オレにとって、大石は特別な存在だ。 同じクラスの不二とは仲良し。つるんでて一番気が合うのは桃。おチビをからかってるのも楽しい。だけどやっぱり一緒にいたいと一番強く感じるのは、大石なんだ。 オレと大石の関係って何?友達?ダブルスパートナー? それよりもっと特別な何かがあるような。 「ねえ不二〜」 「ん?」 「一緒に居ると嬉しくって、ドキドキして、もっと一緒にいたいなって思うのってどういうことだと思う?」 机に突っ伏したままうだうだと質問するオレに対して、不二は簡潔に答えた。 「それは、恋なんじゃない」 「やっぱりそう思う!?」 ぱっと気持ちが晴れやかになった。そうなのかもしれないとは思っていたけど、オレの思い込みだけじゃない。やっぱりオレは大石のことが好きなんだ。 「なに英二、好きな人でも出来たの」 「いや、そういうわけじゃないんだけど!」 焦って否定した。大石は同じ部活の仲間だし、ダブルスパートナーだし、っていうか男同士だし…。いくら不二と仲良くても、さすがにそんなことを打ち明けたらひかれちゃうかもしれない。不二は「ふーん」とだけ言って、それ以上詮索して来なかった。 でも、そうかこれは恋なんだ。そう自覚したら、尚更部活が楽しみになってきた。大好きな人と一緒にダブルスを組めているなんて、オレは幸せものだ。 いざ放課後になってテニスコートに来て、よっし今日も頑張るぞー!と、意気込んでいたのに。 「(あ、アレ?)」 コンビネーションが一向にうまくいかない。いつもならしないような簡単なミスを連発する。お見合いしたり、逆にお互いに任せ合って見逃しちゃったり。 恋を自覚した途端にコレ?オレ空回ってる?と思ったけど、違う。明らかに大石の調子がおかしい。しばらく観察してみると、地面を見つめながらため息をつく様子を何回も目撃してしまった。大石は繊細だからな。きっと、オレなんかじゃ気づかないようなところにも気を配って一人で思い悩んでたりするんだ。 結局その後の練習でもミスは多くて、なんだかすっきりしない感じのまま終わってしまった。二人での帰り道も大石はなんだか元気がなさそうで、どうしたのと声を掛けようかとも思ったけど、変に刺激しないほうがいいかもしれない…と判断して様子をうかがってみた。 だけど、雑談が途絶えたとたんにあからさま過ぎる大きなため息を吐いた。もう、これはさすがにツッコんだ方がいいかもしれない。 「大石、またため息」 はっとした様子を見せて、大石はこっちを見てきた。重たい雰囲気になりすぎないように、オレはなるたけ明るい調子で問いかけた。 「またなんか悩み事?」 「いや、大したことじゃないよ。あっ、こんなところにひまわりが咲いているな!」 そんな見え透いたでまかせで話題を逸らそうとする。明らかにおかしい。 なんで逸らそうとするの、大石。もっとオレを見て。もっとオレを頼って。オレはここにいるよ、大石。 ひまわりなんかにかまってる大石の両肩を掴んで無理やりこっちを向かせた。 「そうやって、大石はいっつも抱え込みすぎるんだからな!」 突然のことにあっけを取られたのか、大石はぱちぱちと瞬きを繰り返した。確かにオレはノーテンキかもしんないけど、大石の悩み事を一部だけでも受け持つくらいの度量はあるつもりだ。 「ね、オレにくらい心配事打ち明けてよ。ダブルスパートナーなんだからさ!」 なるべく大石が安心できるように笑顔でそう伝えた。そうすれば、大石も笑顔を返してくれる。そう思ったのに。だけど、今日の大石は違った。そう、部活中もずっと変だったように。 「…ごめん、言えない」 そう言って、顔ごと目線を背けた。胸がチクリと痛む。 「なんで!」 「ごめん英二、これだけはどうしても言えない」 …そっか。 大石はまたそうやって抱え込むんだ。優しいから、責任感があるから。そういう風にとらえる人もいるかもしれない。だけどオレにとっては違う。だって大石が元気ないのはオレが困る。テニスにだって影響が出てる。何よりそんな大石を見るのはツライ。 「なんで…なんで大石はいつもそうなの」 関東大会当日の朝、急遽一緒に試合に出ることになった桃から「大石先輩から伝言です。すまない、って…」と伝えられたときのオレの気持ち、考えたことある?全国大会の直前だって、オレ何も聞いてないのに、勝手に手塚と試合して、大石は試合出ないことになって。 一人で抱え込むのは何もエラくなんかない。オレにとっては、大石のその行動は自分勝手だ。 「大石はオレとか、みんなの相談乗ってくれるのに、大石の相談は誰が乗るんだよ。それがオレじゃあどうしてダメなんだよ!」 質問というより文句を言うみたいに声を浴びせてやってから、自分で自分に問いかけた。オレじゃあどうしてダメなのか、考えて見たらすぐわかることだった。そうか。オレが頼りないからか。オレがもっとしっかりしていれば、大石はもっとオレを頼ってくれるし、オレも大石のことを支えてやれるのに。それなのにオレは、悩んでる大石の相談を受けるどころかこんな更に追い込むみたいな態度取って…。 「(最悪だ。大石のこと、好きだって気付いたところだったのに…)」 滲んだ涙を袖で拭っていると、大石から予想外な言葉が降り掛かってくる。 「英二…俺、英二のことが好きなんだ」 え。 大石も…? 練習に悪影響が出てしまうほどのことだから、よほど重たい悩み事を抱えているのかと思ったのに、想像よりはるかに身近なことだった。 なんだよ大石。そんなの、悩む必要なかったんだよ。 「なーんだ、そんなことで悩んでたの?」 「そ、そんなことって…」 「だって、オレも大石のことスキだし」 まさか大石も同じ気持ちだったなんて、さすがゴールデンペアって感じ!オレは大石が好きで、大石はオレが好きで。なーんの問題もないじゃん! そう思ったのに。 「英二のいう”スキ”は、俺の思っている好きとは違うんじゃないか」 大石はそう言って眉をしかめた。また大石は、深く考えすぎているんじゃないのかな…。 「どうしてそう思うの」 「それは………。じゃあ…例えば、英二は俺と、キスとか、できるのか?」 キス? オレと大石が? 「できるっしょ」 「ほっ、本当に言ってるのか?」 「だってキスでしょ?それくらいできるよ。さっきも言ったけど、オレも大石のことスキだしさ」 想像したら胸がドキドキしてきた。だけど恥ずかしいから悟られないように平然を装った。寧ろ言い出した大石の方がめっちゃテンパってる。 「でも…」 「なに、するのしないの!?」 「いやっ、そのっ、英二がしていいって言うんだったら」 そこまで言って、固まった。何?オレはいいって言ってるのに。またなんか余計なこと考えてる? もう、じれったい。オレの方から大石の正面に回り込んだ。 「じゃあ、してみようよ」 「今すぐにか!?」 「だって大石が言い出したんじゃん!ほら行くよ!」 ストップが掛かる前に大石の両肩を掴んで、少し背伸びして顔を近づけた。大石の唇はびっくりするほどやわらかかった。一瞬だけ触れさせてすぐに離したとき、目の前の大石はきょとんとしたまま瞬きを繰り返していた。今キスしたの、気付いた?と聞きたくなるほど表情は無反応だったけど、数秒後に顔全体が歪むと同時にみるみる真っ赤になった。状況を理解するのに時間がかかってただけみたいだ。 「ほらできたじゃん。オレ、全然イヤじゃなかったよ」 てか、ちょっと嬉しかったかも、と伝えた。まだびっくりしてるのか、大石からは何も返事が返ってこない。聞こえてたかな?この様子だと大石は、きっと、本当はオレも爆発しそうにドキドキしていることに気付いていない。 どうしようもなく胸が高鳴っているのをごまかすように、大石に向けてでっかくピースした。 「よっしゃ、これで明日はコンビネーションばっちりだな!だろ、大石?」 「あ、ああ。そうだな」 少し戸惑った様子ではあったけど、ようやく大石は笑ってくれた。そういえば、今日初めて見た大石の笑顔だと思った。大石が笑ってると、オレも嬉しい。うん、明日も頑張れる。そう確信して大きく伸びをした。 |