* 「恋色の風が初めて吹いた。」 *












大石と付き合うことになって半年が経った。


大石とは去年から同じクラスで、めっちゃくちゃマジメで、
マジメすぎていじってもすごいマジメな反応が返ってくるのがおもしろくって
一方的にいじりまくってた。
一緒に盛り上がれるタイプではないけど、
私はそんなマジメな大石がきらいじゃない。


そんな大石にコクられた。



「…私?」

「他に誰が居るんだ」



放課後残ってくれと言われて残って、私たちしかいない教室の中、
「好きだ。俺と付き合ってほしい」と言われた。

私も大石のことはきらいじゃない。どっちかといえば好き。
でも付き合うとか、違くない?あってんの?


「付き合うって、カレカノになるってこと?私と大石が?」

「…それはさえ良ければ、だけど」

「だって、付き合うってなったら、
 手つないだりとか?…キスしたりとか?すんの?」

「それは…いずれはそういうこともするかもしれない」

「ほえー…」


そういう願望が大石にあるっていうのがなんか意外だった。
あんなマジメな大石が。
でもマジメとかそういうのとは別なのかな。

さてじゃあ不マジメな私はというと。

べつに他に好きな人とかいないし。
大石のことは人としては好きだし。
ほかの友だちもみんなカレシいて楽しそうだし。
相性いいか悪いかとか、たぶん、
付き合ってみないとわかんないみたいなこともあるんじゃないかなーとも思うし。

よし、決めた!


「じゃあ、付き合ってみよっか!」


私の返事に対して大石はマヌケな顔をしてたけど、
こうして私たちは付き合うことになった。



そこから半年くらい経つけど、なんの不満もない、いいカレシだ。
他にいたことないから比べらんないけど
やさしいし、いうこと聞いてくれるし、
一緒にいたらなんだかんだ楽しいし。

付き合ってみないとわからないこともある、逆にいうと、
付き合ってみればわかることもあるのかなーと思っていたけど
いまだに付き合うとかよくわかってない気もする。

ただ、大石はぜったい裏切らないなってのはなんとなく思うし、
固定したそういう存在がいることには安心感があった。


そんな大石がなんか最近、ヘン。
なんとなくそわそわしてる。


大石は外部受験をした。
高校からは違う学校に通うことが決まっている。
そういうことが影響しているのかわからないけど、
最近不自然な行動を取ることが多い。

その不自然な行動の一つになるけど、
最近初めていわゆる“恋人つなぎ”をした。

付き合って半年じゃ遅すぎる?
ペースとか人それぞれだよね?
でも大石がそういうことやりたがってて、
行動に起こしてくれたっていうのは、私もうれしかった。

大石と恋人らしい行動したいって、
私はそんなに考えたことなかったけど、
いざ向こうからしてもらったら、悪くないなー、なんてね!


こんな生活もあと2ヶ月、か。






―――…なんて思っているうちにそんな2ヶ月はあっという間に通り過ぎた。

今日は卒業式。
今日卒業する私たちは、今、蛍の光を歌っている。



 ほたるのひかり

 まどのゆき



歌いながら、この3年間を振り返る。

1年生のときは誰も知ってる人いなかったのに
いつの間に友だちこんなにたくさんになったな。

そんなみんなと授業中に手紙回したり。
2年のときには大石に怒られたこともあった。

青学はクラスが多いからかぶった人は数人しかいなかった。
そのうちの一人だ、大石は。

3年2組、仲良しで大好きだったな。
卒業しても同窓会とかやりたいな。
クラスがまとまってたの、学級委員の大石のおかげも大きいかもね。

体育祭、優勝できそうだったけど惜しかったよね。
大石が思ってたより走るの速くてびっくりした気がする。
それよりも玉入れがうますぎて地味で笑っちゃった。
そういえばこの頃はまだ付き合ってなかったっけ。
来年は勝ちたいなー。

修学旅行の自由行動、一緒に食べた宇治抹茶金時おいしかったな。
大石はマジメすぎて学級委員すぎてそれくらいしか一緒に行動しなかったけど。
楽しかったなー。

文化祭の大石は準備も当日もあっちこっち引っ張りだこで笑っちゃったよ。
クラス展示、地味に好評だったよね。
テニス部の屋台はおなか壊した一生許さん。

音楽祭のために歌の練習しようって、
メロディー不在でアルトと男子パートでハモリながらの帰り道とか。
大石って歌うの恥ずかしがるくせに歌わすとめっちゃうまいよね。

とか。

そんなこんな。

楽しい中学校生活だったなー。

と。


こうしてみると、私の中学校の思い出の中に
意識していた以上に大石の存在があった。


付き合うことになってから一緒に過ごした8ヶ月、
楽しかったなー…



 こころのはしを ひとことに

 さきくとばかり うとうなり



ボロボロ。


涙がどんどんあふれて。
そででぬぐったら、となりの子に見られた。

中高一貫の中学校の卒業式でこんなに泣く子いないよね。ヘンだよね。
そもそも私、小学校ではこんなに泣いたりしなかったのに。


なんでこんなに淋しいんだ。
どうしてこんなに苦しいんだ。




……大石と別の学校イヤだ。


わかってるよ、それが理由だって。


このまま楽しい関係が続いていくって信じていいのかな?
離れたら気持ちも遠くなったりしないかな?
そんなこと思いたくないけど、本当はちょっと不安だよ。

大石…。



歌い終わって、着席しないまま、

卒業生退場。



体育館を抜けて、そのまま教室まで歩く。
整列していた列がくずれていく。
ざわつきが大きくなっていく。

卒業したんだ、私たちは。


私もみんなとお話ししたい。
でも今はムリだ。
話せないよ。

淋しいよ…。


ー!」

「こっちおいでー」


友達に呼ばれて振り返ったけど、
向こうは私の顔を見るとぎょっとしてから爆笑した。


「どーしたの!そんな泣くタイプだったっけ?」

「また再来週には同じ高校じゃん」


他の子たちも集まってきて、みんなではげましてくれる。
泣いてるのは私だけみたいだ。

そうだよね、
こんなの私らしくないよね。
またすぐ会えるよね。

でも中学校の思い出にはサヨナラだよ。


「中学校楽しかったなって考えてたら、淋しくなっちゃって…」

「可愛すぎかー!?」

「…うえーん!!!」


淋しいよ淋しいよ。
いくら泣いても淋しいのなくならないよ。

前なんてほとんど見えてないのに、
毎日歩き慣れた廊下は自然と歩けてて、
いつのまに教室たどりついた。


「ほら彼氏様だよ」


目元をぬぐって顔を上げると、
大石は男子の輪を抜けてこっちに来た。
私の顔を見ると軽く笑った。


「どうした、大丈夫か?」


大石。
胸に花を付けた大石。
卒業証書の筒を持った大石。
初めて会ったときよりも一回り大きくなった大石。

……ムリ。


何も言えずに、下を向いたまま首を横に振る。
大石はハハハと笑った。

何もわかってないんだから。


少し背を屈めて、顔を近づけてきた。


「今日、一緒に帰ろう」


声が出ないから、うなずいた。


「他の友達とも色々あるだろ?
 俺もテニス部のみんなと会ってくるから。
 全部終わったら、また教室に戻っておいで」


もう一回うなずく。
頭をぽんぽんとされた。

そう言って大石は、クラスメイトにあいさつをして教室を出ていった。


……私の気持ちなんて、わかってないんだろな。


、みんなで写真撮ろー!」

「うう!」


詰まった鼻声で返事をして、輪に加わった。

絶対、あとで振り返ったとき私だけブサい顔してるよ。


クラスメイトと写真撮影。
卒アルにメッセージ交換。
黒板に大きな【祝・卒業!】のラクガキ。
先生ありがとうを書いたのは私。
なんでって?一番メーワクかけたのもたぶん私だから。

他のクラスの友だちとも写真撮って。
今さら学校探検して。
屋上で未成年の主張ごっこして。
校庭で真上の太陽で影文字作って。


みんなとバイバイ。

また再来週。


私は、教室に戻る。





  **





「いるー?」


がらんどうの教室。
わかりつつそう言いながら入ったけど、やっぱり大石も誰もいなかった。

大石は待つ人だ。
私がいなくてもどっかに探しに行ったりはしないと思う。
まだテニス部の用事が終わってないんだ。
テニス部、仲良しだもんね。全国まで行ったチームだもんね。


…ふむ。

黒板。


落書きでびっしりのその黒板、
こっそりと書き足した。
一番左下のすき間。
誰から誰へと示すこともなく。
『ダイスキ』。ただ一言。


大石…。

どうする、このまま現れなかったら。
どうなるの、別の学校に通い出したら。
どうなっていくの、これからの私たち。


遠くから足音。

わかる。
これは、大石の足音。

…笑え。


「ごめん、遅くなった!」

「あー、大石!おそーい!」


声が聞こえて、姿が見えて、
少しほっとしたらまた涙がにじんだ。
声もちょっと詰まった感じになった。

泣くな泣くな。
もうさっきたっぷり泣いただろ。


「淋しい」なんて言いたくない。

だけど本当は淋しいよ、大石。



見上げた大石の表情が、くもった。
どうしたの、大丈夫?

…違うね。
『どうした、大丈夫か?』
それはきっと大石の心境だ。

うまく笑えない。


そんな私の心境に気づいたかな、
大石は何も言わずにゆっくりと私に近づいてきた。




「えー?」


作り笑いすらうまくいかないな、
なんて考えてる頭の反対側で、アレなんか違和感。
何がおかしいかと考えるひまを与えずに肩に手を置かれ、

「大石、突然どうし…」

言い終わる前にくちびる同士が触れた。


は。

ふえ?


え。


えええええ「えええええ!?」!?!?



何!
何何何!

おどろいて叫びちらかす私の前で
大石は「ごめん、びっくりした?」とか平然としてる。
おどろいたに決まってるじゃん!!

だって大石、今、キス…!


「大石、い、今、キッ……!」

「秀一郎」

「ハイ!?」


なんだ自己紹介か!?
と思ったら、大石は、眉をつり上げたまま笑って。

「だから、大石じゃなくて、秀一郎」

と言った。


……あっ!


「そういえばさっきって!!!」


意識すると、顔がもっと熱くなった気がした。
さっきからずっと熱いけど、更に。

呼んでごらん、と言いたい風に
大石は笑顔をこちらに向け続ける。
これは、言わないと許してもらえないやつだ…。

身がまえれば身がまえるほど恥ずかしい。
でも、言う!



「シュウイチロウ…」



いざ初めて呼んでみたその名前は、
とてもとてもトクベツな響きに感じられた。

少し…ほんの少しだけど、
淋しい不安な気持ちが減った気がした。


8ヶ月も付き合ってきたんだ私たち。

もう卒業しちゃうけど。

また同じ学校に通えることはきっと一生ないけど。


あー、だから最後の思い出にって思ったのかな、大石は。
大石、じゃない、
秀い…しゅ、しゅうい、ち…ろ……


「うー!!!」

「なんだ」


噛むなよ?と、歯をむき出しにした私を見て笑った。
やっぱりわかってないな。私の気持ち。



一緒の学校生活楽しかった。
付き合えて良かった。

これからも宜しく。



「(……ダイスキ)」



口には出せなかったけど、心の中でこっそり呼びかけた。
それだけじゃあ届かないのも知ってるけど、
まだちょっとハズかしいから、心の中だけで。
























『初めての恋の風』の続編であり、『「あの時の風は幾度でも吹く。」』のアザーサイドです。
自由奔放でつかみ所のない主人公ちゃんだけど、
大石が感じている以上に大石との付き合いを
とても幸せに大切にしていたという話。
その裏で大石はずっとスケベな妄想をしています(笑)

小さなこだわりなんですが、『「あの時の風は幾度でも吹く。」』では
台詞扱いになってる感嘆詞がこっちでは心境に含まれてます。
つまり、頭の中で考えてるつもりが口に出ちゃってる系主人公(笑)
知能指数低めで思考回路もあっちこっち飛んでるのを意識して書いたけど
書きやすかったなー何故って私がそうだからw

タイトルは最後にカギカッコを加えました。
大石と主人公それぞれの声で再生してほしくて。


2019/10/13-2019/11/03