* キスをしたかったけど。 *












 大石と一緒にいると、新しい感情を知ることができる。一緒に試合してるときのワクワク。勝ったときのドキドキ。二人きりでいるときの、ワクワクとドキドキが同時にやってきて、あったかくて、くすぐったくて、ちょっときゅんとして、甘いみたいな、やわらかいみたいな、すごく幸せな気持ち。これがスキってことなんだろうな。大石と過ごす毎日は、“スキ”の気持ちが更新されていくみたいだ。
 「おーいし、もっかいだけしよ?」
 オレがせびると、大石はちょっと考えてから俺の肩を掴んだ。始めはためらいの時間も長かったし、オレの方から迫ってるみたいな感じだったけど、最近は大石も少し積極的になってきた気がする。間近で見る、目を伏せた大石は綺麗で、まつげ長いなあなんて思っているうちに唇が触れた。
 週に何回かの頻度で大石の部屋でキスをするような関係になって、一ヶ月くらいが経っていた。イケないことをしているようなスリルと、どんどん大きくなっていく大石に対する気持ちで胸がドキドキと鳴る。何回目になったって、慣れない。
 「(おーいし………スキ)」
 するまでの時間が縮んで、してからの時間が伸びた。口と口をくっつけている、それだけなのに、こんなに幸せな気持ちになれるんだってくらい幸せで、オレは一回キスするたびに大石のことをもっともっと好きになっていた。
 ゆっくりと顔が離れて、大石も目を開ける。すぐ近くで目が合うのが気恥ずかしい。
 「大石、結構まつげ長いね」
 「あっ英二、目開けてたのか!」
 照れてるのごまかすために笑った。大石も顔が赤い。そんなことが嬉しい。
 オレたちって、付き合ってる…ってことになるのかな。両想いだってことはわかったし。こうやってキスするような関係になって一ヶ月も経ってる。口約束みたいなものはないけど、友達になるとき必ずしも「オレたち友達になろうぜ」なんて約束しないみたいに、恋人同士だっていつの間にか自然になってることだってあると思うんだ。元々オレたちはゴールデンペアで、わざわざ言葉に出さなくったってお互いを信頼し合えてる関係なわけだし。
 でも、やっぱり男同士だっていうのは、変なのかな。周りは付き合ってるっていったら男女の組み合わせだ。オレももっと大人になったら綺麗な女の人とか好きになって結婚して子どもが産まれて…みたいなこと考えてたけど、初めてこんな特別な気持ちになったのが大石だった。初めてだから、大石だけが特別なのか、オレがいわゆるゲイってやつなのかはわかんない。それでも、大石がオレのこと好きで、オレも大石のことが好きだったら、いいよね?
 そういえば大石がオレのことを好きって言ってくれた日、初めてキスをしたその日、大石はオレの“スキ”は大石の“スキ”とは違うんじゃないかって心配してた。アレはやっぱり、男同士だからってことだったんだよね?このこと、大石は今どう思ってるのか、聞こうかやめとこうか…なんて考えていたら、大石から一言。
 「英二、もうやめないか」
 ……は?
 何を。
 「どういうこと?」
 「あの日から流れでこういうことするようになっちゃっただろ。キス、とか。軽い気持ちでしていいものじゃないと思うんだよ」
 何言ってんの。軽い気持ちとか、なんで決めつけんの。オレは違うよ。それとも大石はそうなの?確かにこうやってキスする関係になったのは、流れもあった。だけど最初に言い出したのは大石じゃん。オレが誘えば拒否はしなかったじゃん。さっきだって、したし、オレは嬉しかったのに。
 「…大石、オレのことイヤんなったの?」
 声が震えた。怖い。オレなんかヘンだったかな。初めに好きって言ってくれたのは大石の方だったけど、なんか違うって気付いちゃったりしたのかな。オレは、大石と一緒に居るだけで、キスするたびに、大石への気持ちどんどんどんどん大きく膨らんでたのに。
 オレの疑問に対して、大石は「そんなわけないだろ!」と否定した。だったら、なんで。聞くまでもなく「俺は英二のことを大切に思っているから…」とか言い始めたけど、オレは納得がいかなかった。話に割り入って「大切に思ってるからキスできないっていうの?」と聞いてやった。大石から「そうだ」という肯定の返事が聞こえるまでには、長ーい間があった。
 なんだよ。言い訳じゃん。大石とオレの“スキ”は違うんじゃないかって言ってたの、結局本当に違ったってわけ?
 「ばからし。帰る」
 「えっ?英二!?」
 「じゃあな」
 大石が引き止めて来る前にと、振り返らずに玄関まで駆け下りた。おばちゃんに挨拶だけして、そのまま逃げるように大石の家を出た。万が一大石が追いかけて来ても追いつかれないようにって門を出てからダッシュした。息が苦しくなってから振り返ったけど、大石は着いてきていなかった。
 「なんだよ……大石のバカ」
 涙がじわっと滲んで景色が歪んだ。さっきまでのやわらかくてあったかい、幸せな気持ちが嘘みたいだ。暗くなってきた帰り道を、オレは走った。

























*大石は英二のスキを見くびってたけど
英二は結構しっかりちゃんと好きだったって話。
なんかさ…大石ってそういうとこあるよね…(←)


2020/08/25-30