* Let me be ready, please! *












 今日は私の誕生日。ただそれだけの、いつも通りの土曜日だ。
 自分が天皇だったら自分の誕生日が祝日になる、なんてくだらない妄想をしたことのある日本人は少なくないと思う。だけど現実として私はしがない一般ピープルで、今年は偶然にも土曜日で休日だけれども今日はただの365分の1日だ。子どもの頃は誕生日パーティを開いたり両親からプレゼントをもらったりと楽しみも一杯あったけれど、社会人にもなるとそれも減った。年々、年を取ることが嬉しいとも純粋に思えなくなってきているここ最近。ただちょっと嬉しいことがあるとすれば、今日は大好きな彼氏とデートできることが昨日の夜に決まった。
 付き合い始めてまだ一年未満。一緒に迎える初めての誕生日、その日付が本日であるということを話すことなくこの日を迎えてしまった。伝えるチャンスがあるとしたらこの日にデートをすると決まったその瞬間だったのかもしれないけど、会えたら会おうと日程を仮押さえしたものの「仕事の都合で当日空けられるか直前まで確定できない」と言われていたのだ。
 誕生日のデートの約束を反故にさせてしまったら相手に気を遣わせてしまう…。そう思って正式に決定するまで黙っていようと決めたはいいものの、「ギリギリになってしまってごめん。俺は明日空けられることになったけど、そっちはどうかな?」とようやく連絡が来たのは昨日の夜だった。ぼっち誕生日になるのは寂しすぎるから女友達を召喚したいけどそれもそろそろタイムリミットだとやきもきしていたので、会えることになってすごく嬉しかった。
 だけど、今更誕生日だと伝えたところで準備する時間などもあるはずない。私はこのままその事実を隠し通すことにした。忙しい彼とのたまのデートを自分の誕生日当日にできる、それこそがプレゼントだと思って。

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「お待たせ!」

 集合場所に集合時刻の15分前に到着したけど、当然の如く彼はそこに居た。シックな緑色のシャツに白ニットを合わせて、ベージュのコートを羽織ったその出で立ちは落ち着きのある彼らしい。コートの裾から覗くタイト目なグレーのパンツは細身な彼のスタイルの良さを際立たせていた。私の声に気づくと彼――秀くんは、読んでいた本から顔を上げて「早いな」と笑った。今日も含めて待ち合わせにおいて秀くんより先に来られたことがない私はその一言に対して心の中で「どっちが」と言い返した。いつもかなり早めに待ち合わせ場所に到着しているであろう彼を必要以上に待たせたくないのもそう、何より、少しでも長く一緒にいたくって、私もまた待ち合わせ時間より早く着くのが癖になっていた。

「連絡が直前になっちゃってごめんな」
「ううん、大丈夫だよ!会えることになって良かった」
「俺もだよ」

 そんな甘い会話を挟みながら、私たちの一日は始まった。お昼ご飯をシェアしながら食べて、話題の映画を見て、映画の感想を述べたり近況を報告しながらお茶をする。典型的なデートだけど、相手が大好きな人であるというだけでこんなにも特別な時間になる。今日会えて、良かった。一緒に過ごせて良かった。本当に。
 お店を出てからもあれこれ話しながら街をふらふらお散歩をする。外が薄暗くなってきたあたりで晩ご飯を食べるお店を見つけることになった。人通りの多い道から少し外れて住宅街に入りかけたあたりで、半地下になったダイニングバーが目に入った。こんなところあったっけ、と首を覗かせる。店内の雰囲気も表の看板に書いてあるメニューもなんとなくいい感じがした。秀くんも同じように感じたのか「ここにしようか」と言ったので、私もコクンと首を頷かせた。

 店員さんに出迎えられて、私たちは店内に足を踏み入れた。店内は眩しくない程度だけど明るくて、いつの間にか外は暗くなっていたことに気付いて、随分日が短くなったんだななんて思った。私たちが案内されたのはカウンターで、お酒のボトルが目の前にオシャレにディスプレイされたその席に腰掛けた。
 「何か飲む?」とドリンクのメニューを開く秀くんは、こういう場に慣れた大人だなと思ってしまう。年は変わらないのに、言動とか、所作とか、秀くんは自分よりずっと大人だと、一緒に過ごしているとそんな風に感じてしまうことが度々ある。本当は、今日で年齢、追いついたのに。なんて。
 普段は自分からお酒飲んだりしないんだけど、せっかくだし…と思いながら、頼ませてもらうことにした。お料理も、私の要望を聞き入れながらバランスよく選択してオーダーを取ってくれて、その様子を見ながら、やっぱり落ち着いてるなぁ…と改めて思ってしまう。私が子どもっぽすぎるのかなぁと思うけれど、そんな私を見守ってくれてる秀くんに気づくと、ついつい甘えたくなってしまう。
 美味しいお料理を食べて、少しだけお酒も飲んで、小気味よいBGMが流れる店内で話も弾んだ。今日一日色んな話をしたはずなのにまだまだ話題は尽きなくて、このままいつまでも話し続けていられそう…なんて。だけど時間はあっという間に流れた。閉店の時間が近づいてくる。楽しかった今日のデートも間もなくおしまいだ。
 デザートも食べ終わったタイミングでお手洗いに行って戻ってくると、店員さんと秀くんがやり取りをしていて、レシートを受け取っている様子を見るにどうやらお会計を済ませてくれたみたいだ。いつも手際良いな悪いなありがたいな…と思いながら着席すると、次回使えるクーポン券と何かを店員さんは差し出してきて。

「当店オープンしたてでして。もしよければご協力ください」

 一人一枚渡されたそれはアンケート用紙だった。当然の如くスルーしようとしていた私だけれど、隣で秀くんは「アンケートか…」と言いながら鞄からペンを取り出した。何の疑いもなく書こうと思うあたりがさすがだな、と思いながら私もペンを探す。
 来店日時、一緒に来た人、性別…。そして年齢欄に記入、した直後に、その数字は私の昨日までの年齢を表していることに気付いた。

「あ…今日から違うんだった」

 ひとり言を漏らしながら、ペンで書いてしまったことを後悔して、塗りつぶそうか斜線を引くか、所詮アンケートだし気にせずそのままにしておくか…と考えていたら。

「今日から違う?」

 怪訝な顔をして私の用紙を覗き込む彼に気付いた。しまった。
 気を遣わせたら悪いからそのまま黙ってるつもりだったんだけど、ここからごまかすのもおかしい話だ。別に悪い話でもなんでもないし…。

「あ、実はさ。今日…私の誕生日だったんだよね」

 シンプルにそう伝えた。
 そうだったのかおめでとう、って笑顔をくれるとか。知らなかったから何も準備できなくてごめんな、って申し訳なさそうな顔してくれるとか。そしたら、今日を一緒に過ごせただけで幸せだよ、って、本心でそう伝えられる予定だった。のに。

「どうして早く言わないんだ!?」

 ガシッ!と音でもしてしまいそうなほど力一杯掴まれた肩に驚いて固まってしまう。え、何何。なんか今、怒られた??

「もっと早く言ってくれれば何か出来たのに…」

 頭を掻いてあたりをキョロキョロ見渡して、しかめ面でそんな言葉を漏らす。こんなに慌てた姿を見るのは珍しい。さっきまでの落ち着きはどこへやら。見たことのない一面だ。

「とりあえず、出よう」

 アンケート、書きかけだったのに。秀くんは立ち上がるとさっさとコートを着て荷物を持って、私の腕を引いてお店の出口に向かった。引っ張られながら外へ出る。店員さんに「ごちそうさまでした」を伝えることは忘れないけれど、いつもみたいにゆっくり会釈をしながらではないし、なんとなく笑顔ではないんじゃないかなって声色で察せられた。
 彼が本当に怒っているわけではないことはさすがにわかる。きっと、物凄く申し訳なく思ってくれている。教えなかったのは私なのに。気を遣わせたらいけないと思って取った行動が、逆に申し訳ないことになってしまった。

「もっと早く言えば良かったね。ごめんね?」

 お店を出て、ずんずん足が進むのに会話はなくて、我慢しきれずそう発した私の言葉で秀くんは足を止めた。

「何を言ってるんだ…言える雰囲気にできなかったのは俺のせいだろう。今日の約束だって…昨日の夜までまともに連絡できなくて……」

 そう言って秀くんは手を離して私の両肩に手を置いて眉をしかめた。ごめんとは言ってこなかったけど、どれだけ申し訳ない気持ちになっているかは表情から伝わってきた。
 秀くんは全てお見通しだった。だけど、私だって秀くんが忙しいことくらいわかってた。そんな中で少しでも一緒に居られることが嬉しくて。今日、誕生日というこの日の時間を共有することができただけで、宝物をもらったみたいな気持ちになっていたのは本当で。

「そんなことないよ。今日を一緒に過ごせただけで幸せだよ」

 本心でそう伝えた。ただ想定していたのと違ったのは、笑顔で言えるはずだったのがそう出来なかった。瞳の端から滲んでくる。秀くんの気持ちが嬉しすぎて。自分でも気付いていなかったはずの寂しかった気持ちが、溶かされて弛んでくるみたいで。
 秀くんは時計を確認して再び私の手を掴む。

「ケーキでも買おうか。今から買えるのなんてコンビニくらいになっちゃうけど」
「いや、嬉しいよ!でも…」

 それは嬉しいけど、どこで食べるの?
 くるりと目線を泳がせた私に気付いたか、秀くんは顔ごと視線を逸して。見えている頬が、心無しか染まっていて。

「ケーキとか、買って。その……そのまま、今夜うちに泊まっていかないか?」

 正面を向いてそう聞いてきた秀くんの顔は赤くて。だけどそれを見返している私もきっと真っ赤で。
 心構えも準備も何も、しないしさせなかった。それは私に自責がある。
 予期せず舞い降りてきた初めての提案に、一つ年を重ねたはずの私は、甘えん坊な子どもみたいに無言で首を頷かせるしかできなかった。

























*あとがき*

るる子さんお誕生日おめでとう記念で書かせて頂きました!
相互さんの誕生日はなるべく祝いたいマンなので
当日に知ってぴょんことマッハで書かせて頂きました!
リサーチ不足を悔いるばかり…!おめでとうございますー!!


2020/10/24