―――青空を見上げて、思い浮かぶのが君の顔だったなんて。










  * 雲の晴れ間が青く光った *












さん、君のことが、その…好きなんだ!」


今、予想だにしないことが起きている。


たまに話す程度のクラスメイトに「放課後教室に残ってほしい」と言われ、
真面目な彼のこと、委員会の話か期末テストの話か
その他にどんな可能性があるだろう、と考えていた。

だって、他に浮かばなかったんだ。
私が大石秀一郎くんに呼び出される理由だなんて。
それがまさかの愛の告白である。


「え……ホントに?」

「本当さ」


彼の真剣さは伝わっていたのに茶化すような言葉になってしまった。
その点は申し訳ない。
だけど私も狼狽している。


「ごめん、まさか想像してなかったから、驚いちゃって…」

「そうだよな。これで突然付き合ってくれなんて言われても、困る話だよな?」


普通だったらこんなときに素直に「うん」なんて言うものじゃないけど、
大石くんもそう答えることを期待したような聞き方に思えたから
懐疑的ながらもこくんと首を頷かせた。


「今週の日曜日、予定空いてないかい?」

「…え?」

「その…二人でどこかに出掛けられないかなって」

「……えっ!?」

「あっ、誤解しないでくれ!デートだとか、そんな大それた意味はないんだ!」


一言一言が予想外で感嘆の声しか上げられない私。
大石くんは必死そうに弁明を重ねる。

しかし…デートではない、っていうけど、
休みの日に二人で出掛けたらそれはデートじゃないの?


「少しだけでも、俺のことを知ってもらえればいいんだ」


何か裏の意図でもあるんじゃないか…と勘繰ってしまう私に対し、
大石くんの目線はまっすぐだ。

と思ったら、そっと伏せて。


「ノーの返事は、その後でもいいから」


そう言った。

私がノーと答えるであろうという低姿勢な言葉。
だけど一方で、今すぐはノーと言わせない狡猾さが垣間見えるし
「一日一緒に過ごせば俺を好きになる」という自信も感じるような?

面白い。
ただの真面目くんだと思っていた大石くんの意外な一面だ。


「わかった。日曜日、一緒に出掛けよ」

「本当かい!?」


顔を赤くして嬉しそうにガッツポーズする姿が、やっぱり意外だな、と思った。
普段学校生活で見えてる部分だけがすべてじゃないんだもんなぁ。当たり前だけど。


「集合時間と場所はまた決めて連絡するよ。俺、そろそろ部活に行かないと」

「え、外雨だけど?」

「この程度の雨ならテニスはやるんだよ」


そうなんだー…。
さすが全国区のテニス部。
私だったら出かける気が失せる程度には降ってるけどな。
最近毎日降ってるしそうも言っちゃいられないけど。


「それじゃあ頑張ってね」

「ああ、ありがとう」


軽い雑談をしながらげた箱まで一緒に来て、
私は校門へ、大石くんはテニスコートへとそれぞれ別れた。

偉いなー…。
部活をやれば全国区で成績も学年トップとかどうなってるんだ。しかも委員長でしょ?
そもそもの脳みそのデキが違いすぎるな…。

そんなことを考えながら平凡な私は家に帰った。






  **






そしていつの間にやら、約束の日曜日。

お天気も良くてお出かけ日和…となれば良かったけれど例に漏れずあいにくの雨だ。
というのも、今年も毎度見事な梅雨っぷりで、もう暫く太陽を見た憶えがない。


今日はどこで何をするのかな。
集合場所は決まってるけど行き先は聞かされてない。
べただけど遊園地とか?雨だからそれはないか。
でも室内アミューズメントパークとかもあるよね。
大石くんって遊園地みたいな慌ただしい場所より水族館とか好きそう。
もしくはプラネタリウムとか?


「(あと10分…)」


少し余裕を持って待ち合わせ場所に着くと、そこには傘を差して立っている人が一人。
顔、見えない。
水色のシャツ。
ぐるーっと正面に回り込むと。


「あ、大石くんだ。お待たせ」

さん!」


ぱっと顔が明るくなったように見えた。
本当に私のこと好きなんだな…と確認出来た気がして気恥ずかしくなってしまった。


「今日はありがとう」

「別に…約束だし」

「なんか、変な感じだな。私服で会うのは初めてだし」


そう言って照れた感じで鼻をこする大石くんも見慣れない私服姿で新鮮である。

さて、今日はどこに連れていかれるのだろう…
と思ったら。


「えっと、どこか行きたいところはあるかい」


え。
それ、私が考える感じ?


「何も考えてなかったけど…」

「そうか」

「(だってそっちが誘ってきたんじゃん!)」


大石くんは顎に手を当てている。
え、本気で考えてなかった感じ?
こういうのってめっちゃ張り切って考えてきてるものかと思ったんだけど。
特に大石くんとか、すごい綿密に計画立てそうなイメージで居たんだけど…。


「それじゃあ、本屋に行ってもいいかな」


……本屋。


「いいけど」

「ありがとう」


なんでこれまた?
という感じもしたけど特に断る理由もないので首を縦に振った。
お礼を言うようなことでもないのに大石くんは律儀だなと思った。

何か意図があるのか…
それとも単なる不思議ちゃんか。
思えば、告白をされたあのときから大石くんの意外な一面をいくつも見てきている。
同じクラスで過ごしていたって、わからないことって結構あるんだな…とまた思った。

そんな表面しかわからない程度の関わり合いしかない私たちなわけだけど、
大石くんはどうして私のことを好きになったのだろう…。
聞いてみようか、とも思ったけど、自分から聞くのも、なんか…と思って聞けなかった。
無難に「毎日雨だね」とか世間話をしながら商店街の一角の本屋に着いた。


「何か欲しいものがあるの?」

「ああ、参考書を買おうと思って」

「参考書かぁ。さすが学年主席は違うね」

「うーん、その呼び名は荷が重いけどな」


そう言って眉を少し下げて笑った。
荷が重い、かぁ。
でも成績が学年で一番良いのは事実だし、そのために努力しているんだろうし。
そんな負担に思うことでもないような気がするけどなぁ。
真剣に受けとめてるあたりがまた大石くんらしいというか。


「何の参考書買うの?」

「数学だよ。苦手教科だから特に力を入れないといけなくて」

「苦手、ねぇ」

「本当に苦手なんだ…茶化さないでくれよ」


大石くんが苦い顔をするもんだから、私は笑ってしまった。
だって、大石くんの中では苦手っていうのは本当かもしれないけど
主席になるくらいのことだから私なんかよりはずっと出来てるんだろうなっていう。
そもそも私は休みの日にわざわざ参考書を買いに来て
授業外のこともお勉強するとか絶対できないから
こんな努力ができるということを素直に尊敬する。

ぱらぱらと開いて閉じてを繰り返している。
何を見ているのだろう。


「参考書って、どうやって選んでるの?」

「図と文字のバランスかなあ。あとは文章がスッと頭に入ってくるかを重視してるかな」

「なるほどねー」


私も真似して棚から適当に引っ張り出してぱらぱら捲ってみる。
しかし…やめだやめだ。こんなものを見ていたら頭が痛くなりそうだ。
理数系はやめよう。日本史のとかないかな…。

そう思ったタイミングで、一冊に決めたらしい大石くんは
パタンと閉じた本を棚に戻さず片手に掴んだ。


「これに決めたよ。ごめんな、俺にばかり付き合わせちゃって」

「いやいや大丈夫だよー。本屋好きだし」

「そうか。さんは図書委員だよな、普段はどんな本を読むんだい」

「えーでも結構マンガばっかだよー……あ」


そういえば、集めてるマンガの新巻が丁度出たところだ。
ついでだし買っちゃおうかな。
んーでも、そんなことで待たせるのも微妙だし荷物増えるしいっか。


「どうかしたかい?」

「あ、欲しい本が出たの思い出したけど、今日はいいや」

「買えばいいじゃないか」

「いや、全然今度でいいし」

「俺の用事に付き合ってもらったんだから遠慮しなくていいよ。
 もし荷物が重くなることを気にしてるんだったら俺が持つから」


遠慮してる理由、ドンピシャで言い当てられてしまった。
そこまで気を遣われると逆に申し訳なくなって、買うことにした。
(荷物持ちはもちろん断ったけど。)

気の利いた言葉…ポイント稼ぎとかじゃなくて、
素直に言ってるんだろうなってのがわかるのが大石くんらしい。


「さて、次はどこ行く?」

「どこか行きたいところは?」

「ない」

「だよな。さっきも聞いたもんな」


本屋の入り口、傘を開きながらそんな会話。
集合したときと比べたら少し慣れた感じもしてきてる。


「そうしたら…また俺の趣味で悪いんだけど、タンガニィカに行かないか」

「なんだっけ、それ」

「この先にあるアクアリウムショップだよ」

「あー、綺麗なお魚のお店か!中入ったことない」

「じゃあ行ってみようか」


目的地は無事決まって、早速歩き出す。
その通りはあまり広くなくて、入れ違う人がいると傘を差したまま横には並べない。
私は自然と大石くんの後ろに着いて、一列で歩く状態になった。

このまま私が居なくなっちゃったら大石くん驚くだろうな。
…さすがにそんなことしないけど。

でももしかしたら大石くんもそんなこと考えたのかな、と思ったのが、
お店の前に着いて振り返った大石くんがなんとなくほっとしていたように見えたから。
まあ、私の勝手な想像だけど。


「じゃあ、入ろうか」

「うん」


そうして同時に踏み入れた店内は一面水槽づくしだった。
その中を色とりどりのお魚たちが泳ぎ回っている。
大石くんは目をキラキラさせながら説明をしてくれた。
これがアーリー、これがネオンテトラ、これは…と次々と名前が出てくる。
とても全部は憶えきれないけど、
あまりに大石くんが楽しそうに話すからうんうんと全部聞いてしまった。
本当に好きなんだなぁ…。


「これはベタっていうんだ。飼いやすい魚だから入門編にもおすすめだよ」

「へー…」


ひらりとヒレをなびかせながら泳ぎ回る水槽の中の魚をじっと見つめた。


「どうだい、興味沸いたかな?」

「うん。すごく色んな種類がいるんだね。全部綺麗だし」

「そうだろ?」


このまま大石くんに話を続けさせたら道具はどれがいいとか
具体的に飼育の話が進んでしまいそうな気がして、焦って「でも」と挟んだ。


「飼うとなったら別問題かな、ちゃんとお世話できるか自信ないや」


はは、と軽く笑いながらそう言った。
でもこれは本音だ。
私ズボラだから几帳面そうな大石くんみたいにはたぶん出来ない。

しらけさせちゃったかな、と思ったけど。


「ああ。すごく大事なことだ。生き物だからな」


そう返された。

ばく然と、大石くんてすごく芯がしっかりした人なんだな…って思った。
同い年とは思えないくらい立派だよなぁ。


「これだけ買ってくるから、悪いけどもう少しこのへん見ててくれるかい」

「うん」


そう言って大石くんは何やら綺麗な石をレジの方へ持っていった。

その背中を見ながら、どうしてこんなに立派な人が
私なんかを好きになってくれたんだろう…と考えていた。

成績は…全教科平均くらい。
帰宅部。
委員会とか実行委員とか目立つようなことはあまりしていない。
交友関係は限られてていつも仲良い子たちだけで固まってる感じ。
大石くんとは特別な関わり合いなんて全然ない。
なのに何故……。


聞きたい、けど、聞いていいのかな。
今日集合した段階では聞ける気がしなかったけど、
今なら、聞けるような気もする。
あとで流れが来たら聞いてみるか。


「お待たせ。ごめんな」

「ううん」


お店の入り口で傘を掴んでドアを出ると、相変わらずの雨。
ため息をつきながら傘を広げる。


「雨、ほんと降りっぱなしだね」

「こればかりはな。梅雨の間は仕方がないんじゃないか」

「うーん…雨苦手だ」


傘はジャマだし。足元は濡れるし。
くせっ毛だから髪はくちゃくちゃになるし。
空気がむしむししてるとなんとなくイライラしちゃう。

雨に対してネガティブな感情ばかりが浮かんでしまう。
だけどその横で大石くんは、笑ってた。


「でも…ほら、虹が出るのは雨の後の晴れ間だけだろう」

「―――」


雨空の下、そこだけ陽が差してるみたいだ。
大石くんが眩しい。


「大石くんって…」

「ん?」

「…ポジティブだね」

「そうかな。あんまり言われたことないけど…ありがとう」


照れ笑いをする大石くんは、やっぱり眩しいなって思った。
私はどちらかというと日陰の存在だから…。


「さて、お次は?」

「ああそうだな。立ちっぱなし歩きっぱなしで疲れたんじゃないか」

「あー、そうだね」


歩いていると毎度おなじみのファストフード、ワクドナルトの前に差しかかった。
大石くんが足を止めたのに気付いて私も半歩遅れて足を止めた。


「こんなところじゃ嫌かい?」

「全然!安いしおいしいし」

「はは、そうだな」


変な気取ったところより気軽で寧ろありがたいっていうか。
店内に入ると、少し肌寒いかなくらいの冷房が効いていて、
高くに掲げられたメニューに目を凝らして頼むものを決めた。
支払いは別だよね、と思って後ろに並んでたら
「何にする」と聞かれたので「ワックシェイク…Sサイズで」とそのまま答えてしまった。

お金渡そう。
ワックシェイクSサイズはありがたいワンコイン、
と思って財布を出そうとしたけど大石くんはそれを止めてきた。


「ここは俺が出すから」

「え、悪いよ」

「大した金額じゃないから」

「そういう問題じゃなくて…」


男が払うべきとかいうの私はよくわかってないし、
付き合ってもない人に払わせるの調子乗ってるっていうか…。

大した金額じゃないからこそ払わせてよ、
とお財布を開きかけた私を大石くんは笑顔で制する。


「お願いだから奢られてくれ。今日は俺のワガママに付き合ってもらったんだから」


な?と首をかしげられ、
それならば…と提案を受け入れることにした。


「(人生で初めて男子におごられてしまった…)」


なんてことない、いつもの100円ワックシェイク。
ちゅーちゅー吸いながら、
ちょびっとだけ特別な気持ちになってしまったのは、ここだけの話だ。

私はシェイク、大石くんはコーヒーを飲みきるまでのその間、
色んな話をしたはずだったんだけど、
後になってあんまり憶えていなかった。
楽しかったという感情だけは残っていた。


「そろそろ、帰ろうか」

「ウン」


外では夕方の鐘が鳴っている頃かなという時間、
いよいよ解散することになった。





  **





建物を出ると、相変わらず雨は振り続けていた。
今日は一日雨っていう予報だったしな。
でも、今は丁度弱まっているみたいだ。
駅までは100mくらいしかない。
これくらいだったら傘差さなくていいやー、と歩き始めたら。


さん、傘は」

「開いてすぐ閉じるのめんどうだしいいや」


そう言ってケラケラと笑ったら、直後に雨が止んだ。
私の上に傘がかざされていた。


「ダメだよ、女の子がそんな…風邪ひくぞ」


びっっくりしたー…。
こんなに女の子扱い受けたの初めてかも。


「いや、駅もうすぐだし。大石くんこそせっかく開いたんだから自分守りなよ」

さんに風邪をひかれたら俺が困るよ」

「それはこっちのセリフだよ!」


そんな押し付け合いをしているうちに駅に着いた。

結局、大石くんがこっちに傘を傾けてくれていたお陰で
私はほとんど濡れずにたどり着いた。
大石くんは、右肩が少し濡れた。
あー…結果論とは言え、これはお礼言った方がいいな。


「私がガンコなせいで大石くん濡れちゃったね、ごめんね」

「いや、これくらいはどうってことないさ…さん濡れなかったかい」

「大丈夫だよ。ありがとう、大石くん優しいね」


そう言ったら、大石くんは照れたように笑った。
そしてこちらを見る目線があまりに優しくてハッとさせられた。

そうだ。
忘れかけてた。
大石くんは私に告白してくれて、
返事をする前に…ってことで今日一日遊ぶことになったんだった。


「今日楽しかったよ。ちょっと意外だったけど」

「意外?」

「なんかもっと、水族館とかプラネタリウムとかそういうとこ行くかと思ってた」

「えっ!?」


私の言葉に対して、大石くんは顔を真っ赤にしてすっとんきょうな声を上げた。


「だ、だってそんなの…本気の、デっ、デートみたいじゃないか!」


そう言いながら顔の両側を手で覆った。
乙女かっ!


「ど、どうして笑うんだい」

「いやだっておかしーもん」


おかしすぎるよ大石くん。
確かに”いかにも”なデートスポットではなかったかもしれない。
でも……。


「(私にしてみれば、今日のも充分デートだったと思うんだけど)」


寧ろ、付き合って暫くして慣れてきた頃のデートってこんな感じなんじゃない?
わかんないけど。想像だけど。誰とも付き合ったことないし。

でも、大石くんと付き合ったらこんななのかなってのは想像できてしまった気がする。


「それじゃあ、私こっち方面だから」

「ああ。本当に今日はありがとう」

「こちらこそ」

「それじゃあ、また学校で」

「うん、バイバイ」


そうしてそれぞれの帰路に着いた。
電車に乗ってる間、駅から家まで歩く間、
そしてベッドに仰向けになってる今。


あれー、大石くんのこと、好きかも?

ということを考えていた。


好きなのかな?
今日はとっても楽しかった。
付き合えたら楽しいのかも?
いやでも落ち着いて、
同級生の男子と二人きりで一日遊ぶっていうことが
そもそも珍しいから錯覚してるだけかもしれない。
っていうか何?
好きになるって何?


「あ」


そういえば、大石くんがどうして私のことを好きになったか聞こうと思って忘れてた。
結局なんでなんだろう…。

こればかりは本人に聞かないとわからないな。
聞き忘れたの、失敗したなー…。
まあ、「私のどこが好きなの?」なんて聞くのも
図々しいような気はするけど。


一旦忘れて、今日買ったマンガを読むことにした。
ラブストーリーだ。何かヒントがあるかもしれない。

付き合ってた二人が一旦別れてしまったところで続きになっている。
1ページ目から夢中で読んだ。


「『道を歩いていて、どの花を見てもお前を思い出すんだ』かぁ…」


心に響くセリフにあたり、私は一旦読むのを止めた。

ロマンチックだなー…。
恋をするって、そんな感じなのかな?


「(花を見たところで絶対大石くんの顔は浮かばないな…)」


別に花である必要はないんだけど。
何かを見たときに、ふとその人を思い出すことがあるかってことでしょ?
んー…。
そんな状況、想像もつかない。
大石くんももちろん、誰に対してもそんな感情を抱けそうにない。
これは私が恋をしていないってことなんだろうな。

だけど今日一日大石くんと一緒に居て距離が近づいた感じもしたし、
このまままずっと一緒に居たらもっと好きになるんじゃ、っていう気もしないでもない。
それだったら別に大石くんである必要性はないか?
とはいえ今私に好意を寄せてくれているとわかっているのは大石くんだけだし。
でも相手が好きだと言ってくれてるから付き合うというのも勝手な話で。

うーん……。


「(人を好きになるって、難しいもんだな)」


ひとまず思考を区切って、パラとマンガの続きを捲った。

再び巡り合った元恋人同士たちは、キスをした。
そして離れていてもお互いの思いは通じ合ってたいたことに気付く、と。

大石くんと、キス……。
照れる、とか、そんなんじゃなくて…無理じゃない!?


「無理むりムリムリ!!!」


独り言を大声で発しながら枕をばすんばすんベッドに叩きつけた。

いやいや、イヤイヤイヤイヤ!
やっぱ付き合うとかなくない!?あんの!?

一緒に居て楽しかった。それは認める。
だけど、付き合うとか、していいのか、私が。


…誰かに相談してみるか。






  **






「ほうつまり、元々全く好きじゃなかった相手に告白されて
 一日デートした結果揺らいでいる、と」


翌日、友人のに相談した。
さすがにクラスメイトの大石くんの名前を出すのは…と思って
伏せて話したら超ストレートな言葉で要約された。
おっしゃるとおり、だけどもう少し言い方ってものが…。

そんな私の心境も気にせず、はニヤリと話を続ける。


「その人だいぶ策士だね」

「策士?」

「すぐフラれないようにうまいことデートにこぎつけてるじゃん」

「…やっぱり作戦だったのかー」

「他になんかある?」


作戦。
その線も頭には浮かんだ。
「すぐにノーって言えないような展開に持ち込んで来たのかな」って。
少なくとも行く前はそういう疑いもあった。
だけど…一日一緒に過ごしてみてやっぱり、
大石くんはそんな裏があるような人じゃないと感じた。


「いや、その…すごく、いい人なんだよね。お人好しっていうか」

「ふーん。じゃあ裏表があんのかも?」

「裏あるのかなー…」


両手で頬を包み込む。
裏…があるなんて信じたくないけど。
あると思った方が辻褄が合うような。
大石くんのあの100%善意みたいな行動には実は裏があって、
本当はもっと黒い部分を隠している、と。
100%の善人なんて居ないわけだしね…。

掴めない。
大石くんの本心がなんなのか。
わからない。
自分自身の気持ちが。





悶々としている私を呼ぶ
そっちを見ると、想像以上に真剣な顔がそこにあった。


「ダメだったら始めから期待持たせる前にノーって言わないと。
 中途半端な気持ちで付き合うのが一番傷つけるからね」

「…そうだよね」


話が一区切り着いたところで、は腕時計を確認して「そろそろ戻ろ」と言った。
屋上を去って教室に戻った。

相談する前までは、私の考えはほぼ告白を受け入れる方向で定まってた。

だけど、良かった。相談して。
そうだよ。こんなに中途半端な気持ちじゃあ。
大石くんはあんなに真剣に、まっすぐに、私を好きだと言ってくれたのに。


「(私の気持ちは、あまりに、恋心から遠すぎる)」


向こうが真剣だからこそ、その真剣さに向き合わなきゃダメだよね…。

次の授業の準備をする大石くんの背中を斜め後ろから見ながら
そんなことを考えて大きくため息をついた。






  **






―――その日は朝から曇りだった。

久しぶりに傘を差さずに学校まで行けた。
このまま梅雨が明けてくれないかななんて願ったけど、
そんなことはきっと叶わないんだろうな。

いつも早い大石くんは勿論もう教室に居た。
近づいて声を掛けた。


「大石くん」


この段階では、大石くんはどんな話だと予想してたかな。
怖くて想像もできない。


「放課後、裏庭で少し話せるかな」





  **





この前は教室に呼び出された。
だけど教室に呼び出す勇気はなかった。
誰かに見られたら困る。それもそうだけど、
毎日多くの時間を過ごすそこに、悪い思い出を植え付けたくなかった。


「ごめんなさい」。


深く頭を下げた。

間が、やけに長く感じた。


「大丈夫だよ」。

「謝らなくていいよ」。

「これからも、クラスメイトとして宜しくな」。


そう喋る大石くんの声は笑っていたけれど、
私はその顔をうまく直視ができなかった。



ぽつり、ぽつり。

地面に雫が落ちる。


泣いてる……?



違う。


雨だ。



「一雨来そうだ、そろそろ戻ろう」



私は何も言えずに頷いて、
教室で荷物を掴んで校舎から出た。

私はそのまま学校の敷地を出て、
大石くんは部活に向かったのかはわからないけど、
帰り道が一人だったことは確かだ。


………雨だ。


いつの間にか本降りになっていた。
傘を広げた。
ダバダバと音が大きく響いて
急に雨脚が強くなったように感じた。


「(結局また、雨だ)」


いつの間にか私は走り出していた。

傘を掴んでいる意味があるのかっていうくらい腕を振りながら全力疾走をしたら
帰宅する頃には全身びしょ濡れになっていた。

髪は濡れたし、左腕も濡れたし、靴も靴下も素足の部分も泥ハネだらけ。
おまけに顔もぐしょぐしょ。


明日、普通に笑えるかな…。

笑ってもらえるのかな……。


温かいシャワーを浴びたら何かが溶け出したように溢れてきて
お風呂場に声を反響させながら大泣きした。






  **






翌日。


「(大石くん…いる)」


それはそうだ。
ショックなことがあったからって、
遅刻したり休んだりするような大石くんではない。
いつも通りの様子で教室に居た。
笑顔の横顔が見えて、ズキンと心臓が唸った。

無理した笑顔だ、と思うのは私の考えすぎだろうか。
思い上がりかもしれない。
私にフラれて、彼が傷ついているだなんて。
それでもやっぱり、私は彼を傷つけたと思う。

仕方がない。
中途半端な思いではあの真剣さに向かい合えない。
それは、もっと傷つけることに繋がってしまうから。


窓の外は今日も雨。

いいことがない。


今日元気ないよ。どうした?」なんて
に心配されながらも一日が終わった。
なんでもないよ、って言ったけど、信じてもらえたかどうか。
同じく大石くんも元気なかったかもしれないこと、
には勘付かれてなさそうなのは救いだった。



でも、これで良かったんだよね。

私は彼を好きになれるかわからないし。

中途半端な思いで向かい合えるものじゃない。



結局、君はどうして私を好きになってくれたかわからずじまいだけど。

君は、花を見たときに君を思い出してくれるような、
そんな素敵な人と結ばれてほしいと、私は祈るばかりだ。


さようなら。

ごめんね、大石くん。






  **






「(…雨、は降ってないのか)」


傘の紐を解いたけれど、
見上げた空からは雨は降り注いでいないようだった。
朝に吸い込んだ水滴でまだ少し湿った傘は
そのまま紐を止めずに持ち帰ることにした。


これなら、運動部たちもやりやすいだろうね。
でも地面が濡れてるから結局大変なのかな。

そんなことを考えながら、かつんかつんと傘の先を足で蹴りながら歩いた。



学校を出て、約5分。
信号で足を止めた拍子に、何故後ろを振り返ろうと思ったのか。



「――――青い」



青空だ。


それだけで笑顔が零れてしまうくらい、久しぶりの晴れ間だった。


空が青い。
隣の雲は白い。
太陽が光ってる。


梅雨に入る前は当たり前だったこと。
一年の半分以上は見ているはずの青い空。
三週間ぶりくらいかな?
こんなに晴れやかな気持ちになるだなんて。


「(嬉しい…どうしよう。なんか、誰かに伝えたい。共有したい。)」


友達?
家族?
SNS?

単語が脳裏に浮かんでは通り過ぎていく中で。



『ほら、虹が出るのは雨の後の晴れ間だけだろう』


「―――」



私の頭には、ある人物の笑顔が浮かんでいた。


「なん、で…」


傷つけたのに。
自分から遠ざけたのに。
共に感動を分かち合うなんてこと、
出来るような気がしなかったのに。

些細なことだ。
大きなことじゃない。
だけど、その些細なことを、共有したいと思ったのが、アナタだったなんて。


「(……よし)」


空を見るために振り返らせていた首、に合わせるように
体の向きもそちらを向けて、足に力を込めた。





  **





急いで戻った学校。
校門をくぐり抜けてそのままテニスコートまで走った。

まだ雲の切れ間は消えてない。
早く、早く。

大石くん。

大石くん…!


「大石くん!」

「え、さん?」


丁度休憩に入ったタイミングだったので声を張り上げた。
こっちに気付いた大石くんは、他のメンバーから離れてこっちに歩み寄って来ようとした。

いいよ。ここまで来なくて。

私はビッと空を指差す。


久しぶりの、青。



「晴れたよ!」



大石くんは後ろを振り返って、
数秒してこっちを向き直って、笑った。


「あと30分くらいで部活終わるんだ。待っててもらえないかい?」

「…わかった」


その頃には、あの雲の切れ間は塞がってしまうかもしれない。
また雨が降ってきてしまうかもしれない。


だけど大丈夫。
私は待つ。

もう、私の気持ちは空模様なんかに左右されないって気付くことができたから。
























もう一ヶ月近く太陽も青空も見てないな…と思ってた会社帰りのある日
急に現れた雲の切れ間にめちゃめちゃ感動してしまったので。
今年の梅雨は長かったなぁ…。

デート(?)シーン、汗と涙で出てくる会話を意識した感じになったなw(やったばかりなのでw)
汗と涙の大石、すごい女の子扱いしてきれくれるよね。さすがSLG(笑)

ちなみにこの大石、本当は行く場所15パターンくらい考えてたと思う(笑)


2020/07/10-08/01