「大石くんは春が似合うね」


確かにそう言ったのは私だけど。










  * 君と夏に会いたい。 *












「大石くん、肩」


自分の右手で自分の肩を指しながらそう声を掛けると、
大石くんは私の左肩と自分の肩を見比べて、「あ!」と声を上げた。


「ありがとう、気づいてなかった」

「それ、桜?」

「そうみたいだな」


つまみ上げた桃色の花びらを目の高さに持ち上げて見つめて、
そのまま机の端にそっと置いた。
床にポイとしないところがさすが大石くんらしいなと思う。


「もう5月も半ばなのにね」

「そうか、八重桜が散り終わりだったから」

「なるほど八重桜ね」

「家の近くに立派な木があるんだ。そこから付いてたのか…恥ずかしいな」


そう言って大石くんは眉をハの字にした。
その柔らかな笑みを見るたびに、
大石くんの人柄を表してるよなって思う。



「大石くんは春が似合うね」



そう伝えると、大石くんはきょとんとした。
アレ、意外だった?


「そうかな。どうしてだい?」

「なんだろ。柔らかくてあったかい雰囲気とか?桜も似合ってるよ」

「そうか、ありがとう」


そう言って笑う姿も、暖かくってやっぱり春っぽい。
私はそう思うのだけど、
大石くん自身は、どう思ってるんだろう?


「大石くんは、どの季節が好きなの?」

「俺かい?うーん…特にこれっていうのはないけどなぁ」


私の些細な質問にも、顎に手を当てて真剣に考えてくれる。
そういうところ、本当に優しい。


「そうだなぁ、夏とか結構好きかもしれないな」


へぇ、夏…。
なんかちょっと意外かも?


「夏って気持ちが開放的になるというか、大胆になれるというか…
 色々と思い切ったことができる気がしないかい」

「へー、そっかぁ」


大石くんも、そんな、熱に浮かされるようなことがあるんだ。
いつでもブレなくてしっかりしている姿からは想像できないけれど。
夏の魔法ってやつかなぁ…。


「それから単純に、夏の趣味が多いのもあるよ。
 海で泳いだり、山で天体観測をしたりな」

「えー大石くんもそういうの好きなんだ!私もだよ!」

「えっ奇遇だな」


なんと意外な共通点!
席が隣になって一ヶ月くらい経つけど、
こんな話で盛り上がれるなんて!


「じゃあ、夏休みは海行ったり山行ったりって感じ?」


そう聞くと、「あー」と眉を顰めて曖昧な笑いを見せてきた。


「夏はいつも部活で忙しくて、なかなか思うようには行けてないかな」

「そっかーテニス部すごいもんね。夏休みは今年も全国大会?」

「そのつもりだよ」

「さすが!でも毎年そんな感じじゃあ、部活と趣味を両立するのも大変そうだね」


そう伝えると、大石くんは更に眉を顰めた。
表情が少し翳る。
ん、なんだろう。


「そうだな。高校ではテニス続けないかもしれないから、来年以降かな」

「え、テニスやめちゃうの。なんで?」

「高校に入ったら勉強に集中しようかなって考えてるんだ」

「そうなんだー」


大石くん頭良いもんな。
といっても、天才派じゃなくて、予習復習をしっかりやって基礎を押さえてるタイプ。
何か将来の目標とかあって勉学に励むのかな?
努力家だなぁ…。

私がそんなことを勝手に考えていると、
大石くんは「あっ」と声を挙げると周囲を見渡して、
小声になって少し顔を寄せて喋り出す。


「ごめん。今のは誰にも言わないでいてくれるかな…まだ悩み中なんだ」

「あ、うん。わかった言わない」


大石くんと秘密を共有してしまった気持ちになって、
なんだか嬉しくなっちゃった、なんてね!

コクコクと頷いて見せると、大石くんはほっと安心した表情を見せてまた喋りだす。


「だから、来年以降だったら、どうだろう。一緒に海とか、天体観測とか。
 俺も息抜きはしたいし」


そう言ってくれたけど。

……え?



「それは、来年以降なら部活忙しくないから言ってる?」

「まあ、まだ決定事項ではないけどな」

「だとして、私を誘ってくれるの?」



数秒固まって、大石くんは顔を真っ赤にした。


「…そっか。変だよな」

「…うん」


大石くん。

夏の魔法にかかるのはまだちょっと早いよ?

それともかかってるのは私の方?



釣られてきっと真っ赤になってる顔と一緒に、
温かかった胸の中が、急に熱さを帯びてきたそんな気がしてきた。


夏は、もうすぐそこ。























来年こそは大石秀一郎くんのハッピーサマーバレンタインお願いします祈願。

大胆であるがままで鈍感な大石もいいよね。


2020/05/14