* ホワイト・ホワイトデー *












寒い。

玄関を出て一番にそう思い、真っ白な息を視認してマフラーに顔を埋めた。


もう3月も半ば。
観測史上で最も早い桜の開花があったなんてニュースも耳に飛び込んできた。
だというのに、このタイミングでこの寒さ。

今年は暖冬で、一番のシーズン中ですら出番が少なかった
真冬用のダウンはもうクリーニングに出してしまった。
だけど今日はそれを着ても良かったんじゃっていうくらい気温が低い。
雨が降っているせいでなおさら世界が冷たく感じられる。


「(手袋、捨てるにはちょっと早かったな…)」


たまに傘を持ち替えては、空いた手に息を吹きかける。


3月14日。
今日はホワイトデーだ。
私は待ち合わせ場所の公園に向かっている。


秀一郎に会うのは、一ヶ月ぶり。

最近は新型ウイルスの大流行が世間を賑わせていて、
お医者さんの卵でもある秀一郎はこの事態を深く受け止めているようで、
なるべく会う頻度を減らそうと提案をしてきた。

予定していたデートもキャンセルになって正直私は不満だったけど、
念には念を押す秀一郎らしいなと思ったし、
「一人の時間でもお互い研鑽に励もう」とか
あまりに真面目過ぎて笑えちゃうような文章を送ってくるもんだから、
そういう期間もあっても良いかな、と前向きに捉えることにした。
寧ろ、今日会おうと提案してきてくれたのは意外だなと思ったくらい。

幸い…と言っていいかはわからないけれど、
付き合い始めて一年ほど経っている私達にしてみれば、
数日声が聞けないと不安になるとか、
毎週デートができないと不満だとかいうような時期はさすが過ぎていた。
この一ヶ月はたまにメッセージや電話のやり取りがあったくらいだった。


「(付き合い始めてから一ヶ月も会わなかったのは初めてかもな…)」


そんなことを考えながら目的地に向かった。






待ち合わせ場所は公園。
人混みを避けた結果、今日はこんな場所でのデートとなった。
たぶん時間も早めに解散になっちゃうんだろうな…。


「秀一郎、お待たせ」

。なんだか、久しぶりだな」

「うん、久しぶり」


秀一郎は屋根の下でベンチに座って読書をしていた。
こんなに寒いのに、どれくらいここに居たのだろう。
いつの間にか私も約束の時間より少し早く来るのがくせになってるけど、
それでも秀一郎より早く着いたことは一度もない。

私は屋根の下に入って傘を閉じて、秀一郎の横に腰掛ける。
秀一郎は読みかけの本にしおりを挟むと鞄にしまった。


「今日、寒いな」

「めっちゃ寒いよ〜もうダウンしまっちゃったし!」

「ここのところ暖かかったもんな」


秀一郎が柔らかく笑ったのを見て、胸の奥が、じゅんっとなった。
電話でも同じように声を聞いてお話ししていたのに、
やっぱり顔を合わせるって、いいな。なんて再確認した。


「早速だけど…これ」

「あ、ありがとー!」


小さな紙袋を手渡してくれた。
ホワイトデーのお返しみたいだ。


「開けていい?」

「どうぞ」


冷たい指先で紙袋の口を止めたテープを剥がし、
その中に入った紙の包みを開けると…
セロファンの袋の中に、ベージュの手袋が入っていた。


「可愛い!てか!まさに手袋欲しかったの!」

「前にしてたやつ、だいぶ古くなったから買い替えたいって言ってただろ?」

「憶えててくれたんだぁ」


純粋に嬉しい。
プレゼント自体もすごく良いものだし、
秀一郎が私のことを考えて選んでくれたんだ…って思うだけで心の中が温かい。


「もう手袋使う季節じゃないかなとも思ったんだけど…」

「すごく嬉しいよ。ありがとう!絶対使う〜」


もう暖かくなる時期なのに手袋をくれたその心は、
「来年も一緒にいよう」ってメッセージだったりする?
なんて勝手に深読みしちゃったりして。

しかし今日のこの気温。


「今日早速使っちゃおうかなぁ」

「え、来シーズンまで取っておかないのか」

「えーだって今日丁度寒いし…」


包装を開けようとする私の手、を制して、
秀一郎はそのまま私の手を掴んだ。


「これでいいだろ」

「…そだね」


頬と耳が赤いのは、この気温の寒さのせいだけじゃないよね?

一ヶ月ぶりの手の感触が嬉しくて、
きゅっと力を込めてぷらぷらと揺すった。

ああ。あったかいなぁ。


「濃厚接触だ」

「帰ったらちゃんと手洗えよ」


不謹慎にもケラケラ笑う私に対して、相変わらず秀一郎は真面目で。

疫病大流行、極寒、雨降りという状況が揃って
公園には人っ子一人通らない。
そんな中で、この空間が私たちだけの場所。

本当は、あんまり長いこと近くに居てはいけないの?
なんて気にしていながらも、まだまだずっと一緒にいたいし、
帰ろうって言い出さない秀一郎も同じ風に思ってくれてたりするのかな、なんて。


「あ…雪だ」

「ほんとだ」

「まさにホワイトデーだね」

「そうだな」


長らく話しているうちにいつの間にか雨は雪に変わってて、
こんな寒いところにいたら普通に風邪引いちゃいそうだけど、
この温かい手を握り続けていたらきっと大丈夫だよね、なんてね。


「あれ、よく見たら桜咲いてないか」

「あ、ほんとだー!こんなに寒いのにね」

「明日以降また温かくなるらしいから、また一気に開くだろうな」

「そうなんだ〜」


紙袋の中で休み続けてる手袋を脇に抱えて、白くなっていく世界を二人でしばらく眺め続けた。
こんな時はいつまで続くのだろう、という思いを口に出せず胸に抱えながら。
























ホワイトデーネタなんの準備もなかったんだけど
当日になったら雪は降るし開花宣言は出るし
テニラビで大石からホワイトデーもらって嬉しかったので勢いで書いた。

世界情勢も絡めてみたよ。
言ってしまえば今日もアクティブに出掛けてるはずだったのに
おうちで大人しく大石夢など書いているのは新型コロナのせいだしお陰だからな…w
最後の一行の「こんな時」=「こうして二人でいられる時間」であり「自由に二人で会えない期間」ということです。


2020/03/14