うちのクラスには、得体の知れない男が居る。出席番号14番仁王雅治。 彼は昨年全国制覇も果たしている強豪テニス部のレギュラーメンバーである。勿論運動神経が良いし、成績も申し分なし。正統派のイケメンというよりは少し影のあるような癖の強いタイプ。ピンピンと跳ねる長い髪を後ろで一つに括った髪型が特徴的で、常にどこかけだる気な様とマッチしている。 私にわかるのはこれくらい。性格にも掴みどころがなくて…正直どちらかといえば少し苦手なタイプだと思う。そもそも普段関わることもないから、得意も苦手もないんだけど…。 しかしどこが一番得体が知れないかと言うと。 「…今日、教室に居るね」 「うん。誘ってみる?」 「みちゃう!?」 作戦会議を終えた友人一同が仁王の方を一斉に向いて声を張り上げる。 「におー、トランプ入ってよ!」 「仁王くん一緒にやろ〜」 「おねがーい!ワンゲームでもいいからー!」 そう、この男モテモテなのである。 何故?私にはわからない。カッコイイ…というのはわからないでもないけど、一緒に居たいとはあまり思わない。クラスメイトというより芸能人みたいな扱いをしてしまうけど、傍から見ているだけでお腹が一杯だ。私なら……そうだな、例えば同じテニス部でも陽キャ代表の丸井ブン太みたいなタイプの方がいい。 「俺が入ったら、おまんら絶対勝てんぜよ」 「いいからいいから!」 「一試合終わったら抜けるけえの」 って、一試合はやるんかい! 絶対断るだろうと思ってその様子を見守っていた私は心の中でツッコミを入れてしまった。ここ座って、と一人が立ったけど「ああいい、このままやる」と言って座らなかった。 「大貧民でいい?」 「いいぜよ」 「使用ルールは、8切り、階段、縛り、スペ3、革命ね!」 「イレブンバックは?」 「何それ?それはなし!」 私たちが普段使わないルールまで提案してくるあたり、なんかもう雰囲気的に強そうだよな…。シャッフルされたカードが配られていく間、すぐ隣に立つ仁王の全身を観察してしまった。ポケットに手を突っ込んで片足に体重を掛けて猫背に立っている。相変わらず気だるげだ。観察を終え、手札が配り終わったタイミングで自分の手元に視線を戻した。 バラバラだったカードを数字順に並べ変えていくと、なかなか悪くない手札だった。よし、絶対勝てないとか言われちゃったけど一泡吹かせてやる! そう思って自分のターンを待っていたら、その手前の仁王のターン、ジョーカーが場に置かれる。1ターン目で!? 「スペ3…はないな。俺が持っちょる」 そう言うと仁王は8を出して捨て札に送り、2を2枚出して同じく捨て札に送り、3を3枚出しすると「あるか?」と問い、返事がないことを確認すると「ほれ、上がりじゃ」といともすんなり最後の一枚であるAをポンと場に置いた。 「…は?」 「はっや!」 「じゃあの」 そう残した仁王は驚く私達を置き去りにしてそのまま教室を出ていった。私達はぽかんとするしかできなかった。そもそも一試合でも入ってくれたこと自体が驚きだったけど、本当にミステリアスで、気まぐれな人だなー…。 「強すぎー…」 「ヤバイね」 「あーー仁王様カッコイイー」 「(仁王、様…?)」 顔を覆う友人の姿を見て私は唖然とする。確かに大貧民めちゃくちゃ強かったし(というか、カード運良すぎ…?)、出で立ちがカッコイイのもわかる…けど。クラスメイトに“様”…?わからない。さっきまで芸能人扱いしていた私の思考とは矛盾するけれど、所詮クラスメイトなのに。 やっぱり、仁王雅治は私にとって得体の知れない存在だ。素性がわからなすぎるし、魅力もイマイチ掴みきれない。 「どうする、このまま続きやる?それとも仕切り直す?」 「や…もうトランプいいわ」 「うん。このまま仁王様の余韻に浸ろ」 「……は?」 そう言って机を元の配置に戻して解散していく友人たち。わからん…私にはわからん。そもそも浸るほどの余韻も残してくれなかったではないか。 「(まあ、カッコイイのはわかる気もする、けど)」 トントンとかき集めたカードの端を揃えて箱に戻す。戻……したいのに入らない。何故。こんなにギュウギュウだったっけ…。 「入んない…」 「えーちょっと貸して……ホントだ」 私含め三人で試したけど、収まりそうにない。これ以上力を込めて押し込んだらカードが曲がってしまいそうだ。とはいってもふたが閉まらない現状も困るわけで…。 なんで?箱縮んだ?そんなわけある?そうでないとしたら、カードが増えたとしか…。 「そういえばさ」 少し離れた位置、自席に戻って余韻に浸っていたうちの一人から声が上がる。 「仁王くん、3を3枚出ししてたよね」 「うん」 「私、2枚持ってたんだけど…」 ………は? 「早く言ってよ!」 「や、なんか変だなーとは思ったんだけど」 「っていうか待って、私も3持ってたよ?」 「えー!?」 嫌な予感がしながら、箱に収めようとしていたカードを全部出して机に広げた。「ちょっと一回揃えてみよ!」と声を掛け、同じ種類を4枚ずつ集め始めた。そうしたら、出るわ出るわ。 「いや待って3めっちゃある!」 「2もなんか多くない?」 「スペードの8を2枚見つけたんだけど」 「うわー…やられた」 そう。それは、先程のゲームで仁王が出したカードたちだった。何をどうやったのかはわからないけど、きっと、私達はイカサマされてた。 「アイツ…!」 拳に力を込めて教室に駆け出そうとすると「仁王くんにヒドイことしないでよ!?」と声を掛けられたので、「知らない!ヒドイことされたのはうちらでしょ!」と吐き捨てて屋上に向けてダッシュした。 ** 屋上に出る扉をくぐると、眩しさに目が眩んだ。遮るもの一つなく直射日光が降り注ぐ屋上は温かいを通り越して暑いくらいだ。薄目であたりを見回していると、日陰で横になっている仁王の存在を見つけた。 「居た、仁王!」 「…なんじゃ、おまんか」 自分の腕を枕にするように寝転んでいた仁王は私の声に一瞬目を開いたもののまたすぐに閉じた。なんじゃ、じゃないよ!しらばっくれちゃって…。 「さっきズルしたでしょ!?カード一杯出てきたんだけど!」 「…バレては仕方ないのう」 のそりと起き上がると、ごそごそとポケットから何かを取り出しひゅっと投げてきた。慌ててキャッチ。それは…私達が使っていたトランプ。何でこれがここに? …いやここにあるがずがない。とすると、もしかして。 「やる」 「同じの持ってたの!?」 「ピヨ」 箱を開けてみると、なるほど、先ほど私の箱に入らなかった分くらいの隙間が空いている。さては、隙を見て都合のいいカードだけすり替えたな!? そういえば、コイツのテニス部でのあだ名を丸井から聞いたことがあった。 「この…ペテン師…!」 「イカサマの基本じゃ」 仁王は飄々とそう答えた。イカサマしたって自分で言うとか!最低すぎない!? 悔しい。さっき一瞬でもこんな人をカッコイイとか思ってしまった自分が。 「私達はただ一緒に楽しくゲームがやりたかっただけじゃん!ズルするつもりなら始めから参加しないでよ!」 「俺は、誘われたから加わっただけじゃ。どうやって楽しむかも俺の自由じゃき。所詮ゲームじゃろ」 「でも…」 「誰か損したんか?」 言われてみれば、友人みんな、一瞬とはいえ仁王とトランプできて楽しそうだった。ここまで怒ってるのって…もしかして私だけ? …いやいや!ほだされたらダメだ!ルールはルール! 「損とか得とかそういう問題じゃなくて、ズルするのは人としてダメでしょ!」 「おまん、ギャンブルには向かん性格じゃのう」 「向かなくていいよそんなの!」 フッと笑いながら仁王はゆっくりと立ち上がった。目の前に立たれると、背が高い。見下されたように感じて、キッと下から睨みあげた。 「気が強い女じゃき」 「余計なお世話だよっ!」 「勿体ないのう。せっかくの美人が台無しぜよ」 美人、とか。口からでまかせで言ってるんだろうけど普段言われ慣れないからさすがにドキッとした。しかも言ってる張本人の方が、目を見張るような美形なもんだから…。 目線を合わせているのがしんどくなってきて、「もうほっといて!」と言い返してその場を去ろうと思った。文句は言ってやったし。カードの謎も解けたし。だけどそれより先に仁王が歩き出して私より前に出た。陽に当たると銀色の髪が眩しい。立ち止まって、振り返って、真っ直ぐこっちを見据えると、手が伸びてきて私の左頬に添えられた。え、なに? 太陽が仁王の顔で遮られる。逆光で一瞬表情が見えない。まばたきを繰り返すと、真剣そうな顔で、顔、が、近づいてきて…。 待って………! 「マヌケな面じゃの」 ぎゅっとしかめた眉間のあたりに、トンと何かを押し当てられた。…トランプ? は!?もしかして、また騙された!? 「ちょっと!」 「それ、配られた分で自引きしたから余ったのを忘れちょった」 そう言って、仁王はすたすたと歩き去る。残された私は、ポカン。 自引き?何言ってるの。ていうかさっき私からかわれた?何がしたいのこの人は?人をバカにするのが趣味なの? わからない。わからない………一番わからなくて納得いかないのは、私の心臓がこれでもかと言うほど速く脈打っていること。 「おまんも戻らんのか?あと30秒でチャイムがなるぜよ」 「あ、戻る戻る!」 「プリッ」 ゆっくり歩いているようで存外速く進む背中に小走りで追いついた。足が長いなあなんて低レベルなことを考えながら後ろに着いて歩くしかできない私の頭からは、さっきまで怒っていた理由なんてすべて吹き飛んでいた。階段を降りて、教室に向けての廊下を歩く間にチャイムが鳴り出した。歩いてる間ずっと、今は後ろ姿しか見えていない仁王がさっき見せた表情を思い返していた。 うまくしてやられている。それはわかるけど、私には交わす術なんてない。悔しい、けど。 …そういえば、最後に渡されたカードはなんだったのか。裸のままポケットに突っ込んでいたそれを取り出して確認した。苦笑いが零れた。 「(この人には勝てない)」 人を小馬鹿にしたようなジョーカーと目が合って、そういう風に思った。 |