* せめて声で繋がりたくて *












 ゴールデンウィークが始まった。
 とはいっても、外出自粛要請のお陰で商売は上がったりである。緊急事態宣言が出てからというものオレはほとんどニートのような日常を過ごしていた。 
 今年のゴールデンウィーク、いつまでだっけ。どうせ出かけられやしないけど。確認しようと5月のカレンダーをめくるとき、ふと、明日の日付である4月最終日の枠が目に止まった。
 そういえば、アイツの誕生日だな。
 アイツ…大石、今どうしてるだろう。
 それは中学校のときのテニスのダブルスパートナーであり親友。しかし最後に会ったのはいつだったか。卒業してからしばらくは年に一回程度行っていたテニス部の同窓会も、最近ではすっかり頻度が減った。5年はやってないんじゃないだろうか。誰かの結婚式なんかで集まったりするのが同窓会状態になってたけど、それですら最後は3年ほど前か。
 きっと、こんな状況でもなければ連絡しようだなんて思わなかった。アイツ今頃何してるんだろう、なんて。もう会わないことが普通になってたのに、なかなか会える状況にないと思うと急に恋しくなったりする。
 スマホを開いて、アプリ起動。
 大石…ない。
 オオイシ…違う。
 Oishi…これも違う。
 他……ダメだ。アイツはあだ名なんかで登録するタイプじゃない。
 どうやらフレンドに居ない。SNSで繋がっていないことに驚いた。メアドがまだ生きているかもわからないけど、メールアプリを起動した。
 『久しぶり。元気してる?GW何してんの?』
 数年ぶりの挨拶だというのに、我ながら簡素なメールだと思った。送信が完了して数秒経ってから送受信ボタンを押してみたけど、一応送り返されては来なかった。となるととりあえず相手に届いただろう。読んでもらえて、返事がもらえるかは別問題になるが。

  **

 夜。今日久しぶりに起動したメールアプリを、数時間ぶりに再起動する。新着メッセージはない。送受信ボタンを押してみても、反応なし。
 まあオレもメールなんて最近は全然確認しなくなったし。でもずさんなオレとは違って何事もきっちりしていたアイツが返信をよこさないというのもどこか不自然な気がする。
 あと10分もすれば日付が変わってしまう。仕方がない。このメールも見てもらえるかわからないけど、一方的に送りつけることにした。
 た…ん…じょ…う…び…お…め………
 打ち掛けのその最中、新着メッセージの通知がポップアップした。なんというタイミングで。打ち掛けのメールは、下書きにすら入れずに消した。急いで新着メールを開く。
 『久しぶりの連絡、ありがとう。返事が遅くなってしまってごめん。俺はなんとか元気にやっているよ。ただ、毎日忙しくて必死に一日一日を生きている感覚かな。今年はゴールデンウィークもなさそうだ。』
 読み終わって、気付いた。
 そうだ。大石は医者になったんだ。まさに今、最前線で戦っているんだ…。ほぼニート状態で「GWの予定なに?」なんて気軽に聞いてしまった自分を呪った。
 返信ボタンを押す。
 『お疲れ。大変だね。ちょっとだけ話したいんだけど電話していい?番号変わってたりする?』
 送信ボタンを押す直前まで行って、やめた。
 確認している時間がまだるっこしい。もう、掛けてみよう。掛からなかったらその時だ。メアドも生きてたんだ、電話番号もきっと変わっていない。
 最近ではめっきり使わなくなった電話帳を開く。大石秀一郎、と検索すると、電話番号はちゃんと登録されていた。何度も機種変したけどしっかり受け継がれていたようだ。なんだか見覚えのある数字だなと思った。当時、視界に焼き付くくらい何度も掛けて目にしていたのだろう。
 ワンコール…ツーコール目で、呼出音が止まった。直後に、少しくぐもった相手の声が聞こえた。
 「もしもし、英二?」
 電話越しということを差し引いても声が変わったなと思った。卒業してからも何度も会ったけど、外見なんかの変化に気が行って着目していなかった。中学の頃は毎日聞くのが当たり前だったその声と聴き比べると、約20年分年を取ったその声は、前以上に、落ち着いた声だと感じた。
 「大石、一瞬だけ話せる?すぐ終わるから」
 「いいけど…どうしたんだ急に」
 「疲れてるのにごめんな」
 大石の言葉は、半ば無視。だって、もう時間がない。
 「ちょっと伝えたいことがあってさ」
 壁にかかった時計を確認しながら、カウントダウンを開始する。
 すぐ終わると言いながら、伝えたいことがあると言いながら、沈黙を作るオレのことを電話の向こうでどう受け止めているだろう。
 いつだって、周りのことで一生懸命な君だから。一瞬だけでも、自分のことで頭一杯な時間ができてもいいんじゃないかって思うから。
 5、4、3、2……
 時計の針が、真上に揃うその直前、オレは大きく息を吸った。
 オレの言葉に続いてわずかな間の後に聞こえた笑い声は、やっぱり前と違う声だと思ったけど、その温かさは何も変わらないと思った。

 『お誕生日おめでとう、大石』。

























原作開始時の年齢から年を取っていれば大石は今36歳という事実…
36歳のお医者様…ドキ……ヤバないかそれ(ヤバイ)

この話では二人とも未婚の一人暮らしって設定ですけど
おホモという意図はなかったですけど
このやり取りをきっかけに付き合うことになる分にはやぶさかでないです(←)


2020/04/29