* 合い挽き肉が冷蔵庫で待ってる *












今晩は、合い挽き肉が冷蔵庫で待っている。

定時で上がれればハンバーグのラタトゥイユ添え、
無理なら即席キーマカレー。


頭の中でシミュレーションしながら、与えられた業務をこなしていく。

今日はこれをやればおしまい。
1時間あれば十分だよね、
定時まで1時間半。ヨユー!


そんなことを考えながらキーボードを叩く私の前に、
青ざめた表情の先輩が駆け込んでくる。



さん、時間ある?」

「はい?」

「特別会議室で緊急ミーティング!
 大手取引先とのプロジェクトがペンディングになりそうなの!」

「……えっ!」



っていうか、そのプロジェクト、社運まで掛かってるといえるレベルの
めちゃめちゃでっかい案件なんですけど…?


大変!!!


やりかけだった業務は、
このプロジェクトがなくなれば最早無意味になる物。
それどころではなくなった私は資料をかき集めて
ノートパソコンを抱えて会議室へ駆け上がった。





  **





どうしたら継続できるか、
本当に中止になったらどうなるか…
答えが見えない中での打ち合わせはまさかの6時間以上に渡った。


23時。
終わった…わけではなく、やっと帰れる状態になった、が正解。
明日もまた続きかー…。



「お疲れ様でしたー…」

さん、お疲れ。また明日」

「はいーお疲れ様ですー…」



荷物をまとめて、会社を出る。

先輩、帰る気配なかった。
まだ残る気かな…私は無理…。
パソコン持って帰る説もあったけど今日は限界。
明日少し早く来よう…。


お腹減ったな…家に帰ったら…カップ麺あったかな…。
冷蔵庫に肉あるけど冷凍しよ。
根菜類は日持ちするから良いとして…ナス…ピーマン…。




「  」




なんで家に私そんな食材あるんだ?





「あ゙っ!」





今夜は、秀がうちに来る約束をしている日だった!




咄嗟に声が出てしまったけど、気にしてる場合じゃない。
スマホを急いで確認。

こういうとき、鬼のような着信履歴とか
驚くようなメッセージ数を想像するものだけど…。


メッセージが1件、のみ。



『お疲れ様。
 駅前のカフェにいるので、
 帰る時間がわかったら連絡ください。』



受信、3時間前……。

しかも秀のこと、きっとしばらく家の前で待ったあとだろうし。
てことは、きっと4時間くらい待たせてる。
最っ低ー…!!



焦って電話を掛ける。
呼び出し音が鳴っている間
なんて謝ろうって…考えてたら。



『もしもし』


「……しゅう〜……」



あまりの優しい声色に、泣きそうになった。
怒られてもおかしくないのに。
どうやって謝ろうか、考えてたのに。
どうしていつも、アナタはこんな。



『お疲れ様。仕事終わったのか?こんな遅くまで大変だったろ』

「……うえーん!!!」



本当に泣きそうなのを誤魔化すために、
子どもが泣くときみたいに声を張り上げた。
でも今、本当にそれくらい泣きそう。


「遅くなっちゃって、ごめんね!」

『大丈夫だよ。そんなに気にするな』


そうやって、いつもみたいに
笑い交じりの声で答えてくる。

いい人過ぎる。何。


「…秀、今どこ?」

『青春台駅前のカフェだよ』


それは、私の最寄駅。


は?』

「今、会社出たとこ」

『そうか。大変だったな』

「大変だったー…」


っていうか、もう、本当に大変になっちゃって。
どうしよう。
なんて秀に相談してもしょうがないんだけど。


『これから帰ってくるんだろ。お腹空いてるか?』

「…空いてる。秀は?」

『俺もまだ食べてないよ。どっかで食べる?それとも何か買っておこうか?』


電波越しの、少しくぐもった声が、
いつも通りの優しさでいつも以上の気遣いを見せてくれる。
嬉しくて嬉しくて、情けない。


本当は定時で上がって私が作って待ってる予定だったんだよ。
昨日から張り切って準備してたんだよ。
冷蔵庫の中には今頃お料理になってるはずの食材たちが入ってるんだよ。


喉が詰まってうまく話せない。
だめだ、泣く。


「わだじっ」

『うん』

「家に、肉とか、野菜とかっ…いっぱいあって…」


作ってあげたかったの。
喜んでほしかったの。


『そうなのか!じゃあ俺何か作るよ。あ、それとも一緒に作るか?』


イイ人過ぎて泣く。



「ぢがうーーー!!!」

『あ、ごめん!どうしたい?』



秀があまりに優しくて。
あまりにいい人過ぎて。
このままじゃあ私がどんどんワガママになってしまう。
ダメ人間になっちゃうよ、秀のせいで。


「わだじがっっづぐっでよろごばぜだがっだのっっ」

『でも今日は疲れたろ。時間も遅いし、次のお楽しみにとっておくよ。
 あ、でも食材悪くなっちゃうかな』

「れいどうっ!ずるがらっ!ダイジョウブッッ!」

『そうか、良かった』


本当に、良い人すぎ…。

ずびび、と鼻を啜りつつ、
時計確認。


今から帰ると、私が駅に着くのは大体30分後。
その頃には、秀の終電はなくなってしまう。

どうせ今から会っても、まともな食事もできずにぱぱっと食べて寝るだけ。
だったらさ、秀は今日は帰って日を改めた方がいいんじゃないの…?


もちろん、帰ってほしくはないんだけどさ。
だから「帰った方が良いよ」とは言えなかったけど、

「…もう上りの終電なくなっちゃうね」

って伝えたら、

『ああ。だから早く帰ってきてくれ』

だって。


「…えぇーん!」

『大丈夫だって、待ってるから。気を付けて帰ってこいよ』

「ゔん゙っ!」


電話を切って、駅まで走る。
一本でも早く。
一分でも早く。


せめて、アナタに顔を合わせる時までには、
こんな泣き顔じゃなくて、笑顔で会えるように。

今日は疲れたし、明日からも大変だけど、
アナタがいるから、私は頑張れる。


アナタを前にすると甘えたくなっちゃうし、
どんどんダメ人間になるけど、
笑って「いつもありがとう」って、
それだけは絶対に伝えようって心に誓いながら改札を駆け抜けた。
























仮タイトル『定時上がりなんて夢だった』。
定時で上がって大石夢書きたい人生だったけど予定より3時間遅くなったので
そんな大石夢を書かないとやってらんねー、と帰り道に考えた作w

この後、駅前で待ってる大石合流してほっ○もっと買って一緒に帰宅して
日付変わるくらいに晩御飯食べてお風呂入ったら1時半回ってて
疲れたし明日の朝も早いし寝るか、となり、
せっかくのお泊まりデートだったのに(メソメソ)と落ち込みつつも、
一緒に寝られるだけで幸せだよね、秀ちゃん大好きすきスキって
主人公ちゃんからチュウチュウねだってたら
「明日ちゃんと起きられる?」って念を押された上で抱かれる(笑)
↑あとがきのつもりだけど続編書きたくなったなw


2019/08/01-2020/04/22