* 君の声帯に恋をした。 *












背の順数えれば後ろからの方が圧倒的に早い、
そんな私にしてみると朝礼台の上で起きている出来事は、
違う世界のことのよう。

前の方の人はのんきにあくびもできなかったりするのかな、
そんなことを考えながら首をぐるりと一周。



校長先生の話はいつの間にか終わってた。
委員長が何やら連絡事項を告げている。



「来週は衛生週間ですので、皆さんハンカチを忘れずに携帯するようにしてください」



………。

いい声、だな。



無意識に俯いてた首を少し持ち上げた、
けど前の人の頭で話者の顔は見えない。
少し体を傾ければ見られたかもしれないけど、
そこまでの労力を費やすほどではないと判断した。


考えているうちに話は終わった。
内容的には、保健委員長っぽかったけど。


毎週の退屈な朝礼に、一つ楽しみが増えた気持ち。






  **






裏庭の掃除当番を終え、教室に戻ろうとすると
テニスコートから活気のある声が聞こえてきた。
さすが、全国クラスの部活は違うなぁ…。
そう思いながら横を通過するとき。



「ほら、ステップ遅れたぞ!」



投げ掛けるような通る声があたりに響いた。
全神経が耳に集中するように、一気に意識を奪われた。

耳に飛び込んできたその声に、
少し、鼓動が早くなったような気がする。
意識と一緒に、心も奪われたように…。


いや、突然の大きな声に驚いただけかもしれない。
余計な深追いはしない方がいい。



ただ、少し引っかかる…



「(今の声は、あの保健委員長では)」



朝礼で聞いたあの声を思い出す。
人の声を聞いただけでは普段そんなこと思わないのに、
わざわざ“いい声”だと感じたその声。


喋り声と遠くに呼びかける声、マイク越しと生の声、
それだけでも印象は変わるものだけれど。
何故かわかった。この声は、あの人だ。



「(いい声で、保健委員長で、テニス部所属)」



気になるその存在に情報がまた一つ加わった。


それじゃあ、その姿は?



見ようと思えば見える距離に居た。
でも、私は敢えてテニスコートを見なかった。


何故だろう。
見たくない気もしてる。

名前も顔も知ったこっちゃないけど、
私は君の声「だけ」に恋をしているのかもしれない。

なんて、ちょっと変わった恋の形に酔っている節はある。






  **






「ちひろって好きな人いないの?」


友人に聞かれたこんな質問。

普通ならこういうとき、
顔が浮かぶものなのかな。


「居ないよ」


一瞬浮かんだ声があったのも事実ながら、
とても“好きな人”だなんて呼べる相手ではない。
名前も顔も知らない人を“好きな人”だなんて認めるのはおこがましい。

私はあくまで、あの人の“声”が好きなんだ。






  **






一週間はあっという間だ。
なのに校長センセの話はなかなか終わらない。


「(ネム……)」


大きなあくびをしたところで、丁度話が終わった。
前の人がキヲツケをしたのに倣って自分も足を揃えて、
頭を下げて形ばかりの礼をした。



「保健委員長の大石です。今週は――」

「(あ……)」



聞こえてしまった。
名前…。


「(大石……)」


あ。
急に思い出した。

半年前の選挙期間には何回か名前を見たし聞いた。
保健委員長は大石秀一郎サンだ。

知ってはいけない気がしていたのに、知ってしまった。



「(大石先輩…か……)」



少し、鼓動が早くなっている気がする。
認めたくなんて、ないけれど。



今なら、体を少し斜めにすれば、きっとその姿が見える。
こんなに離れた距離ではその表情までは見えないかもしれないけど
どんな姿をしているのか、本当に存在しているのか、
少なくともそれだけは確認できる。



でも。




「(もうちょっとだけ、声だけを聴いていたいな)」




今週の衛生週間について、
保健室の利用状況について、
報告している内容の一つ一つ、すべての文章、言葉、が、
空気の波として私の耳に届けられている。

それだけで心地よくて。



「(姿は、一生見ない方が良い気がする)」



そう思っているのは、
万が一にも失望したくないから?

それとも、“好きな声の持ち主”から“好きな人”になってしまうのが怖いから?



「以上で報告を終わります」



声を聞き届けて、
周りに合わせて礼をする。



本当は、わかってる。
人となり、なんて
その人の声や喋り方からも想像できてしまう。


だからきっと、保健委員長、テニス部所属、大石秀一郎先輩は…
落ち着きがあって
爽やかで、
芯が通ってて、
温かい人。



「(こんなにも、わかってるのに)」



“声だけ”なんて意地を張っているだけで
本当はとっくに、アナタに恋に落ちてしまっているかもしれない。


でもそれは認めたくなくて、
姿を見て、はっきりしてしまうのは、やっぱり怖くて。



「(まだ、いいや)」



まだいいや、このままで。


そう再確認して、
わずかに高鳴る鼓動の胸元に手を当てて、
次の話が始まるまで自分の足元を見つめ続けた。
























近ちゃんお誕生日おめでとう!というわけで
大石の声に恋をしてしまうお話を書いてみましたよ。
タイトルからしてアレですけどあくまで大石夢でnmmnにする意図は一切ない。
けど、近ちゃんの声あっての大石だとは思っているし
この作品内の声は全て世界のTKの声で再生してほしいと思っている。
近ちゃん、大石の声当ててくれてありがとう。感謝しかない!!!


2020/06/02-04