* あおげば とうとし *













 あおーげばーとうーとしー



長いようで短かった3年間が終わる。

短い卒業式が終わる。



小学校の卒業式の練習で、先生が言ってたな。
合唱でも、耳をすませば、同級生一人一人の声が聞こえてくるはずだから、
心込めて歌いながら、周りの声にも耳を傾けて、って。

さあ今日はどうでしょう。
録音された歌を聞きながら、マスクの下で気づかれない程度の小声を出す。


歌が終わって、蛍の光をBGMに、先生たちのまばらな拍手で退場していく。

これが今年の、私たちの卒業式。






  **






ところどころすすり泣きが聞こえながら教室までの行進。
これは、卒業による感慨なのかな。
無念も含まれてたりするんじゃないかな、なんて思ってしまう。

行進したまま教室に戻ってきて自席に着いて。
卒業したんだ。
清々しい気持ちだけど、拍子抜けしている気もする。


「みんな、卒業おめでとう」


声を張り上げる先生の声が枯れてる。
もしかしたら一番寂しがって、悔しがってくれてるのは先生かもしれない。


「こんな卒業の形になってしまって、みんなは悔しい思いをしたと思う。
 だけど、同級生のみんなは、同じ思いをしている仲間だから。
 いつかきっと、同窓会とか集まったときに、
 この日のことを思い出してみんなで笑ってほしい」


そう言いながら、先生は今、泣いた。


「先生ありがとう!」

「泣くなよー!!」


最後まで笑いが耐えない我がクラス。
良かった。
最後にみんなで集まって、笑えて、良かった。
ありがとう。






教室に長く留まることも許されなかった。
廊下に出て、看板を振り返る。

3年3組。
大好きだったクラス。


「これで最後になっちゃうなんてねー」


感慨に浸っている私の隣にも立った。
二人で看板を見上げる。


「ね。もっとみんなで最後の思い出作りたかったな」


やっと試験も終わって、あとはゆるゆると過ごしながら、
みんなと最後の中学校生活最後の思い出作りをするはずだった。


「大丈夫だよ」

「え?」

「最後の10日は無理だったけどさ、私たちには3年間があったじゃん」


そう言って、卒業アルバムを目の高さに掲げた。

本当だったらぎっちり書き込みたかった卒業アルバム。
数名分しか書く暇なかった。
まだ内容も見れてない。
なんたって、今日しかなかったんだから。
持って帰ってから色々見よう。


「相変わらず前向きだね、は」

「後ろ向いてたってしょうがないじゃん!」

「それがすごいよ」


気を抜いたら後ろ向きな発言をしてしまいそうな私を、
は明るく、悪気なく、正してくれる。
大好きな友達。
友達になれて良かった。一緒に卒業できて良かった。


「私も前向きにいかなきゃ…」

「そんなちゃん、後ろを向いてごらん」

「は?」


振り返ったら、
秀一郎が居た。


「あ、秀一郎。卒業おめでとう」

「おめでとう…」

「なに、ポカンとして」

「いや、意外だなって」

「何が」

「もっと泣いてると思った」

「何それ」


話しながら、歩き始める。
はいつの間にか空気読んでどっか行ってた。


「大丈夫なの!私たちは同窓会とかで集まったときに
 今日のこと思い返して笑うんだから」

「そうなのか」

「そうなんだって。花田先生が」

「へぇ、先生そんなこと言ったんだ」


あんまり溜まるなよー、まっすぐ帰るんだぞー、と
先生たちの声を背中に受けて私たちは歩き出す。


「それにね、私たちにはこの数ヵ月なんかじゃ揺るがない3年間があったでしょ」


階段は同級生たちで溢れてる。
今日は教室で居残りして落書きなんて許されない。


「それも花田先生か?」

「これは

「そうか」


さっき聞いたばかりの言葉たちを復唱しながら、
玄関まで降りて、上履きを下駄箱に…しまわずに鞄にしまって、校舎を出る。


何もない校庭。


いつもは校庭に長く続く花道、去年は自分たちも作った花道、が、
今年は存在しないんだ。

急に現実に戻った。
一生懸命に前を向こうとして、
少しだけ光が差した気がして、
だけどやっぱり現実は現実だ。



「花道ないの、仕方ないけど、ちょっと寂しいね」



の前では見せなかった。
だけど、やっぱりこれが本心だ。
胸が詰まる。
ああ、やっぱり私は泣いてしまうかもしれない。
こんな泣き方はしたくなかった。

そう思っていたら。




「でもほら、今年は本当の花道があるぞ」




………え?


指を差された先を見ると、校庭の端には五分咲きの桜並木。


休校が始まる前は蕾すら膨らんで居なかった桜たち。
一番の見頃はいつも大体春休みの間に過ぎてしまう桜の季節。


「そっかー…今年は早く咲いてくれたもんね」


大丈夫だね。

悲しくないね。


「入学式の頃には散っちゃうかもね」

「そうだろうな」

「入学式は、普通にできるかな」

「できるといいけどな」


先のことはわからない。

でも今のことはわかるよ。



「一緒に3年間過ごして、一緒に卒業できて、良かった」



想像していた締め方ではなかったかもしれない。
だけど、大切な人とこの瞬間を過ごせたのは、
この3年間があったからだよ。

だから大丈夫だよ、私たちは。

























卒業式ができた皆様もできなかった皆様もみんな卒業おめでとう!
どんな気持ちで過ごしているか想像しながら書いたけれど、
所詮想像でしかないなぁと感じました。
だから、もう学校の卒業式は全て終えた老婆心的な発言しかできないけれど、
きっと、同じ思いを共有した皆様の絆はより強くなったはずです。
今すぐに前を向けっていうのは酷かもしれないけど、
いつか前に進んで、後ろを振り返る余裕が出てきたときに、
こんなこともあったよねって笑えることを願っております。

…とか書きながら、私の大石夢読者に卒業式を控えるような
お年頃の子はおるんかいな、というセルフツッコミが浮かんだ(笑)
卒業生に限らず、誰かの心に届くことを祈っております。


2020/03/25