* 織姫と彦星の一年がまた始まる *
「織姫と彦星って贅沢だよね」
電話口でそう漏らしたに、俺はとっさに上手い返事をすることができなかった。
発言の意図はすぐにわかった。
何故なら、織姫と彦星は「一年に一度しか会えない」というが、
つまり「一年に一度は会うことが許されている」のだ。
それと比べてみたら、俺たちはどうだろう。
「一年に一度、か」
「………」
最後に会ってから一年弱、次に会えるまで丁度一年。
飛行機でも12時間必要なほど離れて暮らす俺たちは、
織姫と彦星よりも少ない頻度でしか会うこともできない。
電話口で不満を漏らしたまま黙り込んだをなんとか元気付けようと頭をフル回転させた。
「でも、今の時代で良かったな。
飛行機があれば12時間で会えるんだ。こうして電話もできる」
そう伝えたあとに、数秒の間。
これは…逆効果だったか?
そんなの何の励ましにならないと怒られてしまうか?
しかし次に口を開いたの声は笑っていた。
「さすがシュウだね。私はそんな考え思い浮かばなかった!」
「そうか」
受話器越しにも笑顔が見えた気がして、俺まで心の中が温かくなった。
先ほどから急に態度の変わったが楽しそうに声を張り上げる。
「私も思いついた!織姫と彦星はさ、必ず7月7日しか会えないじゃん」
「ああ、そうだな」
「そうすると、いっつも夏なんだね」
そうか。
確かに、一年に一度だと必ず夏なんだ。
「クリスマスも年越しも一緒に過ごせないんだね」
「確かにそうだな。俺こそそんな考え浮かばなかったよ。さすがだな」
「ふふっ」
違うことを考えるから、俺たちはバランスが取れている。
そう再確認できた気がした。
そしてふと、気づく。
がきっとまだ気づいていないことを。
「そういう俺たちも、今まで春と夏しか会ったことがないんじゃないか?」
「あ」
初対面は春。
付き合い始めたのもその春。
同じ年の夏には遠距離が始まって、
その後が帰国してきたのは春が1回、夏が2回。
「ホントだー!もう付き合って3年になるのにそんなのアリ!?」」
「なかなかあることじゃないよな」
「普通ないでしょ!」
遠距離にも程がある。
一緒に居られた期間も、季節も、これほど少ないのだと考える。
今更わからない。
“普通”がどんなか、だなんて。
俺たちにとってはこれが普通なのだから。
織姫と彦星にとっては、年に一度だけ、
七夕の日に会うことが許されていることが普通になっていたりするのだろうか。
彼らは何年?何万年?もっと?どれくらいの時間その繰り返しをしているのだろう。
「秋とか冬に会えるのは、来年になるね。楽しみだなー」
これが、織姫と彦星との大きな違いだ。
俺たちには変化のある『未来』がある。
今は距離と時差に引き裂かれているだけれど、これはずっと続くものではない。
「その前に、来年直接会えるのがそれこそ来年の七夕の頃なんじゃないか?」
「あっ、そうだね!丁度あと一年か〜」
これから、次に会えるまで丁度あと一年。
織姫と彦星は、今日、逢瀬の中で別れを嘆いているのだろうか。
次に会えるまで「また一年」と涙を流すのだろうか。
カウントダウンがゼロになる今日、また次へのカウントダウンが始まる。
「そういえば、星って見えてるの?日本って今梅雨だよね?」
「んー、雨こそ降ってないけど、星は雲で隠れてるよ」
でもきっと、雲の裏側では輝いているのだろう。
そう思いながらも口に出さなかったのは、
が嬉しそうに
「もうすぐそっちの星がこっちに来るよ。こっちは晴れてるから見えるかも」
と言ったから。
違うことを考えるから、俺たちはバランスが取れている。
同じことを感じられるから、離れていてもこの想いが途切れることはないのだろう。
空が繋がっている。そんな当たり前のことが嬉しくって、
天の川みたいな時差7時間も飛行機12時間の距離も
ちっぽけなものに思えるんじゃないか。そんな気がした。
織姫と彦星って永遠に年一でしか会えない呪いなん?やばくね(笑)
2020/07/07