「大石お願いだ、トランプ混ざってくれない?」 昼休みに教室に残っておとなしく本を読んでいた大石に声を掛けた。別に誰でも良かったんだけど、一人で暇そうにしてるのが大石だけだったから。(暇そうって言っても、本読んでたんだけど。) それに、大石ならきっと嫌がらないという確信もあった。大石はいつでも誰にでも優しい人だし、男女に隔たりないし、きっと乗ってくれる。 「いいけど、急にどうしたんだ?」 「うちら最近4人でトランプやってるんだけどさ、今日2人休みじゃん?2人でトランプって全然盛り上がんないの」 「そういえばそうだな」 普段4人で過ごしている私達のグループ。風邪が流行っているのか2人同時に休んでしまった友人たちについて触れると、大石は納得して頷いた。「わかった、やるよ」と言うとしおりを本に挟んで立ち上がってくれた。やったー! 「大石入ってくれるってー」 「やった!ごめんね読書してたのに?」 「大丈夫だよ、本ならいつでも読めるし。誘ってもらえて嬉しいよ」 近くの席から椅子を引き抜いて座るように促すと「ありがとう」といって着席した。その柔らかい物腰と言い分、さすがだなぁと思う。 「何ならできる?手始めにババ抜きでもやるか!」 「そうだな、それならできるよ」 「オッケ〜」 カードを切って配って、ババ抜きの試合が始まった。 昼休みの教室は静かだ。今日みたいな天気の良い日は特に。屋上とか校庭とか、皆各々の場所で休み時間を楽しく過ごしていることであろう。もっとも、私達は最近めっきり教室の中ばかりだけれど。 私の観察している限りだと、大石の昼休みの過ごし方は色々だ。クラスメイトと雑談していることは、見かけるけど稀だ。どちらかというと他クラスから来たテニス部員(具体的には生徒会長や菊丸)と喋っている姿をよく見かける。委員会の仕事をしている様子も度々見かける。チャイムが鳴る頃に汗ばんだ姿で教室に戻ってくることもある。(テニス部の昼練でもあるのかな?さすが強豪。)図書室から大量の本を借りて戻ってくる姿も見かけたこともあるな。 さすが学年主席の優等生くんという感じ。こーんな生産性のないような過ごし方をすることなんて普段はないんだろうな。 と、いうことは差し引いても…。 「大石、よっわ〜!」 思わず大爆笑してしまう。私達が最近休み時間の度にやっているから…っていうことを抜きにしても、3試合連続で負けは弱すぎでしょう!最後に一枚手元に残ったジョーカーを下ろした大石は苦笑いをした。 「ごめんな相手にならなくて…」 「いやーババ抜きっていうのが良くなかったね!ジジ抜きにする?」 「どういうことだい?」 「大石、手札にババが来たときも引かれそうなときも全部顔に出てるんだもん」 「あ」 種明かしをされた大石は顔を赤く染めた。そういうとこだよーと私達は更に笑ってしまった。正直で嘘がつけない大石らしくて寧ろ好感度アップだけど、ゲームには不利だね。 「もういっそ全然違うゲームにしよっか。大貧民やり方わかる?」 「ああ、それなら」 「よーっしじゃあそれにしよ!」 早速カードを配り始めて簡単にルール確認してゲームを開始した。「どうしよっかな…」とやたら悩む大石に対して「早く早くー!」と急かす、みたいなことを繰り返しながら2ゲームやることが出来た。 ポーカーフェイスを差し引いても、大石はトランプが弱いということがわかったところでチャイムが鳴った。 「大石、入ってくれてありがとね」 「相手にならなくてつまらなかっただろ、ごめんな」 「そんなことないよ!楽しかった〜またやろ!」 私はそう伝えたけど、大石は社交辞令と受け取ったのか苦〜い顔をした。「本当にやろうね!」と背中をバンバン叩くと、ほんのり顔を赤くして「じゃあそのときまでに練習しておくよ」と言ったから、私はピースサインを返しておいた。 ** 別にただのクラスメイトだった大石だけど、その日をきっかけになんとなく話すことが増えた。もっと真面目くんのイメージだったけど、話してみると意外とおっちょこちょいだったりして親近感が沸いた。大石をイジると「こら!」なんて全然怖くない感じで怒ってくるのが面白くって、そんなやり取りを楽しんだ。 でも相変わらず大石は休み時間になると色んなところで色んな人と過ごしてるし、私達も休みの子が復活して4人いれば十分にゲームはできるし、また一緒にトランプやろうという流れになることはなかった。私は本当に本気で「またやろう」と誘ったつもりだったから、社交辞令のまま終わらせたくない気持ちはあるのだけれど…。 まさにそんなことを考えていた日のことだった。 「大石じゃん。今帰り?途中まで一緒に帰ろー」 「あ、ああ!」 大石はいつも部活があるから帰りが一緒のタイミングになることは滅多にないんだけど、今日は私が委員会があって、しかもちょっと長引いたので丁度時間が被ったみたい。校門で偶然会ったので、そのまま駅まで一緒に行くことになった。 教室では最近たまに話すけど、通学路で二人ってのはなんか変な感じ。大石もそう感じているのか、やたらキョロキョロしてるし落ち着かない。 …さすがに落ち着きがなさすぎる。誰かに見られるのとか気にしてんのかな?別に偶然一緒になったって本当のこと言えばいいだけだし、そこまで意識することないのになー。そう思いながら、このままだと何も話しかけてきてくれなさそうな大石に私の方から話題を振った。 「どう、その後トランプ特訓してる?」 「いや、全然できてないよ」 「ま、そりゃそうだよね」 私があははと笑うと、大石はハハ…と情けない笑いをした。 その顔を見ながら、ババ抜きを一緒にやってたときの表情を思い出した。ジョーカー引いてびっくりした顔、それを引こうとするとちょっと嬉しそうにした顔、違う方に指を移すと残念そうにした顔…。あまりにコロコロ変わってて愉快だった。私はまた笑ってしまった。 「ていうか、トランプよりもポーカーフェイスの特訓した方がいいんじゃん?」 「ああ…どうしても顔に出てしまうんだよな」 思い切り眉を吊り下げて、ハァーと大石は深いため息をついた。そんな思いつめるほどじゃないのにね。というか、そういう性格だから感情もそのまま出てくるんだろうな。 感情に真っ直ぐ向き合って、素直に表現する。大石らしいと思うけどな。 「私は、大石のそういうところ良いと思うよ!正直者の方が、私は好き」 そう伝えるや否や、大石の顔が真っ赤に染まった。いや、ちょっと褒めたくらいでそこまで照れなくても…。 「…そんな」 「へ?」 「好き、とか、軽々しく言わない方がいいんじゃないか!?」 な、何を言っている…? ああ確かに、さっき「そういうとこ好きだよ」みたいに言ったかも。でも別にそんな愛の告白をしたわけでもないしそんな顔を真っ赤にされても…。 「深い意味はなかったんだけど?」 「わかってる。だけど、男は勘違いしてしまう生き物なんだよ」 「そういうもの?」 「そうだよ。だからやめた方がいいぞ」 「なんで?」 「…そのつもりはなかった相手から好きになられても困るだろう」 「まあそうかもしんないけどー…」 やめた方がいいとか言われても、さっきも意識して言ったわけじゃなかったし。逆に言うと、意識しないとまたつい言ってしまうと思う。勘違いされないために、いちいち気にしなきゃいけないの?それってめんどくさいなあ…。 「嫌われるんじゃなくて好かれるんだからいいじゃん」 「よくない」 「ていうか別に大石には関係なくない?」 「関係ある!」 「なんで!」 いつもの大石と違って譲ってくれない。ケンカみたいになった。確かに大石は感情は素直に表すタイプではあるみたいだけど、こんなことで怒りをむき出しにするイメージがなかったから意外だ。とはいえ私も譲れない。 こっちを睨むみたいな見かたをしてくる大石。私はそれを睨み返す。目が合ったままこう着状態が続く。しばらくして大石はふいと顔を逸らした。 観念したのかと思ったら、その逆だった。 「…言えない」 「なんで!ここまで引っ張っておいてそれはないよ」 「…………」 「大石〜〜!」 頑なに答えようとしない大石の袖をぐいぐいと引っ張って揺すったけど、顔を背けたままで口を開かない。なんとかしたい私は今度は肩を掴んでさっきより強く「ねえ〜!」と揺すると、バッとこっちを振り返ってきた。 久々に目が合ったその顔の赤さに驚く暇もなく、思いがけない一言が飛んできた。 「気になるのは、俺が君のことを好きだからに決まってるだろう!!」 あんだけ大石のことをいじっていた私も、さすがにポーカーフェイスを保つことが出来なかった。 |