* 星を一人で見られぬ夜は *












「「カンパーイ!!」」

大盛り上がりの都内某所の居酒屋。
今日は成人の日。

昼間はが成人式あって、夜は青学メンバーで集まって飲み会をすることになったんだ。
大学も一緒の子もいれば、高校でお別れになった子もいて、
少ないけど中学以来の超久々な子もいて、
それからどうやら同じ学校に通ってた(る)らしいけど存在も知らない人もいて、
青学はおっきい学校だなー色んな人がいるなーと改めて。

「さあ飲んで飲んで!」
「人に飲ませるならお前も飲めよ」
「もちろん!」
「おい、お前が持ってんのウイスキーだろ。マジ?」
「ヨユー!」

人に勧めて、勧められて。
テーブルを渡り歩く度にお酒もどんどん飲んだ。
話したい人が多すぎて忙しい!

みんなの近況とか、当時の思い出話とか、話は尽きなかった。
3時間あった飲み会だったのに一瞬の間に終わった。

「帰る人は自由解散な。二次会行く奴らは行こうぜー」

そんな声が聞こえた。
時計確認。21時…。

二次会の最後までいるのは無理だな。
かといって途中で帰るのは性格上無理なのわかってる…。
とはいえ荷物も多いし終電逃したくない…。
残念だけど、ここで帰ろう。

「家遠いので帰りまーす!ホントはまだ飲み足りないけど」
「いやいや、お前ビール散々飲んだ後ウイスキーも3杯くらい飲んでただろ」
「ぶぶー、5杯ですー!あと日本酒も焼酎も飲んでまーす!」
ちゃん、そんな飲んでたんだね。帰り大丈夫?」
「大丈夫だいじょぶ!」

声を掛けてくれる優しい元クラスメイトに感謝だけど、
ワタクシ、大学ではザル通り越してワクと呼ばれてますので!ええ!

他にも帰るらしい人たちで駅に向かうことになった。
改札をくぐって、右と左に別れる階段の前で振り返って指を指す。

「こっち方面の人〜?」

…いない。

え、私だけ?
と思ったら少し遅れて大石が「あ、俺も」と名乗り出た。
大石と二人だけかー。
まあ田舎方面に向かう路線だからね。

「それじゃあみんな、またねー!」
「またな」

手を振って集団から離れて、ホームに向かう私たち二人。
階段を上りきったら、線路を挟んで向こう側のホームではみんなガヤガヤしてた。

「こっち方面珍しいみたいだねー」
「ああ」
「向こうはワイワイ楽しそうだね」
「確かにな」

そんな実のない話をしているうちに電車は到着。
私たちは電車に乗り込んで、他愛のない雑談を続ける。

「やーみんなで集まれて楽しかったなー」
「そうだな。みんな相変わらずで何よりだよ」
「うん。中には全然久しぶりじゃない人もいるけどね」
「そうか。は大学も青学だっけ?」
「そうだよー!中高大で10年青学!」
「それ、懐かしいな」

そう言って大石は笑った。
そういえば、大石は数少ない高校の外部受験組だったっけ。

「大石外部受験したもんね。5年ぶりとか?」
「ああ、そうだな」
「そっちの集まりはなかったの?」
「いやぁ、あんまり飲み会とか喜んでやるような連中ではないかな」
「そっか。みんな頭良さそう」
「良くも悪くも真面目過ぎてな」
「なるほどねー」

そのあと、大石の進んだ高校の話とか、
医学部ってどんなところなのかとか色々聞いた。
私の方からも、今日の飲み会では話しきれなかった高校の頃の話とか、
中学校の頃の共通の思い出とか、色々話した。
話は尽きなかった。

大石なんて、中3で同じクラスだったってだけで
当時もそんなにたくさん話す関係ではなかったんだけどなー。
寧ろ、真面目で堅物過ぎて話しづらいかなーと思ってた。実はね。
クラスをまとめてくれてありがたい存在ではあったけれど、
仲良くなるとかそういうのとは違うかな、と。

でもこれくらいの年になってみると…
大石みたいな落ち着いたタイプもいいな、なんて。

そう考えながら、横顔を盗み見る。
当時ヘンテコな髪型してたから見逃してたけど、
実はめちゃめちゃ美形なんだよなー…。
このままうっかりいい関係になっちゃったりとか、しないかなー…?

「(いやいや、成人式で再会して関係が始まるとか!マンガか!)」
「あ、椅子空いたぞ」

私が脳内一人劇場をやってる間に、電車はだいぶ空いてきていた。
斜め前に空席が一つ。
到着駅を確認すると、見慣れた駅名。

「んー大丈夫。あと2駅だし」
「そうか」
「あ、寧ろ大石が座りたかったりする?」
「いや、俺は大丈夫だよ」

そう答えてから、そういえば大石はどこまで行くのだろう、と疑問に思った。
この先長いのだろうか。

「大石ってどこ駅?」
「えーっと、どこだったかな…」
「あ、ごめん。答えたくないならいいんだけど」

軽率に個人情報を聞いちゃいけなかったか、と反省したけど
大石は「いや、そうじゃないんだ!」と否定した。

「ふーん?じゃあどこ?」
「………」

大石は聞き取るのもギリギリなような小声でボソリと呟いた。

ん?
勘違い?
いやいや。
路線図確認…うん、間違いない!

「逆方面じゃん!」

思わず声を張り上げてしまう。
どういうこと!?

「っていうか飲み会会場のすぐ近くじゃん!何やってんの!」
「いやその…かなり飲んでたみたいだからちょっと心配で…」

大石は苦笑いをしてそう答えた。

私がかなり飲んでたみたいだから?
一人で帰すのが心配で?
同じ方面の人がいないを気遣って一緒に乗ってくれたわけ?

え、優しすぎん??

「でもこの様子だと大丈夫そうだったな。ごめん、お節介で」
「ううん、ありがとう気遣ってくれて」

ふるふると首を振る。

どれだけ優しいんだ、大石。
数年ぶりに再会しただけのクラスメイトにこれだけ気を回してくれるなんて。
しかも、会場から10分くらいで帰れる場所に自分の家があるのに
反対方面に1時間もある私の最寄り駅まで付き添ってくれたと?
寝ちゃったら起こしてあげようとかふらふらしてたら家まで送っていこうとか
きっとそこまで考えてくれてたに違いない。

いい人。
そうだ、大石はこういう人だった。

「変わんないね、大石」
「そうかな?」
「うん。3−2のときもいつもそうやって周りに気配ってくれてた」
「そうだっけ」

懐かしいなー…。
青学で過ごしてる日々は毎日楽しいけれど、
思い返せば3−2が一番クラスとしてまとまってたし楽しかったかもな。

まもなく最寄り駅に到着することを車内アナウンスが告げた。
時計確認。
22時……まだ折り返しも終電を気にするような時間じゃないよね。

―――泥酔こそしてないけど、多少は酔ってたのかもしれない。
私は、普段なら言わないようなことを言う。

「大石、ここまで来た縁だしさ、ついでにうちまで着いてきてくんない?」
「え?」
「街灯少なくて結構暗い道なんだよね」
「ああ、もちろん!」

大石は喜んで承諾してくれた。良かった。

一応言い訳をしておくと、道が暗いのは本当。
それに、気を遣って逆方向の電車にまで乗ってくれたのに
「酒つよつよなので大丈夫です」ってそのまま帰すのもなんかな、って。

本音を言うと、楽しかったからもう少し話してたいな、なんちゃって。



電車を下りて、駅を出る。
改札は一つの小さな駅だ。
駅前にはコンビニがあるくらいで他にはお店もほとんどない。
「こっち」と私が指し示す方向に大石は素直に着いてきてくれた。

簡素な住宅街というやつだ。
とはいっても家がぎっちりしているわけでもなく、間には畑や空き地もある。
私が引くキャリーのガラガラという音がうるさく感じるくらいだ。
それだけ静かで、暗い。
等間隔に並ぶ街灯でさえ都会と比べたら圧倒的に少ない。

「本当に暗いんだな」
「そうなんだよね。それが気に入った理由でもあるんだけど」
「気に入った?」

コクンと頷いて、「上、見て」と告げる。
大石は不思議そうに視線を持ち上げて、
次の瞬間、息を呑むのが聞こえた。

そこには今日も見事な星空が広がっていた。

「これは……すごいな」
「ね、でしょ?」

邪魔をする街明かりは少ない。
視界に入るような高いビルもない。
おまけに今夜は月も身を潜めてくれている。

「私さ、大学進学をきっかけに一人暮らしを始めることにしたんだけど。
 駅の近くは値段高めだし良い部屋は埋まっちゃっててさ、
 予算内で広めの部屋探したらどうしても駅から離れちゃって」

私が語り始めると大石がこっちを見てきた感じがしたけど、
私は気にせず空を見たまま話を続けた。
大石もすぐに視線を空に戻したみたいだった。

「私、星を見るのが好きなんだ。
 内見に来たときこの星空見て惚れ込んじゃってさ。
 この星が見られるんなら、駅から多少遠くてもいいなって」

この星。
自分まで宇宙に入ったみたいな感覚。
空気が澄んでる。
星の瞬き一つ一つが鮮明。
吸い込まれそうな星空、ってこういうのを言うんだと思う。

「確かに…見事だな」
「でしょ!」
「でも、女の子一人でこの暗さはやっぱり不安だな。
 上ばっか見てないで周囲にも注意を払うんだぞ?」
「あはは、リョーカイ。ありがと」

そんな優しい忠告の仕方してくれる大石の表情は柔らかかった。
再び私たちは歩き始める。

「実は俺、天体観測が趣味なんだ」
「そうなんだ!」
「ああ。いつか俺もこんな風に星空が綺麗に見られる場所に住んでみたいよ」
「いいね」

そっか、大石も星が好きなんだ。
意外な共通点!

今日の昼間に成人式なんて遥か昔のことみたいだ。
でも確かに今朝私は実家から美容室に向かって振り袖の着付けをして、
ホールで成人式があって、一旦帰って着替えて、荷物を持って実家を出て、
同窓会に行って、みんなと楽しく飲んで、大石と二人で電車乗って、今ここにいる。
色々なことがあって長い一日だった…。

でもそれは大石にとって同じことで。
大石も疲れているはずなのに更に送ってもらったりして…。
優しさにあやかってしまったけど、さすがに甘えすぎたかな?

「ごめんね、逆方向乗ってもらった上にこんなとこまで来てもらって。
 大石の帰り遅くなっちゃったね?」
「いや、を安全に家まで送り届けられて良かったよ」
「ありがと」

どれだけ優しいんだ、大石…。

と、待てよ?
このあと「ちょっと休憩したいから家に上げてくれないか」とか、
立ち話とかでなんだかんだ時間を潰されて
「もう終電なくなってしまったから泊めてくれないか」とか、
そんな展開になっても全然おかしくないな!?
よく考えたら同じ電車に乗る時点で計画済みだった可能性も!?

どうしようもしそうなったら…。
もし、大石が、そうやって言ってくるんだったら…!


「じゃあ私の家、そこだから」


家が見える位置まで来て、足を止めて指を差す。

さっきまでリラックスして話してたはずなのに、
急に心臓がバクバク言い出す。



き、来た…!

さっきまで柔らかい表情をしていた大石は、
鋭い目線に変えて、そして発した言葉とは…!

「戸締まりはしっかりするんだぞ」
「あ……ありがと」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい!本当にありがとう!」

手を振ると、にこりと笑って手を掲げて背を向けた。
そして元来た道を真っ直ぐに帰っていった。

どこまでも紳士だ、大石秀一郎…。
食えない男だ。
否、食ってもらえなかったのか?
って誰がうまいこと言えと!

脳内でセルフツッコミをかましたところで自分の家に到着した。
背後を確認して部屋に入ってすぐ鍵を閉めた。
ありがとう大石。お陰様で安全に帰宅成功致しました。



  **




「(あー、楽しい飲み会だった!)」

今日は大学のサークルメンバーとの飲み会だった。
終電近くまで飲んで、電車に3駅分乗って帰宅。
ふわふわほろ酔いでの駅からの家路を歩む。

大学付近、つまり自宅付近で飲むとこれが良い。
私みたいにすぐ酔いが覚めてしまうタイプは
都心の友達と飲むと電車に乗ってる間にふわふわタイムが終わっちゃうからね。

大学周りはお店も多いし明るいのに、この駅は本当に暗いよなー、と思いながら
空を見上げながらゆっくりゆっくりと歩く。
今日も星は綺麗だ。

「(この前、大石優しかったなー…)」

大石、星が好きって言ってた。
もし大石と付き合うことになったらさ、
プラネタリウムデートとか、天体観測しに山でキャンプとか、
そんなことが出来たりするのかな!?
って!大石には彼女がいるかもしれないし!
そうでなくても私を選んでくれるとは限らないし!
全部妄想なんだけど!!!

でもつまり、私の気持ちとしては。

「(私、大石のこと、好きになっちゃったのかな)」

いやそんな!
成人式で再会して関係が始まるとか!マンガか!

そんな脳内ツッコミして足を止める。
と、後ろの足音も止まった気がした。

ん?

あんまり深く気にしてなかったけど、
さっきからずっと同じスピードで着いてくる足音があった。

この駅は過疎ってるとはいえ全く人がいないわけではないし、
終電って意外とその手前の電車とかより混んでたりするし
同じ方向の人がいてもおかしくない。

でも、なんで今止まった?
音の感じ、たぶん5メートル後ろくらいにいる。

「(気のせい…?)」

再び歩き始める。
すぐ後ろの足音も、またし始めた。

嫌な予感がする。
歩く速度を少し上げた。
後ろの足音も同じく速くなった気がした。
否、私よりも速い。

このままだと追いつかれる!
そう思って走り出そうとした瞬間、肩に手。

反射で振り返るとそこにはおじさんがいて
こんなに寒いのにコートの内側
まさかの上裸で
そしてその
下半身も
同じ




「ぎゃあああああああああ!!!」



自分でも驚くくらい低い声での絶叫が出た。
周囲を見回す余裕なんてなかった。
前だけを見てダッシュした。
家まで1キロ以上あったはずだけど一度も止まることなく走り続けて
背後確認をする暇もなく急いで家に入って鍵を閉めた。

信じられないくらい息が上がって、
心臓がバックバックに響いていた。

しばらく玄関に立ち尽くしていて、
荒い息が治まってくる頃に足の力が抜けて、
そのままずるりと座り込んだ。

こ、怖ぇーーー!!
びっくりしたー!!!

人って、ビックリすると「キャア!」とか言えないものだね!
まったく可愛げなくドスの利いた「ぎゃあ」を発しちゃったよ!

「はは、アッハハハハハ!」

あまりに色気のない自分の叫び声を思い返して、大爆笑。
あー笑える。ぎゃあって。
あれは変質者もさすがに萎えたでしょ。

「あー怖かった!」

そんなひとり言を吐き出して、さっさと寝る準備。
笑い飛ばせる性格で良かったなぁと思いつつ
シャワー浴びて髪乾かして歯磨いて、私は眠りに就くのだった。



  **



華金ー!
というわけで今日は学科メンツでの飲み会!
一次会は大盛況で、二次会行こうぜの機運が高まっている。

でも私の頭の隅には、気になっていることがあって。

「それじゃあ二次会行こー!」
「あ、私今日は帰るね」

普段絶対に二次会でも三次会でも行く私が断ったのを見て
他のみんなは不思議そうな顔をした。

「珍しいじゃん、先帰るなんて」
「うん、ちょっとね」

この前のこともあってなんか嫌な感じがしたから、
あんまり遅くなりすぎる前に帰ろうかなって。
みんなに気を遣わせるのは悪いから一応この話は伏せて…。

「じゃあまたねー」
「うん、またね」

いつもは絶対に残る(寧ろ呼び込む側の)私が帰りを告げたので
なんらかの事情があると察して無理に呼び止めようとはしてこなかった。
他はみんな二次会に行くみたいだ。
私は一人帰路に着く。

ガタンゴトン。
3駅。
どうしてこれだけの駅間の移動でこんだけ雰囲気が変わるんだろう…。
自宅の最寄駅は、今日も変わらずの暗さだった。

今日はまだ21時過ぎ。
いつもの飲み会帰りと比べたら早いし駅前には人影もやや多い。

でも、私の家の方向って急に人通り減るんだよね。
しかも駅から家までは歩くと早足で15分くらいある。
これからあの暗い道を一人で歩くの…?

「(……あれ?)」

足、が。
うまく進まない。
震えてる?

「(え、どうしよう)」

胸がバクバクしてきた。
急に、怖い。

当日は笑い飛ばせるくらいだったのに。
フラッシュバックってやつ?

足だけじゃない、手も。
震えてる。
怖い。
どうしよう。

「(ダメだ、怖い!)」

震える手でスマホを取り出した。
さっきまで飲んでた子たちに連絡を試みる。

「お願い……出て……!」

思わず口に零しながら、上の方にあった数名をコールする。
だけど飲み会がよほど盛り上がっているのか、全然気付いてもらえない。

どうしよう。
誰か、誰か……!


「大石………」


この前連絡先を交換したばかりの大石の名前が目に入った。
相手の都合とか細かいことを考える余裕もなく通話をタップした。
お願い。出て。助けて。お願い…!

呼出音が、途切れた。
繋がった。

「もしもし。?」
「大石…助けて」

自分でわかるくらい声が震えていた。
気付いていなかったけど私は泣いていた。

!?どうしたんだ!?」
「こわ、怖くて…」

震えてうまく喋れない。
スマホを取り落としそうで両手で握る。

怖い。
助けて…!

「落ち着いて話してくれ。今、どこに居る?」
「家の、最寄り駅…」
「誰か近くにいるのか?」
「一人…」
「そうか……何か、あったのか?」
「この前、帰り道、歩いてたら……っ」

嗚咽し始めてしまってうまく喋れない。
うめき声のような声しか出せない。
呼吸が苦しい。

「ごめん、無理に話さなくていいぞ」
「うっ、うー…」
。俺が今からそこに向かったら、助けられるのか?」

大石、来てくれる…?
嬉しくって、ほっとして、余計に涙が出てきた。

「あり、がと…!」

声を振り絞った。

「わかった。すぐ行くから。すぐと言っても…1時間近く掛かってしまうけど。大丈夫か」
「ん…」
「近くに待てるような明るい場所はあるか?」
「今、駅で、ここは明るい…あと、近くにコンビニ」
「コンビニか…そこが良さそうだな。
 すぐ向かうから、そこで待っててくれ。動くなよ、絶対だぞ!」
「わか、った」
「よし。電車に乗るから電話切るけど、何かあったらすぐ掛けてくれていいから」

ありがとうって言いたかったけど上手に声が出せなくて、
コクコクと首を頷かせた。
間もなく通話が切れる音がした。

コンビニ……。

パニックによって、言われたことにただ従うロボット状態の私はコンビニに向かった。
そこに入るだけでなんだか賑やかな気がして、少し肩の力が緩んだ。

とりあえず落ち着かないと…。
あたたかい物でも飲もうか。

缶のおしるこを買って、イートインスペースに座った。
あったかい…。
握っているだけで少しほっとした。
いつの間にか手足の震えは治まっていた。

こんなことになってしまうなんて。
事件があった当日は、そこまで気にしてなかったのに。
寧ろ笑い話にできるくらいだったのに。
ショックのあまりに脳の防衛反応が働いてただけだったのかな…。

缶を開けて、一口啜った。
甘い。

一息ついて、ちょっと落ち着いてきた。
スマホを見ると、メッセージが来ていた。大石からだ。

『コンビニには入れたか?
 今のところ22:13着の予定だ。』

大石からそんなメッセージが来ていた。
マメだなぁ、ってなんか笑えちゃった。

大丈夫だよ、と返事をした。
その瞬間に新着メッセージの通知が来たから、
早いな、と思ったら、大学の友達からだった。

ごめん気づかなかった!どうかした?やっぱ来る??』

そう言えば、飲み会メンバー数名にも電話を掛けてたのを思い出した。

なんでもない大丈夫だよ、ごめんって返事した。
そっちの返事を返しているうちに大石の次の返事が来て、嬉しかった。
やり取りをしている間は気が紛れた。


でも…これから、どうしようか。
今日はありがたいことに大石が来てくれることになった。
だけどこれからずっとというわけにはいかない。
とりあえず明るいうちに帰ることを徹底するしかないかな。

あの変質者、このへんに住んでる人なのかな。
よく出てくるのかな。
道を変えたらいいのかな。
時間が悪かったのかな。
私が個人的に狙われてるわけじゃないよね。
警察とかに連絡した方がいいのかな。
どうしたらいいかな……。

ぐるぐる考えているうちに、胸が苦しくなってきた。
勝手に呼吸が荒くなる。
どうしよう。

ヤダ、怖い。

!」
「イヤアッ!!」

声が掛けられると同時に肩に手が乗った途端、
大声を上げて身をすくめてしまった。

「あっ、ごめん驚かせて!」

大石、だった。

ううん、大石は悪くない。
私は首を横に振った。
だけど涙も嗚咽も止まらない。
フラッシュバックと安堵が入り混じったみたい。
頭の中くちゃくちゃだ。

店員さんが様子を確認に来たのを大石が「すみません、大丈夫です」と対応していた。

大石は何も言わずに隣の席に座った。
そのまま、私が泣き止むまでしばらく待ってくれた。
何分くらい掛かっただろう。

「とりあえず…家まで送っていくよ。歩けるか?」

歩けるか…自信がなかった。
とりあえず、立ち上がる。
足、なんとなくふわふわする。
けど、歩けないことはなさそう。
数歩歩いて、「だいじょうぶ」と伝えた。

「んー…タクシー出払っちゃってるな」

店外に出ると大石はそう言った。
コンビニを出たらすぐに駅前のタクシー乗り場が見えるけど、
乗用車が停まっているばかりでタクシーの姿は見えない。

元々この駅で止まってくれるタクシーは少ない。
出払ってしまったら戻ってくるまでに結構時間がかかる可能性が高い。

「大丈夫、歩ける」
「本当か」
「ウン」

大石より一歩先を歩き始める。
すぐに大石は横に着いてくれた。

足元を確かめるように、一歩一歩進む。
よたついているのが自分でもわかった。
しばらく沈黙が続く。
数分経ってから「」と大石が声を掛けてくる。
そちらに顔を向けると、とても不安そうな顔をした大石がそこにいた。

「触れても、大丈夫かな」

そう言った。
さっき私が過剰に反応したから気を遣ってくれてるみたいだ。
こくんと頷くと、背中に手を回して腕を掴んで支えてくれた。
あったかくて、力強い。

「やっぱり、女性一人でこの道は危ないよ。
 遅くなるときは誰かに送り迎えしてもらったほうがいいかもな」
「ん……そだね」

誰か……。
いちいち友達に気を遣わせるのも悪いし。
しばらくは暗くなる前に帰るようにするしかないのかな。
そう考えていると大石から思わぬ質問が。

は、今は恋人とかはいないのかい」

恋人……。
つまり、そういう人がいれば送り迎えをしてもらえばいいじゃないかと。

「……いたら大石のこと呼ばない」
「それはそうだな」

そう言って、苦笑い。
また沈黙になって。
たっぷり数分の間があったあと、大石は聞いてきた。

…俺で良ければ、送り迎えさせてくれないか?」

……え?
どういうこと?

「なんで?」
「いやその、あくまで迷惑じゃなければ…なんだけど…」
「だって、大石、家遠いじゃん」
「そうだけど、遅くなるって予めわかっていれば今日みたいに待たせることはないし」
「………?」

迷惑なのは、私がじゃなくて大石がじゃなくて…?
どうして大石がそんなことしてくれる義理があるの?
いい人過ぎるにも程がない?

頭の中がハテナで一杯になっていると
大石が「ごめん、忘れてくれ」と言って、この話は終わった。
また沈黙が訪れる。

静か。
暗い。

「(でも、あったかい)」

背中に回されている腕が私の精神安定剤みたいだった。
一歩一歩確かめるように進み続けた。

大石が送り迎えしてくれるんだったら、もちろん私は嬉しい。
でも、それはどう考えても大石にとっては迷惑なはずで。
だけど大石はいい人だから、こんな状態の私に気を遣ってそうは言わないだろう。

私にいたら良かったのに。
送り迎えをしてくれるような恋人が。
そうしたら大石に気を遣わせなくていいのに。
恋人でもなんでもないのに、送り迎え役に大石が名乗り出る必要が、

……アレ?

「(え、そういうこと?)」
「ん、どうした?」

斜め上に首を傾かせた。
30cmと離れない位置に、優しい目線で覗き込んでくる顔が。
ドキンと胸が鳴った。
大石の顔の背景には満開の星空が。

「大石……星」
「え?」
「星が、綺麗だ」

この前と同じくらい…もしかしたらこの前より見事なほどの星空が広がっていた。
そういえば今日の気温はとても低かった。
冬型の高気圧配置というやつだろうか。

星は、ずっとそこで光っていたんだ。
上から照らしてくれるように。

「良かったー…」
「ん?」
「星、あったんだね……見る余裕もなかったんだって、今気付いた」
「……そうか」
「ありがとね、大石」
「いや、俺は何も」

何も、って言いながら、大石の手に少し力が籠もる感じがした。
ありがとう、大石。

この前の帰り道、衝撃の出来事が起きる直前、
頭の中で自問自答していたことを思い返す。


『私、大石のこと、好きになっちゃったのかな?』

大石、私、大石のこと……。


「この辺だったよな」

掛けられた声にはっと思考を中断させられる。
そこは私の家までもう数十歩という位置で、もう家まで見えていた。

「あ、うん。その白い家」
「いいアパートだな」

そう喋っているうちに、家の前まで着いた。
大石はすっと背中から腕を外した。
急に、寒い。

「それじゃあ、戸締まりはしっかりするんだぞ。
 あと明日以降も、夜遅くなるときは誰かと一緒に帰るようにな」

そう確認してきたので、ウンと頷いた。
頷き返してきた大石は、「それじゃあ」とくるりと踵を返した。
私はコートの裾を掴んだ。

「…?」
「うち、窓から見える星もキレイなんだ」

コートを掴む手が震える。

「良かったら上がっていかない…?」
……」

大石はふぅと大きく息を吐いた。
そして、私の両肩にゆっくりと手を置いた。

「ごめん、それは出来ないよ」

ダメ、か。それもそうか。
私は何を考えていたんだろう。

言葉を失う私。
大石は続ける。

「きっと一人になるのが不安なんだろうけど、
 俺が君の家に上がることで…安心していいからって言い切る自信がない」

ぐっと眉を潜めて「本当に申し訳ないけれど」と大石は添えた。
痛いくらいに、肩を掴んでくる手に力が籠もる。

「…意味、わかるかな」
「わかるよ」
「じゃあ…」
「お願い、上がっていって」

大石は驚いたように目を見開いた。
私はその目をまっすぐと見返す。

「わかった。その前に、一つだけ確認させてくれ」

大石は、肩から手を下ろして、
手を掴んできた。

「俺を、君の恋人にしてくれるのかい」

コクンと大きく頷いた。
ぎゅっと抱き締められた。
そして唇を合わせたその瞬間に涙が一筋溢れて、
流れ星みたいだな、って自分で思った。



  **



そのまま部屋になだれ込んだ私達は
暗闇のまま抱き合った。
触れてくる君の手は全て優しくて
震える私の体を心ごと包み込んでくれた。
愛を感じるごとに
滴が一つ一つ零れて
不安も押し出されていくみたいだった。

だけどきっとまた恐怖に溺れる夜が来る。
そのときは、甘やかされてもいいだろうか。
優しく触れて、一緒に星を見上げてくれるだろうか。


「あの夜から、また一緒に星を見たいと思っていたんだ」。
肩を並べて窓の外を見ながらそう聞かされて、
私も、これからもずっと一緒に見ていたいな、と思いながら頷いた。
























なんか暗い話になってしまったな???
成人式で大石と中学校ぶりに再会して関係を始める話を書きたかっただけなんだが。

星をテーマにした大石夢はいくらでも書きたい。

ちなみに書かないと伝わらない気がするから補足すると
大石は「星空が綺麗で済む場所を決めた」と言う
主人公の感性に惚れ込んでその場でfall in loveしてるよ。


2020/12/26-2021/01/11