* 鏡の自分に恋落ちる *












「よし、今日もばっちり決まったな」


朝の髪のセットを終え、鏡を見る。
髪型の調子が良いと、気分も良い。
今日も良い一日になりそうだ。


そういえば、クラスの女子に言われたな。
「大石くんって髪型変えないの?絶対もっとモテるのに!」って。
(そんなに変か?この髪型…)


別に、モテたい…などと考えているわけではないが。
でもその言葉、言い換えれば「顔は結構カッコイイ」という意味でいいのだろうか…?


「(いやいや、うぬぼれるな秀一郎)」


煩悩を振り落とすように、首を横に振る。

そんな都合の良いことがあるわけない、と思いながらも
閉じていた目をそっと開けて、改めて鏡を見直した。

カッコイイ……か?

周りから見た俺は、どう見えているのだろう…
他人になったつもりで、なるべく客観視するように自分の姿を見つめてみた。


…………。

…………。

難しい……。


「おっと、こんなことをしている場合じゃないな」


どうしたって自分は自分だ。
自分のことを客観的に見るのは難しい。

そう再確認ながら、洗面所の電気を消す直前、ちらりと鏡を見た。
鏡の自分と一瞬目が合って、ぱちりと暗闇になった。






  **






今日は主にダブルスの練習。
不二とタカさん相手にラリーが続く。


「行かせないよ」

「なんじゃらほいほいっとね!」


不二が際どいコースに打ってきた球を、英二がダイビングボレーで返した。

英二は今日も絶好調だな。
良いコースを狙ってきた不二もさすがだ。


「ぬどりゃー!」


英二が返したその球を、タカさんが強烈なバックハンドで打ち込んできた。
コートの隅に鋭い打球が飛ぶ。

届け!


「ナイス大石!」

「う……くっ!」

「あ〜惜しい!」


なんとか届いたその球を打ち返そうとしたが、
力に押されたその球はネットにかかった。


「悪い英二」

「追いつけただけすごいっしょ」


みんな、調子良さそうだな。
タカさんのパワーは相変わらずだ。

俺も、もっと力付けないとな。筋トレ増やそうか。
みんなのような目立った特技も少ない分、
俺は基礎をしっかりしておかないと。
ムーンボレーの精度ももっと上げたいし、ダブルスのフォーメーションも…。

ふぅ…やるべきことはまだまだたくさんあるな。


「…落ち込んでる?」

「え、何が?」

「別にいいけど〜」


横で俺の様子を伺っていたらしい英二が声を掛けてきた。
落ち込んでる…つもりはないけど、少し考え込んではいたかもな。
よくも悪くも俺の性分だ。こうやってすぐ自問自答するところも。


「大石ってー、なんか自己評価低いよな!」

「え?」

「勉強もスポーツもできてしっかり者なのに、自分でそう思ってる感じしないってこと」

「いや、だってそんな…俺はみんなと比べたら全然だし…そもそも俺は…」

「…そーゆーとこ!」


言いながら、バシッと背中を叩かれた。
いててとその部分に手を当てる。


「あんまり考えすぎんなよ〜」


ひらひらと手を振りながら英二は歩き去っていった。
考えすぎ…か……。

墓穴だな、と苦笑して、俺もコートを出た。






  **






「フゥー…」


帰宅して自分の部屋に上がり、荷物を下ろしてベッドに寝転んだ。
今日は、いつも以上に疲れた気がしたな。
ダブルスの練習の後も、ミスがいくつも続いてしまったし…。

…いけない。
考えたいことも色々あるが、まず身なりを整えなくては。
疲れた体を奮い立たせながらベッドから起き上がり、制服を着替えて洗面所へ向かった。



洗面所の電気をつけ、手を洗いながら、ふと鏡を見た。
朝よりかは幾分くたびれた顔をした自分がそこに居た。
その顔を見ていると、情けない気持ちになってきた。


英二に言われたことを思い返す。
『自己評価が低い』か…。

こんなことを気にしている事自体が良くないのはわかっているが。


「(俺はダメだな…)」


別に、自分のことが好きじゃない、というわけではない。
どちらかといえば好きな方なのではないかと思う。
ただ、時には今日みたいに自分に嫌気が差す日もある。


「(…いや、ダメだと思う気持ちが良くない)」


そう気を奮い立たせて、鏡に映る自分の姿をまっすぐ見据えた。




「俺達の力を信じよう!」




鏡に向かって拳を突き上げて声を張り上げた。
シンとした空気が残った。


「…何をやっているんだ、大石秀一郎」


ふっと鼻で笑う。


相当疲れているな。
そう自覚しながら顔を洗った。

洗いたてのタオルに顔を埋め、ふぅと視線を前に向ける。
先ほどの疲れ切った顔よりかは、いい表情をしているように感じた。
ただ、どこか儚げにも感じた。


「(俺は、こんな顔をしていただろうか)」


目が悪くなったかと思い、擦りながら少し顔を鏡に近づいた。

いや。
これはいつもどおりの俺だ。
今、なぜ突然、見たことのない人のように感じたのだろう。


中学に入って成長期を迎えるとともに顔つきもだいぶ変わったと思う。
他人のように感じた正体はこれだろうか。

入学した頃の自分を思い返せば、もっとあどけない顔をしていた気がする。
それと比べれば、今は大人びたと言えるかもしれない。
そうはいっても、大人かといえると、まだ幼さの抜けない顔である、とも思う。

こんなに意識してまじまじと自分の顔を見るのは、久しぶりかもしれない。


鏡の中の自分と目が合う。



目――…。

吸い込まれるような目だ、と思った。



鏡に手を近づけていく。

ガラスの厚さだけの隙間を空けて、それらは触れ合った。

視線が、重なる。

その瞳に吸い込まれるように、

顔と、顔も近づいて……―――



唇の冷たい感触にハッとした。



「(な、にをやっているんだ俺は!!)」



とんでもないことをしてしまったことに気付き、
鏡に付いた跡をティッシュで拭った。


鏡面を拭き上げながら、恐る恐る…自分の顔を確認すると、
流し目気味にニヤリと笑われた気がして、ぱっと目を逸した。
まさか、そんなはずはないのに。

いつも通りのピカピカの鏡に戻ったことを確認して、深呼吸。
正面を向いた俺は、俺のことを真正面から見つめ返している。
堪えきれずに、逸した。


もし、君に恋に落ちてしまったなんて言ったら、君は笑うかい?


鏡の自分に向かって、心の中で問いかける自分はあまりに滑稽で、
顔が真っ赤になった感覚で正面を確認すると
思いの外涼しい表情でこちらを見つめ返されていて
恥ずかしさのあまりに更に熱くなった感じがした。

一生叶うはずのない感情を抱いてしまったことを内に秘めても
その想い人に感情が届いてしまう状況を恨みながら、
高鳴る鼓動を治めるべく、胸にそっと手を当てた。
























ニュージャンル:狂気悲恋(耽美)←何コレ
大大っていうより大石秀一郎ナルシストストーリー説(笑)
正気を失ったら書けないと思って狂気のまま駆け抜けたぞww

鏡って自分の正面を見ることが多いけど、動画とかで別の角度から見て
「私ってこう見えてるんだ、こんな表情してるんだ」てなるじゃん。
終盤、大石は鏡の自分が勝手に動き出してるように感じてるけど
気付いてないだけで自分がそういう表情をしている(周りにはそう見えている)という話。

以上、見慣れない自分の姿にアワアワしてfall in loveしてしまう
大石×大石という名の大石ナルキッソス秀一郎でした(笑)


2020/05/31