* イルミネーションが遠くで輝いて見える *












 オレはこの世で一番大石に待ちぼうけを食らわされている人間だと思う。
 学生の頃、部活の集合時間も遊びに行くときの待ち合わせも、いつだって大石が先に来てた。頑張って早めに行っても勝てたことは一度もなかった。大石は約束の時間よりも早く到着して待ち構えてる。テニス部の行事でも、個人的に遊んだときでも、オレもみんなもそれが大石に対する共通の見解だったと思う。
 それが社会人になって通用しなくなった。なんなら待ち合わせ時刻を過ぎてから「ごめん、着くまであと一時間掛かるからどこかに入って待っててくれ」なんてことも何回あったことか。
 今までたくさん待たせてたからこれでチャラ? でも別にオレだって時間に遅れて待たせてたわけでもなかったし。とはいえ間に合ってないのは仕事の都合であって大石に責任がないことはわかっている。だから怒れない。
 やるせない気持ちの矛先を向ける宛もないまま、ただオレはモヤモヤとした気持ちを抱えている。
 (また待ちぼうけ、か)
 腕時計を見ると、丁度待ち合わせ時刻が回るところだった。
 付き合い始めて十年以上。同棲し始めて数年経つ。籍こそ入れてないものの家族同然みたいな感じだ。もはや一緒に出かけることに対してのデートという感覚さえも薄れた。買い物も外食も映画を観に行くのもなんだって一緒に家を出るから、待ち合わせをすること自体が貴重になった。仕事終わりの待ち合わせなんて時間に間に合う保証もないのに約束をするようなこと、何か意味のある日じゃないとしない。今日は一年のうちで何回かの、意味のある日。大石が提案してきたんだ、「クリスマスディナーをしよう」と。そう、今夜はクリスマスイブ。
 (あ、通知)
 スマホを確認すると、たった今メッセージが来たところだった。「遅くなってごめん。今から二十分後に着く。」とだけ簡素に書かれていた。リョーカイ、と示すスタンプを押して返す。どこかお店に入るにも時間は中途半端だ。辺りを一周散歩でもしてから戻ってくることにした。
 歩きながら周りを見渡すと、景色はクリスマス一色だ。通りの木は電飾をまとってる。お店のディスプレイは赤と緑。駅前から徒歩一分の広場には臨時のツリーが設置されていて豪華なデコレーションがされている。
 通り過ぎ際にツリー周辺の様子を見ると待ち合わせをしているカップルで溢れかえっていた。背負うリュックが大きく膨らんでいる男の人、小さなバッグと一緒に男物のブランドの紙袋を下げている女の人。なんか、クリスマスらしいよね。見事な装飾が施されたこのツリーの前でプロポーズするカップルとかも出てくるんだろうなと他人事のように考えた。ように、っていうか、実際他人事なんだけど。
 オレも大石にプレゼント用意したけど、喜んでくれるかな。大石の方は……最近の様子を見ると買いに行く時間とかもなさそうだった。期待しすぎないほうがいいかもな。今度一緒に買い物に行って選んでもらうのでもいいかも知れない。この前のオレの誕生日は結局そうなったんだっけ。
 (なんか、オレばっか空回りしてる? いや、大石は忙しいんだから仕方ない、よね)
 一緒に過ごせるだけで恵まれている。その一方で、一緒に居るのが当たり前になったからこそ贅沢になってしまったのだろうか。前みたいなサプライズがなくなったって、待ち合わせでちょっと待たされたって、大したことじゃない。はずなのに。どうしてこんなに不安な気持ちになるんだろう。
 辺りを一周して待ち合わせ場所に戻ってきた。当然大石はまだ居ない。予告があった時間まで、あと五分。
 (寒……)
 歩いているときはそんなに気にならなかったけど立ち止まると寒い。ポケットに手を入れてマフラーに顔を埋めた。雨も雪も降りそうにないけど、星は見えない程度の曇り。今年のクリスマスイブはそんなお天気。
 (連絡もらってから、今、丁度二十分)
 時計から目を離して大石がやってくるであろう駅の改札方向に視線を移した。電車が到着したようで、人の波が改札を通り抜け始めた。その中から一人がまっすぐこっちに向かってくる。大石だ。
 「英二!」
 こんなに寒いのに額に汗を滲ませて大石は駆け寄ってきた。まさに今仕事場から飛び出してきましたという様子のいつも見慣れた服装。肩に掛かっているのは書類とノートパソコンくらいしか入らなさそうななんの洒落っ気もない薄いビジネスバッグ。
 大石は到着するなり頭を下げる。「待たせて本当にごめん」と謝るサマも見慣れたものだ。初めて遅刻してきたとき、大石はこの世の終わりみたいな勢いで動揺しながら謝ってきて、オレもどうして良いかわからなかった。それくらいありえないことだったんだ、大石が待たせてくるっていうことは。だけどもう慣れた。
 「だいじょぶだよ。仕事おつかれ。大変だったね」
 「ああ、今日だけはなんとか定時で上がりたかったんだけど……本当にごめん」
 「へーきだって」
 ヘーキヘーキ。口でそう言いながら、自分に言い聞かせてることも本当は気づいてる。
 頭ではわかってるのに。心が淋しがってる。
 「お店、予約とかしてるの」
 「ああ。遅れることはさっき連絡した」
 「そっか、ありがと」
 「電車に乗る直前までその電話してて。そのせいで英二への連絡が遅れちゃって……本当にごめんな」
 「そうだったんだ」
 忙しい中でお店予約してくれてて、仕事終わりで疲れているのに急いで来てくれたことに対して感謝するべきだ。それどころかクリスマスイブに二人でデートできることだけで喜ぶべきなのかもしれない。なのに。
 「それじゃあ早く行こう」
 大石は一歩前に踏み出したけど、オレは足を動かせない。
 「……英二?」
 大石が不思議そうに覗き込んでくる。オレはうまく笑えない。顔を上げられない。
 今夜のことを楽しみにしていたはずだった。クリスマスイブ。久しぶりの外での待ち合わせ。イルミネーションがあまりにチカチカ眩しいせいか。周りがあまりに幸せそうで、自分が霞んで感じてしまう。
 「ごめん……大石が悪くないのは、わかってる」
 「……英二」
 昔だったら駄々をこねてたかもしれない。それでケンカになってたかもしれない。今は我慢できるようになった。だけど本当に納得して受け流せるほどはオレも人間できてない。中途半端にオトナになってしまった。
 「オレさ。大石と別れたいとかは全く思ったことないんだけど」
 「……うん」
 「でもさ、そしたら一生こんな感じなのかなって」
 不安をそのまま口にしてしまってからはっとした。言葉足らずに思わず漏らしたその台詞を後悔する頃には、大石は険しい表情をしていた。
 「英二、行こう」
 大石はオレの腕を掴んで踵を返した。歩くのが速くてぐいぐい引っ張られる。痛いくらいに。
 イヤな思いさせちゃった。大石は悪くないのに。
 「大石、ごめん。ちが……」
 違う、と言いかけて、何が違うのかと自問自答した。違うわけではないのでは。言うつもりはなかっただけで。
 なんと伝えたらいいのか言葉に迷っているうちにいつの間にか広場まで来ていた。遠くにツリーが見える。少し離れたここは人がまばらだ。大石は足を止めた。
 「英二、謝るな。オレが悪い」
 「そんなことないよ大石。オレが……」
 「いいんだ、英二。俺もずっと気になってたんだ」
 俺の肩を両側から掴んで、大石はうつむき気味に話を始める。
 「最近は仕事が忙しくてなかなか二人で出かける時間も取れないし、今日もだけど、余裕を持って待ち合わせ時間を設定してるはずなのにしょっちゅう待たせてしまうし。本当に、ごめん。二人でゆっくり話をするような時間が取れてないことも気になってて……あと家事の負担を英二にばっか掛けてしまっていることも申し訳なく思ってる。それから……」
 「いいよそんなの気にしなくて! 大石仕事忙しくって、いつも大石の方が出かけるの早いし帰ってくるの遅いんだから」
 大石の口からあまりにたくさんの懺悔が出てくるから思わず遮った。オレ、自分のことで必死になりすぎてた。大石の気持ちに気づけてなかった。オレが気になっていること以上に、大石が気にしてたんだ。当たり前じゃん、だって大石だよ?
 「さっき変なこと言ってごめん。オレ、大石と一緒に居られるだけで幸せだから」
 「英二……」
 大石は俺の肩からすっと手を下ろした。まっすぐに目が合う。
 「さっき言ってた、俺と別れたいとは思ってないって言葉、信じていいんだな?」
 「当たり前じゃん!」
 「ありがとう。……これ、本当はあとで渡そうと思ってたんだけど」
 そう言うと大石は、肩に掛けていた鞄を開けて中を漁った。いかにも仕事道具しか入らなさそうなその鞄。まさかプレゼントが入っているだなんて想像できなかったそこから何かを取り出した。手の中に収まるくらい小さな箱。それが、目の前で開いた。指輪。
 「英二、オレと結婚してほしい」
 ――驚きすぎて、返事ができなかった。
 え、ケッコン?
 「…………え?」
 「もう一度言うよ。英二、オレと結婚してほしいんだ」
 「けっ、結婚って言ったって!」
 オレたち男同士だしそんなに簡単なことじゃないはず、オレあんま詳しくないけど書類とか手続きとか色々面倒臭そうだし親たちにもどうやって説明すればいいのかとか一瞬のうちに頭の中をグルグルグルグル回って……だけど大石はその思考を一言であっさり終了させた。
 「一生英二と一緒に居たいんだ」
 そしてお得意の八の字眉の笑顔。
 「ダメかな?」
 その表情は、こっちの様子を伺っているようで、瞳の奥は自信に満ち溢れているようにも見えて。ああ。わかられてしまってる。
 「ダメ……なわけないじゃん」
 「良かった」
 オレは大石のことが好きで。大石もオレのことを好きでいてくれて。この気持ちは一生変わらないっていう自信もあって。法律とか書面上の繋がりを求めるつもりはなかった。だからこそ、ずっと一緒にさえ居られればそれだけで幸せで、こんな日が来るだなんて想像していなかった。
 だけど心の底では期待していたのかも知れない。そう気づいたのは、無意識にこぼした「遅いよー……」という自分の言葉。
 そっか。オレ、ずっと待ちぼうけ食ってたんだ。
 「え? 英二、今なんて言った?」
 「……三十分も遅刻なんて待たせすぎって言ったの! ほら予約の時間遅らせてもらってるんだし、急ご急ご!」
 オレは大石の手を掴んで走り出した。さっきの逆みたいに、今度はオレが大石をぐいぐい引っ張る。でもすぐに大石は足を速めてオレの横に並んだ。繋がれた手は同じペースで揺れ出した。
 オレたちは白い息を弾ませて笑い合いながら、そのままイルミネーションの中を足早に駆け抜けた。

























おおきく忘年会のネップリプレゼント交換用に寄稿させて頂きました!
縦書き印刷用で普段書くことないから
漢数字とかリーダーの数とか!?のあとのスペースとか目ウロだった…。

言葉に言い表せないモヤモヤを抱く英二と
実は英二以上にモヤモヤを抱えていた大石の話でした。
大菊幸せになってくれ…メリークリスマス!


2020/12/19-24