「それじゃあ、また明日ね」 家の前まで送ってくれた秀一郎から一歩離れて向かい合う。笑顔を作る私に対して、秀一郎の表情は浮かない。 「ごめんな。本当だったら、今年の夏は…」 本当だったら、今年の夏は。そう、私たちは今頃、ひまわり畑の近くにいるはずだった。 それは去年からの約束。少し遠出をしてひまわり畑が見えるところまで行こうと話していたのだ。まだ夏が始まったばかりなのに、早く来年の夏になれと願いながらひまわり畑の場所をあれやこれやと検索しては楽しみにする日々だった。 いずれ秋が来て、冬が来て、春が来て…そろそろ夏に差し掛かろうかという頃だった。都合が合わなくなったと宣告されて、約束は反故になってしまったのだ。正直な気持ちを言えば、本当に無念だし悔しかった。 「確かにひまわり畑は残念だったけど…」 思い描いていた黄色い景色。その中で笑う君。投げかけられる言葉を少し離れて受け取る私。それは、どれだけ幸せなことだろう。 でも、私は信じてる。これは、幸せな約束がなくなったのではない。また次の約束に向けて楽しみに過ごせる希望を手に入れたのだと。 「また来年に期待していいんだよね?」 これ即ち、来年も一緒に居てくれるよね?の意。秀一郎はなんの疑いもなく「もちろん」と言って笑った。私の意図は、汲み取ってくれていたか、どうか。 「ま、いいけど。来年もまた無理でも、いつか行けるときまで私は毎年言い続けるだけだから!」 そう伝えると、秀一郎は「こりゃ大変」と言っていつもの下がり眉の笑顔を見せた。この笑顔が好きだから、一緒に居られるだけで幸せだから、今は望みすぎない。小さくても大きくても、たくさんあるはずの幸せ一つ一つに感謝する。 「結果的にめっちゃ近場になっちゃったけど、明日のプール、めちゃくちゃ楽しみ!」 「ああ、楽しもうな」 「絶対遅れて来ないでよ?」 人差し指を眼前に伸ばすと、秀一郎は自信たっぷりな表情でふっと鼻で笑った。さっきまでは下がり眉を見せていたっていうのに。そんな挑発的な顔、どこで覚えて来たんだか。 「俺が遅れたことなんてあったか」 「あっ、言ったな?その言葉忘れないでよね!」 まさか私を待たせてくるだなんて、そんな解釈違いな秀一郎、存在するはずがないと思っているけれど。そんなまさか、ねえ? 「晴れるといいね!」 「ああ、そろそろ梅雨も明けるみたいだしな」 「じゃあいよいよ夏本番って感じだ」 目の前には水色が見えているけど、西の空は夕焼け色に染まっていて。この時間でこの色合いだと思うと、日はだいぶ短くなったと感じるけれど。 そうか、暑さはこれから増していくんだ。 「最高の夏にしようね!」 橙色を背負った秀一郎から笑顔を返されて、手を振り合って私たちは別れた。浮かれ足で部屋に戻ってきた私は、胸を踊らせながら明日の準備を開始するのだった。 |