* 本命チョコと恋心を君に *












今日はバレンタインデー。年に一度の愛の告白の日。
好きな人にチョコを渡そうと決めている女の子、
もしかしたらチョコをもらえるかもと考えている男の子は、
さぞドキドキしながら一日を過ごすものなのだろう。

しかしじゃあ私はというと。

「秀一郎、おはよー」
「おはよう」

人が半分くらい埋まっている朝の教室。
3年2組後方の廊下から3列目、秀一郎の席付近にお邪魔する。
私たちが付き合ってることは周囲に特に隠していないから、
周りも囃し立ててくることとかは特にない。
私はさくっと鞄から小包を取り出して秀一郎に差し出した。

「これ、早速だけどハイ!ハッピーバレンタイン!」

秀一郎はぱちぱちとまばたきを繰り返すばかりで受け取ろうとしない。
え、要らない?

「……もらっていいのか?」
「うん。え、あんまり期待してなかった?」
「いや、すごく嬉しいよ」

一瞬だけ目を泳がせてから包みを受け取って
「ありがとう」と爽やかな笑顔で笑った。
喜んではくれた…と思うけど、
思ってた反応とはなんとなく違うというか…。

「(本当に嬉しかったのかな?)」

秀一郎はいつでも人の気持ちを優先する人で、
自分自身の気持ちを二の次にするきらいがある。
気を遣わせちゃったかなぁ…。

「それじゃあ、またね」
「あ、

教室から立ち去ろうとすると呼び止められたので振り返る。
やっぱり何かあるのかな?

「今日一緒に帰らないか」
「うん、いいよ」

何かと思ったらシンプルなお誘いだった。
今日の放課後は他の友達との予定が何もないことを頭の中で確認してから頷いた。

「日直当番があるから少しだけ遅くなっちゃうんだけど」
「わかった。借りたい本あるし図書室で時間潰して戻ってくるね」
「いや、俺が終わったら図書室に行くよ」
「おっけー。じゃあ後でね」

そう残して自分の教室に移動。
いつもの仲良しグループのみんなが一箇所に固まっていた。
どうやら既に友チョコ交換会が始まっている。

「おはよー」
「あ、おはよー!チョコ持ってきた?」
「持ってきたきたー!」

鞄を自分の机に置いて、交換用に持参したチョコの袋を持って輪に加わる。
渡した分だけその場で返ってくる、気軽で楽しい友チョコ大好き!

「私からは…はいバラエティパックー!」
「出たー!コスパ最強!」
ハロウィンのときもそれだったよね」

手作りだったり市販だったり、ラッピングに凝ってたりそのままだったり、
それぞれ性格がよく表れている個性豊かなチョコレートたちでワイワイ盛り上がる。
私はもっぱら、量産型タイプ。ええ。

「でも大石くんには今年も手作りをあげるんでしょ?」
「まあねー。あげるっていうか、もうあげた」
「早っ!」
「たった今渡してから来た」

渡す側も渡される側もある程度わかってるからサプライズ感は少ないけど
しっかり愛情は込めて作ったチョコだもんね!
喜んでくれてるといいなー。
なんか、ちょっと様子はおかしかったけど…。

「いいなー彼氏!」
「すっかり安定だよね、と大石くん」
「まあねん」

友人たちの言葉に対して、余裕のピースをかます。
すると、去年から同じクラスのが軽く笑った。

「去年の今頃は大騒ぎだったのにね。懐かしいなー」
「そうだっけ?」
「ほら、放課後に大石くんと一緒に帰る約束取り付けられたから
 そのとき手作りチョコ渡して告白するんだって決めたはいいものの、
 緊張しちゃってどうしよーどうしよーって一日中半泣きだったじゃん」
「言われてみればそうだったかも…」

そう言えばそうだったか。
今となっては一緒にいるのが当たり前になってるけど
去年の今頃の私はそんな状態だったっけ。

授業に全く集中できなくって、
お昼ご飯も喉を通らなくて、
逃げ出したい気持ちになりそうなのを友達に背中を押してもらいながら
放課後の告白にこぎ着けたんだった。

チョコを渡して「好きです」って言うとき、
二人きりで話してるだけで顔が燃えそうに熱くなってるのに加えて
緊張とか怖いとか色々の感情が昂ぶりすぎて泣きそうだったことを思い出した。
そうか、あれが一年前の今日なんだ。

一緒に居るのは当たり前、
話してても緊張するってことはない。
付き合う前は見えてなかった一面もたくさん見えてきた。
喧嘩することもあったけど、仲直りするたびに絆は深まってきた。

一年前の私には想像できないだろうな。
あの頃切望していたものが普通になるような日が来るってこと。

ホワイトデーに付き合い始めて今日で11ヶ月。
本当に安定したもんだ。
別れるなんてこと、全く想像できないもんな…。





授業は聞いたり聞いてるフリしながら手紙書いたりしてこなして、
休み時間は他のクラスの子たちと友チョコ交換して、平和に一日が終わった。
予定通り、図書室に向かうべく荷物を全部持って教室を後にする。

なんか家を出たときより荷物が減ってるような?と思ったけど
ああそうか秀一郎にチョコレートあげた分か、と納得して教室を出た。

図書室に行って、借りたいと思っていた本を探して、
ついでに他にも何か借りてみようかなと図書室中を歩き回って、
結局元々借りようと思ってたやつだけを借りて、
カウンターのすぐ近くに並べてあった推薦図書の障り部分を読んで、
なんだかんだ30分が経過。秀一郎はまだ来ない。

……遅すぎない?

普通に考えたら日直の仕事なんて15分もあれば終わるもの。
何かあったのだろうか。

教室に一直線に向かえばどこかで鉢合うはず。
入れ違いにさえならなければそれが早い。
遠回りをしない行き方は2通りしかないし、
秀一郎のことだから他の学年の教室前を通るようなルートを選択しないはず。
そんな判断でほぼ一択に絞り込んで廊下を辿る…けど、
…このままでは3年2組の教室に着いてしまう。

もしかして職員室に行ってるタイミングで入れ違ってたら最悪だな…と気付いたけど
とりあえず教室を覗いていなかったらその時考えよう、
と判断してそのまま教室に向けて歩を進めると、
戸が空いたままの教室の中に立っている秀一郎の姿が。

「秀い、」

声を張り上げかけて急いで口をつぐんだ。
秀一郎の目の前には、知らない女の子が立っていた。
その女の子は、赤い頬に潤んだ瞳で秀一郎のことを見上げていた。


そう。

だって今日はバレンタインデー。

年に一度の愛の告白の日だもの。


「大石先輩、好きです。これ、もらってください」

会話を盗み聞きしながら、抜き足差し足、二人からは見えない角度に移動する。
私は隣の教室沿いの廊下にペタリと背中をつけた。

趣味悪いかな。
早々に立ち去るべきか。
いっそ「ちょっと待ちなさい!」と割って入るべきか…。
でもどちらも出来ないまま、息を潜めて聞き耳を立ててしまう。

「その、俺…」
「付き合っている人が居るのは知ってます。受け取ってもらえるだけでいいんです」
「………」
「お願いします。受け取ってください」

その女の子の声は震えていて、もしかしたら泣いているかもしれないと思った。
結局、秀一郎の声は全然聞こえてこなくて、間だけが嫌に長くて、
最後にか細い「これからも応援してます」だけが聞こえた。
直後、女の子は私の存在に気付く様子もなく教室から走り去っていった。
その手には何も握られていなかったように見えた。

「…………」
「えっ、?」
「あ、秀一郎…」

女の子が走り去ってから30秒ほど、秀一郎は鞄を背負って廊下に出てきた。

「いつからそこに居たんだ」
「えーっと、いつだっけ…」
「……待たせて悪い。帰ろう」

私はコクンと頷いた。
秀一郎の顔を覗こうとしたけど、表情は読めなかった。

肩を並べて廊下、階段と歩いて昇降口まで来たけど、私たちに会話はない。
さっき、あの子と秀一郎の間に沈黙が流れていたみたいに。

盗み聞きしてたこと怒ってる、かな。
少なくとも良い気持ちはしないよね。
でもどうしてもあの状況は気になっちゃったんだもん。
そういえば結局、秀一郎は受け取ったのかな。
去っていく女の子は何も持っていないように見えたけど。

とりあえずこの空気をなんとかしたいな。
謝った方がいいかな。
逆に茶化してみようかな。
それとも全然違う話題を振ってみようか。

どうしようかと思考を巡らせていると、
学校の敷地を出るくらいのタイミングで秀一郎の方から口を開いた。

「……ごめん」

私は素で驚いてしまった。
なんで秀一郎の方から謝ってくるのかがわからなかったから。

「え、秀一郎が謝るの」
「……、怒ってないのか」
「私が?」
「だって、さっき見てたんだろ」
「厳密には見えてはなかったけど……聞こえてたはいた」
「……そうか」
「…………」
「その、俺……断りきれなくて受け取ってしまったんだ」
「……うん」
「想いには応えられないっていうのはわかってくれていたみたいだから、
 真剣に伝えてきてくれた感謝だけでも受け止めたいと思って…」

そこまで言って、秀一郎は首を横に振った。
そして、眉を潜めたまま鼻で笑った。

「悪い。何を言っても言い訳にしかならないな」

その表情を見ていたら、わかった。
きっと対面しているあの瞬間、秀一郎の頭には私の存在もよぎっていて、
私を裏切りたくない気持ちと、目の前の子をなるべく傷つけたくない気持ちと
色んな気持ちでがんじがらめになってたんだ。

それはそうだよ。
秀一郎は、真剣な想いには真剣に向き合うしかできない人なんだから。
あんなに真剣に言われたら、そりゃ応えたくなっちゃうよね。
きっと去年、私に対してそうだったように……。

…っていうか、私、さっきの子の告白に対して秀一郎は
受け取ることを拒否するか、受け取るけど想いには応えないか、
っていう前提で考えてたけど、別にそうとは限らないんだよね。

一緒に居るのが当たり前になって、付き合いは安定してる。
でももしさっき教室で、秀一郎が何のためらいもなく嬉しそうに「ありがとう」って
受け取っていたら私はどうなってしまっていたのだろう?

何をやってたんだろう、私は。

「さっきの現場を見て、全く嫌な気持ちになってないと言ったら嘘になる」
「……だよな」

けど、それ以上に、自己嫌悪。
胸の中のモヤモヤを吹き飛ばすみたいに、長いため息が出た。

「私、ダメな彼女だな……」
はそんなこと言わないでくれ。俺がしっかりと断れなかったから…」
「違う」

足を止める。
秀一郎も一歩先で足を止めた。
そして振り返ってくる。

「秀一郎。朝渡したやつ、返して」
「……えっ、?」
「いいから」

秀一郎は、不安げな顔をしながら鞄の中と私の顔を何度も確認して、
最終的には私の手元に、今朝まで私が所持していたチョコレートの包みが返ってきた。

…」
「……」

きっとさっきのモヤモヤは、ため息の理由は、
彼女に対しての嫉妬だ。
秀一郎を取られるとは思ってなかった。
だけど、彼女は私にないものを持っていた。
きっと私も一年前は持っていたものだった。

あのときとは比べ物にならないかもしれない。
だけど胸がドキドキする。
こんなのいつぶりだろう。

大きく吸って、大きく吐く。深呼吸。

顔が熱い。
視界が滲む。

私はあなたが、好きです。


「秀一郎、いつもありがとう。これからもずっと大好きです。もらってください」


頭を下げながら両手を伸ばした。
だけどいくら待てども手は軽くならない。
秀一郎が、受け取ってくれない。
あれ。

不安になって顔を上げると、秀一郎は右手で顔を覆っていた。
指の隙間から覗く顔が赤い。

「没収されたかと思った…」
「そんなことしないよ!」

顔の火照りは収まってないままだったけど、秀一郎は手を外した。
そして「ありがとう」と包みを受け取ってくれた。
こちらこそ受け取ってくれてありがとう、って気持ちになったけど、
伝えるのはなんか変な気がして言えなかったから頷いた。


「ん?」
「お礼というか、なんというか」

珍しく秀一郎は歯切れが悪い。
そして顔が赤いのが全然収まらない。

秀一郎は、きょろきょろと周りを見渡して、鞄に手を入れた。
中からもう一つ包みが出てきた。

え、何コレ。
もしかしてさっきもらってたやつ?
それを見せつけてくるのはさすがになくない?

不審に思いながら睨みつけていると、秀一郎はコホンと小さく咳払いをした。
そして、その小さな紙袋を掴んだ腕が前に伸びてきた。

「これ、俺から」

差し出されたものを凝視したまま、ぱちぱちと瞬きするしか出来ない。

え。
これ、秀一郎から。私に?
もらっていいの?

「……え?」
「最近は男から贈るのも流行ってるって聞いたから買ってみたんだ。
 本当はがくれるなら俺もそのときに渡そうと思ってたんだけど
 あんな朝一の教室で大勢人がいる状況で渡してくると思ってなくて…」

そう言う秀一郎の顔はさっき以上に真っ赤だ。
たぶん去年の私と同じくらいには。

私が朝一に彼氏にチョコを渡してのんきに一日を過ごす女の子をやっている間、
秀一郎は好きな人にチョコを渡そうと決めてドキドキしながら一日を過ごす男の子をしてたっていうの?

「あははっ!」
「や、やっぱり変だったかな…」

首を左右に勢いよく振る。

「変じゃないよ。すごく嬉しいよ」

自然と笑顔が溢れた。
一年前とは全然違う気持ちだ。
この幸せな気持ちが、私たちが一年間積み上げてきた絆なんだ。

伸ばされた手から、チョコレートを受け取った。
秀一郎は、やっとほっとしたように笑った。


「良かった。これからもよろしくな、。俺も大好きだよ」


外側の手にそれぞれ包みを持って、
間の手を繋いで。

再び帰路を歩み始めた私たちは、話題も笑顔も尽きることはなかった。
























ハッピーウィンターバレンタイン!(←本日たしけネ申が発した言葉w)

バレンタインだしなんか大石夢書くべーってことになって、
今年のテニラビのVDイベの大石ストーリーのトンデモ夢展開と、
チョコボックスに複数のフォロワさんたちが
大石を名乗ってチョコを投下してくださったのに着想を得たw

2年のバレンタインに主人公から告白して
付き合うことを決めたのがホワイトデーってことで
告白の段階では大石はまだ主人公を好きじゃなかったのがポイントです。
付き合い始めてからはとてもいい関係を築けてるようですね。良かったね。

タイトル(仮)として『本命チョコを君に。』でアップしてたけど
なんかしっくりこないので考え直して恋心を加えました。
渡しているチョコ自体は朝も放課後も変わってないけど、全然違うものになってるよねって意味で。(2/15追記)


2021/02/14