* Who's Wishing You a Happiest Day? *












部活終わりってこんなに暗かったっけ。
見上げると空は真っ暗で、ゆっくり吐いた息は薄く白く昇っていった。
そうしているうちに、自転車を持った桃センパイが「おまたせ」とやってきた。

今日も練習帰りは桃センパイと二人。
話題を振ってくるのはいつも桃センパイの方。

「で、とは順調なの」

っていうのはオレのカノジョ、のこと。
学年は1個上で、テニス部のマネージャー。
今、付き合い始めて2ヶ月くらい。
オレがのことを名前で呼ぶようになって、付き合ってることはすぐに部全体に知れ渡った。
別に隠すつもりはなかったからいいんだけど。
ただ、こういう風にいじられるのはめんどくさいかな。

「まあね」
「おっ随分余裕じゃねぇか」
「痛いっス」

うりうり、と押し付けてくる拳を払って歩き続ける。
適当に流してこの話題は終わらせる、つもりだったのに。

「でも実際大変だろ、あの人のあとは」

桃センパイの一言に、オレの思考はフリーズ。
………あの人?

「え、もしかしてお前知らなかった?」

横で桃センパイは明らかに「やらかした」と言う顔をしていた。

知らないけど。何それ。

「知らないっスよ。誰なんスか」
「これは言えねぇなぁ、言えねぇよ」
「そこまで言ったなら教えてくださいよ」
「知らないほうが自分のためなんじゃねーの?」

わざとらしいくらいに視線を逸らしながらそう言ってきた。
心なしか歩く速度も上がってる。

何それ。どういうこと?意味ワカンナイ。

「…桃センパイ今日このあと時間ある?」
「あるけどどうした?」
「ちょっとうちで打ってきましょーよ」
「いいけど…右腕準備運動しながら言うな!ツイストでもかます気か!?」
「さあね」
「あ、こら越前!オレに八つ当たりしてうさ晴らししようってんじゃねぇだろうな!?」

結局このあと、俺は桃センパイをコテンパンに打ち負かした。
「ちょっとは手加減しろよ〜」とか言ってたけど、知らない。

勝ったのに、全然スカッとしない。



桃センパイとそんな話をした次の日、
今日は部活が休みでとデートの約束の日だ。

待ち合わせ場所に向かって歩きながら、
昨日の桃センパイの発言を思い返した。

が前に付き合ってた相手……桃センパイは“あの人”って言った。
桃センパイなら、同期や後輩相手だったら“アイツ”って言うはず。
だから先輩だと思うんだけど…。
それで、オレの知ってる人。

他の学校の人の可能性もあるけど、
の行動範囲から想像してとりあえず青学に絞ってみる。
あえて“大変”って言うとなると、
きっとなんらかの個性が強い人。
となるとレギュラーメンバーか。

手塚部長…
大石先輩…
英二先輩…
不二先輩…
乾先輩…
河村先輩…。

「(誰のあとでも、ヤッカイすぎ)」

個性派も個性派しかいない顔ぶれが思い浮かんで肩が重くなった。


待ち合わせ場所に着くとはもうそこにいた。
髪を結んでなくて一瞬わからなかった。
部活のときはいつもポニーテールだから変な感じがする。
…ま、これも結構かわいいんじゃない。

「あっ、リョーマおそーい!」
「え…時間過ぎてた?」
「どうせテニスのことでも考えながら歩いてたんでしょ!」

そう言っては楽しそうに笑った。
…こっちの気も知らないで、のんきなもんだよね。

「まあいいや。早く行こ!」

袖を引っ張って、一歩先を歩き始めた。
自分のカノジョながら…はどちらかというと積極的な方だよね。
付き合おうって言ってきたのもの方だったし。

“あの人”と付き合うときは、どっちからだったんだろ。

「(ん……なんか、モヤっとする)」
「どしたのリョーマ、今日元気ない?」
「いや、べつに…」
「さては寝起きだな?」

そう言ってはニヤニヤして覗き込んできた。
「違うし」とだけ返した。
まさか、オレが“あの人”の存在を知ってモヤモヤしてるだなんて考えてないんだろうな。
……そんなことカッコ悪すぎてオレからも言えないけど。

「街中カップルだらけだねー。今日はリョーマと過ごせてうれし」
「去年はだれと過ごしたの」

遮るように質問した。
楽しそうに喋っていたは笑顔のままフリーズした。

「え、どうしたのリョーマ。そんなこと今まで聞いてきたことなかったのに…」
「べつにいいじゃん。で、だれ?」
「えー、誰だったかなー。結構前だしなー…」
「……あっそ」

帽子を少し深く被り直す視線の端では肩を竦めたのが見えた。

ま、この反応だとそれは元カレ、つまり“あの人”ってことなんだろうけど。
……だからそれはだれ。


はよくしゃべるタイプ。
ということは、相手はあんまりしゃべらないタイプ?
オレもそうだけど。

一番当てはまるのは……手塚部長とか?
そうだとしたら…と考えると、負けたくない気持ちが湧き上がった。
オレもなんだかんだ一番尊敬している人だ。テニスの実力も、人間としても。
もしかしたら今は劣っている部分があるかもしれない。
でも、絶対に負けない。

他のだれでもそうだ。
それぞれに個性があって、尊敬する部分がたくさんある。
だけど、負けない。

横で揺れているの手を、掴んだ。
はその繋がれた手とオレの顔を交互に見比べた。

「どうしたの、めずらしー」
「…イヤならやめるけど」
「そんなこと言ってないじゃん!嬉しいよ」

そう言って手をブンブンと揺すられた。
がコドモっぽいのか、オレがコドモ扱いされてるのか。

オレの方が年下だし。
背だってやっと追いついたくらい…いや、
まだの方が若干高いかもしれない。
でも別に1才くらいの年の差気にしてないし、
身長だってすぐに超えるつもり。

だけど、 はオレより前に、実年齢でも身長でも、
精神的にももっとオトナな人と付き合ってたかもしれないってことで。
…そのうち絶対追い越してやるから、いいんだけど。

そう考えていたオレの腕を引いては「こっち行こ」と急に角を曲がろうとした。

曲がらずにまっすぐ行ったら街の広場だ。
巨大なクリスマスツリーがあるって話題にもなってた。
見に行ってもいいと思うんだけど。

「広場、行かない?」
「行っても別になんもないっしょ!」
「大きなツリーがあるって」
「どうせ大したことないよ」
「どうして」
「いいから!」

そう言って、かたくなに方向を変えようとしない。
もしかして…ツリーの方に行きたくないんじゃない?

……なるほどね。

「思い出を上書きしたくないって感じ?」

ピタッと足が止んだ。
さっきまでずっと楽しそうに笑っていたの顔がウソみたいに、悲しそうな顔をする。

「どうしたの、リョーマ。やっぱ今日変だよ」
「ヘンなのはそっちじゃん」

言い返してやったけど、たぶん、ヘンなのはオレだ。
正直いって、ヤキモチ焼いてる。
の元カレシであるその人に。
……カッコ悪いけど。

ヘン扱いしてしまったから言い返してくるかなって思ったけど、
予想外なことに首を落としたままは同意してきた。

「そうだね、変かもね」

結ばれていない髪の毛は肩からサラサラと落ちていった。
それを耳に掛ける。
口元は笑っていたけど、目元が寂しそうに見えた。

「リョーマ、なんか察してたっぽいけどさ。
 ……私、前に付き合ってた人いてさ。
 クリスマスにイヤな思い出あるんだよね」

…なるほど、そういうことね。
それはだれで、どうして。
だまって聞いていると、はそのまま話を続けた。

「相手の人が私のこと好きっていってくれて付き合い始めてさ。
 私なんかのどこを気に入ってくれたのかわかんないけど」

そうは言うけど、のいいところなんて、うちの部の人たちきっと全員わかってる。
そして先輩の中に、本気でのことを好きな人がいたんだ。今のオレみたいに。

「年は1コしか変わらないはずなのに…なんだろ、すごく大人に見えてた。
 そのせいもあってか、なんか気つかっちゃってさ。
 向こうはそれ以上に気つかってくれてた感じしたけど、そのせいでちぐはぐっていうか…。
 優しすぎて負担みたいな?贅沢な話なんだけどねー」

はそう言ってどこか寂しそうに笑った。
そしてはるか遠く、広場の方向に目をやった。

「せっかくのクリスマスデートだったのに、その人のことフっちゃったんだ。ツリーの前で」

その横顔を見ていたら、とある人の顔が浮かんだ。
根拠なんかない。でも、確信に近い自信があった。
絶対にあの人だ。

「(……大石先輩)」

それは、オレが今まで出会った中で一番優しいと感じた人。
シングルスなら負けないけど、ダブルスだと一生勝てそうにない人。
いつでも周囲を気づかっていて、そのことを負担に感じない人。
オレとは完全に真逆のタイプ。

「(確かに…大変かもしんない)」

“あの人のあとは大変”と言った桃センパイの言葉が浮かび上がった。
だれが相手でも、負けないと思ってた。
今は負けてても絶対超えてやると思ってた。

だけど、何故だろう。
大石先輩とが二人並んでいる姿を想像したら
急に弱気な自分が顔を出した。

「もうやめよ、こんな話。もう過ぎたことだよ」

はそう言った。
だけど、本当には過ぎたことにはなってない。
それはの表情を見ていたらわかってしまった。

そのままオレたちは、広場から遠ざかる方向に歩き始めた。
イヤなことを思い出させてまで無理することじゃないってオレも納得したから。
にぎわう商店街でウィンドウショッピングをして、
限定フレーバーのカフェラテを飲みながら休憩して、
ゲーセンで対決して、楽しく半日を過ごした。けど。

なんか、モヤモヤが消えてない。

「(桃センパイのせいだ、こんな。何も気にしてなかったのに)」

桃センパイが“あの人”の話なんてするから。
オレが気になりだしちゃって、
そのせいでも誘導されて。
知らなかったら、今日という日もただの楽しい一日として終わったかもしれないのに。

でも逆に言ったら、オレが言い出さなければ、
はそのまま胸の内に秘めてたってわけ?

だれよりも優しくて、気配りで、
ある意味で一生勝てそうにない人。
は、その人とツリーの前で別れたことを
クリスマスの思い出に抱えたまま、ずっと。
………。

「広場、行こ」
「え、リョーマ」

手を掴んで、腕を引いて歩き出す。
がすんなり着いてこないせいで重い。
戸惑った様子のに、言ってやった。

「楽しい思い出で上書きすればいいじゃん」

は返事をしてこなかったけど、オレは強引に腕を引いて進み続けた。
早歩きしすぎて小走りみたいになった。
広場にたどり着くころには息が弾んでいた。

人でにぎわう広場の真ん中にツリーは見事にライトアップされていた。

アメリカで見てきたものと比べたら小さいし飾り付けもおとなしい。
だけど日本は周りの明かりもおとなしいせいで
真ん中にそびえ立つ一本のツリーはとても眩しく見えて、キレイだと思った。
となりを見ると、の瞳にその光が反射していた。
やっぱり、キレイだと思った。

「キレイ、だね」
「…うん」
「やー、なんか、初めてまともに見た気持ち」

去年はまともに見られなかった、という意味か。

「ありがとね。見に来て良かった」
「……べつに」
「今日、雰囲気悪くさせちゃってごめん。
 本当は、リョーマにとって一番幸せな日にしてあげたかったのに」

謝らなきゃいけないのはオレの方な気もするけど、はそう言った。
「ごめん、ちょっと離して」と言うので指を解くと、鞄から包みを取り出した。
プレゼント?

クリスマスにはいい思い出ないなんて言ってたけど、用意してくれてたんだ。
けど、マズイ。オレなんも用意してないや…。

そう思って焦ったオレの目の前に腕が伸びてきて。


「ハッピーバースデー、リョーマ」


…………そうだ。
オレ、今日誕生日だった。

「何ぼーっとしてんの、受け取ってよ」
「…すっかり忘れてた」
「えーどうして、自分の誕生日でしょ!」

ほらほら、というので、受け取った。
驚きすぎて「ありがと」しか言えなかった。
目の前の顔は期待に満ちていて、その場で袋を開けた。

「……ニット帽」
「被ってみて」

言われるがままにそのまま被った。
…あったかい。
目の前ではキラキラと瞳を輝かせた。

「わーめっちゃ似合ってる!良かった〜!
 やっぱリョーマはなんか被ってる方が収まりいいね」

そう言って頭をポンポンとされた。
コドモ扱いされてる気がするのも。
祝ってもらえて嬉しかったのも。
喜んで笑うがかわいすぎるのも。
全部ごっちゃになった。


「ん?」
「キス、していい」

楽しそうにはしゃいでいたは笑顔のままフリーズした。

「えっ!今!?こんな周りに人も居るのに…」
「関係ないよ」

関係ないよ、周りなんて。
オレの頭の中はでいっぱいだし。
にも、そうなってほしい。

「リョーマ、ちょっ、待…」
「待たない」

腕と肩を掴んで引き寄せた。
ほんのわずかに顎を持ち上げて唇を触れさせて、
やっぱりまだの方がちょっと背が高いのかって、
来年までには絶対追い越してやるって心に誓った。

そんなことを考えるヒマがあるくらいたっぷり時間が経ってから顔を離すと、
は真っ赤にさせた顔を恥ずかしそうに逸した。

「さすが帰国子女…」
「関係ないでしょ」
「あるよ〜」

ぽかぽかと胸元を殴られたけど、お構いなしに背中を抱き寄せた。

もう、やめた。つまんないこと考えるの。
は今はオレの彼女だ。
イヤな思い出があるんだったら、
全部上書きしてやる。オレが。
それでいいじゃん。

「その人さ」
「ん、誰?」
「…の元カレシ」
「あ、うん」
「申し訳ないって思ってるんでしょ」
「え、そんな…」
「フったことをイヤな思い出だって今も思ってるのはそういうことでしょ」
「……」

黙り込んだのは、図星ってことだ。
…結局さ、もお人好しなんだよね。
“誰かさん”に負けないくらい。

「たぶんだけどさ…には幸せになってほしいって思ってるんじゃないの」

だって、“あの人”だから。
あの人はそういう人だ。
自分よりも周りの幸せを願うような人。

「……ま、それがだれなのかはオレは知らないけど」

そう言いながらの表情をうかがってたけど、
これはたぶん、本当にオレは何も知らないと思ってる。
ま、それならそれでいいけどさ。

「申し訳ないって思ってるんだったら、思いっきり幸せになってやれば」

そう伝えると、は驚いた様子で固まって、
少し経ってから目を細めた。

「それはリョーマ次第じゃない」
「…どういう意味」
「私はリョーマと一緒に居るのが一番幸せだってこと」

そう言って、オレの両手をつかんだ。
正面で目が合う。

「お誕生日おめでとう、リョーマ。これからも一緒に居てね」

そんなの、こっちがお願いしたいくらいだ。
なんて、気恥ずかしくって言えやしないけど。


"Thanks, and wish you a merry merry Christmas."


首をかしげて考えた様子のは、理解した様子で嬉しそうに笑った。
「メリークリスマス!」と言うの笑顔はツリーのライトにキラキラと照らされていた。
























大石の元カノシリーズ、初のキャラ視点!
なんか主人公視点で書くのしっくりこなくてリョマ視点にしたんだけど、
この主人公はそんなに大石のこと好きじゃなさそうだから感情移入できなくて
無意識に主人公視点を回避したってことだったら私怖いなw

リョーマの日本語どこまで崩すか迷っちゃうわよね。
原作のリョマさん日本語上手なんだもん…私は信じない(←)

リョーマおたおめそしてメリクリ!


2020/07/27-12/24