* 今のこの幸せがずっと続きますように *












 梅雨に入って久しい。このじめじめした季節がすぎるのは今年も夏休みに入る頃かなと今日も窓の外に降り続く雨を見る。数日前から7月、あっという間に今年も後半戦だというのに何が成長できたかとこの半年を顧みる。
 今年に入ってから何か変わったこと…と考えると、恋をしたことだろうか。今年というより今年度の話になるけれど、同じクラスになった大石くんに恋をした。周りの男子が悪ふざけばかりしがちな中で、大石くんはよく女子の味方になってくれる。お掃除は誰よりも真面目にやるし、真っ昼間からしょうもない下ネタなんか言ってるやつらをさり気なくたしなめるし、体調悪いとすぐ気付いてくれるし…。そんな大石くんだから「クラスメイトみんなが恋してしまうのでは!?」と思っていたけれど、友達に大石くんってモテそうだよねっていう話を振ったら「でも彼氏にしたいタイプではないかも」「付き合うとなると話は別だよね」だって。そんなもの?
 私は、大石くんと、付き合えるものなら付き合いたい。時間を合わせて一緒に下校したり、テスト期間にお互いの家で勉強したり。初デートは遊園地ってより図書館かな…とか勝手に妄想しちゃう。付き合えたら…と考えるだけで夢が広がる。
 でも、じゃあ具体的に何か行動を取れるかというとそうでもない。告白する勇気もない。フラれたらって思うと正直怖い。付き合えたらいいなとは思うけど、思ってるだけ。
 元々勉強も嫌いじゃないし、部活は楽しいし、好きな人が同じクラスにできてなおさら学校生活は楽しい。今の状態で満足なんだ。登校するだけで心が踊るようなこんな幸せな日々がずっと続けばいいな…なんて。

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 学校から最寄りのモールに寄って文房具を買い足した帰り、入り口付近に飾られた笹が目に入った。近くには短冊とペンが置かれた机があって、みんな自由に願い事を書いて吊るせるようになっているみたいだ。
 私も何か書いてみようかな…と足を近づけて短冊を覗き込んで見る。「新作ゲームがほしい」「サッカー選手になりたい」「家族4人幸せに暮らせますように」「世界平和」…色々な願い事があって暫く時を忘れて短冊捲りに勤しんでしまった。
 さて私は何を願おう、「今のこの幸せがずっと続きますように」なんてくさすぎ?と考えながら笹から目を離そうとしたとき、左下に『大石秀一郎』と書かれた短冊が目に入った。え、ホントに?好きなあまりに空目してしまったとかじゃなくて?と二度見したけれど間違いなく大石秀一郎と書いてあるし、その丁寧な筆跡は見覚えのある彼のものだ。律儀に短冊に願い事を書いて吊るすだなんてなんだか彼らしいな、と思う。
 人の願い事を勝手に見るなんて趣味悪い?でも誰にでも見られる場所に飾ってあるんだから別にいけないことはないよね?
 そうやって自問自答し、斜めを向いていたその短冊を手に取った。大石くんのこと、きっと「全国制覇」とか書いてあるんだろうな…と目線を短冊の中心部に移すと。
 『志望校に受かりますように』。
 え………。

 「(大石くん、外部受験、するんだ)」

 突然飛び込んできた予想だにしない情報に脳みそがクラッシュしそうになる。軽く目眩がしたような気がして机に手を置いて体を支える。今ある幸せが当然のように続くと信じていて、願わくば高校に入ってからもまた同じクラスになれたりしないかと考えていてた自分が恥ずかしい。大石くんは、外部受験を、するんだ。
 青学だって偏差値が低い学校ではない。自由な校風で行事や部活動に力を入れている面はあるが、そのまま大学まで通い続けたって学歴としては立派なものが着く。だけど大石くんは、わざわざ外部受験をするんだ。だとすれば、きっとより高みを目指した進学校…なのだろうか。
 でもまだ決まったわけじゃない、もしも落ちたら一緒に青学高等部に進学できるのかな………、って。

 「(何考えてるんだ、私)」

 最低だ。自分の頭をぽかりと殴った。受かりませんように、なんてまさか願っていない。願っていないけれど、"もしも”を想像してしまったことは事実だ。ごめん、大石くん。
 成績は申し分ない学年主席、委員長や副部長も務めて内申点も充分、態度も品行方正である彼が志望校に落ちるという結果は想像する方が難しい。私が何を考えようが、きっと結果は変わらない。だって彼は絶対に努力を怠らない人だから。

 「(大石くんとは、一緒の高校に行けないんだー…)」

 空調にヒラヒラと揺らされる短冊をしばらく見つめて、考えて……。決心した私は、ペンを掴んだ。

 **

 翌日。

 「大石くん、おはよー」
 「おはようさん」

 大石くんは何も変わらない。それはそうだ。大石くんは昨日あの短冊を書いたわけではないだろうし、そもそもあの願いは短冊を書く前からあったものであろう。私があの短冊を見ても見なくても、大石くんは大石くんだ。

 「大石くんさ、」

 外部受験するの?
 喉元まで出てきた質問を、目を瞑って落ち着かせる。本当は知られたくなかったかもしれない。事実を知ったところで私にできることは何もない。
 …何もない。本当に?

 「数学の宿題答え合わせしない?一問自信ないやつあって」
 「ああ、いいぞ」

 押し留めた質問の代わりに浮かんだ話題にすり替えて、大石くんの席にノートを持ち寄る。近くから椅子も引っ張ってきた。平然を装ってそんな行動を取るけど、心臓はこれでもかと内側から強く私の胸を叩いていた。
 大石くんに話しかけちゃった。椅子近づけちゃった。自信ない問題あるなんて、嘘ついちゃった。変な組み合わせだなってクラスメイトが気にしてるかもしれない。私が大石くんのこと好きって気付いた人がいるかもしれない。なんなら大石くん本人も勘づくかもしれない。
 でも、いいや。もうなんだっていいや。あれこれ言っていられない。私たちにはもう卒業の日までしか時間が残ってないんだもの。
 きっとあの短冊を見ることがなかったら私は今日も何も知らずに笑ってた。一方的に見つめて、たまにおしゃべり出来て、あわよくば向こうもこっちのことを好きになってくれればいいのに…なんて何も行動も起こせないくせに願って。でもそれじゃあダメなんだ。だって、このままでは今のこの幸せがずっと続かないって知ってしまったから。
 宿題を見せ合う体で隣の笑顔を見つめながら、昨日短冊に吊るした言葉を自分で思い起こしていた。
 『中学最後の一年を後悔のないように過ごせますように』。

























はい七夕ネタでしたとさ。
大石はきっと7月の段階だったら受験じゃなくて全国制覇のこと考えてたと思うから
私にとってはこの大石は解釈違いです(笑)(書いておいて何を)

最近文ごとに改行しない書式で書くこと多いんだけど、
スマホで書いて読むことが増えたらそっちのが楽なんだよね。
パソコンでは改行してた方が良かったんだけど
スマホだと変な部分で折り返しちゃうじゃん。


2020/07/04-06