* ショートカットに恋をして *












気になっている子が髪をばっさり切った。
俺は失恋したのだろうか。

「大石どうしたの?」
「え、何がだ?」
「自覚ないのぉ?さっきからため息の回数すごいよ!」

バシバシと英二に背中を叩かれた。
言われてみれば吐いていたかもしれない、ため息。
胸の奥のモヤモヤとしたつかえを取ろうと繰り返されるその行為であったが、
晴れそうな気配は全くない。

「実は…俺の気になっている子が、髪をばっさり切ってたんだ」
「ほー?」
「…俺は失恋したのだろうか」
「は?大石が?髪切った子がじゃなくて?」
「だってその子が誰かに対して失恋したのだったら、
 俺のことは好きではないということだろう」
「…にゃるほど?」

俺の説明に対し、英二は疑問がありそうな様子ではあったが相槌を打ち続けてくれた。
俺は話を続ける。

「そもそも、少し気になっていた程度だったんだ。
 だけど、その子が誰かに対して失恋したのか…と考えると、
 想像以上に苦しい気持ちになってしまっている自分がいて…」
「ふーん、じゃあ好きじゃん」

英二は至極当然のようにそう答えて、俺は顔が熱くなってしまった。
やっぱり、これは、好きということになるのだろうか…。

「そもそも髪切ったから失恋って安直すぎない?」
「そうだけど、可能性の一つとして…」
「それにさ、その子が失恋したってのが本当なんだったら
 これで自分にチャンスが巡ってきたってことじゃん」
「それはそう…なんだけど。その子が他の男を好きなのだとしたら
 俺と結ばれることはその子にとっての幸せではなんじゃないかと思うんだ。
 何より、振り向かせられる自信もないし…」
「へー。めんどくさ」

めんどくさい…。
英二の正直すぎる感想に一蹴され、俺は思わず苦笑。

確かに、我ながら面倒くさい感情ではあると思う。
気になっていながらも、好きだと認めるのも気恥ずかしい。
振り向いてほしいと思えど、振り向かす気概も自信もない。
好きな人とうまくいってほしいと、純粋に相手の幸せを願う度量もない。

「っていうか、大石好きな子いたんだ!えー最近誰が髪切ったか調査しちゃおー!」
「こら、英二!」

そもそも、本当に好きと決まったわけでは…と言い訳をしようと思ったが、
英二は楽しそうにスキップをしてあっという間に遠くに行ってしまった。
不二の背中に飛びつくその様子を見て、俺はふぅと短く息を吐いて踵を返した。

しまった。またため息を吐いてしまったな。
吐き出してしまった分を取り戻すみたいに大きく息を吸い込んで、練習の続きに戻った。



  **



そんなこんなの朝練も無事終わり、教室に向かう。
いつも通りのクラスの光景…ではあるが。

「(さん…)」

まだ見慣れていなくて、その姿を見た途端に心臓が跳ねた。

背中まで伸びた長い髪がとても素敵だと思っていた。
横を通り過ぎるとふわりと浮いたその髪から良い香りが漂った。
顔に掛かった髪を耳に掛ける様子にわけもわからず胸が昂揚した。
女性らしいといえるその髪型をして、楽しそうに笑うその姿を見かけるたびに、ドキドキした。
好意を抱くきっかけがその容姿というわけではないけれど、要因の一つではあったと思う。

しかし。

「(これはこれで、ドキドキするな…)」

さっぱりした髪型からは、その笑顔が前より更にぱっと咲いて見えるような気がした。
掛ける髪は減らされ耳がよく見えるようになった。
後ろ髪が短くなったことで、うなじも度々目に入ったし、
首がこんなに細かったのだと気付かされた。

長い髪こそ女性らしいと思っていたが、短いのも、これはこれで…。

しかしこの髪型の変化は、どこぞの誰かを想ってのものなのか。
再びその方向に思考が向かい、ため息が出た。



  **



昼休み。
いつも通り各クラスの保健委員が提出する保健カードの提出状況を確認しに保健室に来た。
クラス順に並び替えながら数を数えていると、ガラガラと引き戸が開く音がした。
先生か生徒かどちらだろうと後ろを振り返ると。

「(さん!)」

ドキンと心臓が大きく跳ねた。
教室では今日もその姿を見ているけれど、
今保健室には他に人が居なくて、急に二人きりになるなんて。
できる限りの“いつも通り"を演じて俺は声を掛けた。

さん、どうかしたのかい」
「あー、ちょっと切り傷」

バンソウコウある?と聞かれ、
小さいやつでいいかと確認して一枚手渡した。
ありがと、とお礼を言ったさんはそれを使う様子もなく、
かといってすぐに保健室を出ていく様子でもない。
二人きりの時間が続いて落ち着かない。

「…ねー大石くんさ」
「ん?」
「私さ、この前髪切ったんだけど」
「…うん」

ずっと気になっていたことが、さんの方から話題に上がるだなんて。
俺は内心動揺しながら、できる限りの平静を装う。

「大石くんはどう思う?」
「え?」
「けっこう賛否両論なんだよね、この髪型」

さんはそう言って、耳の後ろの毛先を軽く撫でた。

長い髪が綺麗だと思っていた。
新しい髪型も素敵だと思う。
どちらもそれぞれ魅力的だ。

それらが本心だった。のに、
その髪型の変化が、誰かのためのものなのか、と考えると、
居られなくなってしまって。

「あんまり興味ないかな」

ピシャリと一言で答えてから、
目の前で面食らった表情で固まっているさんに気付いた。
しまった。

心にもないことを言ってしまった。
本当は昨日からそのことで頭が一杯なくらいなのに…。

「あっ、違うんだ。そういう意味じゃなくて…」
「いいよ気を遣わなくて」

さんはそう言って笑った。
本当に、違うのに…。

最低だ。
さんが他に好きな人がいるとかいないとか関係なく、
こんな俺では好きになってもらえる気もしない。

俺もうまく言い訳もできずにいると、さんは顔を俯かせた。

「たぶんさ、似合わないのは本当なんだよ。
 …実ねは、髪切ったら好きな人の気を引けたらなーなんて考えてたんだ。
 でも遠回しに可愛くないって言われちゃった」
「そんな……」
「髪切ったらさ、『もしかして失恋?』なんて色んな人に聞かれてさ。
 本当はいい切っ掛けになったらなって思ってたんだけど。
 …結果的に失恋しちゃったみたい」

明らかに作り笑いであるさんの笑顔が、痛々しい。
そして、どこの誰かもわからないその相手が恨めしい。
さんの想いを踏みにじるようなことを言ったことが。
それ以上に…さんにこんなにも想われていることが。

「切らない方が、良かったのかな。ねえ大石くん、切らない方が良かったと思う?」

じわりと目の端に涙を浮かべるさんを、なんとか励ましたくて。


「そんなことないぞ!」


考えるより先に声を張り上げてしまった。
もう、ここまで来たら勢いだった。

「前の髪が長い姿も可憐な感じがしてとても素敵だったけれど、
 切ってからも、明るくて快活な印象ですごく素敵だよ!
 長いのと短いのでどちらの方が似合ってるとか一概にいうのは難しいけど…
 それぞれ違ったさんらしさが見えて、俺はいいと思う!」

さんは目を点にして俺を見てきた。
それはそうだ。
さっき興味がないなんて言った俺がこんなムキになって。
だけど、どうしても伝えたかった。

「もしかしたら、さんの好きな人が可愛くないと言ったのも、
 照れ隠しとか…急にそんなことを伝えたら困らせてしまうんじゃないかとか
 余計なことを考えていたのかもしれない!」

それらは全て、俺の本心そのものだった。
でもきっとそう伝えたら、心優しいさんは困ってしまう。
好かれてもいない俺からの告白は負担になるに違いない。
それは許されない。

それでも、少しだけでも励ましたくて。


「すごく……可愛いよ!!!」


恥ずかしい。
柄じゃない。こんなことを言うだなんて。
だけど泣きそうなさんを見ているのが辛かったんだ。
もしこれでさんが励まされてくれて、
きちんと告白をして片想いの相手とうまくいくならば、
それはそれで良いと思った。
さんには、笑っていてほしい。それだけだ。

本当はこのまま、伝えてしまいたいくらいだった。
どちらの君も素敵で、
どんな君でも好きだよと。
俺は君のことが好きなんだ、と。

そうだ。俺は、さんのことが好きなんだ!


「…なんで大石くん、今更そんなこと言うの」


あっ……。

涙声で顔を両手で覆ったさんを見てハッとした。
いけない。勢いで想いをぶちまけてしまった。

思っていたのに。困らせてはいけないと。
俺なんかがこんなことを言っても、
さん自身が好きな人に言われないと嬉しくないはずなのに…。

俯いていたさんは、その手を退かすと。


「一番聞きたかった言葉だよ」


瞳をうるませながら、咲いたような笑顔でそう言った。

えっ!?


「そ、それはどういう…」
「意味わかんないの?いいけど」
「え?ってことは……え、ええっ!?」

さんは、好きな人に可愛いと言ってもらえなくて傷ついていて。
俺は励まそうとして可愛いと言って。
そしたらさんは一番聞きたかった言葉だと言って。

さん、も、もしかして……」
「励まされちゃった。ありがと」

そう言っていたずらに笑う姿は、
教室で見かける、いつもの元気なさんで。
いい子だなと気になった、その姿で。

髪を切るのは、失恋の合図?
それとも、新しい恋の切っ掛け?


そんなことを考えながら、
軽い足取りと共に跳ねる髪と、その中で咲いた笑顔に、
俺の胸は踊らされっぱなしなのであった。


髪がまた伸びる頃までには、僕たちの関係は変わっているかもしれない。そんな予感がした。
























カウンターがバグって巻き戻ったことによって発生したキリ番(笑)、
39万HIT後に生まれた幻の388888HITのキリリク、
『髪をバッサリ切った夢主ちゃんと、大石』でした。せとかちゃんに捧げます!
せとかちゃんの髪が伸び切っていないことを祈る!
ちなみに完成させた今日、私も髪をバッサリ切った(笑)

まあようはずっと両想いでしたってやつ。
気を引きたくて髪切ったのに大石は触れてくれず、
ようもなく保健室に行って二人きりの状況を作ったのに
失恋したと思い込んでる大石から冷たい言葉を掛けられ
失恋したと思い込む主人公ちゃん、という地獄絵図でしたw
うまくいって良かったねwwwはぴえんwwww

さっさと告れ大石(←)


2020/10/18