* また踊ってくれませんか? *












教室の隅、
チャイムが鳴ってから先生が来るまでの待ち時間、
私の隣の席で大石くんは片腕を広げてふらふら揺れている。


「大石くん、何やってるの」

「あっ、見られちゃってたか」


大石くんはカッと顔を赤くして、眉を下げて情けない笑顔を見せた。


「明日体育祭だろ」

「うん」

「ちょっと、不安で…」

「何が」

「…………フォークダンス」


照れの余りか、聞き取れないほど小さな音量で呟かれたそれ、
「え」と聞き返す前に先生が入室してきた。

頬をまだ赤く染めたままの大石くんは、
それでもいつも通りの爽やかな声で「起立」と号令を掛けた。

礼。

着席。


授業が一度始まれば、雑談なんかする君ではない。
先ほどの話の続きは気になるけれど、
言葉は飲み込んで教科書を開いた。





  **





「大石くん」


休み時間に入って、ざわつく教室内。
周りはみんな、自分の話に夢中。
今なら周りに注目されることもきっとない。
そう思い、授業によって遮られた会話をもう一度話題に上げる。


「もしかして、フォークダンス苦手なの?」

「……実はそうなんだ」


授業の間に当然いつもの顔色に戻っていた大石くんだけれど、
話題を掘り起こされるとまた頬を赤く染めた。


「私得意だから教えようか?男子パートも出来るよ」

「えっ、本当かい?」

「うんうん。どうする、放課後やる?」


そう問うと、大石くんは
「放課後は部活があるからなぁ…」と言った。
そりゃそうだ。
大石くんは強豪テニス部、そんな時間あるわけない。

それとも、そういう言い回しで断ろうとしただけで、
本当は単に迷惑だったかな…と思ったら。


「本当に申し訳ないんだけど、15分くらいだけ、お願いしてもいいかい」


そう言った。
今度は耳まで染めて。


「もちろん」


私は笑顔で返す。

申し訳なさそうな顔をしていた大石くんは、
頬を染めたまま、笑顔に表情を変えた。




  **




そしていざ放課後。
ここなら人は来ないだろうと、私たちは視聴覚室に来ていた。


「それじゃあ…お願いします」

「よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げ合って、まるで柔道の組み手みたい。


「テニス部は大丈夫なの?」

「ああ。ちょっと遅れるって伝えて部室の鍵も託してきた」

「そっか。よし、さっさとやろう!」


そう言って少し距離を取る。


「まずは、授業で習ったこと思い出しながらやってみようか」

「ああ。とりあえずやってみるよ…でも本当に出来なくて」

「大丈夫。まずは現状把握!」


不安そうな声を挙げる大石くんを鼓舞し、私はBGMを口ずさむ。


チャ〜ラチャチャチャラチャラララチャララララ♪


合わせて、ポーズを取って揺れる大石くん。
…なるほど。これは確かに苦手そうだわ。


「こ、こんな感じなんだ…」

「わかったわかった。え、大体出来てるじゃん」


大体出来てるじゃん、と言いつつ、それは励ましで、
確かに次が本番だというのにこの出来は焦るだろう、
というようなレベルだった。


「じゃあ私が前で男子役ゆーっくりやるから、頑張って真似して」

「わ、わかった…」


また私の歌うBGMで、ゆっくり踊る。
私は首を後ろに反らせて大石くんに指示を出す。


「拍が1、3拍目になってる!それじゃあ盆踊りだよ!」

「ええ!?」

「いっちにーさんしっ!ほら、にーにっさんしっ!」

「えええっ」


拍を合わせようと頑張ると、今度は腰が引けてくる大石くん。


「背筋伸ばして!」

「は、ハイ!」

「胸張って!」

「ハイ!」

「おっけーいい感じじゃん」


やってるうちに慣れてきた感じがしたので、
少しずつテンポ上げて行った。
やっぱり独特の癖は残ってる感じがしたけど、
私がお手本をやるのをやめてもそのまましっかり踊り続けていた。


「もう大丈夫そうだね。じゃあ次、私女子役やろうか?あでも時間ないかな」


時計を見れば、既に20分以上が経過していた。
「あー…」と大石くんは頭を抱えた。


「本当はもう少しやりたいけど、さすがに行かないと」

「そうだよね」

「本当にありがとうな。すごく助かったよ」


温かな笑顔を向けられた。
これは悪い気がしない。


「じゃあ、一緒に踊るとしたら…本番で」

「だな」


そう言って笑顔が交わされた。


「明日は頑張ろうね!あ、その前に部活も頑張ってね!」

「ありがとう」


そう言って大石くんは、大きなテニスバッグを背負って足早に去っていった。

…さて、私も帰ろう。



さっきまで男子パートばっか踊ってたから、
当日間違えないように女子パートを踊りながら
軽い足取りで廊下を通過した。




  **




「(おーやってるやってる)」


その後の大石くんが気になって、ちょっと遠回りしてテニスコートを覗きに行った。
相変わらず活気があってすごいな。


「不二、ステップ遅れたぞ!」


大石くんの姿は真ん中のコートに確認できた。
全体を見渡してアドバイスもしながら球出しをしている。
すごいなぁ、と思っていたら。


「大石は球出しが遅れてるよん」

「茶化すな、英二」

「ほいほいっ」


後ろを通過していくダブルスパートナーの菊丸くんと戯れていた。
仲良しだなぁ。
顔は真剣だけど、楽しそう。

テニス部に居るときの大石くんは、教室ともまた雰囲気が違って、カッコイイなぁ。

その姿をじっと見つめているうちに。


「(冷静になったら、二人きりでフォークダンスの練習してたの、めちゃ恥ずかしいな)」


今日の授業前の大石くん程ではないけど、
頬がほんのり染まった気のする私はパタパタ仰ぎながら帰路に就いた。






まさかその夜。


こんなことが起きるなんて。




「いっ……たぁ〜い」




階段で転んで思いっきり捻挫した。

……嘘でしょ。


終わった、私の体育祭…。





  **





「捻挫ァ〜!?」

「…ごめん」


体操服でなく制服で学校に現れた私を見、
みんなが一気に詰め寄ってきた。
わいわいぎゃいぎゃい言われ、
私が出場予定だった競技に誰が代打で出るかでてんやわんやになるクラス。


「大丈夫か?」

「う…ごめんね迷惑掛けて」


大石くんも優しく声を掛けてくれたけど、
本当に申し訳ないやら…。


「皮肉だな、教えてもらった俺だけが出られるなんて」

「いやいや気にしないでよ!っていうかフォークダンスなんておまけだし!
 それよりも点数取れる競技頑張って〜!」


そう伝えて手を合わせる。
大石くんは笑って「頑張ってくるよ」と言った。
「だから、安心して見ててくれ」だなんて言う。
後ろに背負った太陽が、ライトみたいに眩しい。


「(なんか、胸が、ぎゅっとした)」


足がふわふわする。
腕に力が入らない。

なんだこれ?


「(今はとにかく、応援だ)」


走れない不規則な勇み足で、自席に向かった。




  **




そしてさあいざ始まった体育祭。
体育大好きな私に取って見学とかまさに絶望だったけど、
声を出すことと、みんなの勇姿を目に焼き付けることに全力を尽くそう。


そう思って一日過ごした。


クラスメイトみんな頑張ってた
色んな競技があった。
それぞれに見せ場があった。
みんなカッコよかった。





  **





「あーーーダメだったな!」

「惜しかったねー」

「お前が怪我なんてするから」

「ごめんって!」


点数の付く競技は全部終了。
あとは閉会式…とその前に、フォークダンスだ。


『全校生徒グラウンドに広がってください』


アナウンスが入り、観覧席を立ち上がるクラスメイトたち。
まあ私はここで待つんですけどね、と思っていたら
大石くんが声を掛けてきてくれた。


「それじゃあ、行ってくるよ」


何も言えずに、頷いた。

何故だか、私の声は、届かない気がした。


背中が遠ざかっていく。

そのまま人混みに紛れていった。




さあそんな人々も整列し直して、
いよいよ締めのフォークダンスを踊る配列となった。



「(大石くんは…居た)」



こんなにも生徒でひしめき合った校庭の中から、
何故か目に飛び込んでくるみたいに大石くんがすぐに見つかった。
大丈夫かな、ちゃんと踊れるかな…。


『チャ〜ラチャチャチャラチャラララチャララララ♪』


BGMが鳴り響いて、全校生徒が同時に踊り出す。
圧巻…外から見るとこんななんだ。

さて大石くんは…。



「(あーやっぱり拍が後ろに乗ってる!)」


「(腰!腰引けてるって!)」


「(あー間違えた!頑張れ!)」



そうやって、一生懸命大石くんのことを応援しながら、気付いた。


「(あー……)」



さっきのぎゅっとした意味が、わかった。



「(私、大石くんのこと、好きだな)」



好きだ。
大石くんのこと。


全員出場競技なのに観覧席に座っている私は、
そんなことを考えながら全体を見渡していた。
ただ、全体を見渡しているのに、一箇所だけに焦点が固定されたみたいだ。



「(…一緒に踊りたかったな)」



遠く離れた席、一度も触れられないそんな距離から、
ずっとずっと姿だけは目線で追い続けた。

自分も踊ってたら、こんなに見ていられなかった。
ここ、この場所だから、
私はずっと目で追い続けることができている。
…そんな強がりしか今の私を支えるものがないのか。




  **




ダンスが終わって、みんなが戻ってきた。
大石くんは、みんながざわついているのをぐるりと確認して、私の方に寄ってきた。
そして笑顔を見せてくる。


「失敗しちゃったけど、お陰で人並みには踊れたよ。
 本当にありがとうな」

「そこまで感謝されるほどのことじゃないよ」


私はそう言って否定したけど、
本当はそんな、感謝なんてされるより、
一緒に踊りたかったなー…なんて。



「できれば、一緒に踊りたかったけどな」



ぽそりと小声で呟いた。

私の口からじゃない。
私の心境と全く同じ言葉、が、
大石くんの口から。


……え?


「大石くん、今なんて言った」

「あっ、聞こえちゃってたか」


大石くんはボッと顔を赤くして、
眉を下げて情けない表情を見せた。

すると周りをくるりと見渡して、
こほんと小さく咳払いをした。


何かを言うつもりだったのだろう。

でも言わなかった。

言えなかったのかな。


何故なら。

私の目からは、大粒の涙。



「えっ、大丈夫かい!?」とか
「残念だったよな、出られなくて」とか
優しい言葉が降りかかってくる。
大石くん以外の声も聞こえてきている気がする。


でも無理だよ。

涙で前が見えないよ。

嗚咽で声が聞こえないよ。



ごめんね、ちゃんと笑うから。
だから貴方もそんな心配そうな顔をしないで。
いつも周りを笑顔にしてくれる貴方だから、
私も笑っていられるように頑張るから。



また、踊ってくれませんか。

これは贅沢すぎる願いだろうか。



それならば、また、笑ってくれませんか。

笑顔を見せてくれれば、それだけで十分だよ。



それくらいなら、贅沢な願いなんかじゃないよね。
一瞬で過ぎた夢みたいな時間が嘘じゃないってわかればそれでいいから。
























突然ぷっつんしたかと思ったか?
それは現実の比喩ですよ。そんな感情をしたためました。
小説としての出来は気にしちゃいけない。


〜Dedicated to Y.T.〜

歴代ミュの中で滝石が一番好きでした。
後ろ気味に拍を取る独特のリズム。
ちょっと引け腰になるフォーム。
そんなところが「大石らしくて好き(笑)」って
楽しませてもらったのは13年前のことか。

どうしても中の人の性格がキャラに反映される2.5次元、
きっと周りに気遣って楽しませてくれるような人なんだろうなって思ってた。
爽やかで、咲いたような明るい笑顔が大好きだった。

滝石3回見たんだな…1講演1回しか見てない私だから
たぶん一番多く生で見たんじゃないかなー。
DVDには映らないようなところも全部見てたよ。
瀬戸丸との仲良し黄金大大大好きだったよ。

最近ではたまにあさイチに登場するのが嬉しくて
こんなイケメンが大石やってくれてたんだなーって嬉しくなって
笑顔見るたびに「ああ、あの笑顔だ」って懐かしくなって
次の出番はいつかなーなんて楽しみにしてたのに。

たっきー早すぎるよ。信じられないよ。
受け止められないけど受け止めようと頑張るね。
周りを笑顔にするのが大好きだったたっきーだから、
笑って居られるように頑張るね。

私の人生と言える大石秀一郎史上で最も不幸な出来事に動揺が隠せないけれど。

貴方に出会えたことは私の人生を一つ豊かにしてくれました。
滝口幸広さんのご冥福をお心よりお祈り申し上げます。


2019/11/15