* 優しさの裏に秘めた熱を見せて! *












今まで付き合った人の共通点、
思いやりがあって優しい。
人のことばかり気遣うタイプ。
そして、
何かの拍子にキャラが豹変する。


「ぬどりゃあああ!!!」


バゴーン!

物凄い音で放たれたボールが見事にバックヤードの網に突き刺さった。

「見たかベイビー!」
「さーっすがタカちゃん!」

私はぱちぱちと拍手。
全てのボールを打ち終わったタカちゃんはバットを下ろすと、
頭に手を当てて笑顔でネットを捲った。

「い、いやあどうだったかな」
「すごかったよー!」

腕を掴んで思わずぴょんぴょん跳ねる私。
タカちゃんの腕は相変わらず逞しい。
それなのにお寿司を握る指先は器用で繊細でそのギャップが最高。
気は優しくて力持ち。その言葉が誰よりも似合う存在だ。
そんなタカちゃんが、私は大好き。


付き合い始めて半年くらいになるタカちゃんと私だけど、
付き合うことになったきっかけを語るには、
その前に付き合ってた人の話まで遡る。

私の初カレにして唯一の元カレ、大石秀一郎くん。





  **





同じクラスである大石くんのことが気になりだしたのは、
レクリエーションでみんなでボウリングに行ったときのこと。
私は大石くんと同じレーンになった。
大石くんは優しいし気配りだけど、
盛り上がりって意味ではどうかなー…なんて思ってた。
そしたら。

「お…っと、1本残ってしまったか、俺としたことが」

「調子が狂うなあ、最近左手ばかりでやっていたから。ハハハ!」

「ターキー止まりか…腕がなまったものだな」

「ストライクの取り方?まず爪を整えるところから話が始まるけど大丈夫かな」

なんと、ボウリングがめっっちゃ上手!!
そしていつになく自信に満ち溢れた様子。
いつもはもっと周りを気遣ってる印象だけど、
今日はちょっと俺様系?っていうのかな?そんな印象。

「なんかさ、大石くんいつもとキャラ違くない?」
「わかる…ちょっと引くんだけど…」

女子たちでこしょこしょ話。
引く、かぁ…。
確かにいつもよりちょっと怖い感じはしなくもないけど。

「(ワイルドでカッコイイな…なんて思うのは、変なのかな)」

ほんのちょびっと胸がドキドキするのは、怖いから。なのかな?



その出来事をきっかけに、
「真面目で優しいクラスメイト」としか思ってなかった大石くんが
急に気になりだすようになってしまって…。



「(あ、大石くん)」

いつも通り登校して教室にいる大石くんが目に入って、
胸がドキンと高鳴った。
目が合うと大石くんは見慣れた柔らかい笑顔になった。

さん、おはよう」
「おはよう大石くん」
「俺、昨日迷惑掛けたりしなかったかな。
 ボウリングのことになると周りが見えなくなっちゃって…」

頭の後ろに手を当てて、八の字に眉尻を下げて。
昨日の終始凛々しかった様子から打って変わったその様子に、思わず笑ってしまった。

「あははっ。大石くんって、おかしいね!」
「そ、そうかい。そう受け取ってもらえたなら安心したよ」

焦ったり情けなく笑ったりする様子が、昨日とのギャップすごすぎて。
胸の中が温かくなって。
私は大石くんのことが好きになって、
向こうも同じ気持ちで居てくれた…と。


さん、俺と、付き合ってくれないかな」
「私で良ければ、喜んで!」


その瞬間は本当に幸せで、
付き合い始めてからもずっと幸せだった。
ボウリングデートだって何回もした。
すごくすごく楽しかった。

だけど、その関係は残念ながら一年程度しか続かなかった。


大石くんは外部受験をして青学の生徒ではなくなった。
勉強も忙しいみたいで、会えるのは月に一回あるか程度だった。
電話やメールの頻度も少しずつ減っていって、
付き合い始めた日から一周年を迎える前に私たちの関係は終了した。


あのときは落ち込んだなー…。

でも、それを支えてくれたのが、高1当時同じクラスだったタカちゃんだったというわけ。


さん、どうしたの?」
「あ…河村くん」


大石くんとお別れのメールをして、
放課後の教室で泣いていた私に気付いてくれたのが、河村くんだった。

河村くんはいつも授業が終わったらすぐに家に帰っていた印象だった。
(あとから知ったけど、家業のお寿司屋さんを継ぐための修行を毎日してるんだって。)
そんな河村くんがその日珍しく忘れ物を取りに
学校に戻ってきてたなんて、今思えば運命だったのかも…なんてね。

「えっと……大丈夫?」
「ごめんね、びっくりさせて。その……失恋、しちゃって」

私の表情を伺ってどう声を掛けて良いか迷っていそうだったので、
目元の涙を拭ってそう答えた。
気まずい雰囲気をあははって笑ってごまかそうとしたけど、
河村くんは釣られてくれなくて。
私が慰めたくなるくらいな悲しそうな表情で。

「お節介だったらごめん。俺で良かったら、話聞くけど?」

本当は、あんまり深く話すつもりはなかったのに。
その優しさに、心の氷が溶かされたみたいで。

「……聞いてくれる?」

私は引っ込みかけた涙をまた押し流しながら、

すごく大好きだった人と別れちゃった。
直接会って話すことすらできなかった。
淋しくて淋しくて我慢しながら付き合い続けるのなんて無理で、
私から別れようって言っちゃった。
本当は別れたくなんてなかった。
淋しい。悲しい。苦しい。

って、全部全部ぶちまけた。

河村くんは何を言うでもなく、黙って全部聞いてくれた。

「…それは辛かったね」
「……うん」
「ありがとう、話しづらいことを話してくれて」
「ううん、こっちこそ!聴いてくれて…すごく嬉しかった。ありがとう」

本当に優しいなあと思いながら、涙を袖で拭って、
鼻水ズビズビさせながらお礼を言った。

「ごめんね、引き留めちゃって」
「大丈夫だよ、急いでなかったし。ちょっと忘れ物を取りに来ただけだから」
「忘れ物、なあに?」
「テニスラケットだよ。男子は今体育の授業がテニスなんだけど、
 せっかくだから自分のを使おうと思って持ってきてたんだ」

そう言って、河村くんはテニスバッグから一本のラケットを取り出した。

ん…?
なんか熱い?
メラメラ?
え、河村くん???

「ぬどりゃあああああ!バーニーーーング!!
 そんな大切な話をメールで終わらせるような男なんてこっちから願い下げだ!
 そんな男のために泣く必要なんて、ナッシーーーング!!!
 忙しいからって淋しい思いをさせてくるようなやつのことは忘れろ!
 早く次の恋に進みな、ベイベー!!!!」

驚き過ぎてぱちぱちと瞬きするしか出来なかった。
さっきまでの優しかった態度からの豹変ぷりに。

「あっ、あれ…ごめん、もしかしておれ今変なこと言ってた?」
「……ぷっ」
「え?」
「あはははっ!河村くん、おっかしーの!」

泣いてたのも忘れて、大笑いしてしまった。
笑いすぎて、涙が出るくらい笑った。



その出来事がきっかけで私は河村くんのことが気になりだした。
だけど河村くんは私に特別興味があるようにも思えなかった。
この前あれだけ優しかったのも、誰にでも常に優しくて
私にも変わらず優しく接してくれたってだけなんだろな…って解釈してた。

そんなある日、吹っ切れたの?って聞かれたから、
もうその恋は終わったんだよって話をして、
今は新しい恋をしてるんだよって伝えた。

そう伝えると河村くんは寂しそうな表情をして、
「そいつとうまくいくといいね。さんの幸せを祈ってるよ」って。

その表情を信じて、「私が好きなのは河村くんだよ」って告白した。
そうしたら、「本当に…?俺もだよ」って。

そう、私たちは両想いだったのです!

河村くんが私にアタックしてこなかったのは
私が心の中では元カレのことを思い続けてると思って
負担を掛けたくなかったんだって。


そうしてこうして、タカちゃんと私は付き合うことになったのです。





  **





そして現在に至る、と。

もう、タカちゃんと付き合い始めて半年。
大石くんと別れてもうすぐ一年…。
あれも確か秋が冬に差し掛かろうという季節だったことを覚えてる。

今カレが元カレの知り合い、という状況になっているわけだから
伝えておいた方がお互いのためだよねって話して、
私の方から大石くんにメールなりで伝えると約束しているのだけれど。

「大石に話した?俺たちが付き合うことになったこと」

質問に対して、私は首を横に振る。

「ごめん、まだ」
「そっか…」

タカちゃんは神妙な面持ち。
きっと、大石くんがどんな気持ちか想像して辛くなってる。
人の気持ちに寄り添える人だから、タカちゃんは。
ネガティブな感情にも同調しちゃうんだろうな。

「テニス部のメンバーとは今でもたまに集まってるから、
 いつかは報告することになると思うんだけど…
 できれば大石にだけは、事前に話しておきたいな」
「うん。そうだよね…」

タカちゃんは、元々下がり気味の眉尻を更に落とした。
本当に、タカちゃんは優しい。

「優しいねタカちゃんは」
「大石も大切な友人だからね」

そう言ってタカちゃんは力なく笑った。
私は、付き合いが解消されて大石くんが他校に進学した今
大石くんとは関わり合いになることすらないけれど
タカちゃんは私とも大石くんとも関係が続いていくんだもんな。
余計な心労を負わせてしまっていることは申し訳ない…。

「誤解しないで」
「誤解?」

遥か高い位置にあるその顔を見上げながら聞き返すと、
私の手を包むその大きな手により一層力が込められた気がした。

「確かに大石のことは気になるけれど、こうなることもわかってて
 と付き合うことを選んだっていうことは憶えててほしいな」

まさかそんなことを言われるだなんて思ってなかったから、私も驚いちゃった。
少し顔が熱くなった気がして、空いた左手で頬を覆った。

「わあ、そんなこと改めて言われたら、照れちゃうな…」
「あっ、ごめん変なこと言って」
「違うの嬉しいんだけどーめちゃめちゃ照れるってだけでー」

そう言いながら繋いだ手をブンブン振り回しながら歩いていたら、
タカちゃんが「あ」と言って、
そっちを見上げたら前方を見て口を開けて唖然としているから、
ん?と思って私もその方向を見たら…。

「や…やあ。奇遇だな二人とも!ははは!」

なんと、そこには大石くんが!
手を、繋いだままなことに気付いて、パッと離したけど、
もちろんきっと既に目撃されてて。

「邪魔して悪かったな!それじゃあ!」

明らかに作り笑いと思われる声を上げながら、
大石くんは元来た方向に走り去っていった。

「やっちゃった…ね」
「……そうだね」

なんてタイミングなの…。
どのように伝えるか慎重に考えていたのに、
最悪な形で知られることになっちゃった…。

追いかける?
でも二人で行くのもなんか嫌味っぽいっていうか…。

…よし!

「私、行ってくる!」
「えっ、!?」
「二人で行くわけにはいかないでしょ?」
「それは、そうだけど…」

元々、大石くんには私から伝えるって言ってたんだ。
それに、私と大石くんの関係についてはタカちゃんは関係ない。
このことは、私が解決しないと!

「話したらすぐ戻るから」
「…うん、わかった。気をつけて」
「ありがと。ごめんね!」

そして私はダッシュする。
冷たい空気が頬を掠めて鼻の奥がツンとする。
さっきまで温かく包まれていた手がどんどん冷える。
そんなの気にせず全速力で走った。

目的地は決まってる。
ごちゃごちゃの頭を整理したいとき、
大石くんがどこに向かうかは、だいたい予想が着く。

そこは、私も何回か連れてってもらったことのある場所。

「大石くん!」

予想通り、大石くんは高台の上のコンテナの上に居た。
手を貸してもらって上に登って肩を並べて景色を眺めて
「英二以外の人と来たのは初めてだよ」って言われたのが
特別感があって嬉しかったことを憶えている。

今日は、上には登れないから下から声を掛ける。

「さっき、驚かせてごめんね」
「いや、別に、そんなに驚いてないさ」

そう言いながら目が合わない。
明らかに動揺してるよね…。


大石くん…私のことを今はどう思っているのだろう。
もう私がタカちゃんと付き合って半年経つから、
大石くんと別れて一年くらい経ってる計算になるんだけど。
これだけ動揺するってことは、まだ好きでいてくれたりするのかな…。

でも、言わないと。
これからの私たちのために。

「その……改めて、ちゃんと伝えようと思って。
 あのね、私…河村くんと付き合ってるんだ」

そう伝えると、大石くんはこっちにまっすぐ目線を向けてきた。

「そうみたいだな。さっき、そうかなって思ったよ」
「……だよね」
「俺のことは気にしなくていいよ。
 さっきは急だったから驚いただけだから」
「うん…」

やっぱり驚いてたんじゃん、とか突っ込む場面ではないことはわかる。
さっき「驚いてない」と言ったのは、本心じゃなくて、
私のことを気遣っての一言だったということが確信に変わっただけ。

大石くんはふっと柔らかく笑った。

「実は…俺も、今の学校に気になっている子がいるんだ」
「そうなの?本当に?」
「ああ」

それをきいてちょっと安心した。けど、
私が安心できるように使った方便かもしれない、とも思って。
気遣いが優しすぎて相変わらずわからないけど。

「そっか……その人とうまくいくといいね」

そう伝えながらもじわりと涙が浮かんできた。
「ありがとう」という言葉と一緒に返された笑顔が懐かしくて。

思い出してしまったんだ。
付き合っていた頃の大好きだった気持ちを。
そして、別れた頃の辛かった想いを。
本当は別れたくなんてなかったということを。


思い起こせば、仲が悪くなったから別れたわけじゃなかったんだ。
お互いの生活範囲と生活リズムが変わって、
少しずつのすれ違いが大きな亀裂に繋がってしまったけれど
嫌いになれるわけがなかった。
本当は好きな気持ちはまだまだ一杯あった。


好きだから辛かった。
減っていくデートの頻度が。
短くなっていく電話の時間が。
たまにしかやり取りのないメールの履歴が。

好きだから会いたいのに、
会えないから、
好きな分だけその期間が辛かった。


「もしその子と付き合えたら、大切にしてあげてね」


言葉が私の口から飛び出した。
大石くんは、ハッとした表情で私を見下ろす。


「会える頻度が少なくたっていいんだよ。
 電話でおしゃべりする時間が大して取れなくったって
 メールの返事がたまにしか来なくたって」


何、言ってるんだ私。
だけど口が止まらない。


私のことばかり気遣って。
本心をなかなか伝えてもらえなくって。
優しさには感謝してたけど、それと同時に淋しかった。
「会えないけど別れたくない」って言ってもらえたら、また結果は違ったと思う。

だけど現実は、「好きな気持ちは変わらないけど、この状態が申し訳ないから別れよう」って。


「『大好きだから付き合っていたい』って言葉さえ聞ければ
 淋しくなんてならなかったんだよ…」


たった2文字、『はい』とだけ書いたメール、
教室の隅で大泣きしながら送信ボタンを押したことを思い出す。


淋しかった……淋しかったよ。


「…………ごめんな」
「違う、ごめん…私こそ、今更、こんなこと言って。
 大石くんのこと、責めたいわけじゃないの…」


涙を拭って、前を向いた。


「新しい恋を、大切にしてあげて」


本当に好きだから、淋しかった。

だから私も別れたときは落ち込んだ。

でも立ち直れた。

タカちゃんが居たから。


「あのね、私、タカちゃんのことが…すごく好きなの」
「………うん」
「誰よりも大切にしたいの」


拭ったあとを、また涙がつたい出す。
だけど目を逸らさない。


「大石くんのことも……大好きだったのに、うまくできなくて、ごめん」


やっと、伝えられた。
胸がふっと軽くなった気がした。


「お互い様だな」

その言葉にはっと顔を上げると、
大石くんはこれ以上ないくらい優しい目元で微笑んでいた。


「悔しいけど、俺と一緒に居たときよりも、
 さっきタカさんと居たは幸せそうだったよ」


そう言った。
一瞬だけ、気持ちが当時に帰った気がした。
名前なんかで呼ぶから。
懐かしいね。

「あ、その、さん」って、
気付いた大石くんは焦って訂正を入れてきたけど。


「ありがと、秀くん」


ああなんだか、今、初めてはっきり別れられた気がする。
短い期間だったし、一緒に過ごせた時間は少なかったけど、すごく幸せだったよ。
本当に今までありがとう。


「あんまりここにいたらタカさんに悪いんじゃないか?」

そう言って、大石くんは腕時計を確認した。
本当に、変わらないなぁ。

「相変わらず、相手の心配ばっかしてるんだね」
「え?」
「こっちの話!」

じゃあね、ありがと。
それだけ伝えて背を向けた。

ありがとう。
きっと、幸せになってね。





そして私は元来た道を走り出す。
行きほどは必死に走ってないけど、
下りだから思いのほか速度がついた。
気持ちの整理もしたいしぐしゃぐしゃになった顔を治したいし、
だけどそんな暇もなくあっという間に元の場所に戻ってきた。



タカちゃんはすぐ近くのベンチに座って待ってくれてた。

「タカちゃんただいま!待たせてごめんね!」

息を弾ませたまま飛び込む。
きっとタカちゃんのこと、
「大石は大丈夫だった?」なんてオロオロするんだろうなぁ。
と思ったら。

、大丈夫!?」
「え?大丈夫だよ??」
「よかった……」

勢いよく立ち上がって両肩を掴まれて、私はびっくり。
笑って返すと、タカちゃんはほっと胸をなでおろしたようだった。
そして、その広い胸でぎゅっと抱き締めてくれた。

「辛い役回りをさせてごめん」

大石くんの心配をするかと思ったのに、
私の心配をしてくれるんだ。

本当に、タカちゃんは優しいな……。

「ありがとう。タカちゃんは優しいね」
「…違うよ」

え?

「優しくなんてないよ」

そう言って、胸の中から解放される。
両肩に手が乗せられる。
私よりずっと上にあるタカちゃんの顔、
タカちゃんの目は、私の目線よりずっと下を向いていた。

「本当は、大石と二人きりにさせるのが不安だったんだよ。
 一人で行かせたことを後悔して、気が気じゃなかった」

タカちゃん…。
そっか。そうだよね。
ごめん。私ってば、自分のことばかりに一生懸命で。

「不安にさせてごめんね…。私にはタカちゃんが一番だよ」

そう伝えて、届くのがやっとくらい広い背中に腕を回して抱きついた。

大切にしたい。
誰よりも大好きなこの人を。





  **





季節は巡って、コートがなくても歩けるくらい
暖かくなってきたある日のデート中のこと。

「あ、大石くん」
「え、大石?」

横断歩道の向こう側、大石くんの姿が目に入った。
久しぶりにその姿を見かけた。

このままだと、すぐ近くをすれ違うことになりそう。
そう思って、手を解こうとした…けど。
寧ろぐっと力が強くなって。

「タカちゃん…」
「いいよ、離さなくて」

いつも私の手を温かく優しく掴んでくれるタカちゃんの手が、
本当はこんなに強い力を秘めていたことを知って。

「俺だって自分勝手になることぐらいあるよ」

斜め下から見上げる横顔に、胸がドキリと鳴った。


信号が青に変わる。
カッコーが聞こえる。
タカちゃんは私の腕を引く。
手の力は変わらず強い。

大石くんとそろそろすれ違う。
タカちゃんは前しか見ていない。
私は斜め横を確認する。

大石くんの斜め後ろ、
小柄な女の子、の手が、
大石くんと繋がっていた。

顔を持ち上げる。
笑顔と目が合った。


そっか。
そうなんだ。
よかったぁ。


「うまくいったんだぁ…」
「ん、何が?」

私たちは言葉を交わさずにすれ違った。
言葉はなかったけれど、
お互いが一歩前へ進んだことを
それぞれ感じ取っていたと思う。

おめでとう。ありがとう。
じゃあね。

「へへっいいもの見ちゃった!今度会ったら直接聞いてあげて」
「どういうことだよ、教えてよ」
「ナイショ〜!」

そう言って笑いながらぶんぶん腕を振り回した。
楽しい。幸せ。大好き。


お互いこんな幸せがずっとずっと続きますように。
心の中で、そっと願った。
























大石元カノシリーズ第3弾!波乱少なめなタカさん編!
思い切りのほほんした癒やし系カポーにしようと思いまして。
お話全体もそんな感じになったかなー、と。

普段は優しげで周りのことばかり気遣ってる人が
自分のことで必死になってくれてる瞬間ってぐっと来ませんか?来る(断定)

内容関係ないけどタカさんお誕生日おめでとう!


2020/07/28-2020/11/17