傷ついても


傷ついても


どれだけ傷つけられても―――



私は、彼を愛し続けることを辞められない。




ご主人様、愛しています。


例え、貴方が振り向いてくださることは一生ないとしても。






  **






今日も私は彼のことを見つめる。
彼…大石秀一郎くん。

本当は“くん”なんて呼ぶこともおこがましい。
私は心の中ではコッソリ、彼を「ご主人様」と呼んでいる。
そのことに、秀一郎クンが気付いてるかはわからないけれど。

私にとっては彼は唯一無二の存在だし、
私もご主人様にとってそんな存在でいたいと常に思っている。



二人きりでいることの多い私たち。
私は、みんなが知らない彼の姿を知っている。

周りの皆さんはご主人様のこと
「優しい」とか「思いやりがある」とか「気配りだ」とか言うけれど、
私にとっては彼はそれだけの存在ではない。
もしかしたら、私が一身に辛い仕打ちを受け留めているのかもしれない。






  **






『秀一郎クン…痛いよ』


体に傷が増える。



『秀一郎クン…!』


ご主人様は不敵に微笑む。



痛い。痛い。


でも、これでいいの私は。

どんな形でも彼が笑ってくれるなら。



彼はサディスト?

ならばさしずめ、私はマゾヒスト?



彼の笑顔に、私のこの痛みがどれほど貢献できているのかわからないけど。



それでも私はご主人様を愛し続ける。






  **






ご主人様の部屋。
二人きりの時間が始まる

ふぅー…と、露骨に深いため息をついた。


『秀一郎クン、今日もお疲れ様』


私の投げかけには聞く耳持たずに、
どさりと椅子に腰掛けた。
表情は浮かない。

今日のテニスの試合、どこか納得できないところでもあったのかな。
私に何かできることがあればいいのに…。


真剣な表情。

考え事をしているみたい。
こういうときは、私は黙っているしかない。


私は待つだけだから。
ご主人様が何かをしてくれるのを。


射抜かれるような冷たい目線を向けられたまま、
頭をゆっくり撫でられる。


こんな目線を向けられるのも、
その手で触れてもらえるのも、
私しかいないんだから。
私は特別なんだから。


だから、撫でられているその下に、
消せない傷跡がいくつあっても、私は大丈夫。



愛する人を心の中でご主人様と呼び、
当たり前のように隣に居られて、
二人きりの時間を過ごせる。

それだけで私は幸せなの。

一方的に見つめていられるだけで…。






  **






「ハァ…ハァ…」


ご主人様、苦しそう。



『秀一郎クン、どうしたの?』



いつもより激しい。

今日は何があるの?




「ハァッ……クソッ!」




どうして、一人で苦しんでるの?


仲間はいないの?


私が居るよ?




笑ってよ。



笑顔が見たいよ。





『ご主人様……!』





痛い。


痛い。


身体の傷が深くなる。



この痛みのあと、私は宙を舞う。



いつもなら。




なのに?




「フッ…」




ご主人様の、不敵な笑み。



トンッ…


と、体に衝撃が走って……







「ゲーム青学!6−6!」







声がコートに響く。

静寂が喧騒に変わる。



「やった、タイブレークだ!」


「さすがゴールデンペア!」


「大石先輩、カッコ良すぎるよ!」



喜びの渦中にご主人様がいる。

その隣に私がいる。




笑顔。


ああ。



「彼の笑顔に、私のこの痛みがどれほど貢献できているのかわからない」って、

ずっと思ってたけど。



私、初めてご主人様のために力になれた気持ちだよ。





――そう私は、どんな人も物も大切に扱う彼が、唯一痛めつけてくる相手。

それを誇りに、私は今日も誰よりそばで彼を見つめ続ける。










  * ラケットの私にできること *
























大石のラケット視点夢(舐めてんのか)
どんでん返しだけがこの話のキモなので
タイトルを伏せて最後にもってくるということを初めてやってみた。
ちゃんと途中まではドS石に見えてたかなぁ…?(なかなか難しい)

ちなみに試合はこの後負けます(←)


2020/05/13-06/03