* 君しか見えない! *












さあ、また新しい一日が始まるな!
朝焼けの中、大きな伸びをしながら朝練に向かう。
マネージャーである私は選手のみんなより少し早めにコートに向かうんだ。

そんな私より、更に早くコートに来ているのが…。


「おはよう」


朝焼け色の世界に一人佇む彼は、笑顔で挨拶をしてきた。

それは副部長であり鍵当番でもあり、
そして私の片思いの相手である大石くんだ。
朝から二人きりになれるのはマネージャー特権だな、なんてね。


「おはよう、大石くん」
「今日もいい天気だな」


背中側に見えている朝日に目を向け、大石くんは笑顔を見せてきた。
私も朝日を見る。
大きな太陽が一日の始まりを告げている。

そのとき、私たちの後ろから声が掛けられた。


「おはよう」


声の主の方を振り返ると…
そこに居たのはなんと!


「えっ……大石くん!?」


私は、今しがたまで一緒に朝日を眺めていた存在と、
今まさにテニスバッグを持ってやってきた存在を見比べた。

大石くんだ。
どっちも大石くんだ。


「どういうこと…?」
「やあおはよう、今日も早いな」
「そっちこそ」


戸惑う私をよそに、大石くん同士は普通に会話してる。
どういうこと…!?

待っておかしい。おかしいよね?
右にも左にも大石くん。

そんなはずない。
大石くんはこの世に一人。
だよね?


「おはよう!」
「おはよう」


次から次へとやってくる青学メンバーたち。
のはずなのに、どうして全員大石くんなの…!?

見た目は大石くん…だけどプレイスタイルが違うような…。
ほとんど練習に参加せずにノートばっかり取ってる大石くんも居るし…。
なんで大石くんが、大石くんの肩にしがみついてるの…?


「待って…大石くんってこんなにたくさん居たっけ…」
「何をぼやいているんだ、早くしないと授業に遅れるぞ」


大石くんにそう声を掛けられて、急いで後片付けを開始した。

戸惑っているうちに、朝練が終わってしまった。
なんだかいつも通りに朝練やっただけなはずなのにやたら疲れてしまった…。
ぐったりとして教室にたどり着くと、そこは。


「……ここにも大石くんしかいないじゃん」


教室の端から端まで大石くんしかいない。
こんなことある?

自席に着いて教室中を見回してると、
大石くんのうちの一人が私の存在に気付いて机に駆け寄ってきた。


「おはよう!」


お、大石くんがこんなに親しげに私に話しかけて来てる…ッ!
いやでも落ち着いて、これはきっと、大石くんであって大石くんでないんだ…。


「おはよう…大石くん」
「ああ、おはよう」


…やっぱり大石くんなのかなぁ。
よくわからない。
このタイミングでこんな風に話しかけてくるのは、
友達の誰かっぽく見えるんだけど…。


、なんだか元気ないように見えるけど…どうかしたか?」


心配そうに見てくる大石くん。
うーん…。
こんな至近距離で、そんな顔で見つめられると弱い…。

大石くんは本当に、人の相談に乗るのがうまい。
聞き上手っていうのもそうなんだけど、
なんだか大石くんに相談したくなってしまうんだ。
その雰囲気は変わらない…やっぱり、大石くんなのかな…。


「なんか今朝から私、おかしくて…」
「うん、どうしたんだ?」
「会う人会う人、別の人なはずなのに、同じ人に見えて…」


そう伝えると大石くんはハハッと笑った。


「そういうの、あるよな。他人の空似っていうのかな」
「まあ、うん。そうかな…」


他人の空似…。
そんな簡単なものじゃないような…。
でもさすがに、「全員大石くんに見えてる」とも言えず…。
だってそんなの、大石くんを特別な存在と思ってることを明かしてるみたいじゃん。
まあ、実際そうなんだけど。

クラス中を見回して、大石くんしかいない景色を再度目の当たりにして、はぁとため息が出た。
大石くんは、私のこんなくだらない相談に応じてくれようと、顎に手を当てて考え事をしている。


「俺思うんだけど」
「ん?」
「気になってる人がいると、街中ですれ違った人なんかも
 その人に見間違えてしまうことってないか?」


なるほど…そういうこと?
私が大石くんのことを好きだから、関係ない人まで見間違えちゃってるのかなぁ…。
………そんなわけある?


「おっと、チャイムだ。それじゃあ、またな」


そう声を掛けてきて、大石くんは席に戻っていった。
私からしたら全員同じに見えているけれど、
一人一人の大石くんはそれぞれの意思を持って自席に着いたようだった。
……っていうか、そもそも大石くんはうちのクラスじゃないはずなんだけど。





  **





「やーっと放課後の部活だ…」

まさか、先生としてやってきた人も全員大石くんだったなんて。
大石くんに勉強を教われるなんて夢のようだけどさすがに毎授業ともなると疲れてしまった。
正直早く帰りたい。
それくらい私は疲弊しきっていた。

朝練、授業、放課後ももちろん…。


「また、大石くんしかいないし」


午後の部活も、大石くんだらけの世界だった。

大石くんが大石くんに球出しをして、
大石くんと大石くんがラリーをして、
大石くんが大石くんにダメ出しをして。

………。
どこを見ても好きな人で一杯なのは、
楽しいけれど…とても困る。

いつまでこんななんだろう。
っていうか本当に、なんで……。





  **





よし、これでやっと仕事もおしまい…と。
洗い物に片付けを終えてようやく私も帰れる。
選手のみんなはもうほとんど帰ったみたいだ。

あと残すのは…。


『ガチャ』


部室の方向に目をやると、丁度ドアが開いた。
そこから出てくるのは、
大石くんと……

………大石くんなんだなぁ…。


「お疲れ、も今帰りか?」
「うん」
「じゃあ、一緒に帰らないか」
「いいけど…」


一人の大石くんが職員室に日誌を届けに行ったのを見送って、
部室の鍵を閉めた大石くんと一緒に帰ることになった。


横を見ると、見事な夕日。
こんな景色、どこかで……
そうか、今日の朝日か。
なんか、奇妙だ。


「これは、本物の大石くん…?」
「何を言ってるんだ?」


横に居る大石くんにそう問いかけてしまった。
いや、だって。
今日は大石くんだらけで。
この大石くんは、大石くん?
あの大石くんは?

なんか、耳鳴りが―――。





ピピピピピピピピピ……‥。






「………夢かーい!!!」



勢いよく布団をまくりあげた私は、朝一からドデカイ声を上げてしまった。

そりゃ!
そうだよ!
あんなにたくさん!
大石くんがいるわけ!
ないじゃん!!!


「はあ…バカらし」


私が大石くんのことが好きだから、夢に出てきた。
大石くんとたくさん喋れたらいいなっていう願望丸出し。
ただそれだけ。

気を取り直して、新しい一日を始めるべく出掛ける準備をした。





  **





いつも通り準備をして、学校に向けて歩く。
背中側から差し込む朝日が影を伸ばす。

この光景は、夢でも見た。
マネージャーである私は選手のみんなより少し早めにコートに向かった。
そうすると、そんな私より、更に早くコートに来ているのが…。


「おはよう」


そう、副部長であり、鍵当番でもある大石くん。


「おは、よう…大石くん」
「今日もいい天気だな」


懐疑的になっている私にも気付かずに、大石くんは笑顔を見せてきた。
大石くんが朝日を見るように、私もそちらを見た。眩しい。
そして、そのときに声を掛けてきたのが…。


「おはよう」


ドキン。


声が聞こえた方を急いで振り返ると。


「………手塚くん」


手塚くんがいた。
…大石くんじゃ、ない。


「おはよう手塚、今日も早いな」
「お前ほどではない」


そうして二人は親しげに会話を始めた。
そんないつもどおーーーりの光景に、
私はめちゃくちゃ大きなため息を吐いてしまうくらい、安堵していた。

そうして無事、一日が始まった。


大石くんが球出しをする。
それを打ち返すタカさんに海堂。
打ち合いをしている桃とリョーマくん。
ステップが遅れたことを指摘する相手は、不二くん。
データを取っているのは乾くん。
大石くんの肩にしがみついているのは、英二くん。

教室に帰れば、大石くんの姿はない。
親しげに話しかけてくるのは、私の親友。


「よかったぁ〜〜」
「は?どうしちゃったのアンタ」
「いや、実はさ…」


私は、今朝見た夢のことを全て話した。
……めちゃくちゃ笑われた。


「全員大石って!どんだけ!!」
「仕方ないじゃん夢なんだから!」
「アンタの頭の中って、本当に大石のことで一杯なんだね」
「ぐ…」


いいじゃん、それだけ好きってことなんでしょ。
そう言われて、言い返せずに、こくんと頷いた。

仕方ないじゃん。
それだけ好きなんだから。
でしょ?


そうして私はいつも通りの日常を取り戻した。
先生のくだらない話は聞き流しながら無事授業を終えた。
放課後の部活も朝練と同様に順調に進んだ。


あー、今日も疲れたなー!


清々しい気持ちで最後の片付けを終えて伸びをすると、
部室の方からガチャと音がした。
手塚くんと大石くんが出てきて、手塚くんは職員室に向かっていた。
部室に鍵を閉めた大石くんは、私の存在に気付いてニコリと笑った。


も今帰りか?手塚は今日話が長くなるって言ってたから、良かったら二人で帰ろう」
「う、うん」


夢とは、違う。
これは正真正銘本物の大石くんと、二人での帰り道だ。

ここより先は、夢にはなかった。
ここから先は、私が作る世界だ。
私たち、が。

たまに一緒のタイミングになることはあるけれど、
いつもとは違うドキドキも抱えているような気がする。
なんだか疑心暗鬼になってしまって、
二人で歩きながらもキョロキョロあたりを見回してしまう。
今にも別の大石くんが出てきそうで…。


「どうかしたのか?」
「あ、いや別に、そういうわけじゃないんだけど…」


そう答えたものの、大石くんがあまりに心配そうにこちらを覗き込んでくるもんだから、
夢でも現実でも、大石くんはそうなんだなぁと思いながら
「実は……」と、今朝見た夢について、説明しだしてしまった。


「俺がたくさん出てくる夢?」


大石くんは、ハハハと声を出して笑った。
う、恥ずかしい…。


「なんでそんな夢を見たんだろうな」
「わかんない…」


わかんないと言いながら、心当たりは勿論ある。


「…あのね、これは夢の中で大石くんが言ってたんだけどね」
「ああ、俺が」


笑いを噛み殺す大石くんだけど、
私の胸はバクバク言っていて。
この言葉を、君が、どう受け取るか。


「『気になってる人がいると、街中ですれ違った人なんかを
 その人に見間違えてしまうことってあるよな』って」
「ああ、それはわかるような」
「それを聞いて、夢の中でもどこか納得してしまった私がいて」


その言葉を聞いて、大石くんの目が丸くなったのがわかった。

そんなつもりなかったのに、今朝の夢見のせいだろうか、
私はもう、大石くんに想いを伝えようという気持ちになっていた。
大好きな君が、たった一人の君が、隣にいてくれることが嬉しいから。

心臓がさっきより更に強く内側から叩いてきてる。
もしかしたら、顔が赤いかもしれない。
だけど、大丈夫。
きっと夕焼けが包み込んで隠してくれる。


「あの、おおいしく…」
「待って」


決意を持って口を開いた私を、大石くんが遮った。
いつも、同時に発言しそうになると譲ってくれる大石くんが珍しい。


「待ってくれ…」


手が、取られた。
え、これは、夢じゃなくて??


私たちはいつの間にか駅前まで来ていて
周りには人が一杯いっぱいいるはずなのに
その雑踏が急に遠くなって
私の目線は目の前の真剣な表情に吸い込まれていて。


「そこから先は、俺から言わせてほしい」


言葉を聞き届ける私には、夕焼け色の世界の中で、君しか視界に入っていなかった。
























お題箱より『自分以外大石秀一郎の世界』でした!
世にも奇妙な物語風にするのも面白そうだと思ってたけど、
書いてるうちに主人公ちゃんが可愛く見えて仕方がなくなってきたので
普通にラブリーエンドにしちゃいましたてへへ。
お題を送ってくれた誰かさん、ありがとうございました!

毎度の恋風構文使用しました!(序盤は「彼」でラスト「君」になるやつ)

こちらは小説執筆ライブ配信で書かせて頂きました!
配信見に来てくださった皆様ありがとうございました〜!!
暫くはアーカイブ残しとくので日記にでもアドレス貼っときますね。


2020/08/08