* ピンク&ホワイト *












「そろそろ、行こうか」

「……うん」



沈黙したり、他愛もない話をしたり。
幸せだった時間が通り過ぎた。


帰ろう。
帰らないと。


ゆっくり立ち上がって、
傘を開いて、屋根の下を出る。
雪だなぁ…。


秀一郎は右手を伸ばしてきて、私はその左手を取る。
さっきまで繋いでいた手と反対の手だ。
冷え切っていた指先が、じゅんっと溶けた。

秀一郎の手、あったかいな。


離したくないな。
と思いながら歩いて、口には出せずに飲み込んで、
ふと上を見上げたら、透明ビニール傘に淡い桃色の花びらが張り付いていた。
早咲きの桜の花びらだろうか。

可愛いな。
雪と一緒に、桜が積もる傘、なんて。
まだ咲き始めだからほんの一枚だけど、
舞い散る頃になってまた傘を差して歩いてみるのも面白いかもね、なんて。

それはいつ?



「次はいつ会えるかな」



ぽつりと言葉が口から漏れた。


いけないな。
秀一郎を困らせちゃいけない。
たった今の“会いたい”ってだけの感情で
動いてはいけないような状況に世界はなってる。
それなのに、淋しいよって伝えるみたいなことして。


ぱたぱたと、雨粒よりは静かな音で雪が傘を叩く。
それ以外の音はなくて、静かで、秀一郎から返事はなくて。

どれくらい沈黙が続いたかな。
秀一郎は「ちょっと」と言って指を解いた。
ん、なんだろう。

見守っていると、紺色のこうもり傘を閉じて肘に掛けた。
すると私の持っていたビニール傘を掴んで、
私の肩を引き寄せた。


ああ。

こんなことで泣きそうになるなんて。


今年は満開の桜を一緒に見られるだろうか。
少しずつあたかかくなっていく陽気の中で
身軽になった薄着姿で歩き回れるだろうか。
君の誕生日を共に祝えるだろうか。
ゴールデンウィークはどこかに行けるだろうか。
太陽が一年で一番高く昇る頃には世界はどうなっているだろうか。
そのもっと先は?



「また会おう。こうやって人通りの少ない場所で」



その一言に、抱かれた腕の内側から秀一郎を見上げる。
向こうもこっちを見てくる。これ以上ないくらいの優しい目線で。


「あんまり特別なことはできないかもしれないけど、
 俺はこうして二人でいられるだけで幸せだよ」


秀一郎がそう思っていてくれた。
それだけでこんなに幸せになれるだなんて。


「私もだよ」


認めるしかないね。
一ヶ月会わないのは、やっぱり淋しかったよ。

だけどきっと大丈夫だ。この思いやる気持ちさえあれば。


「帰ったら手洗いうがいね」

「それから健康に良いものバランスよく食べて、あと夜ふかしもするなよ」


さすがお医者さんの卵だねぇ、と茶化す私。
秀一郎は真面目な顔して「真剣だからな」と言った。


大丈夫。
これだけで私たちは幸せだよ。

だからせめて、この幸せだけでも奪われませんように。
























桜の咲き始めで雪が降り、
満開見頃の散り始めでまた降るとかあるかいな、
というわけで『ホワイト・ホワイトデー』の続きを書かせて頂きました。

傘差してお散歩してたら、ビニ傘に桜の花びらが積もって可愛いなと思って書いた。
外出自粛だけども、近所をお散歩できるだけでも感謝せねばと
世界情勢を見ながら思うわけです…頑張ろう世界。


2020/03/29