の名を呼ぶ声が廊下から聞こえてくるその瞬間を待って。

早くこないかなー……。


さん」


机のすぐ横から声がして、ガバッと声の方向に顔を上げる。
周助、じゃない。

っ、大石君…!

「な、何…」
「体調でも悪いのかと思って…大丈夫かい?」

それはそうだ。
放課後、ホームルームはとっくに終わっているのに
何かしているわけでもないのに机に突っ伏していたらそう思うよ。
わざわざ声を掛けてくるあたりはさすが大石君って感じだけれど。

相変わらず優しい…けど、タイミングは最悪!!

周助、絶対今来ないでよ……と心の中で念じつつ、
「ううん!時間潰してるだけ!ありがと!」と
強制的に会話を打ち切ってまた机に頭を伏せた。


び、ビックリした…。
驚きゆえで、心臓がバクバク鳴っている。

でもわかる。
今声を掛けてきたのは、私だからとかじゃなくて、
誰が同じ状態であったとしても大石君は声を掛けたのだろう。
大石君は、優しい人だから。

「(その優しさがいいなと思って付き合うことにしたけど、
 その優しさに甘えたから、私は大石君と別れたんだ)」

周助が私に好きと伝えてくれることがなければ、
私は今も大石君と付き合い続けていたんだろうな、
と考えたことはあった。


私が周助のことを好きになったのは2年生の終わりだ。
まもなくクラス替えというタイミングになって、
当時同じクラスメイトだった不二という存在を意識するようになった。
それまでは全然気にしていなくて、モテる人だなーと思ってたくらいで、
それがある日から急に、やたら意識が奪われて離れなくなって、
いつの間にか好きになってしまっていることに気づいた。

その想いはクラスが変わっても弱まることはなかった。
その一方で、いつも女子に囲まれているその姿を見ては
この恋は実ることはないのだと勝手に思い込んで
大切に秘め続けようという決心までしていた。

大石君と同じクラスになってしばらくして告白されたときも、
「実ることはないのはわかっているけど、不二のことが好きだから、
 大石くんとは付き合えない」と伝えて断った。
でも、「それでも一緒に居たい」という言葉が嬉しくて、
「ゆっくり好きになってもらえればいい」という願いが現実になることを信じて、
私は大石君と付き合う選択をした。

大石君は本当に優しくて、一緒にいる時間はいつも幸せだった。
この穏やかな気持ちもいつか恋愛感情に変わっていくのだろうと
二人だけの思い出を少しずつ積み重ねながら思っている途中だった。

そんなときだった。不二から告白されたのは。
信じられなかった。

一旦は諦めて押しとどめられた想いだった。
だけどいざ予期せず向こうから想いを告げられると
消しきれていなかった火種がどんどん
胸の奥で熱く赤く燃えたぎっていくのを感じてしまった。

でも、不二と付き合えたら嬉しいと思いながらも
大石君と別れたいとはとても思えなかった。
告白されたという事実ですら伝えることはできなかった。

だけど私の振る舞いで察したのか、それともどこかからか話を聞きつけたのか。
ある日「不二に告白されたんだろう」と話題を切り出してきたのは大石君の方だった。
そのときの大石君の目が、優しくて優しくて寂しそうだったのを今でもよく憶えてる。

「おめでとう。君が幸せでいることが俺の幸せだよ」という言葉と共に、
私たちは別れることになった。
その言葉こそまさに、大石君の人格を反映した一言だったと思う。
ただのクラスメイトには戻ってしまったけれど、
付き合っていたときと変わらず、大石君は優しい。

優しさに甘えてしまった罪悪感もあるけれど、お陰で私は今、とても幸せなんだ。


私は大石君のことを嫌いになったわけじゃない。
恋愛対象としての好きという意味で一緒に居ることはもうできないけれど、
残りわずかな学校生活、クラスメイトとして仲良く過ごせる分には私は大歓迎だ。

二人で会話している限りは。

周囲の人間を気にしなくて良い限りは。

……なんか本気で頭痛くなりそう。


そう思ったときに、廊下から今後こそ「」と声がした。
周助だ。
体を起こして、鞄を掴んで、足早に私は教室を後にする。

「お待たせ」
「ううん、大丈夫。行こ」
「あ、ちょっと待って」

さっさと教室から離れようとする私に対して、周助はその場から足を動かさない。
何かと顔を持ち上げると、周助と目は合わなくて、
周助は3年2組の教室の中を見ていた。

「大石」

えっ。

「さっき手塚に聞いたよ。卒業式の日、テニス部のみんなで集まるんだって?」
「あ、ああ」
「楽しみだな。じゃあ、またね」
「ああ…またな」

それだけの会話を横で見送ってしまった。
周助は何事もなかったかのような笑顔で「行こうか」と言った。

いや…実際に何事もなかったのか?
確かに何が起きたわけではない…。
でも。

「(…………こっわ!!!)」

え、そう思ってしまうのは正常な反応だよね?
それとも私の考えすぎ?
今、周助が大石君に声掛ける必要あった?
テニス部の話をしたいにしても私が横にいるときじゃなくてもよくない?
それとも大石君と私は同じクラスなんだからそうなるのは必然であって
わざわざそのタイミングを狙ったという考え自体が私の深読み??

「いつもホームルームってどれくらいで終わるの?」
「えー10分も掛からないよ」
「そっか、うちのクラスは早くて15分くらいだからな」
「長いね」

そんなことを言いながら廊下を歩いていると、正面から女子の集団。
これはもしや?

「不二くーん、今ちょっといい?」
「今から帰るところだけど?」
「あのね、私たち昼休みに家庭科室借りてお菓子作ったんだー」
「良かったらもらって!」

そう言ってまたたく間に囲まれていく。
周助は相変わらずモテる。

でもこういうとき、私がすべきことは嫉妬することでも割って入ることでもなく…。

「(鉄の掟!!!)」

ぴょんと離れるようにその場から退く。
そして、ジェスチャーと目配せで『先に下降りてるね』と伝えた。
声を出すわけでもジェスチャーしかえしてくるでもなく、
周助は笑顔で囲んできている女の子たちに対峙した。
きっとわかってるから。
ここでその子たちを邪険に扱ったら、矛先が私に向くということを。

それにしたって。

「(周助の方こそ……女の子に囲まれてるじゃん)」

私だけ変なヤキモチ焼かれるの意味わかんなくない?
そっとしといてほしいよ…。

ちゃんと伝えた方が、いいのかな。

ゆっくり階段を降りて、ゆっくり靴を履き替えて、
昇降口を出て空を見上げていると、小走りで周助が追いついてきた。

「ごめんね」
「ううん。思ったより早かったね」
「ヤキモチ焼いたりしてる?」

周助はそう聞いてきた。
試されているというより、普通に疑問に思った表情、だと思う。

「わかってるから大丈夫。私のためでもあるんでしょ」
がそうやって受け止めてくれてるのは助かるな」

モテ過ぎるのも罪だなーと思うけど、
それをわかった上でしっかり対処している周助は、立派だと思う。
私がそれだけの価値がある存在であるのか、疑問はあるけれど…。

「(どうして周助は、私が奪われることを恐れるような行動を取るのか)」

どのタイミングで切り出そうか考えているうちに、
いつもは渡らない踏切を越えて駅の反対側にきた。
そして、目的地である公園にたどり着く。

「わ、ホントだ。こんなにたくさん花が咲いてる」
「気に入ってくれた?」
「うん!ホントに写真の通りだね」

やっぱり名前はわからないお花たちばかりだけれど、どれもキレイだ。
花壇に近づいて一つ一つ吟味していると、背後でカシャリと音がした。

「あ、勝手に撮ったな!?」
「アハハ」

軽くたしなめる私に対して、周助は笑って受け流した。

もう…。
まあ、別にいいんだけどさ。
私は写真を撮られるのが嫌いってわけじゃなくて、
カメラを向けられたときに、どんな顔をすれば良いかわからないだけだから。

結局、その後もカシャカシャとカメラの音が聞こえていた。

「いい写真がたくさん撮れたよ。一緒に来られて良かった」
「私も。連れてきてくれてありがとね」
「撮った写真は今度見せるね」
「いいよー別に。自分の写真あんま好きじゃないんだから」
「どうして?」
「えー、だって私……可愛くないし」
「なんでそういうことを言うの。は誰よりも可愛いよ」

周助はそう言ってくれる。
だけど客観的に考えて、私は誰よりも可愛いような存在ではない。

「でも例えばさっき周助のこと取り囲んでた子たちとかさ、
 私より全然可愛いじゃん」
「んー、確かに外見をキレイに着飾っている子たちではあるよね」
「でしょ」

いつも不思議に思ってる。
周助はすごくモテて、周りに可愛い子たちが一杯居て、
どうして私のことを選んでくれたんだろう…。

、やっぱり少し妬いてる?」
「妬いてないって!そういう周助こそ…」
「え?」

周助の声のトーンが、若干下がった気がした。
でも、流れ的に、聞くなら今しかないと思った。

「周助さ……一個聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何?」
「最近、っていうかずっと……」

私が黙っても、相づちを打たれない。
意を決して、聞いた。

「すごい、大石君のこと意識してない?」

斜めの目線で表情を伺う。
でもその顔色は変わらず、いつもの笑顔。

「そうかな?」
「さっきのも…正直ちょっと怖かったんだけど」
「さっきのって?」
「わざわざ私と待ち合わせしてるの見せびらかすようにして大石君に話しかけなかった?」

どこかで否定するのを期待していたかもしれない。
そう思ったのは、

「気付いちゃった?」

と周助が肯定したことが予想外で、背筋が凍ったから。
その目は、わかりやすく冷ややかに光った。

「ねえ、どうして…」
「気になるんだったら教えてあげるよ」

周助は手に掴んでいたカメラをカチカチと操作すると、
首からストラップを外して私に差し出してきた。
両手で受け取る。
画面には、今日の昼間も見せてもらった写真が表示されていた。

楽しそうに笑っているけれど眩しいものでもあるかのように
少し目元を細めてどこか切なげ、と形容した私のあの横顔が。

「この写真が、何…」
「これ、大石と話してるときのを撮ったんだ」

……え?

ハッと視線をカメラから周助へ移す。
大きめに見開かれていた目元は、すぐにふっと細められた。
目元は笑っている。目元は。

「もう横顔は見飽きちゃったかな」

周助が「はい」と手を伸ばしてきたので、無心のままカメラを差し出した。
私は呆然としたまま周助の顔を見続けていたけれど、
その間に周助と目が合うことはなかった。

「僕、もう少し写真撮ってから帰るから、先帰ってて。ごめんね」

周助はそう言ってにこりと笑った。
私は頭真っ白のまま、ロボット状態で言われるがままに先に帰った。


…………え?





  **





翌日、私は休み時間のたびに頭を机に伏せていた。

「どうしたの、体調でも悪い?」
「うん、ちょっと頭が痛くて…」

猛烈に痛いというわけではないけれど、
なんとなく目の奥が重たい感じ…。
原因は、わかりきっている。泣きすぎと睡眠不足。


私は周助のことが好き。
大石君と付き合ってたけど関係はさっぱり断ち切っている。
でも大石君と喋っているときの私は見たことのないような特別な表情をしていて
それを感じている周助は大石君と私の距離が近づかないように
牽制するような行動を取り続けていて。

私……は、
二人とも、どちらも傷つけるようなことしかしていない。
そんな気がして。

「(つらい……)」
「ほら校庭見てみなって、大好きな王子様が見えるよ」
「その言い方やめてよ…」
「でも大好きなのはホントでしょ」

まあそりゃ、そうだけど…。

去年から同じクラスで私の恋路を見守ってくれていた
片想い時代から全てを知っているがゆえにニヤニヤと笑った。

軽く怒りたい気持ちもありながら、結局窓の外を見た。
3年6組、次体育かー…。
周助、緑ジャージやたら似合うよね。
ストレッチをしているかと思ったら菊丸にじゃれつかれて、
背中同士を合わせると腕と腕を組むようにして
持ち上げられる形で背中のストレッチをしていた。
相変わらず仲良しだな。楽しそう…。


『カシャ』

「!?」


音に反応して顔を正面に向けると、前の席にはケータイ掲げた友人。

「ふっふっふー隠し撮り成功!」

はニヤニヤ顔でケータイをカチカチ操作する。
私は焦ってそのケータイに向かって腕を伸ばす。

「隠せてないし!消してよ!」
「やだよー!」

腕を伸ばしたけど、ひょいと避けられる。
ちょっと待って!

「せめてどんな写真だったか見せて!」
「ダメ。何も言わずに不二に送りつけるつもりだから」

は?

いやいやいやいや!
そんなん泥沼になる!
今私たちがどんな状況かもしらずに!

〜〜〜!!!」
「わかった、わーかったってば!はい」

鬼のような形相をしてにじり寄ると、
観念したはケータイ画面を私に向けてきた。
手ごとそれを掴んで、ガバッと確認。

そこに写っていたのは、私だった。
私だったのだけれど。

「これ、私か」
でしょ」

顔を窓の方向に傾けて
視線は遠く低い位置に向けている
私のその表情は……。

「ありがとう!、私たちの恩人だわ!」
「え?急にどうしたの!?」
「お願い!この写真、私に頂戴!不二には送らないで!」
「わ、わかったよ」

は写メを送る準備を進めてくれて、
私は自分のケータイが震えるのを待った。





  **





昼休み、3年6組の教室に来た。
教室の窓際、周助は菊丸と雑談をしていた。

楽しそう。
いい笑顔だ。
横顔が、綺麗だと思った。
でもその笑顔を、正面からも見たいと思った。

ああ、そういうことだったんだ。

「しゅ…」

名前で呼び掛けて、気付く。
周助が3年2組に来ることはよくあるけれど、逆は珍しい。
ここは3年6組。
完全にアウェー。
不二周助ファンクラブ会員だってきっといくらでもいる。

「不二」って呼んだ方がいい?
呼び出して、話さえできればいいんだから。

でもそれじゃあダメなんだ。
変わらないと。
きっとそれはこれからの私たちに大事なこと。


「周助!」


案の定、辺りの視線が私に集中する。
胸がバクバクする、けど。

私の目線の先で、周助は笑った。
そして「どうしたの、珍しいね」と歩みよってくる。
その姿以外は何も視界に入れないようにして
「話したいことがあるから、ちょっと来て」と
教室の外に誘導しようとしたけれど、
逆に「ベランダに行こう」と招かれてしまった。

「え」
「ほらおいで」

覚悟を決めて、一歩。二歩三歩。

初めて足を踏み入れた3年6組の教室の後ろを横断して、
横から視線の集中砲火を浴びている気がしながらベランダへ向かう。
ヤバイヤバイヤバイアウェーアウェーアウェー…。

ベランダに出ると、一気に視界が開けた。
教室の中だって暗かったわけじゃないけど、
太陽光による明るさのギャップに思わず目を細めた。

「で、話したいことって?」

ゆっくり瞼を持ち上げると、周助はいつも通り笑顔だ。
だけどその笑顔がどこか切なげに見えたのは、
昨日あんなことがあったからか、私の思い過ごしか
それとも今日があまりに快晴で視界が眩しいからか。

私たちの最後の会話は、昨日のアレで終わってる。
何かフォローを挟んだ方がいいのか迷って、でも、
それよりもこれを見てほしいと思った。

「周助に見てほしい写真があって」

不思議そうな顔をする周助の眼前にケータイを差し出す。
私の本物の顔が見えないくらい。

「これは?」
「…私」
「うん、それはわかる」
「それね」

それは、私も、周助も、絶対に見たことのない顔。


「私が周助を見てるときの横顔だって」


決していい画質ではない。
画角もめちゃくちゃ。
少し引きで撮られたその写真、
昼休みの教室の雑踏の中
着飾ることない自然体で
遠くの方を見つめた私は
愛しさに溢れた目線で
陽だまりの中で幸せそうに微笑んでいた。

「……そっか」

その写真を見た周助は、ふっと表情を緩めた。

、こんな顔で僕のことを見てたんだね」

柔らかく微笑む瞳が今日の陽光を受けて黄色く揺れているのが見えた。
その顔を見ているだけで胸の奥がきゅっとなって、
それと同時に、とても幸せだと思った。

「これは絶対に僕には撮れない写真だ」
「うん。に隠し撮りされた」
「そっか。お礼言っておいて」

私にケータイを返すと周助は「ちょっと待ってて」と言うとカラカラと窓を開けた。
途端に騒がしい声が聞こえてきて、さすが3年6組と思った。
その賑わいの中に周助が声を投げかける。

「英二、僕のカメラ取って」

他のクラスメイトとじゃれ合ってた菊丸に周助は投げかけた。
菊丸はすぐ背面にある周助の鞄を漁ると
それらしい黒いポーチを窓から差し出してきた。

「これー?」
「ありがとう」

一言お礼を伝えて、周助は窓を閉じた。
教室の賑やかな空気から再び遮断されて、静か。
賑やかも楽しいけれど、この穏やかな空間が心地良い。

ポーチからカメラを取り出すと、周助はカチカチと操作をする。

「さっきの写真、すごくいい写真だったけど」
「うん」
「やっぱり、僕は正面から見たが、一番好きだな」

そう言って、カメラを私に向けて構えた。
私が写真撮られるの苦手なこと、知ってるくせに…。

ほら、と笑うことを促されたから、
「なんで無理して笑わなきゃいけないの」と返したら
喋ってる最中にシャッターが切られた。

「うん、いい顔」

カメラを裏返して見せられてモニターには
喋り途中のブサイクの極みな私が写っていた。

「ちょっと、消してよ!」
「消さないよ」
「なんで!」

腕を伸ばしてカメラを奪おうとするのをひょいと避けられる。
そして周助は、いたずらな表情を見せる。


「残しておきたいんだ。どんな表情でも、全部」


胸がキュンとした。


ああ鉄の掟。

ごめんね。

また優しさに甘えさせて。


この表情は、私に独り占めさせてよ。


「じゃあ…一緒に撮る?」
「それもいいね」


立派な一眼レフのカメラに似合わぬ自撮りをした。
周助はいつもとなんら変わらぬ笑顔で、私の作り笑いはやっぱり下手で。
だけど今日のお天気のせいか、ファインダー越しに収められたその表情は
キラキラと輝いているように見え気がした。
























大石元カノ設定で祝う不二誕生日(仮)!
この世界線の大石と不二の関係性を想像するとチビりそうになる(笑)

ファンクラブの鉄の掟に配慮しているというていで
頭の端でずっと大石のことを気にし続けている主人公ちゃんが
独り占めしたさとされたさに正直になるお話でした。

不二はテニス部引退後、ちょびっと写真部に顔を出しているというMy設定。
あと青学の教室にベランダないのは知ってるけど
私の通ってた中学のベランダの雰囲気が大好きだったので
ベランダあることにしちゃった!てへ!いいのさだってこれはドリーム小説!

オススメは、目元だけ笑っている不二様です。
普通は口は笑ってるのに目元は笑ってない、だけど、敢えて目元だけ笑う不二。怖い(笑)
だけど実は不二は、本当にヤキモチを焼いているのではなくて
焦ってる主人公ちゃんが見たかっただけだったりするとドSが際立って良いよねw


2020/07/12-2021/02/28