* 雨の下でも星を見よう *











今日は、天文学サークルでの新歓天体観測の日。
流星群もあるこの日程に合わせてみんなで近くの公園で天体観測をする。
上級生たちは色々企画も考えてくれているらしい、
と聞いてとても楽しみにしていた。

だけど。

土砂降りー…。


窓の外は、バケツをひっくり返した、とまでは行かないものの
出かけるには億劫だなと思うには充分なほどの雨が降っていた。
天気予報では、関東全域が分厚い雲に覆われていると言っていた。

何より、目的が天体観測なのだ。
雨が降っていなかろうと、晴れていない時点で本日はキャンセル決定。


楽しみにしてたのになー…。

1ヶ月前には告知されてたこの予定、
すぐに手帳に書き込んで、
他の予定が入らないようにして、
先週からは晴れるように毎日お祈りしてたのに。


オテントサマは意地悪だなぁ、なんてね。
大雨を降らす灰色の雲を見上げて、ため息が出た。

夕方の予定を丸々空けていたわけだから、突然暇になってしまった。

残念ながら、いわゆる“飲みサー”というやつではない。
天体観測が無理になったから飲み明かそうぜ、というタイプはこのサークルにはいない。
みんな星や宇宙が大好きで集まった仲間たちだ。
お陰でとても気が合う感じはしているけれど、
このサークルの新歓コンパに初めて参加してから1か月、
それ以外の飲み会が行われたのは聞いたことがない。
(新歓でも、先輩たち含めほとんどがソフトドリンクを飲んでいた。)


初めての、流星群の日の天体観測。
とても楽しみにしていたのだけれど。

もしも、待ち合わせ場所に顔を覗かせても誰も居ないだろうなー…


……行ってみようか。



確かに雨は憂鬱、だけれど、
目的が天気に左右されないことであれば、
傘を片手に喜んで向かえるくらい、私は楽しみだったのだ。

もしかしたら同じような人がいるかもしれないし。
誰も居なかったら、晩ごはん食べて帰ってこよう。


そう思って、出かける決心をした。

今から準備すれば、丁度待ち合わせ時間くらいに着く。


よし、と思い立って、まず着替える。
天体観測といえば地べた座ったりするかもしれない、ならスカートはNG。
とはいえ雨なわけだから裾が広がってるバギーもNG。
真っ暗な場所でも見つけてもらいやすいようにトップスは白にしよう。
でも寝転がったりしたら汚れるかも知れないし
濃い色のカーディガンを羽織るようにしようか。

このように、天体観測することを想定してるのに
雨が降っていることも考慮に入れないといけないから
なんだかちぐはぐな服選びになった。

メイクして、髪セットして、バッグに最低限のものを入れて、
オッケーいつでも出かけられる。


玄関を開けた瞬間、
やっぱりやめればよかった…
と思う程度には雨は強かったけど。

ここまで準備して出かけないのもバカすぎる。
そう思っていよいよ出発した。
傘をバタバタと打つ大粒の雨の音をBGMにしながら。


このペースで行けば集合時間の10分前くらいにつくなー、
まあ、ぶっちゃけ、誰もいないんだろうけど。

誰かいればいいなという期待もありながら、
誰もいなかったときにショックを受けすぎないように予防線を張りながら
複雑な気持ちで目的地に向かった。


さあ、いよいよ着いた。


………まあ、誰もいないよねー…。


と、あたりをぐるりと見まわしたら。



さん、かい?」



えっ。

声がした気がした方を振り返ると、
ただの通行人だと思っていたのは
サークルの副幹事長の大石さんだった。

うそっ!


大石さんは、私の憧れの人。
新歓で初めて会って、大学にはこんな素敵な人がいるのか…と即行で惚れ込んでしまった。
大学1年生と3年生の差があるから当たり前かもしれないけど、
ものすごく大人に見えて、ちょっと迂闊には声を掛けられないような存在。
とっつきにくいという意味ではなくて、
一方的に憧れて神格化してしまっているのかもしれないけれど。

大石さんと会えるなんて、念のため来てみて良かったな…なんちゃって。
と、考えていたら。


「来て良かったよ」


大石さんもそう呟いた。

え、うそ……
もしかして、大石さんも私のこと…?


「もし待ち合わせ場所に誰もいなかったら、さんびっくりしただろ?」


そういう意味か…。
私が胸をドキドキさせているのも知らずに大石さんは屈託のない笑顔でそう言った。
私を、今日のルールをよくわからずに来てしまった
可哀想な1女とでも思っているみたいだ。


「あ、でも、雨天中止なのはわかってたので…」

「そうなのか。じゃあどうして…?」


止む気配どころか心なしか雨脚が強くなっているこの空を、
大石さんは傘を少し傾けて見上げた。

なんと答えようか、考えたけど、そのまんま言うことにした。


「すごく楽しみにしてたので」


本音だった。
どうせ家に居ても暇だったからとかそういう理由はおいといて、
楽しみにしてた。それだけは紛れもない事実だった。


私の言葉を受けて少し考えた風の大石さんは

「うちに家庭用のプラネタリウムがあるんだ。もし良かったら見に来るかい?」

と言った。


家庭用プラネタリウム!!


「え、いいんですか!是非!」


憧れの大石さんのおうちに行けるなんてラッキー!
家庭用のプラネタリウムには元々興味あったし。
もし良い感じだったら私も買っちゃおうかなー。

そんなことを考えてウキウキしている私を他所に、
大石さんは意外そうな顔をして固まっていた。
あれ、もしかして社交辞令を真に受けちゃったってやつ?


「あれ…やっぱり迷惑でした?」

「あ、いや!そんなことはないけど!」


そう言う大石さんの表情は、笑顔だったけど、目は合わなくて。
あれ……私なんか空気読めてなかったかな。
んー…。


時計をちらと確認した大石さんは
「他にも誰か来るかもしれないからあと10分くらい待とうか」と言った。
私も時間を確認すると、なるほど今で丁度集合時刻だ。
微妙に遅れてやってくる人もいるかもしれない。


でも結局待っても人は増えなくて、
雨脚は強くって、
足元に跳ねたしぶきがズボンの裾の濡れた部分を増やす一方で。


「…じゃあ、行くかい?」

「はい」


それから数度時計を確認した大石さんが、
いよいよ予定していた10分が経過したようで声を上げた。

大石さんもこの駅が最寄みたいだった。
意外と近くに住んでいるんだなぁと知った。
まあ、みんな大学の近くに住みたいもんね。


歩きながら、気付く。

嵐の日って、どちらにせよ空が暗くて、
昼間なのに夜みたいに感じたり。
でも夜になると雲に遠くの太陽の光がわずかながら反射するのか、
逆に少しだけ明るく感じたり。

何が言いたいかっていうと、
嵐ゆえの薄暗い空のお陰であんまり気にならなかったけど、
今って時間的にはばっちり夜で、にも関わらず、
私は男性の先輩の家にのこのことついて行ってる無防備な女…?

ま、平気だよね。
大石さんは優しいし。
別にただプラネタリウム見せてもらいいに行くだけだし。


歩いて15分ほどして「ここだよ」と案内してくれたそこは
オートロック式のマンションだった。
すごい…おうちお金持ちなのかな…とか余計な想像をしてしまう。

エレベーター、沈黙が気まずい。
普通に緊張してきた…。


大石さんの後を着いて、部屋に誘導された。
玄関を開けると、そこには真っ白で清潔な空間が広がっていて、
さすが大石さんらしい…と勝手に思った。
私だったら突然訪問されたら絶対もっと散らかってる…。


「お邪魔しまーす…」


わーわー靴下までびしょびしょだー、
と爪先立ちで玄関に上がると大石さんはタオルを差し出してくれた。


「体とか服とか、濡れてないかい?」

「ありがとうございます?靴下抜いでもいいですか…」

「どうぞ。良かったら洗面所も使って」

「すみませーん…」


快く承諾してくれて、大石さんはハハと爽やかに笑った。
イケメンすぎる…普通に好き……。


廊下を抜けてドアをくぐると、部屋の中はなお広くて綺麗で度肝を抜かされた。
間違いない…お金持ち…育ちの良さが伺える……!


「こっちに、趣味用の部屋があるんだ」


ダイニングキッチンとリビングを抜けて、がらんとした部屋に誘導された。
(ベッドはどこにもないということは寝室はまた別にあるのか…恐ろしい…)

物があまり置いてない。
小さめの本棚に参考書や専門書がたくさんあって、
あとは地球儀と天体望遠鏡もある。それくらい。


「こういう部屋を持つの、中学生の頃からの夢だったんだ」


そう言いながら、クローゼットの中から箱を取り出してきた。
どうやら、これがプラネタリウムっぽい。


「久しぶりだけどちゃんと動くかなー…」と漏らしながら、
中身を手際よく組み立ててくれる。
私は横にしゃがんでその様子を見る。

組み立て終わってそれを床に設置すると、
どこからかクッションを持ってきてくれた。
さすがの気配り。ありがたく使わせてもらう。


「あ、飲み物とかもあった方がいいかな」

「あ!いや!私は大丈夫ですお構いなく!」

「ほんとか?遠慮しなくていいからな」


そう困り眉で笑う。
本当に優しい人だな…私の人生でこんなジェントルマンは出会ったことがないぞ。


雨で濡れた窓が見えていたのを、カーテンを引いて隠した。
一気に部屋の密室感が上がった。


「カーテンも、外の光が漏れてこないように遮光性が高い物を選んだから、
 昼間でも闇夜を作れるんだ」


さすが、星へのこだわりが強い大石さんらしいと思った。

本当に、ここに来させてもらってラッキーだったな。
雨の中出かけてみて良かった…。


「電気消すけど、いいかな」

「はい」


パチンという音と共に部屋が真っ暗になる。

ドキドキ。


「それじゃあ、プラネタリウムを点けるよ」


大石さんが宣言した、数秒後。


「わぁ…!」


そこはあっという間に、快晴の夜空になった。



妨害する物も少なくて、目の前には綺麗な宇宙が広がっていた。


私たちしかいないような、銀河の世界。

ただ、雨の音だけがずっと聞こえてる。


これが、ここに広がる、宇宙。


ぽかんとその空を見つめていた。
ちゃんと、本物の空が再現されているのがわかる。
ああでも、東京で日常的に見ている空よりも星が多いみたいだ。
埋もれて逆に星座が見つけられない。
カシオペア座ってこんなに見つけにくかったっけ?

空をぐるぐると見回していると、
ツイと大きく流れるものが見えた。


「すごい、流れ星まであるんですね」

「さすがに、流星群までは再現してくれないけどな」

「あ〜見たかったですねみずがめ座流星群」


そのあとしばらく、みずがめ座や流星群に関するトークが続いた。
さすがお互い星が趣味で天文学サークルに入っただけのことはあって話題は尽きなかった。
その間も、何回か流れ星が見えて、天体は少しずつ部屋の天井を移動していた。

今まで一晩で見た一番多い流星の数を発表しあったところで、
大石さんはため息交じりにつぶやいた。


「雲で見えないだけで、今頃いくつも流れているんだろうな」


ロマンチックなことをいうなぁ、と思って横を見た。

暗さに目が慣れたのか、最初よりはるかに大石さんの顔がよく見える。
向こうもこっちを見てきて、目が合った。

目が、離れない。


月明りよりも仄かな人工の星明り。

その光に照らされる大石さんの顔は綺麗。
向こうからは私がどう見えているのか。
大石さんは今、何を考えているのか。


「………」

「………」


間が、長い。

たっぷり10秒は経ったと思う。
大石さんはまた宙を見上げた。
私も釣られてそうした。


その後1分ほどしたら
「そろそろ、終わりにしようか」
と言ったので、
もう少し見たい気持ちもあった気がしたけど
「はい」
と答えた。



こうして、室内プラネタリウム観賞は終わった。
想像以上に良かった。
楽しかった…。

「電気点けるぞ」と宣言して部屋のライトが点灯された。
眩しさに一瞬目を瞑ってからそっと開くと、
さっきまでの世界が嘘みたいだ。
そこは、真っ白な四角い部屋だった。


「楽しかったです。ありがとうございました」

「良かった。今日楽しみにしてくれてたんだもんな」


その言い方は、1女の私に配慮した言い方だなと感じた。
そういえば誰かが言ってたなぁ、
1女の間は何かとちやほやしてもらえるって。

今日はサークルの新歓天体観測のはずだったけど、
結果、私は個人的に新歓してもらったのだということだ。
相手が大石さんなわけだから、私にしては願ったり叶ったりだけどね!


さん、本当に星が好きなんだな」

「はい!今日は色んな話で盛り上がれて楽しかったです」


友達にはここまで話が通じる人いないから、
星トークしても引かれちゃうことあるんだよねー。
大石さんとはこんなに話が通じるなんて…嬉しすぎ。


「うちのサークルも、元々天体に興味があった人も居るけど、
 なんとなく人との繋がりを持ちたいっていう理由で
 忙しくないサークルを選んで入ったような人も多くてさ」

「あー活動頻度そんな高くないみたいですもんね」

「なんだかんだ勉強が忙しいからな」


確かになー。
学部に居るとクラスメイトは仲良いけど縦の繋がりみたいのないもんな。
何かを先輩らに聞きたくなったときは
サークルとかに入ってた方が有利なのかもしれない。


「だから嬉しいよ。さんみたいな本当の星好きが入ってくれるのは」

「…どうも」


大石さんって、言葉遣いがまっすぐだ。
緊張する。


ところで今何時だろう、と時計を確認する。
待ち合わせのあの場所を出発して1時間くらい。
移動とか準備の時間を考えると、30分くらいプラネタリウム観賞をしていたのか。
本当に一瞬のように感じたなー…。

プラネタリウムを片した大石さんは立ち上がる。
私も貸してもらっていたクッションを持って立ち上がると、
大石さんはこっちに目を向けた、と思ったら逸らしながら聞いてきた。


さんは……このあとは帰るよな?」


は?

当たり前でしょ!
大石さんに限って何そんなこと言って…と思ったけど。


「(そう言われてもおかしくないような行動を取ってるのは私ってことか!)」


思い起こせば今までの人生、
男子の家に遊びに行くなんて最後にあったの小学校とかだし。
行ったとしても他にも誰かが一緒だったし。
家族がいたし。そもそも子供だし。
中高は女子校だったからそんな機会なかったし彼氏もできなかったし。

つまり私、すんごい世間知らずな行動を取ってて、
自覚している以上に危険な状態だったりする…?


さんは……このあとは帰るよな?』


さっきの大石さんの言葉を思い起こす。

あれは。言葉を言い換えれば。
さんは、このあと帰らないつもりだったりする?」
と聞かれててもおかしくなかったってわけで……!


一気に顔がボッと熱くなった。
それと当時に、背筋はヒヤッとする感じがした。


「はい、帰ります!」


なんか、まずい感じがする。
よくわかんないけど、本能的に、危険だ。

まともに大石さんの方を見られないまま、
小部屋を出て自分の鞄を掴んで代わりにクッションを下ろした。


「今日はありがとうございました」


ぺこりとお辞儀をして玄関に向かう。
靴を急いで履く。
鍵、開錠して、ドアノブを捻って押し開けて…


ガンッ。


………一瞬意味がわからなかった。

大石さんの手は私の上からドアノブを握ると
扉を勢いよく引いて閉めたのだ。

えっ?


肩越しに振り返ると、想像より近い位置に大石さんの顔があった。

いつもはあんなに優しい目線が、鋭い。


「あんまり、気楽に男の家に一人で上がらない方がいいぞ」

「―――――」


ドクンドクン。
心臓の音が耳まで響いてる。

やっちゃった
まずい
大石さん優しいから油断してた
力が強い
高校まではこんなこと一度も
てか今何時だっけ
私これからどうかされちゃうの


一瞬で様々な思考が頭を巡ったけど、
すぐに大石さんはふっと目を細めた。


「安心して、警告だから。俺は何もしようなんて気ないけど、
 そういうこと考えるやつもいるかもしれないのは知っておくべきだぞ」


そう言いながら、扉をガチャっと開け放った。

ぽてぽて、と私は玄関の外に歩を進める。
………出られた。

「近くまで送ってくよ」と大石さんも靴を履いて出てきた。

……ありがとうございます。

ぽかんとしすぎて、
お礼の言葉がひとり言みたいな音量になってしまった。


雨はさっきよりは弱くなっていたけれど、相変わらず強くは降っていた。

ほとんど会話がないまま家の近くまで来た。
隣にいるのに沈黙が苦しくないのは、
傘と雨に感謝するほかなかった。


「あの…うちすぐそこなので」

「そうか。今日はありがとうな。気を付けて」

「こちらこそありがとうございました」


さっきお礼があやふやになってしまっていた分、と、
きっとどこかで罪悪感みたいなのがあって、深々と頭を下げた。

大石さんは傘を掴まない方の手をひらりと振って、
元来た道を戻っていった。
私も角を曲がって、自分の家に着く。

傘閉じて
玄関上がって
ソファにダイブ。
……………。


びっっっっっっくりしたー…。



まさか、あの大石さんが、あんな。
いつも優しくて気配りで人にばっか意識回してて
しっかり者だけどどっちかというとヘタレに見える、大石さんが。


『あんまり、気楽に男の家に一人で上がらない方がいいぞ』


耳元で聞こえたその言葉を、反芻する。
低い声。
ドアを引く手の力は、強かった。


「ふわぁ〜……」


ごろりとソファから転げ落ちて、顔を覆う。


吊り橋効果?
思いがけずドキドキすることがあったから?

理由なんてどうでもいい。


もともと気になってた人が
思った通りの気配りで
想像以上に話が合って
思いがけず“男の人”だった。

結果、完全に大石さんを好きになってしまった。




  **





元々活動頻度が多い方のサークルではない。
医大ということもあって、そもそもサークル自体の活動はそれほど盛んでないように思う。
他大に進んだ友達からの話を聞くとギャップに驚くこともある。
その中でも更に活動頻度が低い方なのだから、まあ、はっきりいって滅多に活動しない。

天体関連のイベントがあるとなると集まって、みたいな。
つまり自然任せだ。更にお天気に左右される。
先月一度だけあった集まりも、テスト前だから泣く泣く諦めた。


結果、あの日から大石さんと一度も顔を合わせずに3ヶ月が過ぎた。


被っているような授業はない。
会うとしたら中庭か、サークル棟か…。
すれ違ったりしないかなってきょろきょろ見渡すけど、一度も会わない。

もしかして、避けられたりしてるのかなぁ。
最後のあのやりとりで一気に顔を合わせづらくなったような気がする。

私は、どちらかというと、あの一件で尚更、
大石さんと近くなりたいとか思うようになったっていうのに…。


…会いたい、な。


会ってどうしたい?
話がしたいのかな?

自分自答した結果、
……また一緒に星を眺めたいな、なんて。


大石さん…。


考えてみれば、個人的に連絡先を交換はしていなかった。
もしかして、と思い返して新歓の時期にもらったサークル紹介の存在を思い出した。
山のようにもらった紙の束はもう捨ててしまったけれど、
自分が入ることにしたサークルくらい、ということで取ってあったのだ。


「あった…」


そのチラシには、幹事長と副幹事長の連絡先が載っていた。
大石さんが副幹事長であったことがこんな形で役立つなんて。

メール…は、なんとなく間が悪い気がした。
電話。してみようか。

時計を見れば、夜8時。
誰かと夕ご飯食べてたりとか?
大石さんのことだから、勉強しているだろうか。


「………」


思い切ってダイアル、した。
呼び出し音がイヤに響く。
本当は好きじゃない、電話なんて。
相手が出るか出ないか、出たときにどんなテンションでいけばいいのか、
相手の顔が見えない分いつもより会話が難しく感じる。


『もしもし?』


5コールほどで出た。
ほっとした、ような。
なおさら緊張した、ような。


「大石さんのお電話で宜しいでしょうか」

『はい……どちらさまでしょうか』

です」

『あ、さん!ごめんな声ではわからなくて』


わざわざ謝ってくれるあたり、律儀な大石さんらしい。
一方的に連絡先を知ってて突然電話掛けたのは私の方だから、
ある意味わからなくて当たり前なのに。
優しいなあ。


『今日はどうしたんだい』

「あの、」


そういえば、明確に用件を決めていなかった。
また話がしたい、とか、一緒に星を見たい、とか。
つまり私は大石さんともっと一緒に居たくて…
でもそんなこと突然言うわけにもいかないし。

ええい、もう口から出任せだ!


「今度、一緒にプラネタリウムを見に行きませんか!二人で!」




  **




約束の日が来てしまった。
来てしまったも何も、私から誘った願っていた約束なんだけど。

この前とは違う、ちゃんとデート仕様の服装、だ。それも晴れの日の。
だって今日は地面に寝転がる心配もなければ水しぶきで汚れる心配も
暗がりで迷子になる心配も、何も要らない。

気合い入れすぎかな…。
でもさ、二人でプラネタリウム見に行こうなんて誘ってる時点で私の気持ちはバレてるよね?
誘いに乗ってくれたってことは期待していいのかな、
でも優しい大石さんのこと、断りづらくてとりあえず受けただけかもしれないし…。

うーん…。


「(うっかり早く着きすぎてしまった…)」


考え事してたら他のことも手に着かなくて、
まだ早いとわかりながら余裕を見た時間設定した出発予定時刻よりも更に早く家を出てしまい、
待ち合わせの30分以上前に着いてしまった…。

さあどうやって時間を潰そう。
と思ったら。


居る。


片手で本を持って立ち読みしている大石さんがそこに居た。
近付いても気付く気配がないので声を掛けた。


「大石さん」

「わ!?さん、早いな!」

「大石さんこそ…」


あまりに大石さんがテンパってるから、冷静になってしまった。
やっぱり、しっかり者に見せて実はちょっとへたれ、が本物の大石さんで
この前のあの姿は幻覚だったのでは…とか思ってしまう。

でも、確かに、あれは現実だったんだよなあ…。


「急だったのにお誘い乗って頂きましてありがとうございます」

「こちらこそ!元々予定は空いていたから…
 誘ってもらえて嬉しかったよ。ありがとうな」

「いえ」

「…それじゃあ、行こうか」


待ち合わせ場所を離れ、目的としていたプラネタリウムに向かう。
家から比較的近くて、引っ越してきた当初から来たいと思っていたけれど
一人でプラネタリウムっていうのも…と思って踏み出せずにいた。
来られることになってラッキーだ。
しかも、大石さんと一緒に。


「結構混んでるんですね」

「ああ。来るのは初めてかい?」

「はい。大石さんは来たことあるんですか?」

「結構前だけどな」


そうなんだー。
そりゃそうだよね、大石さんはこのへんに2年以上住んでるんだから。


「季節ごとに色んな催し事をやってるから、何回来ても楽しめるんだよ」

「そうなんですね」


話しているうちに、放送が流れて上映が始まった。

映し出される秋の星座。
時折残虐だけれどロマンチック神話。
星の誕生と死までの一生。

星、スキ。




  **




「すごく良かったですね」

「ああ、本当に!今日は誘ってくれてありがとう」


大満足した…。
椅子はふかふかだし星は本物みたいだったし解説も充実してたし
全体を通してクオリティめっちゃ高かった。
本来の目的も忘れて、このまま帰ってしまっても良いのではないだろうか、
とさえ思ってしまった。

でも違う。良くない。


「大石さん、この後も時間ありますか」


建物の出口に向かおうとする背中に声を掛けると、
大石さんはそのまま固まってゆっくりと顔をこちらに向けてきた。


「ど、どうしてだい」

「少し話がしたくて…」


もう、私の気持ちは決まっていた。
ここに来る前からほぼ決まっていたし、
プラネタリウムを見ている間に更に想いは深まった。

私、大石さんが好き。
今日告白する。


もう、ぶっちゃけ私の気持ちは気付かれてるんだろうけど。

そう思っていた私の予想を裏切ったのは、
大石さんの突然深々と頭を下げるという行動。


「っごめん!」


…え?


「あの、大石さん…」

「この前のことだよな…驚かすようなことして、本当にごめん」


額に手を当てて、神妙な面持ちでそう言ってくる。

驚かしてごめん。それはわかる。
でも、本題はそこじゃない。
わかってる??


「あまりにさんが無防備だから…」

「あ、はい。それは私が、なんというか世間知らずで。ごめんなさい」

「そうじゃなくて!」


完全に私に落ち度があったよーな、と思って言ったのに、
大石さんはずっと否定してきて。
この前のギラッとした目の大石さんはどこに行ってしまったんだ、
っていうくらいヘタレてて。
でも、これが私が知ってる大石さんらしいとも言え。

そう考えていたら、大石さんは続けてこんなことを言う。


「他の男相手にも同じようなことをしていたら嫌だな、とか、
 考えたら居られなくなってしまって…」


……お?
それは、私が世間知らずによちよちと
一人暮らしの男の家に一人で乗り込んだことが?

ん?他の男?って言った?今?


「ただそうやって伝えれば良かったのに…。
 俺のことを少しでも男として意識してくれないだろうか…
 と思ってあんな言い方になってしまったんだ。
 でも余計なことをしてしまったと後悔してて…」


え。
ええ。
えええっ!


それって、もしかして、大石さん、私のこと??

今度こそ、これは、思い違いじゃないよね…?


「だから…」


ドキドキ。

ドキドキ。


心臓がこれでもかってくらい強く鼓動を打ってきて。
大石さんもそうなんだろなってのが見て取れて。


ドキドキドキドキ。


その大石さんがゆっくりと口を開いて…!




「本当にごめん!」



ガバッと頭を下げられた。




いや。

いやいやいや。


違うでしょ!!!


「なんでそうなるんですか!謝らせたいんじゃないですよ!」

「え、怒ってないのかい」

「怒ってないですよ!何を思って私が今日
 プラネタリウムなんかに誘ったと思ってるんですか!」

「俺は文句を言われるために呼ばれたんじゃないのか」

「違いますよ!」


鈍感にも程がある!
さすがに私はわかったよ!


「…とりあえず、外出ませんか」

「ああ…」


一旦建物から出ることにした。


扉をくぐると、生ぬるい風が肌を包んだ。
もう、夜でも冷房がないと厳しいような季節になってきたんだなぁ。

上を見た。


星だ。
天の川まで見える。


「見て大石さん、天の川」

「あ、ホントだな。珍しくよく見えるな」


冬と比べて、夏は空が霞みやすい。
星が見えるだけでも珍しいのに、天の川もこんなにくっきり見えるなんて。


「これだったらプラネタリウムなんて要らなかったな」

「ホントですね」


そう言って笑って、一緒に星を見上げて。
……。


「元々、雨の日は星が見えないから好きじゃなかったんです。でも」


横を見た。
目が合った。


「お陰で、大石さんと素敵な思い出が作れた」

「…さん」

「また雨降ったら遊びに行ってもいいですか」


私の一言に、驚いた風な顔を見せて、
それを崩して、柔らかく笑った。


「晴れの日でもおいでよ」


それは、なんの屈託もない笑顔に見えたけど。
あれ、それは、“覚悟を持って”来いってことか…?


「えっと…」

「あ!いや、この前はわざと怖がらすようなこと言ったから!ごめんな!
 普通に来てくれていいからな!?」


固まる私に気づいて大石さんは焦ってフォローを入れてくれたけど。


「今度はそのつもりで行きます」

「…………え」

「なんちゃって!」


私は笑い飛ばして、
大石さんの顔は真っ赤で。

何も明確な言葉がなかったけど、
それは次のお楽しみにとっておきます。
お願いだから、そのときまでには謝罪じゃない言葉を用意しておいてよね。


さあその次は、いつでしょう?


会える理由さえ作れるのなら、それは晴れの日でも雨の日でも。
























ここまでロマンチックにしておいて
何もないとか逆にやめろよな秀一郎(21歳学生・童貞)(笑)。
↑まだ室内プラネタリウムの途中までしか書いてない段階のときのメモ(笑)

ドアドンする大石が書きたかったんだけど結局本性はへたれでした笑

これ書いてたらテニラビで恒常SSR大石が[天体観測]だからビビったよw
大石と星の組み合わせは良いよね。
『君と星を見に行こう』と被らないように気を付けました。

ついったでやった書きかけの小説4作の
一番読みたいやつアンケで見事1位を頂いた作でもあります。


2019/07/18-10/22