* 先輩の第二ボタン、もらってあげますよ! *












今日は、青春学園中等部卒業証書授与式の日。

だけど私は、学校に入れず。


普通だったら卒業式には出席できるはずだった。
先輩たちの晴れ姿を後ろの席から見守れるはずだった。

なのに。


「(ガッデム、コロナ…)」


そう。
世間を賑わす新型ウイルスのせいで、
在校生はおろか、卒業生の親たちも卒業式には出席できなかった。

そこで、どうしても会いたい先輩がいる私は帰り道に待ち伏せをしているってわけ。
本当はそれもどうなのって感じなんだろうけど、
同じことを考えてるっぽい子ちょこちょこ見かけた。
みんな考えることは同じ…。


「(そろそろかなー…)」


普通の卒業式よりもだいぶ短縮して行うと聞いている。
だとしたらもう終わったくらいなはず、と腕時計と道路を見比べる。
ここを通過していくであろう人物を思い描きながら。


「(もうちょっとかかるかなー…)」


なかなか人通りの増えない通学路から目線を外して首を持ち上げる。
桜の花びらがはらはらと舞い落ちた。


今日はあたたかい。
今年の春はあたたかい。
こんなに穏やかな季節の中で卒業式をできたことは
せめてもの手向けかもしれない、なんて思った。
そうでもしないと、やってらんない。


睨みつけるように桜の木を見上げながらそんなことを考えていると。


「あれ、ちゃん?」


声を掛けられて視線を落とすと、そこには菊丸先輩と不二先輩が居た。
他にも、いつの間にまばらに人が通過し始めている。


「菊丸先輩、不二先輩!卒業おめでとうございます!」

「あんがとー」

「ありがとう」

「にゃにしてんの?もしかして、大石のこと待ってる?」


菊丸先輩からの問いに、素直にこくんと頷いた。
そう、私は、さっきから大石先輩のことを待っている。

副部長である大石先輩とマネージャーである私、
接点が多いことでいつの間にかお互い惹かれ合っていて、数ヶ月前から付き合い始めた。
本当はテニス部のみんなには隠そうって言っていたのに、
嘘が吐けない大石先輩とポーカーフェイスが苦手な私、
噂が一瞬にして全員に広まるのにそう時間は掛からなかった。
結果、部の公認カップルになっていた。


「2組まだ教室に居たよー。もう少ししたら来ると思うけど」

「そうですか…。てっきりテニス部のみんなは一緒に帰ってくるかと思ってたのに」

「それがさ、学校にたまるの禁止って言われててさ!
 寄り道しないでまっすぐ帰れって念押されちゃったし、
 まあこのゴジセーってやつだしね?」

「本当は僕らもテニス部で集まりたかったけどね」


そう言って菊丸先輩と不二先輩は各々の残念そうな表情をした。
(思いっきり口を尖らせた菊丸先輩と少しハの字眉にした不二先輩、
 と表情自体は大きく異なるけれど。)

話しながら、なんか違和感あるなー…と二人の姿を観察すると、
そうか、制服が思いっきり前開きになっている。
もう卒業しちゃったし校則なんてクソ喰らえとかそんな話?
そういうタイプじゃなさそうだけど…ともう一度思考を巡らせて、気付いた。


「もしかして、二人ともボタンなくなってます?」

「あ、気付いた?」

「女の子たちに持っていかれちゃってね」

「見て見て袖のまで全部なくなっちった」

「さすが人気者ですねー!」


そうか、第二ボタンか…。
なんも意識してなかったけど、モテる人はもらわれてくんだ。
てことは、もしかして大石先輩も…?


「あ、あんまり寄り道しちゃいけないんだった」


後ろを振り返って、通過していく同級生たちに気付いた菊丸先輩がそう言った。
不二先輩も「そうだね、そろそろ行こうか」とそれに応えた。


「それじゃあちゃん、またね」

「高等部で待ってるね」

「はい!菊丸先輩と不二先輩こそ、たまには遊びに来てくださいよ!」


そうして手を振って二人は去っていった。


大石先輩、まだかな。
大石先輩、ボタン、残ってるかな。
………。


胸元に花を着けた先輩たちを見送って、
見送って……

あ、来た。


「……ははっ!」

「あっ、いいのかこんなところまで来て」


開口一番にそう言ってくる大石先輩をよそに、私は爆笑。

だって先輩、ボタン、全部きっちり留まってるや。
優等生にも程がある。

そういえばそうだった。
大石先輩は後輩からのモテが圧倒的で(私もその一人だけど)、
同級生からはそこまででもないって聞いてたな。
らしくもなく前を全開にしてる菊丸先輩や不二先輩とは対照的に、
さすが最終日まで真面目ですね。なんちゃって。
(誰にももらってもらえなかったんだ。かわいそー!)


「アハハ、いやいやごめんなさい。ご卒業おめでとうございます」

「…ありがとう」


大石先輩はため息混じりに答えた。
話しながら、自然と駅の方向へと歩き出す。


「卒業式、どーでした?」

「うん、短縮版で少し寂しくも感じたけど…やれただけでも感謝しないといけないな」

「ですねー」


ニュースでは、卒業式自体が中止になったところもあると報道されていた。
実施しているところも、人数の制限に内容の省略、消毒にマスクにお互いの距離感…
さまざまな対策を施していると聞いたし、きっと青学もそうだったのだろう。


「もう、青学の中等部の門をくぐることはないと思うと淋しいし…
 それ以上に変な感じだよ。ほとんど毎日通っていただけにね」

「そっかぁ…」


テニス部は、休日にも練習や試合があることが多い。
特に、レギュラーで副部長でもあった大石先輩は
他の部員と比べて学校に来ることが多かった。

先輩は私より先に入学していたわけだから、
私は、先輩の居ない青学に来たことは今までなかったんだ。
だけど、これからはずっとそうなんだ…。

淋しい、ような。
変な感じ。うん、それだな。
そんなの想像が着かないよ。


「見送ってないのに、4月から先輩たち居ないなんてなんか実感わかないな」


そう言った。
淋しい、なんて実感ないはずなのに、
喉の奥が詰まった感じになった。


……」

「あ、大石先輩!」


しんみりした空気がイヤになって、わざと大きな声を出す。
何か言おうとする大石先輩を遮って、手をパーにして前に伸ばした。



「第二ボタン!」



目を丸くする大石先輩に対して、
私はニヤっと笑って。


「相変わらず、本当に同級生にはモテないですね!
 誰ももらってくれなかったみたいだから、私がもらってあげますよ」


照れ隠しでそんな言い方。
そうしたら大石先輩は、「ちょっと歩こう」と通学路を少し外れた。
おや優等生の大石先輩、寄り道はしてはいけないんでしょ。


通学路を一本離れたら、そこは桜の多い通りだった。
綺麗。こんな道があったんだ。
あんまり寄り道しちゃいけない、なんて先生は酷なことを言うなぁ。
…違うね、悪いのは先生じゃなくてコロナだもんね。

人気の少ない空き地について足を止めた。
すると先輩は学ランの第二ボタンまでを開けて、丁寧にその裏の留め具を外し始める。


「ボタンな」

「はい」

「取っておいたんだよ。が欲しがると思って」

「……えっ?」


……。


「それは、どうゆう…」

「ボタン減ってたら、泣くだろ」



………。



「泣かない!」


「そうか」


「怒る!!!」


「そうか」



大石先輩は、ふっと表情を崩し笑った。

え、つまり、
本当は誰か欲しがる人が居たけど断ってくれたってこと?

そゆこと???


「どうして第二ボタンを渡すか知ってるか」

「いや、知らないです」


外れたボタンをきゅっと握り、
目線はこちらに向けてきて。


「心臓に一番近いからだよ」


そう言って、こちらに腕を伸ばしてくる。
私は両手を前に出す。


「これがこの3年間、俺の心拍を一番に感じ続けたボタン」


ハイ。
と、曖昧に広がっていた手のひらの上にそれが乗せられた。

涙が、じわ、と浮かんだ。



「大石先輩、卒業おめでとうございます…」

「ありがとう」

「卒業しないでぇ〜…」

「それは無理かな」



結局泣いてしまった。
なんなら怒ってるかもしれない。
だけどそんなわがまま言ったところで、
大石先輩は卒業していく。

なんだか急に湧いてきた。
淋しい。
淋しいのかもしれない。


「そうだ、もう一つ」

「う?」

「俺さ、もう卒業したから“先輩”ではないんだよな」


………。

言いたいことは、わかった気がする。



「卒業おめでとう……」

「うん」

「………秀一郎」

「よくできました」



そう言って笑って、頭をポンポンとしてきた。

私はこんなに緊張して名前を発したのに対して、
すんなりと

「じゃあ帰ろうか、

なんて言ってきて。

あまりにすんなりで一瞬気付かないくらい。
だけど私の心臓は、ドキドキしていて。


右手に握りしめたボタンの感触を確かめながら、
らしくもなく第二ボタンまで開けた、秀一郎の横について歩き始めた。


淋しいのかもしれない。
だけど悲しいことじゃない。
きっと、今日のこともいつか大切な思い出に変わっていくから。

























本当は主人公以上にドキドキしながら下の名前を呼んでいた大石にみんなで萌えよう!(笑)

タメ語と敬語が入り混じってる後輩彼女可愛くないすか。
久しぶりにマネ設定で書いたなー。

ついったーでこの妄想に関することを呟いてたら、
学ランのボタンは縫われてるのではなく留め具で着いてるのだと教えてもらった。
オタクはこうしてまた二次創作に関わる知識を深めるのであった…。


卒業式ができた皆様もできなかった皆様もみんな卒業おめでとう!
卒業生を見送ることができなかった皆様も大石秀一郎に免じて許してくれ!(?)
というコンセプトで書いてみました。思い切り時事ネタ。
こんなご時世ですけどみんな前向きに生きようね。
大石の第二ボタン受け取りたい人生でした。
(※第二ボタンを渡す理由については諸説あるそうです)

2020/03/25