* 大きな心を右に置いて *












今日も青学テニス部は元気に活動している。
今は不二のストローク練習のために、俺が球出ししている状態だ。


「不二、ステップ遅れたぞ!」


指示を出しながらボールをどんどん出す。
いずれボール籠は空になり、ワンセット終了となった。
そのタイミングで乾が歩み寄ってきた俺の肩に手を乗せた。


「大石、気づいているか」

「何が」

「不二のステップの遅れを指摘することが、
 やたらと多いような気がしていないか」

「…そういえば」


言われて見れば、不二ともあろうものが
同じようなミスを繰り返すはずがないのに。
でも確かに、よく「不二、ステップ遅れたぞ!」と言っている気がする。


「もしかして…」


一つの案が浮かんだとき、乾は俺のすぐ横に立った。
自分も同級生の中では背は高い方だけれど、
乾に近くに並ばれてしまうと、首を大きく傾け上目遣いになる必要がある。

見上げて目が合った乾は、コクンと首を頷かせた。


「ああ…わざとだろうな」


そう述べ、ニヤリと笑った。
眼鏡の奥に潜んだ目の色は見えないが…。


「でもどうしてそんなことを…」

「可能性1、本当の弱点を握られないためわざと苦手なフリをしている。
 可能性2、裏をかいて実は本当に苦手。
 可能性3、…………気を引きたい」

「え?」


気を引きたい?
今、乾はそう言ったか。
どういう意味だ…?


「それは、どういう…」

「ちょっと、本人の近くで噂話は良くないんじゃない」

「不二」


ラケットに乗せたボールを籠に流し入れると、
細めた目の奥で不二の瞳が光ったように見えた。
乾は俺の肩から手を退かし、クイと眼鏡を上げた。


「お前のデータは貴重だからな、大石にも意見をもらおうとしていたところだ」

「…へぇ。乾とデータは嘘をつかないと思ってたけど?」

「…さすが不二、言ってくれるな」


そう言って、二人は声を出して笑い出した。
なんだか、俺のわからないレベルで会話を展開させている気がするな…。

さあ、次の練習に移るか、と思ったタイミングで体にずしりと重さが。


「こら英二!」

「にゃっははーん正解!よくわかったね〜」

「他にいないだろ」


英二は俺の腰に足を巻き付かせ両腕で首周りを包むようにしがみついてきた。
まったく、本当に英二は人に抱き着くのが好きだな…
と考えながらそのまま歩いていると、桃に声を掛けられた。


「お二人さん、見せつけてくれますね〜」


別に見せつけているわけじゃ…と否定しようとすると
英二が「でしょでしょー!?」と大きな声を張り上げた。


「英二…あんまり耳元で大きな声を出すな」

「あ、ごめんにゃ大石。大丈夫?」


よしよし、と頭を撫でられた。
頭を撫でられても…頭というより、耳が…。

対して目の前の桃は、不機嫌そうな顔で指摘してくる。


「っていうか、そろそろ下りないと大石副部長キツくないっスか?
 いくらエージ先輩が軽くったってさすがに」

「なに桃、ジャマすんの!?」

「ジャマってなんスか!俺は副部長の体を心配して」

「ま、まあまあお前たち…」


肩越しに喧嘩は勘弁してくれ…。

そもそもこんなことをしている場合じゃないな。
そうだ、次の練習について手塚に相談しようと思っていたんだった。


「英二、悪いけどそろそろ降りてくれ」

「えーー」


文句を言いながらも、英二はピョンと身軽に飛び降りた。
「桃のせいで降ろされちゃったじゃーん!」
「は!?俺が悪いっていうんスか!?」
なんて会話をしながら二人は少しずつ遠ざかって言った。

ふぅ…。


「…大変っスね」

「あ、海堂。見てたのか」

「…………最近ため息多い気がしますけど、大丈夫なんスか」


そういえば、さっきもため息も吐いたか。
海堂は俺のことなんて大して興味もないだろうに
それでも気づかれてしまうくらい頻度が多いのだろうか。
気を付けないとな。


「これは癖みたいなものだから」

「………そっスすか」

「優しいな、海堂は」

「別に……」


呟きを残して海堂は去っていった。
その顔は赤く染まっていたように見えた。
本当に、海堂は照れ屋だなぁ。


「手塚」


目的の人物を発見して声を掛けると、ついと眼鏡を釣り上げた。
相変わらず手塚は表情が硬いな。


「どうした、大石」

「この後の練習のことで相談がしたいんだけど」

「ああ、なんだ」

「元々ダブルス練のつもりだったけど、
 今日のみんなの調子を見るに、このままストローク練の続きもありかなって」

「そうか…俺にも見せてくれ」


練習日誌を覗き込むように、手塚の体が半歩分近付いた。

その瞬間、遠くから何かがダッシュで迫ってきた。


「えっ!ダブルス練しようよ〜!
 オレ絶対大石とダブルス練したい!」


英二だった。
耳の良い英二が練習メニュー変更に反応して駆け寄ってきたようだ。


「いや、どうせなら変則的な組み合わせにしません?
 オレ大石副部長と組みたいっス!」

「僕も大石とのペアは一度やってみたいと思ってたんだ」

「ほう…では俺はじっくり観察してそのデータを取らせてもらおうか」

「フシュゥ〜……」

「確かにオレも大石とはあんまりペア組んだことないから、組んでみたいなぁ」


気付いたら、桃、不二、乾、海堂、そしてタカさんにも囲まれていた。


「ちょっと待て、どうして誰が俺と組むかの話になってるんだ?
 そもそも練習内容を変更しようかと…」

「大石」


みんなを説得しようと思って居ると、
手塚が横から割り込んできた。
何か説得力のある一言で皆に説明してくれるのかと思いきや。


「まずは部長と副部長である俺とお前が組むのはどうだ」


キラリと眼鏡が光った。


「…手塚?」

「わー部長権限ズッリー!職権乱用ー!!!」

「そーだそーだ!グラウンド100周っスよ!」


また騒ぎが大きくなり始めてしまった。
まずいな…どうしてこんなことになったんだ…
と場を鎮める方法を思慮していると、
輪から一歩引いた位置に居る越前がくいくいと指を引く動作をした。


「大石先輩、提案があるんでちょっと耳貸してくれません?」

「ん、どうした?」


越前に近付いてみるとくいとジャージの袖を引くものだから、
身長に合わせて体を屈めた。
左耳を差し出すと、越前はこんなことを言う。


「俺、ダブルスは苦手だけど大石先輩とだったら組んでみたいっス。
 大石先輩、ダブルスのプロだし教えるのもうまいし。
 将来的なこと考えたらそれもアリだと思いません?」


なるほど、引退するまでに後輩たちに教えられることには限りはある。
青学の将来、と言われるとその通りだ。
越前の言うことにも一理あるかもしれない。
みんながここまで言うなら、ダブルス練をやるのもありか。


「わかった。じゃあ予定通りダブルス練をやろう。
 Aコート一試合目は俺が越前と組むから、相手は…」

「「はぁ〜!?!?」」


俺の言葉を受けて桃と英二が大きく声を上げて、
「何言ったんだ越前!?」「ちょっとおチビ〜!?!?」
と越前をもみくちゃにする結果に。
ど、どうしてそうなるんだ…!?


「おいおい、どうしてそんなに揉めるんだ、
 単なる練習での組み分けの話じゃないか!
 ペアはまたあとで組み合わせを変えよう。な?」


そういうと英二と桃はおとなしくなった。
開放された越前は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「先輩たち、まだまだだね」


その発言に、英二と桃だけではない、
他のみんなの越前を見る目線の鋭さにぎょっとした。

な、なぜそこまで怒るんだ…?
越前の生意気は今に始まったことではないだろう…。


「さあみんな、たまってる場合じゃないぞ。早速練習に移ろう!」


手を叩いて声を掛けると、皆それぞれの持ち場に散っていった。

まったく…。
しかしさっき、どうして誰が俺と組むかというような議論になっていたんだ?
確かに俺と組んでもらえば教えられることもあるかもしれないけど、
うちのレギュラーは基本的にシングルス好きの方が多いと思ったが…?


「大石センパイ。よろしくおねがいしまーっす」

「ああ、よろしく」


越前は不敵な笑みを見せてきた。
思い返せば越前と同時にコートに入るのは初めてだな。
これは面白い練習になりそうだ。


「こらおチビ、大石に変なことすんなよ!」

「フフッ、こうなったら絶対に負けるわけにはいかないね」


そんな声がコートの向こう側から聞こえてきた。

まったく、賑やかだな。
しかし負ける気がないのはこちらも同じだ。



「それじゃあ始めるぞ」



そう声を掛けて、サーブトスをする。
青空に一つ浮かび合るテニスボールが光って見えた。


問題児も多いけれど、やっぱり俺はこんな青学テニス部のみんなが大好きだ。

そう実感しながら、ラリー開始のサーブを放った。
























お題箱より『愛され石くん(腐)』でした!
全員から矢印が向けられてるのに何も気づいてない天然大石でしたとさ。

「こんなんあり得る!?!?」という疑問が先行してしまうので
総受とか逆ハーってあんまり書いたことないんですよねw(※ゼロではない)
ちゃんとお題に沿ってるかしら!?!?

なかなか自分じゃあ書こうと思わない作なので面白かったです!
リクエストありがとうございました!!!


2020/06/07